『Another Archive Online~ハハッワロス~』

はぐれたぬき

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第三話【ケンタウロスと少女】

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 ん~、眠いな。
 目を閉じたまま手探りで布団を探すが見つからない。見つからないどころか草と土のようなものに触れている感触がある。何が起こった……。
 ……!思考が追いつき、覚醒する。即座に目を開け、体を起こし、辺りを確認する。地面に寝ていた自分、木に体を預けて寝ているジョーカーさん。となると、昨日の出来事は夢ではなく現実……か。ひんやりとした固い地面に寝たせいで体中が固まっているようだ。遠い過去のおぼろげな記憶にそって準備体操をし、凝った体をほぐす。ポキポキという音を出しながら、ちょっとしたすっきり感が味わえる。結構この一時は好きな人がいるんじゃないかと思う。俺は好きだ。

 「ハハッワロス(ポキポキやな)」
 「……むぐぐ。……早起きだな」
 「(意外とぐっすり寝れました)」

 自然と地面に落ちている木の棒を拾い、挨拶をし返す。むぐぐとは朝の挨拶だろうか、とりあえずむぐぐ返しをする。

 「(むぐぐ。)」
 「むぐぐ?」
 「(むぐぐ。)」
 「?」
 「(?)」
 「どうやら意思の疎通ができてないようだぜ」
 「(俺の勘違いのようです。気にしないで下さい。)」
 「お……おう」

 ですよね。寝ぼけてむぐぐってでちゃっただけですよね。異世界だからといって気を配りすぎか?……今思えば寝る前におやすみって普通に言ってたな。となると朝の挨拶は……。

 「(おはよう!)」
 「あぁ……、おはよう。ったー。体中カチコチだぜ。だから森の中で寝るのは嫌なんだよな。早いとこふかふかのベッドに飛び込みたいぜ!」
 「(今日中につけますかね?)」
 「たぶん大丈夫だろ。この川超えてにもう30キロほど進めばルキス町につくはずだぜ」

 太陽の位置的に西のほうを指さすジョーカーさん。……当たり前すぎて気づきが遅れたが、太陽……普通にあるな……。

 朝食に再びウッドボアの肉を食べ、川を超え、ルキス町という町を目指して進んでいく。川はジョーカーさんが魔法で一部凍らせて、橋を作ってくれました。まじ魔法便利。剣とはいったいなんなんだ。そんなこんなでジョーカーさんと雑談?をしながら進んでいくと変な石を突き出してプルプル震えている女の子に遭遇しました。

 「全身黒……。あ、あなたたちがアーカム港で何か盗んだ人たちで……すか?」
 「くははっ。そいつは悪い冗談だ。いきなりそんなことを言われるとお姉さん傷ついちゃうぜ」
 「う……あう。ごめんなさい。神父さんが言ってたんです。全身黒ずくめの方が隣町のアーカム港で盗みを働いたから注意しなさいって……」

 おいおい、はた迷惑な盗人がちょうどよくいるもんなんだな。全身黒というスタイルは分からないでもないが、盗みはよくないぞ。しかし、この子も一人で森の中に入ってきているようだ。見た目とは裏腹に強いのだろうか。 

 「なるほどなるほど。全身黒づくめのやつらが襲ったのか」
 「はい。しかもものすごく変態で、近づくことすら危険であると…」
 「誰が変態だ!…………ぁ」

 へ?

 「……え?え?や……やっぱりあなたたちが盗賊さんだったんですね!」
 「いやいやいや、待て待てお嬢ちゃん。冷静になれ。上を見て深呼吸だ。綺麗な空を見て落ち着け」
 「……空曇ってます」
 「かぁー。お前からもなんか言ってやれ!みりん!」
 「ハハッワロス(深呼吸だ!)」
 「何言ってんだバカ!」
 「うう……二人して馬鹿にして!二人とも捕まえて自衛団に突き出します!」

 ぐおお。ハハッワロスになってしまう事をすぐ忘れてしまう。っていうかさっきジョーカーさん。変人に反応してなかったか。だぁあああああ。いったいどういうことだ。全身黒ってもしかして、本当にジョーカーさんが盗賊なのか?それとも勘違い?分からないが、ここまで良くしてくれたジョーカーさんを疑いたくない。

