追放から十年。惰性で生きてきた英雄くずれの私が記憶喪失の少年と出会ったら。

有沢ゆうすけ

文字の大きさ
40 / 43
3rd day

断罪

しおりを挟む
「………………は?」


 突然の行動に声がハモった。

 特に目の前にいたミリーは分かりやすくあたふたしている。

 はわはわと視線を彷徨わせて、助けを求めるみたいにこっちを見てくる。

 けど私だって何が何だか分からない。

 ウェルズリーはそんな周りの動揺を無視して口を開く。


「これまでの非礼の数々、深くお詫び申し上げます。ミリアリア=エイベル卿。ただ平民であるという理由で私は貴殿を侮り、貴殿の過去を利用した。貴族としても騎士としても恥ずべき行いだった。許されるとは思っていないが、それでも謝罪させてほしい……申し訳なかった」

「え? ……えっと」


「なるほど、敗北の代償か。そういえばあの坊主はお前に謝罪を要求していたな、ウェルズリー」


 一人冷静に状況を俯瞰していたキースが声をかける。


「だがその言葉は本当にお前の本心なのか? 身に染みついた価値観ってのはそう簡単に変わるモンじゃねえだろ。決闘に敗けたから嫌々頭を下げてるだけじゃねえのか?」

「……そうですね。貴族が平民よりも優れているという認識は今でも変わりません。けど平民にも牙を持ち、立ち上がり、咬みつく気概を持つ者もいる。それは、分かりましたから」


 ウェルズリーは腫れあがった頬を擦る。

 平民を下等と嘲り、侮辱したその代価。


 キースは不機嫌そうに、ちっ、と舌打ちする。


「馬鹿が。たかが一回敗けたくらいで物分かりが良くなりやがって。エイベルに何度もぶちのめされておきながら何も変わらなかったくせによ」

「あの少年だったから……というのが自分の中では大きかったのだと思います。指導をしてやるなど思い上がりでした。まさか自分より一回りも歳下の少年に敗けるなんて思わなかった。あの一撃で自分の価値観は粉々に壊された。見事な一撃でした」

「……お前が望むなら弁護ぐらいはしてやるが?」

「不要です。自分は敗けました。騎士として、これ以上無様を晒す気はありません」



「――話は済んだな」



 鋭いアルトボイスが空気を断ち切る。



 ウェルズリーは立ち上がると、セリアへと向き直った。

 まるで沙汰を待つ罪人みたいだ……いや、実際そんな感じなのか。


 セリアはウェルズリーを睨みつけたまま、低くキースに問いかけた。


「ヴァイルシュタイン卿。一応確認するが、こいつの処遇は私が決めていいんだな?」

「……好きにしろ」


「ちょっ、ちょっと待ってください、アークレイ市長! ウェルズリーをどうするつもりですか⁉」


 セリアとウェルズリーの間にミリーが割って入る。

 セリアはそれをつまらなげに眺めて肩を竦めてみせた。


「どうするも何も殺すつもりだが? 君のことはアウローラから聞いてるよ。ミリアリア=エイベル騎士。君だってソイツには散々迷惑をかけられてきたんじゃないのか?」

「……だからと言って殺すほどのものではありません。貴女は、ただ気に入らないからという理由で彼を殺すというのですか?」

「殺すよ。私は私の身内を傷つける者を赦さない。報いは必ず受けさせる。悪いけど、それを邪魔するというなら君でも容赦はしない」

「っ、アークレイ市長ッ!」


「――面倒だ。フェリ、黙らせろ」


 セリアが命じた次の瞬間、ミリーの身体が壁に叩きつけられた。


「――がっ⁉」

「失礼。どうかお静かに」


 ミリーは拘束を解こうと藻掻くが、フェリシアの身体はビクともしない。


 フェリシアはセリアの優秀な侍女で護衛だ。

 華奢な身体に不釣り合いな高質の青色魔力。

 その総量は現役の騎士であるミリーを上回っている。

 今のミリーではフェリシアを撥ね退けるのは難しいだろう。


「……ッ、団長! 止めてくださいっ‼ 騎士は国民を守るための剣であり盾です! ここでウェルズリーを殺せばその盾を一枚失うことになります! 失うならば戦いの中であるべきです! ここで殺されるのは間違っています!」


 ミリーはキースに必死に訴えかける。

 けれどキースはその言葉に動かされることはなく、緩く首を振るだけだった。


「そうだな。だが、代わりにアークレイ市長の怒りを治めることはできるかもしれねえ。ここでアークレイ市長と完全に決裂してしまえばあの坊主を引き入れる道も閉ざされる。それを回避できるなら、ソイツ一人の命ぐらい安い代償だ」


 あまりにも冷たい物言いにミリーは言葉を失う。

 セリアは、ふん、と鼻を鳴らして。


「――ああ。あの子を引き入れる代価にはまるで足りないが、とりあえず第十七師団アンタたちへの怒りはコイツの命で治めてやる」

「感謝する……そういうことだ、エイベル。諦めろ」

「団長!」


 話は終わりとばかりにセリアはミリーから視線を外して、懐から拳銃を取り出す。

 グリップ部分にアークレイ家の家紋である青い薔薇が刻印された銀色の短銃。


 セリアはそれをウェルズリーに向けると、何の躊躇なくその両脚を撃ち抜いた。



「――――⁉ ぐあ、あああああああああああああああッ⁉︎」



 室内に轟く絶叫。

 いくら威力の低い短銃とはいえ、魔力を纏っていない無防備な状態であれほどの至近距離から撃たれたら人間の脚ぐらい簡単に抜けるだろう。


「騎士として、高潔なままに死ねると思ったか? 言ったはずだぞ。私は私の身内を傷つける者を赦さない……お前は私にとってのタブーを犯した。その時点で、楽に殺してやる選択肢なんて私にはないんだよ」


