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3巻
3-3
しおりを挟む私、ウスマンは、村人全員を我が家に集めた会議を開いています。
現在村にいる人数はそう多くないため、一部屋に集めることができました。
いくら私が村長だとはいえ、なんでもかんでも勝手に決めるわけにはいきません。特に重要な決定をする時は、こうやって村人を集めて会議をするのが、この村に代々続く伝統なのです。
しかし今回の議題は、どうしても難しい要件でした。
「食料が三日しか持たないんじゃぞ!! 今すぐに街に買い出しに行くべきじゃ!!」
「しかし、行くにしても、戻ってくるのに一週間もかかる。その間はどうしのぐんだ!! それに、今この村にいる人間でまともに戦えるのはカイだけだぞ!! カイを買い付けにやったとして、村の護衛はどうするんだ?」
「食料については、節約してどうにかやるしかない。村の護衛の方は、そうそう襲われる心配はないから大丈夫だ」
「節約して三日しか持たないのに、一週間も待てるのか? 大体、つい昨日食材を奪われたばっかりだってのに、襲われる心配がないなんてよく言えるな! それならば、カイには村にいてもらって、ここを通る商人や冒険者に買い出しを頼んだ方が得策だ」
「それこそ、通るかわからない者たちを待つだけじゃないか! どこが得策なのだ!!」
「しかし……」
こうして村の者たちの言い争いが続いています。
私は村長という立場である以上、両方の意見をしっかりと聞き、どう行動すれば村の人たちを守れるのか考えて決断しなければなりません。が、確かにどちらの意見にも一理あるため、判断に迷うところです。
私個人としては、冒険者も商人も通りかからずどうしようもなくなる、という最悪の事態を避けるためにも、すぐにでも買いに行かせるべきだと思っております。ただ、その間に村が襲われてしまってはどうしようもありません。
とはいえ、カイ以外が買い付けに行くのは現実的に厳しいのです。今村に残っているほとんどの者は戦えないため、道中で襲われようものなら、抵抗すらできず、そのまま帰ってこれなくなる可能性だってあります。
ですが、ずっと悩んでいるわけにもいきません。ここは村長として、多少強引でも決断すべき場面なのでしょう。
そう考えた私は、場を収めるために口を開きます。
「皆、私の話を……」
コンコン。
「誰かいませんか?」
丁度その時、ドアがノックされました。
ドアの近くにいたカイに出るように目線を送ると、一つ頷いた彼はドアを少しだけ開きます。
その後、外にいた誰かと一言二言話をしたカイは、いったんドアを閉めてこちらへと歩いてきました。
「冒険者が二人来ております。一人は真っ赤な防具をつけた男性。もう一人はメイドでした」
「メイドか……派手な格好みたいだし、どこかのお坊ちゃまか?」
「いえ、そんな風には見えませんでしたが……それに、むやみやたらに暴れ回るような人間にも見えませんでした」
その言葉を聞いて、その冒険者を迎え入れるか、私は悩みました。
冒険者といえば野蛮な人間が多いイメージがあるため、慎重にならざるを得ないのです。不用心に招き入れて、暴れられてはたまりません。
ただ、カイの言葉を信じるならば、そんな人間には見えないそうですね。
「……いいでしょう。案内してください」
若干悩みましたが、このまま彼らを追い返したからといって村の状況が良くなるわけではないので、迎え入れることにしました。
もしかしたら、買い付けを頼んだり、食材を分けてもらえたりするかもしれないという、淡い期待を込めて……
私の言葉に頷いたカイは、ドアを開けて二人の冒険者を招き入れます。家の中に入ってきたのは、言っていた通りの若い男性とメイドで、人が好さそうな見た目でした。
まずは挨拶を交わし、名前を教えてもらったのですが、終始丁寧な対応で、非常に好感が持てます。
本来なら村を挙げての歓迎をしたいところですが、村の現状を伝え、一縷の望みをかけて、食材を分けてもらえないか頼むことにします。
「シン殿、大変言い難いことではありますが、どうか、食料を恵んでくれませんか?」
