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最終話
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ようやくふたりに初給料が出た。
「この初給料で親父に焼肉をご馳走しようぜ」
「うん、行こう行こう、パパに焼肉ごちそうしよう!」
二人は焼肉に北大路を誘った。
「親父、初給料が入ったんです。焼肉を食べに行きませんか? ご馳走させて下さい」
「ありがとう。別に焼肉じゃなくてもいいぜ、安いもんでいい。
食事はな? 何を食べるかじゃねえ、誰と食べるかだ。
お前らと食うなら何でもうめえよ」
「お世話になったせめてものお礼だよ、パパア?」
「そうか? じゃあその前にちょっと付き合ってくれねえか?」
「はい」
「よろこんで!」
北大路は女房の幸子の墓にマサルと明美を連れて来た。
花を手向け、北大路は線香の束に火を点けた。
「女房の墓なんだ。俺が中に入っている時に病気で死んだ。俺は幸子を看取ってやることも出来なかった。
幸子、コイツらがいつも俺が話していたマサルと明美だ。ふたりともいい奴だろう? 俺たちのガキだ」
明美とマサルも、北大路と一緒に手を合わせた。
「いいかお前ら、この墓はお前らのかーちゃんが眠っている墓だ。やさしくて美人でいいかーちゃんだったよなあ。お前らに頼みがあるんだ、俺が死んだらここに俺の遺骨を入れてくれ」
「かーちゃん・・・」
「ママ」
「いいか、過去は変えられるんだ。辛かった過去は忘れちまえばいい。もう終わったことだからだ。
そして今を、この瞬間を精一杯生きるんだ。それが幸福な未来の扉を開ける鍵だ。
人の悪口や陰口、愚痴や泣き言は言うな。思い遣りのある言葉で明るく話せ。
いつも仲良く、明るく朗らかに生きるんだ。
人はな? しあわせに生きる義務がある。自分を大切にしろ、そしてお互いを信じろ。
楽しいから笑うんじゃねえ、笑うから楽しくなるんだ。
辛い時は鏡に向かって言え、「俺ってしあわせだなあ、私ってしあわせね?」ってな?
そうすれば不思議と笑顔でいられるもんだ。「しあわせ」という言葉は魔法の言葉だ。なぜか「しあわせだなあ」と言うと笑っちまう。おっかねえ顔や悲しい顔では言えねえ言葉だ、覚えておけ。
お前たちの母親は死んでこの墓の中にいる。いい母親だった。けっしてお前たちを捨てた母親じゃねえ。
人生を楽しめ、マサル、明美」
「はい」
「はい!」
焼肉屋にやって来た。
「今日は何でも好きな物を食べて、飲んで下さい」
「そうだよお父さん、今日は私たちの奢りだからね?」
「ワリイなあ。でもうれしいぜ。ありがとよ」
三人はビールで乾杯をした。
「よくがんばったな? 乾杯」
「乾杯!」
「乾杯! ありがとう、お父さん」
明美はいつの間にか北大路のことをパパではなく、「お父さん」と呼ぶようになっていた。
その時だった、北大路が胸を押さえて苦しそうに椅子から転げ落ちてしまった。
「親父!」
「お父さん! しっかりして!」
「救急車! 救急車を早く!」
救急車の中で、明美とマサルは北大路の手を握り、名前を呼び続けた。
「親父! 親父! 俺、まだ親孝行してねえじゃねえかよお!」
「お父さん! 死んじゃやだよお!」
「親父!」
病院に着くと、北大路は何とか一命を取り留めた。
翌日、シルバー恋愛センターの仲間が見舞いに来てくれた。
「どうだい具合は? 思ったより元気そうじゃねえか?」
「とりあえず、着替えとか持って来たわよ」
「今度一緒に将棋でもどうですか? 私が教えて差し上げますから」
「北大路さん、早く直してセンターへ出て来て下さいね? 相談者が北大路さんを待っていますから」
「何か必要な物があれば遠慮なく言ってね?」
「今度見舞いに来る時はよお、エッチな本、差し入れてやっからな。あはははは」
