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第7話 ヤクザとのディナー
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そのフレンチレストランは高級マンションの2階にあった。
「ごめんなさいね、イタリアンにしたかったんだけど予約が取れなかったの。
でも、ここのフレンチも最高なのよ、楽しみにしててね?」
雪乃がインターホンを押した。
「春山です」
「はい、お待ちしておりました。
どうぞお入り下さい」
表札も店の看板もない、No.222という玄関プレートがあるだけだった。
上品な60歳位の銀髪のマダムが現れた。
「春山様、ようこそいらっしゃいました。
いつもご贔屓にしていただき、ありがとうございます」
マダムは笑顔で丁寧に挨拶をしてくれた。
雪乃はここの常連だった。
「お久しぶり、今日はイケメンをお連れしたのよ」
「あらホント、オダギリジョーさんみたいな方ですね?」
「こんばんはマダム。
こんな素敵なお店は初めてです。
よろしくお願いします」
この優雅な身のこなし、会話のセンス。
誰が見ても如月組の跡取りだとは、誰も思わないだろうと雪乃は思った。
店内には大きな8人掛けのテーブルが一つと、その奥に4人掛けのテーブルがある個室があるだけだった。
白で統一された店内は、薔薇とフリージアがバカラの花瓶に生けてあり、壁にはカシニョールが飾られていた。
入口付近にはスワロフスキーのシャンデリアが吊るされ、音楽は無かった。
それは料理と会話を楽しむための配慮だと感じた。
無駄のない、あるべき空間の演出が、料理への期待を醸成していた。
真っ白なテーブルクロスを敷いたテーブルには、銀の燭台が置かれ、20代のカップルと、その母親らしき客が食事をしていた。
雪乃と小次郎は奥の個室へと案内された。
「どうぞ、こちらです」
マダムはワインリストを雪乃に渡した。
「本日のお料理は鹿肉のジビエがメインですので、どっしりとしたボルドーのフルボディはいかがでしょうか?」
「ワインはマダムにお任せします。私にはむずかしすぎてわかりませんから」
「かしこまりました。それではマルゴーの1985年などいかがでしょうか?」
すると小次郎が言った。
「1988年はありますか?」
「はい、ございます。その年はボルドーの当たり年です、よくご存じですね?」
「いえ、ただの思い付きです」
「では1988年をご用意させていただきます」
「小次郎はワインにも詳しいのね? マダムはパリでソムリエもしていた人なのよ。
そのマダムとワインのお話ができるなんて素敵ね?」
「なんとなくね、何となくだよ」
ワインが運ばれ、小次郎がテイスティングをした。
「いい出来ですね? これでお願いします」
大きなワイングラスに静脈血のようなワインが注がれた。
マダムが部屋を出ると、ふたりはグラスを合わせた。
「何のための乾杯?」
「雪乃のしあわせのために」
「だめ、私と小次郎のしあわせのためにでしょ?」
ふたりは微笑みながら乾杯をした。
「本当は、雪乃には私の素性は知られたくなかったんだ。
如月組の小次郎としてではなく、ただの小次郎として付き合いたかったからね。
ヤクザと堅気の雪乃とでは、君に迷惑だと思ったんだ」
「そんなの気にしないわ。
小次郎がヤクザだろうと火星人だろうと、私は小次郎が好きよ。
このお店、なかなか予約が取れないの、半年待ちなんてザラなんだから。
今日はオーナーに無理を言っちゃった」
「もし私が断っていたら、雪乃はどうするつもりだったんだい?」
「そんなこと考えないわ、私は信じていたの、小次郎が一緒にここで食事をしてくれることを」
「雪乃は大した自信家なんだね?」
「自信なんてないわ、ただそう願っただけ」
上質なシングルモルトのような輝きを持ったコンソメと、サラダが運ばれて来た。
「フォンドボーのジュレと、さまざまな旬のお野菜をキューブ状に切り揃えたサラダでございます」
「きれい、宝石みたい!」
「そのままお召し上がり下さい」
そして次々と料理が運ばれて来た。
いちばん見事だったのは、トリュフとデミグラスと粒コショウ、香味野菜のソースをかけた、雌の鹿肉のメインだった。
「すばらしわ、このメインディッシュ。
そしてこのお料理を引き立てるのがこのワイン、このワインがあるからこそ、メイン料理がより素晴らしい物になるのね?」
「私と雪乃もこんな風になれるといいね」
「なれるといいねじゃなくて、なるの、絶対に」
小次郎はそれに同意することはなく、再び肉にナイフを入れた。
近くを通る新幹線の音が、浅黄色のカーテンの向こうから聞こえた。
(焦ってはダメよ、グラスの氷が溶けるように時間をかけてゆっくりとこの恋を実らせたい)
雪乃も鹿肉を口に入れた。
