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第四章

第13話 姉妹

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 遥が校門を出ると呼び止められた。
  
 「沢村遥だよね?」
 「誰?」
 「杉田華蓮。杉田の娘よ」
 「!」
 「ちょっと話しがあるんだけど」



 遥と華蓮はマックへ移動した。

 「私から誘ったから驕るわね?
 何がいい?」
 「いいです、自分で払いますから」
 「自分で? 私のお父さんのお金の間違いでしょう?」
 「違う、私がバイトしたお金です・・・」

 遥は蚊の鳴くような声で言った。

 「マックシェイクのバニラのSを下さい」
 「私はポテトとコーラ、どっちもMサイズで」


 ふたりは奥の窓際の席に座った。


 「うちのお父さん、あなたたち親子の面倒を看ているんだってね?」

 華蓮は親指と細くて長い人差し指でポテトを摘まみ、それを口にした。

 「・・・」
 「どうなのよ。黙ってないで何とか言いなさいよ」
 「お金は借りているだけです。私が働いて必ず返します」
 「べつに返してもらわなくてもいいわよ。お父さんはそういう人だから。お父さんの働いたお金だし。
 お金はどうでもいいの、人助けだから。
 でもね? 父にはもう会わないで欲しいの。
 父は私のお父さんだから」

 (私のお父さん・・・)

 その言葉の重みに遥は打ちのめされた。
 遥は返す言葉が見つからなかった。
 遥には「はい」とも「イヤです」とも言う勇気がなかった。
 
 「あんなオッサンのどこがいいの?」
 「全部です」
 「全部? あんたファザコンなの?」
 「そうかもしれません。私の父は仕事仕事の毎日で、家にもあまり寄り付きませんでしたから。
 私は父親が欲しかったんだと思います。
 父は会社経営に失敗して自殺しました。
 私には父との良い思い出が殆どありません。
 毎日毎日、家には債権者の人たちが押し寄せ、私と母は玄関のチャイムの音が鳴る度に、家の電気を消して布団を被って震えていました。
 もう限界でした。
 私と母は電車に飛び込んで死のうとしました。
 そして電車がホームに入って来た時、あなたのお父さんに母は腕を掴まれました。
 生きる希望をあなたのお父さんに与えて貰ったんです」
 「そうだったんだ。・・・アンタも苦労したんだね? そんな風には見えないけど」

 華蓮は再びポテトを食べた。
 そしてストローを咥え、コーラを飲んで言った。

 「私はね? ずっと父が嫌いだった。
 私の兄もそう。何でだか分かる?
 それは父が浮気ばかりして、母と私たちを放っておいたからよ。
 父は家族を捨てたんだと思った。
 私たちはそんな父をずっと無視していたわ。
 あんな人、家族じゃないと思ってた。
 この前の記者会見を見るまではね?
 でもあの時の父を見て思ったの。やっぱり私たちのお父さんは凄い人なんだって。
 自分のことより、みんなのことなんだなあってね?
 そしてやっと私たちは家族に戻れた気がした。
 あなたたちのことは母から聞いたの。
 でもそんな事情があるなんて知らなかった。
 お父さんのお金だけが目当てだと思ってた。
 でも父は私たち家族の物だから、返して欲しいと思った」
 「ごめんなさい」
 「どうして謝るの? 好きなんでしょう? お父さんのことが?」
 「あなたのお父さんのことが好きです。
 私と母がこうして今生きていられるのも、あなたのお父さんのお陰だから。
 精神的にも金銭的にも支えて貰っています。
 私、そんな大人に会ったことが無かったから。
 いい気になってゴメンなさい。
 もう、お父さんとは会いません。
 もちろん母にもそう伝えます」
 
 華蓮はじっと店の外を眺めていた。
 目の前をいろんな人が通り過ぎて行った。

 「遥って正直だよね?」
 「本当は私も母もあなたのお父さんを諦めたくはありません。
 あなたたちから杉田さんを奪おうとは思いません。でも、少しでいい、少しの時間でもいいからあなたのお父さんと一緒に居たかっ・・・」

 遥は泣いた。

 「じゃあそうすればいいじゃない」
 「えっ?」
 「あの人は私のお父さんで、遥の「パパ」でいいよ」

 (パパ?)

 「いいよ、遥なら。
 お父さんのファンクラブに入れてあげる。
 でも会長は私だよ。分かった?」
 「ファンクラブ?」
 「お兄ちゃんもいるから遥は3番目ね? 会員番号3番。それでもいい?」
 「ありがとう。私何番目でもいい」
 「遥。LINE交換しようよ」
 「うん」
 「それから私のことは「華蓮」でいいからね?」
 「わかったわ、華蓮」
 「遥はこれから私の妹よ。いいわね?」
 「妹?」
 「そう。私たち、ダブルファミリーだから」
 「ダブルファミリー?」
 「後はエロ親父の愛人たちだけだから、もうひとつの家族は遥のところだけよ」

 遥と華蓮は笑った。
 まるで本当の姉妹のように。
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