みんな各々北大路を励ました。
「みなさん、お忙しいところ、本当にありがとうございました」
「水くせえこと言うなよ。俺たち、家族じゃねえか?」
「そうよ、困ったことがあればいつでも言ってね?」
「ありがとうございます」
「みなさん、お見舞いに来てくれてありがとうございます。
俺がもしもの時にはコイツらのこと、よろしくお願いします」
「何言ってんの。そんな弱気でどうすんのよ。元ヤクザのくせに。うふっ」
「そうだぜ、アンタはいつも強い人間じゃなきゃいけねえんだ。このふたりのためにもよお」
そう言ってみんなが帰って行った後、北大路が言った。
「ちょっとそこのカバンを取ってくれねえか?」
「これのこと?」
「ああ、それだ」
北大路はカバンの中から実印と通帳印、キャッシュカード、通帳を取り出し、自分の家の登記簿と登記済権利証、そして遺書をマサルに渡した。
「お前らを俺の養子にすることにした。必要書類はここに入れてある。
遺言書も書いた。財産はねえ。ちいせえボロ屋が一軒と、現金が34万と通帳に70万円くれえが入っている。
生命保険は県民共済しか入っていねえから200万円ほどしか出ねえ。
葬式はしなくてもいい。ただ遺骨は女房の墓に入れてくれ」
「そんなこと言うなよ、親父」
「お父さんがいないと寂しいよお。ううううう」
「親はなくても子は育つってな? ふたりとも、しあわせになれよ」
その日の夜、北大路は安らかな顔で天国へと旅立って行った。
1年が過ぎた。
「こんにちは」
「おう、マサル、明美ちゃん、そして明日香ちゃんだったよな?」
明美は女の子を出産していた。
「もう3ヶ月だっけ? 抱かせて抱かせて」
道子が明日香を抱っこした。
「ああ、私も遂にオバアチャンかあ」
「俺にも抱かせてくれよ」
「棟梁、手を洗ってないでしょう! 手を洗ってアルコール消毒してからよ!」
「おっとそうだった。洗って来るから待ってろ」
みんなの笑顔の花が咲いた。
庭のサクラの木の下で、北大路が微笑んでタバコを吸っている気がした。
『シルバー恋愛センター』完
「この初給料で親父に焼肉をご馳走しようぜ」
「うん、行こう行こう、パパに焼肉ごちそうしよう!」
二人は焼肉に北大路を誘った。
「親父、初給料が入ったんです。焼肉を食べに行きませんか? ご馳走させて下さい」
「ありがとう。別に焼肉じゃなくてもいいぜ、安いもんでいい。
食事はな? 何を食べるかじゃねえ、誰と食べるかだ。
お前らと食うなら何でもうめえよ」
「お世話になったせめてものお礼だよ、パパア?」
「そうか? じゃあその前にちょっと付き合ってくれねえか?」
「はい」
「よろこんで!」
北大路は女房の幸子の墓にマサルと明美を連れて来た。
花を手向け、北大路は線香の束に火を点けた。
「女房の墓なんだ。俺が中に入っている時に病気で死んだ。俺は幸子を看取ってやることも出来なかった。
幸子、コイツらがいつも俺が話していたマサルと明美だ。ふたりともいい奴だろう? 俺たちのガキだ」
明美とマサルも、北大路と一緒に手を合わせた。
「いいかお前ら、この墓はお前らのかーちゃんが眠っている墓だ。やさしくて美人でいいかーちゃんだったよなあ。お前らに頼みがあるんだ、俺が死んだらここに俺の遺骨を入れてくれ」
「かーちゃん・・・」
「ママ」
「いいか、過去は変えられるんだ。辛かった過去は忘れちまえばいい。もう終わったことだからだ。
そして今を、この瞬間を精一杯生きるんだ。それが幸福な未来の扉を開ける鍵だ。
人の悪口や陰口、愚痴や泣き言は言うな。思い遣りのある言葉で明るく話せ。
いつも仲良く、明るく朗らかに生きるんだ。
人はな? しあわせに生きる義務がある。自分を大切にしろ、そしてお互いを信じろ。
楽しいから笑うんじゃねえ、笑うから楽しくなるんだ。
辛い時は鏡に向かって言え、「俺ってしあわせだなあ、私ってしあわせね?」ってな?