 「来て、アザルド!」
 「ちっ、やるしかないか……お!」

 女の子の手に持っていた石が紫の光を帯びる。光が魔方陣を描き、その魔方陣から巨体が現れる。馬の脚、大きな石の槍を持った人間の上半身。まさにその姿はケンタウロスそのものだ。石でできた槍を此方に向け、ものすごく威嚇している。能力的には俺より遥かに下だと思うのだが怖すぎる。俺がプレイしていたAAOにはなかったが、どうやらあれは所謂召喚石のようなもので、召喚獣を召喚できる石の様だ。

 「まさかケンタウロスを召喚するとはな。クヒヒッ、良い召喚獣持ってんじゃねーか!」
 「その通りです!アザルドは強いです。変態さんに負けません」
 「まだ言うかちびっこ!」

 なんという展開。つまりこれはどういうことだ。信じたくはないが、話の流れ的にジョーカーさんは隣町とやらのアーセム港で何かを盗んだ。そしてジョーカーさんと一緒にいる俺はその仲間だと思われている。何かを盗んだとしても変態に反応してばれるってどうなんだ。しかもケンタウロス召喚されてから顔色変わってるぞ。めっちゃ笑顔だ。

 「みりん。あっちはやる気みたいだぜ。このままだと俺たちは冤罪でとっ捕まっちまうってわけだ。お相手してあげなきゃな!」

 その言葉を信じていいのか分からないが、俺は間違いなく何も盗んじゃいない。一度捕まってしまうと冤罪コースまっしぐらにいってしまう可能性は十分にある。まずまともに話を聞いてもらえる状況にもっていかねばなるまい。つまり、こちらが優位な状況に!

 もしジョーカーさんが盗賊だったらそれはそれでショックだが、俺の守備範囲は広いうえにゲーム中では女盗賊というのはよくある設定だ。すんなり受け止めてしまいそうな自分がいる。

 「いってアザルド!」

 日本で生活していれば暴力沙汰なんてめったに起こらない。精々口げんかで終わるのが大半だ。ゲームの中では無双していた俺も現実じゃそうはいかない。森の移動の中でこの俺のアバターみたいなのに体がなじんではきたが、イノシシもどきを殺したとしても戦闘に慣れた訳じゃない。ステータスとスキルに頼った攻撃で殺しただけだ。
 女の子たちの手前、顔に出さないようにしているが、恐怖心が隠し切れない。しかし、恐怖心のほかに不思議な高揚感もある。心象が動作に影響を出す。自由に体を動かすことができるかどうか分からない。攻撃は余裕を持って対処しよう。
それはそうとしてジョーカーさん。物凄く嬉しそうな笑みを浮かべているが、何故この場面でそんないい顔してるんだ。

 「あの人達を捕まえるから動けなくして!」

 おおおおおおお!と雄たけびを上げながら突進してくるケンタウロス。巨体の突進は圧迫感がやばいな。とか考えてる暇はない。明らかに捕まえる気ないだろ!これは死ねる。いや、スペック的に死なないと思うが、一般人だと絶対死ぬ。体がでかいだけあって迫りくる圧迫感というものは恐怖心を駆り立てる。迫りくる問題はどう対応するかだ。

 相手が捕まえると宣言している以上、死に至るような過剰な攻撃はしてこないはずだ。
 それにいざとなれば木々に囲まれている場所に逃げればケンタウロスさんは動けないはずだ。

 さすがにジョーカーさんにケンタウロスと戦わせるわけにはいかないだろう。俺が相手をしなければ。そして、ケンタウロスを足止めしている間にジョーカーさんがあの女の子を封じ込めてくれれば、ケンタウロスも攻撃をやめるはずだ。俺はケンタウロスの石の槍に対応するために剣を抜き、防御と回避に専念することにした。こちらの意図を書いて説明している暇はない。剣を抜き、ジョーカーさんに目で訴える。

 「ハハッ!やる気だなぁ、みりん!いいぜ。お前の戦い見せてくれ!」

 ―――ちげーよ!

 時間は待ってくれない。雄叫びを上げてこちらに向かってくるケンタウロスは右手で石の槍を持ち、前に突き出している。

 ―――とりあえず防御に専念する!

