追放から十年。惰性で生きてきた英雄くずれの私が記憶喪失の少年と出会ったら。

有沢ゆうすけ

文字の大きさ
14 / 43
2nd day

アークレイさんちの朝ごはん

しおりを挟む
 食堂のテーブルにはいくつもの料理が所狭しと並べられていた。



 スクランブルエッグ、サラダ、ポタージュ、野菜とハムのサンドイッチ、マッシュポテト、ミルクの麦粥。



 大皿に積まれた大量のソーセージに、最後は止めとばかりにフルーツの盛り合わせ。



 食卓についているのはセリアとソラ、それに私の三人だけ。フェリシアは後ろに控えている。

 テーブルに並べられた料理は軽く十人分くらいはあったと思うのだけれど……



「うん、めっちゃうまい!」



 ソラは幸せそうに次々と料理を平らげていく。朝食を食べ始めてからしばらく経っているのにそのペースは未だに落ちる気配がない。



 その量はソラ一人でそろそろ七人分に達しそうな勢いだった。


「……お前、見かけによらず結構食べるんだな」

「そうかな?  鍛錬した後だからお腹が減っちゃって。まあ、そうでなくても僕は普段からこのくらいの量なら普通に食べるけど」

「………………」


 モリモリとサンドイッチを頬張りながらのセリフに、私は言葉を失う。

 普段からこの量って……この子の食費って月に一体いくらぐらいになるのだろうか?


 そんな益体もないことを考えていると、後ろに控えていたフェリシアが声をかけてきた。


「よろしいではありませんか、アウローラ様。よく運動して、よく食べる。非常に健康的なサイクルです。ソラ様、よろしければポタージュのおかわりはいかがですか?」

「ありがとうございます、フェリシアさん。いただきます!」


 ソラは空になった皿を元気よく手渡す。

 それを受け取ると、フェリシアは口元を綻ばせながらキッチンへと向かっていった。



「フェリシアのやつ、やけに機嫌がいいな。あいつが笑ってるところなんて初めて見たかもしれない」

「そりゃあ単純にお前がフェリに好かれてないからだろうさ……まあ、アレもあんまり感情を表に出すタイプじゃないのは確かだがね。自分が作った料理を美味そうに食べてくれるのが嬉しいんだろうさ」



 食後のコーヒーを飲んでいたセリアが苦笑交じりに反応する。

 相変わらず、この女は言いにくいことをはっきりと言ってくる。



「え?  アウローラとフェリシアさんて仲悪いんですか?」


 と、そこでセリアの言葉を聞き咎めるようにソラが顔を上げた。


「いや?  仲が悪いというより、この場合は良くはないって表現の方が正しいね。アウローラもフェリも仕事上の会話だけでプライベートの交友なんて一切ないからね。仲良くなるはずがない。それなりに長い付き合いだっていうのにどうかと思うがね」

「そうなんだ……アウローラはフェリシアさんのことが嫌いなの?」


 ひどく純粋にソラが問いかけてくる。

 私はそれに投げやりに答えた。


「……別に。嫌いも何も、そもそも話すことが無いだけだ。向こうだって私と話しても退屈なだけだろ」

「フェリシアさんがそう言っていた?」

「……言わなくたって分かるだろ」



 面倒くさくそう言うと、ソラが、うーん、と首をひねる。



「どうかな。言葉にしなきゃ分からないこともたくさんあると思うけどな。とりあえず、『ありがとう』とか、『美味しかった』とか言ってみたら? 感謝の気持ちを伝えるだけで大分印象は変わると思うよ?」

「ああ、君は本当に良いことを言うな、ソラ。というわけでアウローラ、フェリが戻ってきたら、ぜひとも言ってみたまえ。きっと驚いて目を丸くするぞ」



 揶揄うようにセリアが言ってくる。

 底意地の悪いその態度に私は少しだけむっとなった。



「言わないよ、そんなこと。今までだってこれで何も問題なかったんだから、今更仲良くする必要なんてないだろ」

「必要とか不要とか、そういう話じゃないんだがね。まったく……今年で二十四にもなるくせに、よくもそこまで拗らせられたものだ」

「余計なお世話だ」



 私はそっぽを向いてサンドイッチを齧る。

 もともと料理なんて、お腹が膨れればなんだっていいのだ。

 美味しいか不味いかなんて、さして重要でもない。


 ……まあ、確かにそこらの店よりも、フェリシアの料理の方が味が良いのは認めないこともないけど。



「お待たせしました……何かあったのですか?」



 ポタージュをよそいで戻ってきたフェリシアが私たちの間の奇妙な空気を感じ取ったのか、眉を顰める。

 促すように二人がこちらに視線を向けてきたけど、私はそれを無視してやった。

 

