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第3話

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 茹だるような夏の日、ツトム君は汗だくでセメントの粉にまみれになり、一輪車を押していました。
 そこへ現場監督の中野さんがやって来ました。

 「城山君、君は若いのによく働くね?
 どう? ウチの会社で正社員として働いてみないか?」
 「えっ、大日開発さんでですか?」
 「悪い話ではないと思うけど? ウチの会社は待遇もいいし、正社員になればボーナスも出るよ。
 聞けば君は深夜のコンビニ・バイトもしているそうじゃないか? ウチの社員になれば夜の仕事はしなくても済むしね?」

 ツトム君は驚いて中野さんを見ました。
 
 「ありがとうございます。
 でもいいんですか? 僕は高校しか出ていませんし、親もいません。ずっと施設で育ちました。
 そんな僕が大日開発さんになんて・・・」
 「親とか学歴? そんなことで人間の価値が決まるのかい? だったらみんな東大じゃなきゃダメなのか?
 両親が揃っていないと駄目なのかい?
 ジャイアンツだってあれだけ優秀な選手をカネに物を言わせて集めて来ても勝てない。だから野球は面白いと俺は思うけどな?
 色んな人がいるから世の中、楽しいんじゃないかなあ」
 「色んな人がいるから楽しい?」
 「そうだよ、同じ人間ばかりだったらつまらないだろう?
 明日、所長が来るから履歴書を書いて持って来なさい。面接をしてもらうように、私から話しておくから」
 「はい! よろしくお願いします!」

 深々とお辞儀をしたツトム君の汗がヘルメットを伝い、地面に落ちました。


 「良かったですね? ツトム君。
 君の陰日向のない頑張りを、見てくれていた人がいたということですよ」
 「いつも大尉の言う通り、笑顔と努力、そして感謝の心なんだね?
 ありがとう、モロゾフ大尉」
 「よしてくださいよ、照れるじゃないですか?」

 モロゾフ大尉は腰をくねらせ、モジモジしていました。


 
 ツトム君は憧れだった正社員になることが出来ました。

 「コンビニのバイト、やらなくてもよくなりましたね?」
 「ありがとう、大尉のお陰だよ。
 僕ね、その時間を利用して、たくさん色んな資格を取るための勉強をしようと思うんだ。
 建築士とか、土木施工管理技士とかをね?」
 「それはいいことです! 資格を取ればそれだけ仕事に自信も湧いて来ますから。
 でも、がっかりするでしょうね? 大杉店長さん」
 「せっかく良くしてくれるようになったのにね?」



 ツトム君は大杉店長さんに事情を説明しました。


 「良かったじゃないか城山! 大日開発は一流企業だ。
 大学を出ても中々入ることができない会社だぞ。
 よくがんばったな!」
 
 すると大杉さんは缶コーヒーをツトム君に渡してくれました。

 「おめでとう、城山。乾杯だ」

 ツトム君はすごくうれしくて、涙が止まりませんでした。
 
 「じゃあ月末まで、よろしく頼むぞ」
 「ハイ!」
 「なんだか寂しくなるな? お前がいなくなると」

 大杉店長さんは肩を落として帰って行きました。



 店長さんと交代してツトム君がレジに立つと、綺麗な女の人がサンドイッチと紅茶を持ってレジにやって来ました。

 「これ、お願い」
 「ハイ、レジ袋は必要ですか? 有料になりますが?」
 「袋に入れて頂戴。
 城山君、いつも素敵な笑顔ね?」
 「ありがとうございます。
 でも、どうして僕の名前をご存知なんですか? それにお客様のような美人は初めてお会いしましたが?」
 「いつも城山君のことは見ていたわよ。
 ネームプレートに書いてあるじゃないの? 城山って」
 「あっ、そうでしたね?」