 向かってくるケンタウロスの石の槍による突きを持っている剣で横から弾き、同時に『ステップ』を使い余裕を持って槍を持っている手とは逆の位置に移動し、巨体を使った『突進』を回避する。
 避けられたケンタウロスはそのまま体を横に向けながら石の槍を横に一閃してきた。その攻撃も視覚できた俺はしゃがみこんで石の槍を避け、さらに折り返して迫りくる石の槍を斜めに剣を構えることで上に受け流す。
 体をうまく回転させながら石の槍で攻撃してきたケンタウロスは俺に後ろを見せていた。
 相手の隙なのかと思ったのは一瞬、ケンタウロスは体を一瞬屈め、地面が抉れるほどに前足で強く地面を蹴り、後ろ足で蹴り飛ばそうとしてきた。ドッ!という音とともに強力な蹴りが向かってきたが、流れに逆らわず後ろに跳びながら何とか剣の腹で蹴りを受け止め、吹き飛ばされながら相手との距離を確保した。
 強力な蹴りだったと思うのだが蹴りを受け止めた手にたいした痛みはない。

 「うそ……!」
 「こいつはぁ予想以上だぜ。たまらないなァ!」

 この間何秒だ!とツッコミを入れる間もなく、身体が自ずと反応する。格段に上昇している動体視力のお蔭で、相手の攻撃も良く見えるためか対処できる。恐怖心よりも先に体が興奮しているのが分かる。あんなでかぶつ相手に対処できているという結果が何とも言えない興奮を産んでいるようだ。

 ケンタウロスが姿勢を正し俺と睨みあうこと数秒、再びケンタウロスが突進してきた。
 今度は先ほどよりも走ってくるスピードが遅い。
 ゲームとしてプレイしてた頃と同様に、攻撃は横から剣を割り込ませるようにして弾く。弾き、避ける。この動作を繰り返す。そして再び弾く。何度目だろうか。自分の動きとゲーム中の動きがマッチし始める。弾くたびに、避けるたびに体がなじんでくる。体が、頭が熱くなってくる。高揚が止まらない。自ずと言葉が出てくる。たしかに―――

 「ハハッワロス(たまらない!)」 

 再び石の槍を横に薙ぎ払い攻撃してくる。今度は敢えて真正面から石の槍受け止めた。一瞬火花が散り、手に衝撃が走るが、受け止めることができた。
 鍔迫り合いの様な状況が続いたが、全く力負けをしていない。押し返そうと思えばいつでも押し返し、攻撃に転じることだって可能だ。
 力では勝てないと悟ったのか、今度はケンタウロスが後ろに跳び距離をとった。敢えて俺は追撃をせず、相手の動向を見守った。

 「アザルド!……負けないで!」
 「クハハッ!」

 女の子の声援を受けたケンタウロスは体を少し屈め、左手を前少し突出し、石の槍を持った右手を後ろに引き、攻撃体制を作っていた。明らかに『突進』と突きによる攻撃だ。それとも突き系のスキルだろうか。
 ケンタウロス系が持つ攻撃スキルで思い出せるのは『オーラストローク』名前の通りオーラを纏った突きだ。ゲーム内では威力もそこそこ高く、範囲攻撃だったため使い勝手が良かった。そして、発動後は相手の後ろに回り込んでいるというスキルだった。範囲攻撃の欠点としてありがちなクールタイムはもちろん長い。そのため連発することはできないが、かなり優秀なスキルだったはずだ。俺もまだレベルはそれほど高くないが覚えている。
 ケンタウロスが突進し始めた瞬間、右手に持つ槍全体を白色の光のエフェクトが覆っていた。

 ――やはりスキルか!

 通常攻撃や『突進』スキルならなんの問題もなく対処できそうだが、完全な攻撃スキルとなると未知数だ。
 ケンタウロスが使うスキルなので『オーラストローク』の可能性が高い。しかし、実際どんな攻撃なのか分からないので防御するより避けに徹するほうがいいだろう。
 足に力を籠め、いつでも『ステップ』が使えるよう身構えた。

 ケンタウロスが向かってくる。何も真正面から迎え撃つことはないのでケンタウロスの動きに注意しながら横に移動した。
 しかし槍から出る白いエフェクトが強くなったと思った瞬間、向きを完全に此方に変えたケンタウロスが槍を突出し目の前に移動していた。

 ――予想以上に速い!