「……なんでもないよ。ただ、お前が作った料理は美味いって話だ」

「はあ……? それは、ありがとうございます」


 仕方なげに溜息をもらして言うセリアに、いまいち納得いかなそうにしつつも、フェリシアはソラの前に皿を置く。


 ソラは置かれたそのポタージュを早々と平らげると、すぐに満面の笑みを浮かべた。



「うん。やっぱり、すごく美味しい。ありがとう、フェリシアさん。こんな美味しい料理なら毎日だって食べたいくらいだ」



 ソラが笑顔で礼を言うと、フェリシアがふわりと微笑んだ。



「恐縮でございます、ソラ様。おかわりはまだたくさんありますから、遠慮なく召し上がってくださいましね」



 それは冷たい氷が融けるような可憐な笑顔だった。



 この数年の付き合いの中で、私に見せることのなかった表情。





 ……なるほど。





 この子の言う通り、感謝の言葉を伝えるというのは少なくとも彼女にとってはそれなりに重要なことだったらしい。







 †






 朝食が終わると、セリアが話を切り出してきた。



「――さて、それじゃ今後の予定について話し合おうか」


 満足そうにお腹を押さえていたソラが顔を上げる。


「今後の予定、ですか?」

「ああ、昨日は準備が何もできていなかったからこの屋敷に泊まってもらったけどね。ソラ……君には今日からアウローラのアパートで彼女と一緒に住んでもらうことになる」


 決定事項のようなセリアの口振りにソラがきょとんと首を傾げる。


「あれ、そうなんですか? てっきりこの屋敷で一緒に住むことになるんだと思ってましたけど」

「本来ならそうしてやりたいところなんだがね。これから私たちは終戦記念式典の準備で色々と忙しくなる。屋敷を空けることも多くなるし、逆に屋敷への来客も増えてくるだろう。不特定多数の人間が入り乱れる状況は君にとってあまり良い環境とは言えないと思ってね」


「終戦記念式典?」


 耳慣れない単語を聞いたソラが疑問の声を上げる。

 セリアは、ああ、とうっかりしていたというように頭を掻いた。


「そうか。君にはその辺りの説明も必要か……んー、そうだな。君はアンジェから人魔大戦のことについては何か教わったか?」

「さわりだけなら。たしか何十年も続いた魔獣との戦争のことですよね?」

「そうだ。人魔大戦は十年前、〝聖王〟カイラード陛下やその他多くの英雄たちの命を代償に終結したが、永きに渡って続いたこの大戦は世界に甚大な被害をもたらした。今も続く局所的な魔獣災害はもちろん、飢餓や貧困、疫病の増加……まあ、幸いこのラルクスはよそと比べると被害はかなり小さい方なんだがね」

「それは良かった……って、言っていいのかな?」

「言うべき場所と相手を間違えなければ構わないだろうさ……でだ。終戦記念式典というのはその名の通り、大戦の終結を記念した式典のことだ。と言ってもそこまで堅苦しいものじゃない。ラルクスを含めた近隣都市合同で行われる大規模な祭りみたいなものだ。開催まで残りひと月もない。出来る限りのフォローはするが、その間、君の面倒は基本的にアウローラが看ることになる」



 そこでセリアの真摯な瞳が私を射貫く。



「そういうわけだ、アウローラ。大人しそうな見た目に反してこの子は色々と危なっかしい。護衛の件、くれぐれもよろしく頼む」



「……頼む、ね」



 その言葉に、私は少しだけ訝しむように目を眇める。

 貴族らしく、普段から命令や決定口調で話すセリアがそんな言葉遣いをするのはかなり珍しい。


 昨日も思ったけど、それだけセリアはこの少年に思い入れができているということだろうか。



「護衛に関してだけなら引き受けるさ。ただ全面的に面倒を看ろっていうなら無理だぞ。知っての通り、こっちは騎士崩れの傭兵もどきなんだ」

「そこはお前なりのやり方で構わないさ。できる限りこの子が傷つくことのないよう便宜を図ってやってくれ。寄る辺のない者の気持ちは、お前も身に染みて解っているだろう?」



「……………」



 諭すような言葉に私は何も言えなくなってしまう。

 本当に、この女は見透かしたように物を言ってくる。



「ま、差しあたって今日は日用品の買い出しだろうな。これから二人で住むにあたって色々と入り用な物もあるだろう。買い物ついでにソラに街の案内もしてやってくれ」

「……いいけど。私は今あまり手持ちがないぞ」

「そのぐらいは経費ということで私が出すさ。それ以外にも必要な物があるなら後日請求してくれればいい」

「それはまた……随分と太っ腹なことで」

「馬鹿言え。私の腹は太くなんてない」



 つまらないことをセリアは言う。

 相変わらず、この女のジョークのセンスは壊滅的なようだ。

 そんな私たちのやり取りを静かに聞いていたフェリシアが声をかけてくる。


「アウローラ様、それでは本日は街へ買い出しに?」

「不本意ながらな。お前もそれでいいか?」

「もちろん! 教会にいた頃はほとんど街に出る機会がなかったからなー。楽しみだよ」



 視線を向けると、ソラが目を輝かせてそわそわとしていた。

 その仕草はさながら散歩前にしっぽを振る子犬のようで少しだけ微笑ましい。



「かしこまりました。それでは私の方で今後必要になりそうな日用品と店をリストアップ致します。街の案内もとなると、あまり買い出しに時間も割けないでしょうし」


「ああ」


 てきぱきとしたフェリシアの仕事ぶりに感心しつつ時計を見ると、時刻は九時を少し過ぎたところ。





 窓から覗く外の天気は憎らしいほどに晴れ渡っていた。






しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

処理中です...