追放から十年。惰性で生きてきた英雄くずれの私が記憶喪失の少年と出会ったら。

有沢ゆうすけ

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2nd day

ホットドッグはおいしかった

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「はー……さすが観光都市。すごい賑わいだな」


 その通りの光景を見て、ソラが感心したように呟く。


 セリアの屋敷を出て、私たちが向かった先はラルクスの東区画だった。

 ラルクスはアルフォンス大時計塔を中心として、主に古くからの街並みを残す西区画と再開発が進んでいる東区画とに分かれている。

 特に私たちが今いるこの十三区は観光客向けの店が多く軒を連ねる歓楽街で、その賑わいはラルクス一と言われている。

 目の前の通りには服飾店や雑貨店、屋台などが軒を連ねており、冬の寒さとは無縁の活気に満ちていた。



「うへ、そういえば今日は祝日だったか……日が悪かったな」


 
 頭の中にカレンダーを浮かべて今日の日付を思い出す。

 ……ついてないなあ。私って昔からいっつもこんな感じで間が悪いんだよなあ。

 普段よりも多い人通り。

 どこもかしこも人、人、人の山。

 冬なのに空気がむわむわしててなんだかすごく気持ち悪い。


「……やばい。帰りたくなってきた」

「早いわっ! いやまだ来たばっかだろっ⁉」


 隣にいたソラが小気味よくツッコミを入れてくる。

 でも、そうは言ってもなあ……


「だって、これじゃゆっくり買い物なんてできなさそうじゃないか。ていうか生活品の買い出しぐらいなら別に繁華街じゃなくてもいいじゃないか。なんでわざわざこんなところまで……」

「そうかもしれないけど、フェリシアさんのメモにはここが書かれてたんだろ? てかアウローラはなんでそんなにテンション低いんだ? 普通あんなに露店が並んでるだけでテンション爆上がりじゃないの?」

「あのな、言っとくけど私は十年この街に住んでるんだぞ? いまさら目新しいものがあるわけじゃないし。大体露店程度ではしゃぐとか子供か、お前は」

 呆れてそう言ってやると、ソラはたちまち不機嫌そうに頬を膨らませる。

「悪かったな、子供で。でも、そっちだって決まったことにグチグチ文句ばっか言って子供みたいじゃないか。そんなの言ってる暇があるんならさっさと移動した方がいいんじゃないの?」

「……む」


 腹立たしいがソラの言う通りだ。

 いつまでもここにいても仕方ないし、さっさと片づけて帰ろう。

 そう思い、フェリシアから渡されたメモをポケットから取り出す。

 メモにはフェリシアらしい几帳面な字で、生活に必要な日用品とそれを売っている店、それと簡単な地図が記載されていた。



 それを、じっ、と見つめること数秒。



「? アウローラ、どうかした?」

「……ちょっと待て」



 私は地図を見て左を向く。もう一度地図を見て今度は右を向く。それから地図を見て、正面を向いて、また地図を見直した。



「……あのさアウローラ。もしかして……道分かんないの?」

「そんなことはない」



 私は手元の地図から目を離さずに答える。

 これは、そう……人通りが普段より多くて、道が雑多になっているせいだ。少し時間をかけて、よく見れば分かるはず。

 今私たちがいるのがここで、この店があそこにあるから、次はえっと……


「ええ……嘘だろ? 十年も住んでるくせに道分かんないとか。いまさら目新しいものなんてないんじゃなかったの?」

「うるさい。誰も分からないなんて言ってないだろ。ただ久しぶりにこっちに来たからちょっと迷ってるだけだ」

「なに変な意地張ってるんだよ。あのさ、分からないなら誰かに訊いてみようよ。ほら、ちょうどあそこの店の人、さっきからこっちを見てる」

「あ、おいっ」



 焦れたソラは私の手からひょいと地図を抜き取って、スタスタと歩いていく。慌てて後を追うと、ソラが向かった先は香ばしい匂いを漂わせている年季の入った移動式の屋台だった。

 そこの屋台の店主らしき若い男が鉄板を挟みながら、にこやかに声をかけてくる。



「いらっしゃい。さっきからメモと睨めっこしてたみたいだが、坊ちゃんたち、観光かい?」

「いえ、観光じゃなくて、しばらくこの街で暮らすことになったんです。それで生活品の買い出しに来たんですけど、道が分からなくて」

「へえ、引っ越しとはそりゃめでたい。ここは良いところだぜ。街並みは綺麗だし、治安も良い。ま、市長様はちっとおっかないがね」



 最後に付け足された言葉にソラが首を傾げる。



「え? セリアさ……市長って、おっかないんですか?」

「おうよ。見た目は別嬪なんだけどな。少し前にこの辺りで露天商同士の小さな喧嘩があったんだが、いつの間にか周りにいたやつらも巻き込んでの大乱闘になっちまってよ。騎士たちも動員されたんだが、なかなか収まんなくてな。で、たまたま通りかかった市長さんが喧嘩両成敗っつってその場にいた全員を拳一つでノしちまったんだよ。仲裁に入った騎士たちも含めてな。新聞なんかにも取り上げられてラルクス中で話題になったんだぜ? 曰く、騎士様よりも強い市長様ってな」