さっきの味と比べると、少しほろ苦いようにそれは感じられた。
雪乃は小次郎を真っ直ぐに熱く見詰めた。
「ごめんなさいね、イタリアンにしたかったんだけど予約が取れなかったの。
でも、ここのフレンチも最高なのよ、楽しみにしててね?」
雪乃がインターホンを押した。
「春山です」
「はい、お待ちしておりました。
どうぞお入り下さい」
表札も店の看板もない、No.222という玄関プレートがあるだけだった。
上品な60歳位の銀髪のマダムが現れた。
「春山様、ようこそいらっしゃいました。
いつもご贔屓にしていただき、ありがとうございます」
マダムは笑顔で丁寧に挨拶をしてくれた。
雪乃はここの常連だった。
「お久しぶり、今日はイケメンをお連れしたのよ」
「あらホント、オダギリジョーさんみたいな方ですね?」
「こんばんはマダム。
こんな素敵なお店は初めてです。
よろしくお願いします」
この優雅な身のこなし、会話のセンス。
誰が見ても如月組の跡取りだとは、誰も思わないだろうと雪乃は思った。
店内には大きな8人掛けのテーブルが一つと、その奥に4人掛けのテーブルがある個室があるだけだった。
白で統一された店内は、薔薇とフリージアがバカラの花瓶に生けてあり、壁にはカシニョールが飾られていた。
入口付近にはスワロフスキーのシャンデリアが吊るされ、音楽は無かった。
それは料理と会話を楽しむための配慮だと感じた。
無駄のない、あるべき空間の演出が、料理への期待を醸成していた。
真っ白なテーブルクロスを敷いたテーブルには、銀の燭台が置かれ、20代のカップルと、その母親らしき客が食事をしていた。
雪乃と小次郎は奥の個室へと案内された。
「どうぞ、こちらです」
マダムはワインリストを雪乃に渡した。
「本日のお料理は鹿肉のジビエがメインですので、どっしりとしたボルドーのフルボディはいかがでしょうか?」
「ワインはマダムにお任せします。私にはむずかしすぎてわかりませんから」
「かしこまりました。それではマルゴーの1985年などいかがでしょうか?」
すると小次郎が言った。
「1988年はありますか?」
「はい、ございます。その年はボルドーの当たり年です、よくご存じですね?」
「いえ、ただの思い付きです」
「では1988年をご用意させていただきます」
「小次郎はワインにも詳しいのね? マダムはパリでソムリエもしていた人なのよ。
そのマダムとワインのお話ができるなんて素敵ね?」
「なんとなくね、何となくだよ」
ワインが運ばれ、小次郎がテイスティングをした。
「いい出来ですね? これでお願いします」
大きなワイングラスに静脈血のようなワインが注がれた。
マダムが部屋を出ると、ふたりはグラスを合わせた。
「何のための乾杯?」
「雪乃のしあわせのために」
「だめ、私と小次郎のしあわせのためにでしょ?」
ふたりは微笑みながら乾杯をした。
「本当は、雪乃には私の素性は知られたくなかったんだ。
如月組の小次郎としてではなく、ただの小次郎として付き合いたかったからね。
ヤクザと堅気の雪乃とでは、君に迷惑だと思ったんだ」
「そんなの気にしないわ。
小次郎がヤクザだろうと火星人だろうと、私は小次郎が好きよ。
このお店、なかなか予約が取れないの、半年待ちなんてザラなんだから。
今日はオーナーに無理を言っちゃった」
「もし私が断っていたら、雪乃はどうするつもりだったんだい?」
「そんなこと考えないわ、私は信じていたの、小次郎が一緒にここで食事をしてくれることを」
「雪乃は大した自信家なんだね?」
「自信なんてないわ、ただそう願っただけ」
上質なシングルモルトのような輝きを持ったコンソメと、サラダが運ばれて来た。
「フォンドボーのジュレと、さまざまな旬のお野菜をキューブ状に切り揃えたサラダでございます」
「きれい、宝石みたい!」
「そのままお召し上がり下さい」
そして次々と料理が運ばれて来た。
いちばん見事だったのは、トリュフとデミグラスと粒コショウ、香味野菜のソースをかけた、雌の鹿肉のメインだった。
「すばらしわ、このメインディッシュ。
そしてこのお料理を引き立てるのがこのワイン、このワインがあるからこそ、メイン料理がより素晴らしい物になるのね?」
「私と雪乃もこんな風になれるといいね」
「なれるといいねじゃなくて、なるの、絶対に」
小次郎はそれに同意することはなく、再び肉にナイフを入れた。
近くを通る新幹線の音が、浅黄色のカーテンの向こうから聞こえた。
(焦ってはダメよ、グラスの氷が溶けるように時間をかけてゆっくりとこの恋を実らせたい)
雪乃も鹿肉を口に入れた。
さっきの味と比べると、少しほろ苦いようにそれは感じられた。
雪乃は小次郎を真っ直ぐに熱く見詰めた。
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