そうすれば不思議と笑顔でいられるもんだ。「しあわせ」という言葉は魔法の言葉だ。なぜか「しあわせだなあ」と言うと笑っちまう。おっかねえ顔や悲しい顔では言えねえ言葉だ、覚えておけ。
お前たちの母親は死んでこの墓の中にいる。いい母親だった。けっしてお前たちを捨てた母親じゃねえ。
人生を楽しめ、マサル、明美」
「はい」
「はい!」
焼肉屋にやって来た。
「今日は何でも好きな物を食べて、飲んで下さい」
「そうだよお父さん、今日は私たちの奢りだからね?」
「ワリイなあ。でもうれしいぜ。ありがとよ」
三人はビールで乾杯をした。
「よくがんばったな? 乾杯」
「乾杯!」
「乾杯! ありがとう、お父さん」
明美はいつの間にか北大路のことをパパではなく、「お父さん」と呼ぶようになっていた。
その時だった、北大路が胸を押さえて苦しそうに椅子から転げ落ちてしまった。
「親父!」
「お父さん! しっかりして!」
「救急車! 救急車を早く!」
救急車の中で、明美とマサルは北大路の手を握り、名前を呼び続けた。
「親父! 親父! 俺、まだ親孝行してねえじゃねえかよお!」
「お父さん! 死んじゃやだよお!」
「親父!」
病院に着くと、北大路は何とか一命を取り留めた。
翌日、シルバー恋愛センターの仲間が見舞いに来てくれた。
「どうだい具合は? 思ったより元気そうじゃねえか?」
「とりあえず、着替えとか持って来たわよ」
「今度一緒に将棋でもどうですか? 私が教えて差し上げますから」
「北大路さん、早く直してセンターへ出て来て下さいね? 相談者が北大路さんを待っていますから」
「何か必要な物があれば遠慮なく言ってね?」
「今度見舞いに来る時はよお、エッチな本、差し入れてやっからな。あはははは」
みんな各々北大路を励ました。
「みなさん、お忙しいところ、本当にありがとうございました」
「水くせえこと言うなよ。俺たち、家族じゃねえか?」
「そうよ、困ったことがあればいつでも言ってね?」
「ありがとうございます」
「みなさん、お見舞いに来てくれてありがとうございます。
俺がもしもの時にはコイツらのこと、よろしくお願いします」
「何言ってんの。そんな弱気でどうすんのよ。元ヤクザのくせに。うふっ」
「そうだぜ、アンタはいつも強い人間じゃなきゃいけねえんだ。このふたりのためにもよお」
そう言ってみんなが帰って行った後、北大路が言った。
「ちょっとそこのカバンを取ってくれねえか?」
「これのこと?」
「ああ、それだ」
北大路はカバンの中から実印と通帳印、キャッシュカード、通帳を取り出し、自分の家の登記簿と登記済権利証、そして遺書をマサルに渡した。
「お前らを俺の養子にすることにした。必要書類はここに入れてある。
遺言書も書いた。財産はねえ。ちいせえボロ屋が一軒と、現金が34万と通帳に70万円くれえが入っている。
生命保険は県民共済しか入っていねえから200万円ほどしか出ねえ。
葬式はしなくてもいい。ただ遺骨は女房の墓に入れてくれ」
「そんなこと言うなよ、親父」
「お父さんがいないと寂しいよお。ううううう」
「親はなくても子は育つってな? ふたりとも、しあわせになれよ」
その日の夜、北大路は安らかな顔で天国へと旅立って行った。
1年が過ぎた。
「こんにちは」
「おう、マサル、明美ちゃん、そして明日香ちゃんだったよな?」
明美は女の子を出産していた。
「もう3ヶ月だっけ? 抱かせて抱かせて」
道子が明日香を抱っこした。
「ああ、私も遂にオバアチャンかあ」
「俺にも抱かせてくれよ」
「棟梁、手を洗ってないでしょう! 手を洗ってアルコール消毒してからよ!」
「おっとそうだった。洗って来るから待ってろ」
みんなの笑顔の花が咲いた。
庭のサクラの木の下で、北大路が微笑んでタバコを吸っている気がした。
『シルバー恋愛センター』完
応援ありがとうございます!
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