「いいですよ」
「そうですよね、それはさすがに……えっ?」
正直、断られると思いながらお願いしていました。何せ、お礼のことに言及していないのです。そんなお願い、怪しすぎて普通は断るか、お礼について聞いてくるはずです。
しかし、蓋を開けてみれば即答で承諾してくれたのです。私は少し困惑してしまいました。
「いいですよ。食料を提供します」
「あ、ありがとうございます! ですが本当にいいのですか?」
「はい。ただ、条件があります」
条件。向こうから見返りを求めてきました。
なるほど、そのための即答だったのでしょう。お願いを聞いてやると先に明言することで、自分の要求をこちらに通すつもりなのです。
しかし、その条件次第では帰ってもらう必要が出てきます。大量の金銭などを要求されても、支払うことはできません。買い付けに行くために貯めてきたお金はありますが、そのお金を渡してしまえば本末転倒です。
私は少し声を硬くしながら、シン殿に問いかけました。
「その条件というのは?」
「お金はいらないので、馬車と馬をいただきたいんです」
お金はいらないという言葉に、私は思わずほっと息をつきました。
そして、馬車と馬の要求。これ自体は、難しくない条件です。村の中には何台か使っていない馬車がありますし、馬も都合することはできます。
ただ、こんな要求をしてくるということは、目の前にいるシン殿が、現時点で馬車を持っていないということです。これは大きな問題でした。
「あの……一ついいですか?」
「どうぞ」
「馬車はお持ちでない、ということですか?」
「はい? 持っていませんよ? なので欲しいのですが……」
念のため確認を取った私は、シン殿に帰ってもらうことをすぐに決断しました。
ここまで馬車なしで来たということは、今持っているものが荷物の全てということでしょう。
そうなると、たいした量の食料を持っているとは思えません。彼ら自身も必要とすると考えると、渡してもらえる食材はかなり少ないはずです。その程度の食料と、馬車と馬を交換したところで、こちらにとっては損でしかありません。最低でも村人全員に行き渡らせることができる量がないと、意味がないのです。
そう考えた私は、カイを使って彼らを帰らせようとしました。
ですが、シン殿はカイの口ぶりから、私が何を言いたいのかわかったようです。
「村長さん」
「なんでしょうか、シン殿……たとえ脅されても、村の代表として引きませんぞ」
私は村長として、この村を守らねばなりません。時には厳しく決断し、絶対に引かないという覚悟を示す必要があります。それが、村長の責務だと考えています。
「少し時間をいただいてもいいですか? 俺たちが食料を持っている証拠をお見せしますので」
シン殿はそう言い残して、エリ殿を連れてドアから出ていかれました。証拠とは一体なんなのでしょうか?
部屋の中に妙な沈黙が流れつつも、しばらくすると、シン殿が食料をたくさん持ってきました。馬車は持っていないと言っていたにもかかわらずです。
その量は、手荷物のバッグに入るであろうよりも、明らかに大量でした。しかもまだまだあると言うのです。
私は、いえ、その場にいる村人全員が、驚きのあまり言葉を失っていました。
これでもダメでしょうか? とシン殿に聞かれて我に返りましたが、正直なところ目の前の現実が信じられません。実は超高級な大容量の魔法袋を大量に持っているとか、彼が空間魔法の使い手だとか、ありえない可能性ばかりが、ぐるぐると頭の中を巡っていきます。
「馬車がないと言っていたのに、これだけの量をどうやって……いや、聞かないほうがいいのでしょうね」
あまりに異常な事態に、私はため息をつくことしかできません。
「そうですね、冒険者には、一つや二つ秘密があるものですから」
出所はどこなのか……思わず問いただしたくなってしまいましたが、直前で思い直しました。
このことは、追及するべきではないでしょう。お金も要求せず、これだけ食材を提供すると言ってくれているのに、秘密を暴こうとするような真似はしない方が得策です。
そう考えて、机の上の食材を見ていると、あることに気がつきました。