 転げ回るウェルズリーにセリアは再び銃口を構え直す。


「そもそもさ。お前は自分が死ねばすべてが丸く収まると思っているのか? おめでたい頭だな。言っておくが、お前が死んだら私はお前の生家にこの件の落とし前をつけさせるぞ? 当然だよな? 子の責任はそれを育てた親にもある。こんなボンクラを送り出し、私の庭で好き勝手させた愚物どもにはそれなりの報いを受けてもらわないとなぁ?」

「な、馬鹿な――ふざけるなッ⁉ あの少年を傷つけたのは俺だ! 家は関係ない! 俺が死ねばそれでいいだろうッ⁉」

「いいわけあるか、この阿呆が。お前如きの死があの子の痛みと釣り合うと思ってるのか? 己惚れるなよ、クソガキ。お前の命にそれほどの価値なんざない。足りない分は他から取り立てるに決まってるだろうが」


 眼を剥き、必死の形相で叫ぶウェルズリーをセリアはただ冷徹の眼差しで見下ろす。

 その眼光を受けて、ウェルズリーの表情が青褪めていく。

 彼の両脚からは今も止めどなく血が溢れ出している。

 このまま放っておけば失血死するだろう。


 けれど、ウェルズリーはそんな状態を意に介さずに、床に額を擦りつけて懇願した。


「……頼む。私だけにしてくれ。命で足りないというなら一生をかけて償う。どんな命令にも従う。だから、どうか……ッ!」

「……そこのお嬢さんが哀れだよ。何度もお前を諫めただろうに、結局その全てが徒労だった。また一つ、仲間を守れなかったという負い目を背負うことになる」


 セリアが引き金を引き絞った。

 次の瞬間には弾丸がウェルズリーの頭を撃ち抜くだろう。

 ミリーが何かを叫んでいる。

 キースは事の成り行きを見守っている。


 私はただぼんやりとその光景を眺めていた。

 
 良く知らない他人が生きようが死のうがどうでもいい。

 二、三日もすればきっとコイツの顔も思い出せなくなるだろう。





 でも。

 ああ、きっと。


 あの子は―――そうは思わないんだろうな。




「―――――」



 刹那に響く、乾いた銃声。

 過たぬはずだったその弾丸は、ウェルズリーの頭を撃ち抜くことなく、数センチ横の床を貫いていた。


「……何の真似だ、アウローラ」


 私が掴んだ腕をそのままに、セリアは低く抑えた問いかける。

 私を睨むその眼は、煮えたぎるような怒りが宿っていた。


「別に。価値がないなら殺すことに意味はないと思っただけ。落ち込んだミリーを慰めるのもちょっと面倒そうだし」

「つまり彼女への同情が理由だと? そんなあやふやな理由で私が納得すると思ってるのか?」

「思ってないよ。でも、セリア。大事なことを忘れている。この決闘を始めたのはアイツだ。なのに


 怒りに満ちていたセリアの瞳が、虚を突かれたように丸くなった。


「ここでコイツを殺して、アイツに何て説明するつもりだ。自分のせいでアンタがコイツを殺したと知ったら、アイツは傷つくんじゃないか?」

「……ソラ君には、そこのお嬢さんに謝罪した後、別の支部に異動になったと説明するさ。口裏を合わせればあの子にそれを確かめる術なんてない」

「本気で言ってるのか? アイツは子供だけど、そんな雑な言い訳で納得するほど脳内お花畑じゃないだろう」

「…………」


 私が止めるのはセリアの言う通り、たぶん同情……なんだと思う。

 ただそれは、這いつくばってるウェルズリーに、じゃない。

 戦ったのはあの子で、決闘に勝ったのもあの子だ。
 

 なのに、あの子のいないところで勝手に全部を終わらせるのは……あんまりだろう。



「……フェリ。どう思う?」


 セリアは振り返らずにフェリシアに問いかける。

 フェリシアは思案するように少しだけ目を閉じて。


「そうですね。ここでその方を始末しても対外的には問題はないかと思われます。ヴァイルシュタイン様が黙認されている以上、エイベル様お一人が多少騒ぎたてたところでさして変りはないでしょう。その後ウェルズリー家を潰すのもアークレイ家の力を以てすれば容易いこと。私個人としてもソラ様には好意を抱いておりますので、それを傷つけたその方には相応の報いを受けて頂きたいものです……けれど、それはあくまで私個人の感情であって、ソラ様のご意志ではありません。あの方は優しいから。アウローラ様の仰る通り、ソラ様がこの結末に納得されることはない思います」


「……そうか。そうだよな」


 セリアは内圧を下げるように、ふー……と長く息を吐く。

 それから懐に短銃を仕舞った。


「命拾いしたな、クソガキ。あの子に免じて今回だけは見逃してやる。今度私の視界でふざけた真似したら容赦なくその頭をぶち抜いてやるぞ」


 そう言って、セリアはあっさりと踵を返す。

 フェリシアはミリーの拘束を解くと、音も無くセリアに付き従った。

 
 部屋を出る直前、私に振り返ると。


「アウローラ。今回の件、お前の不手際でもあるからな。私はお前にあの子をあらゆるものから守れと依頼したはずだぞ。言っておくが――次はないからな?」



 最後にそんな言葉を残して、セリアとフェリシアは部屋を出ていった。



「……ああ、覚えておくよ」


 誰にともなく呟く。





 こうして、私にとっても、ソラにとっても長い一日はようやく終わりを告げた。

 



















しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...