★【完結】シルバー恋愛センター(作品240429)

菊池昭仁

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最終話

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 ようやくふたりに初給料が出た。

 「この初給料で親父に焼肉をご馳走しようぜ」
 「うん、行こう行こう、パパに焼肉ごちそうしよう!」

 
 二人は焼肉に北大路を誘った。

 「親父、初給料が入ったんです。焼肉を食べに行きませんか? ご馳走させて下さい」
 「ありがとう。別に焼肉じゃなくてもいいぜ、安いもんでいい。
 食事はな? 何を食べるかじゃねえ、誰と食べるかだ。
 お前らと食うなら何でもうめえよ」
 「お世話になったせめてものお礼だよ、パパア?」
 「そうか? じゃあその前にちょっと付き合ってくれねえか?」
 「はい」
 「よろこんで!」


 
 北大路は女房の幸子の墓にマサルと明美を連れて来た。
 花を手向け、北大路は線香の束に火を点けた。

 「女房の墓なんだ。俺が中に入っている時に病気で死んだ。俺は幸子を看取ってやることも出来なかった。
 幸子、コイツらがいつも俺が話していたマサルと明美だ。ふたりともいい奴だろう? 俺たちのガキだ」

 明美とマサルも、北大路と一緒に手を合わせた。

 「いいかお前ら、この墓はお前らのかーちゃんが眠っている墓だ。やさしくて美人でいいかーちゃんだったよなあ。お前らに頼みがあるんだ、俺が死んだらここに俺の遺骨を入れてくれ」
 「かーちゃん・・・」
 「ママ」
 「いいか、過去は変えられるんだ。辛かった過去は忘れちまえばいい。もう終わったことだからだ。
 そして今を、この瞬間を精一杯生きるんだ。それが幸福な未来の扉を開ける鍵だ。
 人の悪口や陰口、愚痴や泣き言は言うな。思い遣りのある言葉で明るく話せ。
 いつも仲良く、明るく朗らかに生きるんだ。
 人はな? しあわせに生きる義務がある。自分を大切にしろ、そしてお互いを信じろ。
 楽しいから笑うんじゃねえ、笑うから楽しくなるんだ。
 辛い時は鏡に向かって言え、「俺ってしあわせだなあ、私ってしあわせね?」ってな?
 そうすれば不思議と笑顔でいられるもんだ。「しあわせ」という言葉は魔法の言葉だ。なぜか「しあわせだなあ」と言うと笑っちまう。おっかねえ顔や悲しい顔では言えねえ言葉だ、覚えておけ。
 お前たちの母親は死んでこの墓の中にいる。いい母親だった。けっしてお前たちを捨てた母親じゃねえ。
 人生を楽しめ、マサル、明美」
 「はい」
 「はい!」



 焼肉屋にやって来た。

 「今日は何でも好きな物を食べて、飲んで下さい」
 「そうだよお父さん、今日は私たちの奢りだからね?」
 「ワリイなあ。でもうれしいぜ。ありがとよ」

 
 三人はビールで乾杯をした。

 「よくがんばったな? 乾杯」
 「乾杯!」
 「乾杯! ありがとう、お父さん」

 明美はいつの間にか北大路のことをパパではなく、「お父さん」と呼ぶようになっていた。


 その時だった、北大路が胸を押さえて苦しそうに椅子から転げ落ちてしまった。

 「親父!」
 「お父さん! しっかりして!」
 「救急車! 救急車を早く!」


 救急車の中で、明美とマサルは北大路の手を握り、名前を呼び続けた。

 「親父! 親父! 俺、まだ親孝行してねえじゃねえかよお!」
 「お父さん! 死んじゃやだよお!」
 「親父!」


 病院に着くと、北大路は何とか一命を取り留めた。
 翌日、シルバー恋愛センターの仲間が見舞いに来てくれた。


 「どうだい具合は? 思ったより元気そうじゃねえか?」
 「とりあえず、着替えとか持って来たわよ」
 「今度一緒に将棋でもどうですか? 私が教えて差し上げますから」
 「北大路さん、早く直してセンターへ出て来て下さいね? 相談者が北大路さんを待っていますから」
 「何か必要な物があれば遠慮なく言ってね?」
 「今度見舞いに来る時はよお、エッチな本、差し入れてやっからな。あはははは」

 みんな各々北大路を励ました。

 「みなさん、お忙しいところ、本当にありがとうございました」
 「水くせえこと言うなよ。俺たち、家族じゃねえか?」
 「そうよ、困ったことがあればいつでも言ってね?」
 「ありがとうございます」
 「みなさん、お見舞いに来てくれてありがとうございます。
 俺がもしもの時にはコイツらのこと、よろしくお願いします」
 「何言ってんの。そんな弱気でどうすんのよ。元ヤクザのくせに。うふっ」
 「そうだぜ、アンタはいつも強い人間じゃなきゃいけねえんだ。このふたりのためにもよお」


 そう言ってみんなが帰って行った後、北大路が言った。

 「ちょっとそこのカバンを取ってくれねえか?」
 「これのこと?」
 「ああ、それだ」

 北大路はカバンの中から実印と通帳印、キャッシュカード、通帳を取り出し、自分の家の登記簿と登記済権利証、そして遺書をマサルに渡した。

 「お前らを俺の養子にすることにした。必要書類はここに入れてある。
 遺言書も書いた。財産はねえ。ちいせえボロ屋が一軒と、現金が34万と通帳に70万円くれえが入っている。
 生命保険は県民共済しか入っていねえから200万円ほどしか出ねえ。
 葬式はしなくてもいい。ただ遺骨は女房の墓に入れてくれ」
 「そんなこと言うなよ、親父」
 「お父さんがいないと寂しいよお。ううううう」
 「親はなくても子は育つってな? ふたりとも、しあわせになれよ」

 
 その日の夜、北大路は安らかな顔で天国へと旅立って行った。



 1年が過ぎた。

 「こんにちは」
 「おう、マサル、明美ちゃん、そして明日香ちゃんだったよな?」

 明美は女の子を出産していた。
 
 「もう3ヶ月だっけ? 抱かせて抱かせて」

 道子が明日香を抱っこした。

 「ああ、私も遂にオバアチャンかあ」
 「俺にも抱かせてくれよ」
 「棟梁、手を洗ってないでしょう! 手を洗ってアルコール消毒してからよ!」
 「おっとそうだった。洗って来るから待ってろ」

 みんなの笑顔の花が咲いた。
 庭のサクラの木の下で、北大路が微笑んでタバコを吸っている気がした。


                         『シルバー恋愛センター』完



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