上 下
5 / 12

第5話

しおりを挟む
 「あらヤダ、またパパの分までゴハン作っちゃった」
 「いいんじゃない、ママ。パパと一緒に食べようよ、ご飯」
 「それもそうね? まだ納骨もしてないしね?」

 (すまないな、俺の分まで。
 ありがとう唯、裕子。
 今日の夕食は俺の好物の和風おろしハンバーグじゃないか?)
 
 「唯、パパの納骨、いつにしようか?」

 箸を動かしながら裕子が唯に尋ねた。

 「納骨なんてしなくてもいいよ、ずっとこのままお家に置いておこうよ。パパの骨」
 「ダメよ唯、ここはお墓じゃなくてお家なのよ」
 「いいじゃない、お家がお墓でも。お墓参りに行く手間も省けるし」
 「私たちはそれでよくても、お客さんが来ることもあるでしょう?
 岸谷さんのお家は「お墓も買えないのかしら? 可哀そうに」なんて言われたら恥ずかしいじゃないの」
 「言いたい人には言わせておけばいいよ」
 「だって骨壺がインテリアだなんて。それに間違って小太郎が食べちゃったらどうすんのよ」
 「小太郎はそんなバカ犬じゃないよ、女王陛下のワンちゃんなんだから。ねえ、小太郎」
 「ワン!ワン!(オレは血統書付きのコーギー犬だぞ、そんなことするわけねえだろ。人間の言葉だってわかるし、話せないだけ! ねえパパさん!)」

 小太郎には俺が見えている。
 それに俺と話しも出来た。

 (小太郎、ありがとな)

 「ワオーン!(パパさんがいないと寂しいよ!)」

 小太郎は天井の隅に浮かんでいる俺を見て悲しそうに吠えた。

 「小太郎が天井を見て吠えたよママ。
 小太郎は賢い犬だから、パパが見えるのかも。
 小太郎、パパはあそこにいるのね?」
 「ワンワン!(そうだよ唯ちゃん、ほら、あそこにパパさんが浮かんでる!)」
 「パパ、早くここに座って大好きだった和風おろしハンバーグを一緒に食べようよ」

 俺は天井から降りてきて椅子に座った。


 「でもね唯。お客さんがもし、もしもよ、もしも万が一、お家に泊まりたいって言ったらどうすんの? 
 気持ちが悪いでしょ? 人の骨がリビングにあるお家なんて」
 「誰も泊まりになんか来ないよママ」
 
 (唯、なんてお前はやさしい娘なんだ。 
 それに引き換え裕子、お前、まさか田吾作とここで、俺の遺骨の前で喪服を着た淫らな未亡人という設定で、田吾作とエッチなことをしようと企んでいるんじゃないだろうな! けしからん女だ!
 それでも昔は俺を愛してくれた女か? それでも昔は浅野温子と呼ばれた女か!
 101回目のプロポーズのマネをして、俺は危うくダンプにはねられるところだったんだぞ、まったく!
 うん? でも待てよ。あのイケメンの田吾作デカが家に来る?
 そしてここで、俺たち夫婦の寝室でギッコンバッコンするつもりなのか!
 まだ喪が明けてもいないというのに!
 おのれ田吾作、竹野内豊に似ていることをいいことに! どんだけーだ!
 俺だって生きてる時は俺の誕生日とお盆とお正月、そしてクリスマスにバレンタインの時だけしかやらせて貰えなかったのにーっつ!
 しかもパンツだけおろして、すっぽんぽんじゃなくてだぞ!
 許せん! 絶対に許せん!
 二度と裕子に近づかないように脅かしてやる!
 ポルターガイストしちゃおうっと!)


 コーギーの小太郎は俺の仏壇の前がいつの間にか定位置となり、そこから動こうとしなかった。
 俺は小太郎の背中を撫でた。
 大好きなドギーマンのお芋のササミ巻きすら食べようとしない小太郎。

 「小太郎、おやつ食べないの? これ、大好きでしょ? パパが死んじゃって寂しいの?」


 (そうだ、試してみるか? 
 あの火葬場で会った同じ浮遊霊の爺さんの話が本当なら、小太郎に俺は乗り移ることが出来るはずだ。
 よし、集中集中、小太郎になれーっ!)


 するとあら不思議、俺は小太郎になった。
 
 (ホントだ! 俺、小太郎になってる!)

 俺は小太郎の両前足のピンクの肉球を見て歓喜した。
 俺は唯の足元に行き、右手、いや右前足で唯の膝をトントンした。
 
 (唯、俺だ、パパだ! 今、小太郎のカラダを借りているんだ!)

 「どうしたの小太郎? 
 しょうがないなあ、もう小太郎は甘えん坊さんなんだからー」
 
 すると唯は俺を抱きかかえてくれた。
 いかんいかん、唯のオッパイが俺の顔に!

 (あんなに幼なかった唯が、いつの間にかこんなに大きくなっていたんだなあ。
 パパーっ、パパーって俺の後ばかりついて来た唯が)

 俺は思わず鳴いてしまった。あのお買物カードの支払いの時のように。

 「ワオーン!」
 「わかるよ小太郎、悲しいんでしょ? パパが死んじゃって・・・」

 唯は泣いていた。




 実家に行ってみると親父とおふくろが俺のアルバムを開いて見ていた。

 「総一郎が生まれた時は大変でしたね?」
 「そうだな? カネもなくて仕事も忙しく、お前たちには苦労を掛けた」
 「仕方ないですよ、あの時代はみんなそうでしたから」
 「でも楽しかったな? あの頃の俺たちは」
 「ほら見て下さいよ、これは総一郎が地元の少年野球をしていた時の写真ですよ。
 目立つことが嫌いな子でしたよね? いつも写真の端に写ってばかりで」
 「俺に似たんだろうな?」
 「そうかもしれませんね? やさしくて控えめで、いつも他人のことばかり考えて・・・、ううっ」
 
 おふくろと親父は泣いてくれた。


 「親より先に死ぬやつがあるか! 総一郎、俺もじきにそっちに行くからな?」

 (ごめんよ親父、おふくろ。
 何一つ親孝行らしいこともしてあげられなくて。
 長生きしてくれよな、俺はあなたたちの息子で本当にしあわせだったよ)

 俺は愛されていたんだ。ありがとう、親父、おふくろ。
しおりを挟む

処理中です...