「ええ……しかし、見たことない食材もあるようですね。タマクなんかに似ていますが、コレは……?」
よく見るとそれらの食材の中には、見たことのないものが数種類混ざっておりました。
私が普段料理をしないため、馴染みがないだけかとも思い、料理に慣れているはずの女性陣の方を見てみたのですが、首を傾げているようでした。
「詳しいことは秘密ですが、珍しい品種というだけで、タマクの一種ですよ」
私の質問に、シン殿が答えてくれました。
そんな珍しいものを持っていることに驚きを隠せない私は、思わず言葉を零してしまいます。
「そんなものまでお持ちなのですか……それにまだ食材があるなら、一週間は持ちそうじゃないか……? それなら当初の予定通り依頼をしても……」
そんな私の呟きが聞こえたのか、シン殿はとある提案をしてきました。
「ええ、まあ。それで、これからのことですが……一週間、俺たちのことを雇いませんか? 元々、そうするつもりだったのでしょう?」
私はその言葉を聞いて、今日何度目になるかもわからないほど驚いてしまいました。
「ええ、まさにその通りです」
何故、私が考えていたことがわかったのでしょう。確かに私たちは、食料を恵んでもらった後、買い付けまで依頼するつもりでした。シン殿はこちらが想定していた流れを、そっくりそのまま言い当ててしまったのです。
「ただし、買い付けはそちらのカイさんにお願いしてください。俺たちが行ってしまうと、この食材を見たことない方はどう調理すればいいかわからないでしょう? 俺は冒険者ですが、料理人でもあるので、皆さんに教えながら調理すればいいと思うんです」
「ふむ」
シン殿の言葉に、私は顎に手を当てました。
シン殿の言う通り、当初は彼に料理の街まで戻ってもらおうと考えていました。
というのは、この村でまともに戦えるのは、門番のカイのみ。その彼がこの村を離れてしまうのは、できるだけ避けたかったからです。
しかし、シン殿が見たことのない食材を持ってきたのは予想外でした。この食材を美味しく食べるには、彼の力が必要でしょう。
加えて、シン殿は冒険者でもあるので、カイの代わりにこの村をしっかり守ってくれるかもしれません。
そういったことを考えると、シン殿に残ってもらうのがベストな方法なのでしょう。
これだけメリットがあるならば、彼の言うことを聞いておいた方がいいと、私は判断しました。
「ぜひ、雇わせてください」
私はそう言いながら、彼に手を差し出します。
「交渉成立ですね」
シン殿はしっかりと、私の手を握ったのでした。
3
「では、さっそくですが……丁度夕飯のタイミングですから、料理を始めましょうか。皆さんも待ちきれないようですし」
村人たちの視線は、テーブルの上の食材に釘付けだった。
満足できるほどは食べていなかっただろうから、仕方がない。
俺の言葉を受けて、村長さんは大きく頷いた。
「それはそれは、ありがとうございます。私たちも食事の準備を手伝いましょう。その間にカイには街へ行く準備を進めてもらって、食事が終わり次第、街に向かってもらうことにします。カイ、頼んだぞ」
「はい」
返事をしたカイは、そのまま家を出て行った。
「手伝っていただけるのはとても助かります。そうですね……自分一人で全員分の料理を作るのは難しいと思うので、可能なら一緒に作ってもらいたいのですが」
「一緒に作る、ですか?」
「ええ。俺が実践しながら教えるので、料理が得意な人たちに真似してもらって、人数分を作りましょう」
そう説明すると、村長さんはすぐさま料理が得意な人を集め始めた。
「そうだ、村長さん。この村って何人くらい住んでるんですか?」
「今日は丁度、会合のために村人全員を集めていますので、この部屋にいる者で全てです。大体、二〇人ちょっとですね」
二〇人か、この規模の村としては少ない気もするが、男手は貴族に徴発されたらしいからそんなものかな。自給自足を保つにはこれくらいの人数が丁度いいんだろう。
さて、そうして集まったのは七人の女性だった。他の人たちも普通に料理できるらしいが、この七人は特にうまいらしい。
「料理の方は俺が担当するので、エリは食器などの準備を頼む。村長さん、村人全員で集まって食事をできるようなスペースと、調理場はありますか?」