 俺は『ステップ』を使用し、攻撃を避けようとしたが、ケンタウロスは上半身だけをうねり、右手を更に突出し、光のエフェクトが発生している石の槍を突きだしてきた。

 『ステップ』は高速で移動できるスキルだが、一直線に大股で2歩分程度しか移動できず、更にスキルに1秒ほどのクールタイムがあるせいか、連続使用はできなかった。そのため、『ステップ』を使用し攻撃を避けることはできなかった。
 これ以上下手に避けても戦闘慣れしていない俺では攻撃を食らうと判断し、ケンタウロスではなく石の槍を標的とし、攻撃することを選んだ。
 『スラッシュ!』
 頭に移るのは相手の石の槍に対し、真正面から斜め下に断ち切るイメージだ。
 俺はイメージを体でなぞった。右手に持った剣を左肩に乗せるように引き、そのまま石の槍の先とぶつかるように右斜め下に振り下ろした。
 青いエフェクトがヴォータルソードを纏い、白いエフェクトを纏う石の槍にガンッ!という音とともにぶつかった。
 拮抗は一瞬……ヴォータルソードが石の槍を粉砕した。

 「うそ……」

 ケンタウロスはスキルの反動のためか俺の前を通り過ぎ、そのまま呆然としている女の子の元に駆けて行った。どうするつもりかと思った直後、ケンタウロスは女の子を抱え、森の中へ消えて行った。

 「ハハッワロス(ちょっと待った!)」
 「あ~あ、逃げられちまったぜ。残念残念。だがいいさ。アレもなかなか良かったが、お前はもっと良い!」

 もちろん俺の言葉で止まってくれるはずもなく。ジョーカーさんに至ってはもうどうでもいい感じだ。
 ひとまず昂ぶった体を鎮めるために大きく息を吐きながら剣を収めた。
 最初は恐怖と興奮が入り混じっていたが今は不思議な昂揚感しか残っていない。SRを初めてプレイした時のような感覚だ。それに……身体が勝手に反応してくれる。そして身体に思考がついてくる。ゲームでの戦闘経験が無駄になっていない。さすがSRゲーム。ゲーム内の立ち回りで、ここまで戦えるとは思わなかった。どう考えてもゲームと現実じゃ違いが出る。が、身体機能、スキルという概念さえ加われば現実でもゲームと同様の動きができるということだろうか。
 それに、武器破壊ができた。ゲーム中では武器の耐久度はあまり重要視されていなかったが、この世界では重要かもしれない。
 しかし間違いない。もしかしてというレベルじゃないだろう。さっきの発言といい、ジョーカーさんは盗賊だ。というかもう隠す気ないだろう。あの子には誤解されたままだし前途多難だ。

 「全く。みりんのせいで昂ぶりすぎたぜ。……ふぅ。もうわかっちゃいると思うが俺はあのちびっこの言う通り盗賊だ。で、どうする?」

 単刀直入だな!確かにそんな性格をしていそうだが、どうするか。ジョーカーさんが盗賊ということは分かった。だが、嫌いになれない。可愛いからか?まだ出会って一日も経っていないが、心細い中一緒にいてくれたからか?もしかして惚れてしまった?……分からん。

 「おいおいそんなに悩むなよ。ジョーカーさん困っちゃうぜ。敵となるか味方となるか。2択だ。簡単だろ?」

 やれやれだぜみたいなポーズはやめてくれ。
 急展開についていけないんだよ!しかしどうしてこんな時期早々にカミングアウトした。ごまかし続けていれば、疑念は残るが先ほどまでの関係を続けていられただろう。少なくとも町に着くまでは……。
 ジョーカーさんを嫌いになれない。つまり、敵になりたくない。これは間違いない。かといって盗賊の仲間入りなんてするのも嫌だ。それに何を盗んだんだ。いや、そもそも何故盗んだんだ?

 「お?何だ何だ?」
 「(いくつか聞きたい。何を何故盗んだんだ?そして、どうして俺を仲間に入れようと思ったんだ?)」
 「質問に質問で返すのはマナー違反だぜ。まぁいい。いきなりだしな。盗んだのはラヴァーの指輪。理由は持ち主が気に食わなかったから。仲間に入れようと思ったのはみりんが気に入ったから。これでいいか?」

 気に入ったとか言ってくれるのは正直照れるな。可愛い子に必要とされるのはぐっとくるものがある。持ち主が気に食わなかったから指輪を盗んだか。何故指輪を……ファンタジー世界特有の特殊効果でも指輪についているのか?

