★【完結】海辺の朝顔(作品230722)

菊池昭仁

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最終話 永遠の愛

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 朝顔が美しく咲くためには、太陽と水、養分と空気、そして冷たく深い闇が必要だという。
 おそらくそれは、すべての花に言えることなのかもしれない。
 そして人間もまた同じように、冷たく深い暗闇は必要なのだ。

 友理子を美しく輝かせていたのは、そんな冷たく深い暗闇があったからだ。
 そしてまた、友理子はより美しく輝くだろう。


 薄暮はくぼが近づいていた。
 新湊港の灯台が光り始めた。
 夕陽が日本海に沈んで行こうとしている。
 私は日本海に沈みゆく、夕陽に繋がる黄金の海の道をゆっくりと辿り始めた。

   ザザッー ザザッー

 打ち寄せる波。
 砂に海水が沁み込んでゆく音が聴こえる。
 壮大な夕暮れの海のシンフォニー。

 私はどんどん沖へと進んで行った。
 靴もズボンも海水を含んで徐々に重くなって来た。
 私のカラダが海へと引き摺り込まれて行く。
 既に海水は背広の胸の辺りにまで達し、ネクタイが海にゆらゆらと漂っている。
 私はその時、『海ゆかば』を口ずさんだ。


       海ゆかば 水漬く屍
       山ゆかば 草むす屍
       大君の 辺にこそ死なべ
       かえりみはせじ
      

 友理子と楓の顔が浮かんだ。
 私はさらに沖へと進んで行った。
 遂に首だけが出ている状態となり、足が海底から離れ、時折波が私の顔を洗った。
 日は沈み、辺りはパープルに染まっていた。




 友理子とキャプテンは富山県警に事情を説明し、捜索依頼を願い出た。
 そしておそらく神崎がいるであろう新湊の海岸へと向かった。
 そして海に着くとクルマを降り、ふたりは神崎を探した。
 するとすぐにキャプテンが叫んだ。

 「いました! あそこです! 神崎ーっ!」

 友理子は海に向かって駆け出した。
 靴を脱ぎ捨て、服のまま晩秋の海に飛び込み、クロールで神崎を追った。




 キャプテンの声が聞こえた気がしたが、ただの幻聴だと思い、私はそのまま振り向かずに海を進んで行った。

 その時だった。バシャバシャと必死に波を掻き分け、私の名を叫びながら近づいてくる女がいた。
 友理子だった。

 「あなたーっ! あなたーっ!」

 私は歩みを止めた。
 友理子はすぐに私に抱き付き、大声で泣き叫んだ。

 「死なないでとは言わない! でもあなただけを死なせはしない! 私も一緒に死にます!
 もう私をひとりにしないで!」

 
 どうやら今回も私の願いは未遂に終わったようだった。
 宵の明星が西の空に輝き始めていた。
 私は友理子と手を繋ぎ、キャプテンの待つ岸へと上がった。


 「おふたりとも、もう海水浴のシーズンはとっくに終わりましたよ」
 「キャプテン・・・、ご迷惑を、お掛けしました・・・」

 私はその場に泣き崩れ、砂浜に額を擦り付けて詫びた。
 
 「もう何も言うな、神崎。一緒に帰ろう」

 キャプテンは私を抱き締め、泣いた。

 「神崎、死はすべての人間に平等に訪れるものだ。
 俺にもお前にもだ。
 自ら死を求めずとも、死の方からやって来る。
 たとえどんなに辛くても、最期の最期まで生きろ。
 それが俺たち船乗りの、シーマンシップというやつだ」
 「・・・はい」




 それから2か月後、神崎はみんなに看取られ、自宅で息を引き取った。
 その死に顔はとても穏やかで、笑っているようにも見えた。

 通夜の時、ミュウが井岡会長に言った。

 「会長、神崎さんて本当に変な人でしたよね? バカみたい、カッコばかりつけて・・・」
 「ああ、どうしようもなく馬鹿な奴だったな? 俺より先に死にやがって。
 順番抜かしだろうが? 神崎」
 「そうですよ、私も会長も、神崎さんにしか本気になれなかったのに」

 ミュウと井岡も泣いた。




 そして桜が綻びかけた3月、友理子と楓は神戸のフェリーターミナルに来ていた。
 良く晴れた穏やかな春の日だった。

 「パパ、神戸に来たよ、ママと一緒に。
 ほら見て、とっても素敵なところだね? パパの言っていた通りだよ。
 私、お医者さんになることに決めたの。
 何年掛かってもいい、絶対にお医者さんになる。
 お医者さんになって、パパと同じ病気の人たちを治してあげたい。
 だから天国で見ていてね? 私のがんばっているところを」
 
 楓はスマホの待ち受けにしている神崎の画像を、神戸の街に向けた。

 「ほらパパ、見えるでしょう? パパの好きだった神戸の街が・・・」



 それから3年後、友理子も神崎の後を追うように、病院で亡くなった。
 友理子の死顔も、しあわせそうな穏やかなものだったという。

 ふたりの愛は永遠となった。

                  『海辺の朝顔』完
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