 身振りを交えながら話していた店主が、おっと、と手元の鉄板で焼かれていたソーセージをトングでひっくり返す。



「ま、それでも俺は良い市長だと思うけどな。若いのにいろんな政策を打ち出して、市民の生活と街の発展に努めてくれてる。おかげで、こんな俺でも今んところ食いっぱぐれていないしな」

「そっか。それなら安心ですね」



 そう結論づける店主にソラは嬉しそうに笑い、店主も釣られて、ニカッ、と白い歯を覗かせた。



「それで? 坊ちゃんたち、どこ行きたいんだい? この辺のことなら店の名前でも教えてくれれば大体分かると思うぜ」

「あ、はい。ここなんですけど」



 ソラが地図を手渡す。店主はそれを見てすぐに、「ああ、この店ね」と頷いた。



「この店なら、そこの通りを入って二つ目の角を右へまっすぐだな。結構目立つ看板出してるから近くまで行けばすぐ分かると思うぜ」

「ありがとうございます。ところでこのホットドッグ、美味しそうですね」



 ソラは背伸びをして露店の中を覗き見る。

 透明なケースの内側では熱々の鉄板の上でジューシーな音を立てながらソーセージが焼かれていた。鉄板の横には中心に切り込みを入れられた大量のパン。

 どうやら、この店はホットドッグ屋らしい。



「おっ、お目が高いね、坊ちゃん。うちのホットドッグは絶品だぜ。どうだい、お姉さん。引っ越し祝いってことでサービスしとくぜ?」

「……アウローラ」

「そんな目で見るな、バカ……じゃあ、一つ頂くよ」



 物欲しそうに見上げてくるソラに溜息をついて、店主に料金を支払う。

 店主は「まいど」と笑って、ソラに大きめのホットドッグを手渡した。

 私たちは店主に礼を言って、その場を後にする。



「アウローラの分は買わなくてよかったの?」



 店主から聞いた通りを歩いていると、ソラが出来立てのホットドッグの包みを剥がしながら訪ねてくる。



「あのな、さっき朝食食べたばかりだぞ。そんな脂っこいもの食えるか……というか、お前の方こそあれだけ食べた後で、どうしてそんなのが入るんだ?」

「え? こんなのちょっとしたおやつみたいなもんだろ? 朝も思ったけど、アウローラって傭兵のくせに小食だよね」

「馬鹿言うな。私の食事量は平均的だし、あれだけ食えるお前の胃がおかしいんだ」


 呆れた視線を向けると、ソラは「そんなもんかな」と呟きつつホットドッグに齧りつく。すると、たちまち幸せそうに頬を緩ませた。



「ところでさ、アウローラって普段こっちの方で遊んだりはしないの?」



 土地勘のない私を不思議に思ったのか、ソラがそんなことを訊いてくる。私は少し考えるように上を向いた。



「まあ、そうだな。今住んでるアパートは西区画にあるから、東区画こっち方面にはほとんど来ないし……というか、遊びに出かけるっていうこと自体ほとんどしないな」

「えっ、そうなの? じゃあ、休みの日とかどうしてるの?」



 ソラが信じられないとばかりに訊いてくる。

 用がないから出かけないのってそんなに不思議なことだろうか?



「別に。部屋で寝てるか、あとはせいぜい買い出しぐらいだな。たまに知り合いに連れられて出かけたりもするけど、基本的に私はそいつの後ろについていくだけだし」


 でも、そうか。

 考えてみれば、もう十年も暮らしているのに私はこの都市のことをほとんど何も知らない。

 あの場所にホットドッグの屋台があったことも、この辺りが休日にこんなに賑わうことも。

 セリアからの仕事と最低限の買い出し以外は、ほとんど部屋に籠りっぱなしの毎日……我ながらつまらない人間だとつくづく思う。



「そっか。でも、それならこれから楽しみだね」



 唐突におかしなことを言ってくるソラに、私は首を傾げる。



「……楽しみ?」

「うん。だって、知らないってことはこれから先、新しい発見とか出会いとかがたくさんあるってことだろ? それはきっと、楽しいことだと思うんだ」



 そんなことをあっけらかんと言って、ソラは食べかけのホットドッグを差し出してくる。



「とりあえず、これの味から知ってみたら? このホットドッグ、絶品っていうだけあってメチャクチャ美味いよ」



 差し出されたホットドッグとソラをじっと見つめる。ケチャップとマスタード、それと焼きたての香ばしい匂い。

 朝食を食べたばかりで胃もたれしそうだったけど、ソラがあまりにもにこやかに勧めてくるものだから、私は仕方なくそれに齧りついた。

 パリッ、という音と一緒にスパイスの効いた肉汁が口いっぱいに広がっていく。



「どう? 美味いだろ?」

「……まあまあ」



 唇についた脂を舐めとって答える。





 とはいえ、やっぱりお腹が膨れてるときに食べるものではなかったと、少しだけ後悔したのは言わないでおいた。







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