 「(指輪に何か効果でもあるのか?)」
 「よく気づいたな。あぁ……、あるぜ。志向性を定め、特定の異性を魅了するって効果がな。こいつの持ち主。あのくそデブが俺様に使ってきやがったからな。イラついて盗んできたぜ」

 おいおい。それ盗まれて文句言えないんじゃないか。指輪で無理やり惚れさせて手籠めにしようってしたってわけか。そのデブ死んだほうがいいんじゃないか。それにしても魅了か。確か、一部の女性型モンスターは魅了スキルを使ってきたな。サキュバスとかサキュバスとかサキュバスとか。AAOではプレイヤーはもちろん女性型モンスターに対してエロいことができないようになっていた。触ろうとすると謎の障壁で阻まれるのだ。攻撃は通るが触れない。きっと多くの男が運営に対して何かしら理由をつけて触れるようにするべきだと要望を送ったに違いない。別にエロい事したいわけじゃないが、現実性を出すためにいたしかたなく触れるようにするべきだ……とかな!しかし、相手の攻撃でこちらを触ってくるのは問題ないようで、防御をがちがちに固めた多くの人間が、サキュバスに殴られにいっていた。今日もサキュバスにいじめてもらうスレとかいうのもあったはずだ。

 「だからあのちびっこも知らなかったろ?何を盗まれたか。どんな指輪が盗まれたか大っぴらにできるもんじゃない」
 「(そのデブは偉い人なのか?)」
 「アーセム港、港を牛耳るお偉いさんの一人さ。この指輪で今まで何人も女を使っていっただろうぜ」

 なんというデブ。死んだがいいデブ。ああくそ。自分には関係ないことだったのに無性にそのデブにイラついてきた。

 「いつもなら気づかれずに盗むんだがな。デブをぼこぼこにしてたらなかなか凄腕の警護隊が来てな。今に至るわけだぜ」

 すっきりしたぜとでも言いたげな顔をするジョーカーさん。デブをぼこぼこにしたのか。それはすっきりする展開だな。思わずグッジョブ!と手で合図を送る。そしてそれに答えるジョーカーさん。まさかグッジョブも通じるとは思わなかったが、今ここに友情は作られた。ん……?志向性を持たせて、異性を魅了する?

 「(もしかしてその指輪今俺に使ってたりします?)」
 「だめだろうか?」

 キリッとした顔でだめだろうか?なんて言ってもだめに決まってんだろ!だああああああ。もしかして俺がジョーカーさんを嫌いになれないのはこの指輪のせいなのか?

 「まぁ安心しろ。俺と一緒でみりんも魅了に対して抵抗があるみたいだからな。本当にこの指輪が効いてるなら今頃俺様の椅子になってるぜ」

 女王様プレイ!?いや、冗談は後にして、言われてみればそうなのかもしれない。しかし、ジョーカーさんに対して気持ちが揺れてるのは間違いない。だが、この気持ちが魅了のせいなのかどうなのか。俺では判断がつかない。

 「別にいらないが、せっかく盗んだんだから使ってみようと思ってな?使ってみたわけだぜ。ここまで効果がないとは、やっぱり欲しいものはこの手で手に入れろってことかね」

 使っちゃだめだろう。俺が手に入れても使わない……と思います。俺を欲しいとか言いながら流し目で俺を見るのはやめてくれ。すげードキドキします。
 俺の気持ちはどうであれジョーカーさん的には俺が欲しいということか。お…………仲間として!
 冷静に考えてまだ会って半日程度の中だしな。戦闘能力目当てくらいしかピンと来るものはないし、仲間だよな……。別に悔しくなんてないぜ。

 「(盗賊の仲間にはならないけど、敵になるつもりはありません)」
 「2択って言ったんだがなぁ。残念だぜ。本当はもう少し一緒にいたかったんだが、そろそろ時間の様だぜ」