 ツトム君とそのお客様は、顔を見合わせて笑いました。

 「ありがとう城山君。じゃあまたね?」
 「ありがとうございました」




 バイトを終えてアパートに帰ると、チャイムが鳴りました。

 「はーい、どちらさまですか?」
 「私よ、さっきコンビニで会った美人なお姉さんよ」

 ツトム君は恐る恐るドアスコープを覗きました。
 玄関ドアの向こうには確かに先程の女性が立っていました。
 ツトム君はドアを開けました。

 「どうかしましたか? 何か商品に問題でも?」
 「ちょっと上がらせてもらうわよ」

 そう言うと、その女性はヒールを履いたまま、ツトム君の部屋に上がり込んでしまいました。

 「あのー、靴を脱いでいただけませんか?」
 「あら、ごめんなさい。ここは日本だったわね?」

 すると「かりんとう」にしがみ付いて黒糖を舐めていたモロゾフ大尉が、慌ててその女性に敬礼をしました。

 「こ、これはリンダ大佐! お疲れ様です!」
 「モロゾフ大尉、休んでよろしい」
 「はっ!」

 モロゾフ大尉は休めの姿勢を取りました。


 「どういうことですか? お二人はすでにお知り合いですか?
 ツトム君、この方はね? 泣く子も黙る、リンダ大佐といって、『ガンバ隊』の隊長なんです!」
 「リンダさんは小さくないんだね?」

 するとリンダ大佐は言いました。

 「私くらいの佐官級になると、自由自在に大きさを変えることが出来るのよ。
 ウルトラマンみたいに50mにもなれるの、やって見せましょうか?」
 「大佐殿、お辞め下さい! 地球が大騒ぎになってしまいます!」
 「冗談よ、大尉は本当に真面目なんだから。
 大尉があまりにもツトム君のことを褒めるものだから、ちょっと会ってみたくなっただけよ。
 さすがは『ガンバ隊』が認めただけのことはあるわね? 大尉の報告通りの好青年だわ」
 「はい、ツトム君はすばらしい青年です! リンダ大佐」
 「止めて下さいよ。僕、そんなに褒められたことがないから恥ずかしいです。
 何もありませんけど、お茶でもいかがですか?」
 「ハロッズの「アフタヌーン・ティ・ドリーム」とかはあるかしら?」
 「すみません、出がらしのほうじ茶しかありません。3日前のですけど」

 
 すると、リンダ大佐はその紅茶をテーブルの上に出しました。

 「はい、これを淹れて頂戴」
 「す、すごい! リンダさんは手品も使えるんですか? Mrマリックみたいです!」
 「私、1級魔法士なのよ」
 「ツトム君、これは手品ではありません、リンダ大佐の魔法はガンバ隊でも一番の魔法使いなのです」
 「そうなんだあ? いいなあ、魔法が使えるなんて」
 「あら、ツトム君だって使っているじゃないの? 魔法を」
 「そんな、出来るわけないじゃないですか? こんな僕に魔法なんて」
 「ほらその笑顔、それが何よりの魔法なのよ。
 その笑顔がなんでも可能にする魔法なのよ。
 そして「ありがとう」は魔法の呪文。
 自分で言うよりも、他人から言われるとその10倍の効果があるわ」
 「笑顔が魔法? モロゾフ大尉も言っていたよね?」
 「笑顔でこの世をいっぱいにするのが『ガンバ隊』の本来の目的ですからね?
 そうなれば戦争も核兵器もなくなります」

 大佐は言いました。

 「ツトム君って面白そうな子ね?
 大尉、私もここでツトム君と一緒に暮らすことにするからよろしくね?」
 「えっ? リンダ大佐もですか?」
 「イヤなの?」
 「いえいえ、滅相もありません!」

 モロゾフ大尉は直立不動の姿勢を取りました。

 「よろしい。ではこれからツトム君の「しあわせプロジェクト」の作戦会議を始めます。
 まずはお酒ね?」
 「お酒ですか?」
 「当たり前でしょう? お酒を飲まないで仕事するバカがどこにいるの?
 人生は二度とないのよ、お酒と恋愛、カラオケのない人生なんて地獄だわ」
 「大佐! ごもっともです!」
 「あのー、僕はお酒を飲んだことがないんです。だからここにお酒はありません」
 「えーっ? ツトム君、お酒飲んだことがないの? 信じらんない! 20歳になったのに? もしかして童貞君だったりして?
 いいわ、私が両方教えてあげる」
 「大佐、リンダ大佐、それはツトム君にお任せしましょうよ、自然に」
 「いいから大尉は黙っていなさい」

 リンダさんはたくさんのお酒とおつまみを、魔法を使って部屋いっぱいに並べた。

 「さあ今夜はとことん飲むわよー!」
 「アイアイサー!」


 その夜、3人の酒宴は朝まで続きました。
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