「ええ、あります。一年に一度、村人全員を集めて食事をする集会がありますので、その時使う場所を使いましょう。調理場の方も、屋内ではありませんが集会所のすぐ近くにあります」
「わかりました、ありがとうございます。それじゃあエリ、村長さんと一緒に、集会所の準備をしておいてくれ」
「はい、わかました」
頷いたエリと村長さんは、料理担当から外れた村人たちを連れて、集会所の方に移動した。
俺の方は、料理担当になった女性陣とともに、調理場へと足を運ぶ。
調理場は、想像していたよりも立派なものだった。屋外ということで、キャンプ場の調理場みたいな簡素なイメージを持っていたのだが、色々な調理器具が置いてある。
まず最初に、器具の確認だな。わかっていたことだが、この世界にはガスや電気などのインフラ設備がない。その代わりに、魔物から取れる魔石が埋め込まれた魔道具がある。
この世界にやってきた当初、スズヤさんのお店に案内してもらったのだが、彼女は自分の魔法を使って料理していた。実はこれは、かなり魔法の扱いに慣れていないとできないことらしく、例えばスズヤさんのように魚を炎魔法で炙ろうと思っても、普通の人はそのまま燃やしてしまうこともあるようだ。
それではどうするのかというと、魔道具と呼ばれる器械を使うのだ。
例えばコンロ型魔道具なら火が出るし、クーラーのように涼しい風を送り出す魔道具も存在する。
様々な用途のある魔道具だが、大きく分けて二つの種類がある。魔法陣タイプと魔石タイプだ。
魔法陣タイプの方は、魔法陣に魔力を流すことで作動する。MP消費量は多いのだが、自身のMPを使うために細かい調整がしやすく、主にレストランで扱われるようだ。確か、料理の街のウィルの店で見たな。
一方この村にあるのは、魔石タイプだ。主に魔石に込められた魔力を使うので、少量のMPで起動できる。そのぶん、細かい調整はできなくなっている。とはいえ比較的安価なため、一般家庭ではこちらが主に流通している。
俺にとっては使い慣れない魔道具ではあるが、普通のコンロとそう変わらないと思えば、問題なく使えるだろう。その他の道具の確認を済ませた俺は、さっそく調理に入ることにした。
実は既に、何を作るのかは決めている。
何せ手伝ってくれる人は初めて見る食材が多く、慣れない部分もあるはずなので、簡単に作れるものから始める必要がある。
俺はその場に立っていた七人に声をかけ、全員の顔をあらためて確認してから、簡単に自己紹介をした。
「俺の名前はフドウシンです。今はとある理由で旅をしていますが、料理の街では料理人をしていました。慣れない食材も多く、大変だとは思いますが、どうぞよろしくお願いします」
軽く頭を下げると拍手された。
その後、七人にも自己紹介をしてもらう。ほとんどの人が二、三〇代の主婦だったが、一人だけ年若い少女が混ざっていた。
「君は?」
「ミカン、一四歳です」
地球にある果物と同じ名前の少女。
本当に料理が得意なのか心配になり主婦たちを見ると、心配するなと言わんばかりに頷く。
「ミカンちゃんは、私たちよりも料理が得意なのよ。この村で一番の料理上手なの!」
何故か誇らしげに、主婦の一人がそう言った。
一番若いのに、実力は確かなようだな。ここは主婦の言葉を信じるとしよう。
「それじゃあ、今日作る料理ですが……まずは調理が簡単なものから作っていきたいと思います。料理の名前は、『カレーライス』です」
この世界にはカレーライスは存在しないのだろう、料理名を聞いても、主婦たちは首を傾げるばかりだった。
ところが、ミカンちゃんだけは一瞬だけ目を見開き、その後主婦たちと同様に首を傾げていた。
この反応はどういうことだ? 何か知っているのだろうか?
とはいえここで追及してもしょうがないので、話を進めることにする。
「皆さんが知らなくても仕方ありません、遠い国の料理ですから。一度作り方を見せるので、それから一緒に作っていきましょう」
俺はそう言って、調理に入った。
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