 時間……?ジョーカーさんがそのまま口笛を吹くと足に手紙を付けた青い小鳥がジョーカーさんの肩に降りてきた。手紙を読むとジョーカーさんは俺に背を向けた。俺の答えはNoだが、Yesではない。どう受け取ったのだろうか。どっちにしろお別れか。なんだか寂しくなるな。もうどこかに行かなきゃいけないというのが分かっていたから、自分の正体をばらして仲間に引き入れようとしたってとこなのか。

 「みりん、お前のことは保留にしとく。次会うときはいい返事を期待してるぜ?そういうわけでここらでお暇させてもらう。またな、みりん」
 「ハハッワロス(期待しないでくれ)」
 「次会う時までにちゃんと喋れるようになっとけよ!」

 そう言うとそのまま肩にとまった青い小鳥をなでながら森の中へと入っていった。またなと言ってくれたことが何故かすごくうれしい。これがカリスマってやつか……!?……ん?はらりと手紙のようなものが一枚目の前に落ちてきた。
 すぐさま拾い、確認する。……手紙だな。いったいいつ書いたんだ。

 ―――みりん、お前が「ハハッワロス」しか喋れないことは可能な限り誰にも言うな。いっその事喋れない振りをしておけ。以上。 ジョーカー様より

 女の子らしい丸文字だな……。ニルマ語と言っていたがどう見ても日本語だ。それにどうせなら肝心の理由を書いて欲しかった。
 盗賊だから良い人とは言えないが、俺に害があることをわざわざ書かないだろう。
 それに間違いない。彼女たちはプレイヤーでもNPCでもない。自分と同じでスキルなんてものが使えるが人間だ。AIでもあそこまで自然と行動する人格を形成するのはたぶんまだ不可能だろう。ここ30年で月に移住まで成し遂げるほどの急激な技術革新も起きているし、裏では作られてるかもしれないが……。

 ふぅ。ジョーカーさんも行ったことだしルキス町を目指すとするか。……ん。やべえ。あの女の子どうなったよ。町に帰ったらたぶん、いや間違いなく警察的な人たちに伝えるだろう。誤解うまく解けるだろうか。……悩んでいても変わらないし進むしかないか。




 ……1時間くらいたっただろうか。迷った。見事に道に迷った。ケンタウロスと戦闘した後ちょっと道があやふやになったんだ。かといって去りゆくジョーカーさんを引き留めるのはカッコ悪いと思い、おぼろげな記憶をもとに進んでるんだが、迷った。変な意地を張るんじゃなかった。太陽の位置的に西の方だったはずなんだが、太陽が大分真上に来ていて西がどっちかわからない。
 そのまま時の経過とともに日が傾き、ようやく西の方角が分かった。分かったところで西に歩を進める。

 この辺の敵なら後手になってもなんとかなるだろうと考え、あまりMAPを注視せずに進む。何度もちら見るのは意外と疲れるんだ。そして今後の事を考える。
 あり得ない話なんだがこの世界に俺は生きている。ウッドボアと戦った後も直感でそう感じたがもう間違いない。ログインしているとかじゃなく生きている。まだ1日も経ってないが強制ログアウトも起きなければ、SR-Watchもついていない。知覚できる情報は現実と言って間違いない。さらには出会った女の子たちの反応も人間の反応だ。もう、なんて言ったらいいか。何度も何度も同じことを考えてしまうが、最後にはこの思考に辿り着く。この世界は現実だ。
 となるとこの世界で生きていく、か……現実ではどうしてたっけ。会社に行って、帰って来たらAAOにログイン。休みの日はぶっ続けでログイン。たまの祝日は親父の顔見に行って一緒に酒飲み。……ダメ人間じゃねえか。女の子が登場してないって言うのはどういう事だ。現実のこと考えるのはやめよう。つらくなるっ。むしろこの世界に来てよかったとか考えてしまったわ。

 その後も、たまにMAPをちら見ながら進んでいた。変な植物やもっふもふのたぬきみたいな動物に気を取られていたため、進行ペースはだいぶ遅かった。もっふもふのたぬきみたいな動物はMAP上で青色の友好マーカーを出していたので近づいてみたが、あっさり逃げられてしまった。
 そしてふとMAPを見ると、今度は赤い草のようなマークが映っているのに気付いた。こんなマークはゲームにはなかったけどどうしたものか。赤色はモンスターの色だが草のマークというのが気になり、MAPを頼りに草のマークの場所に近づいてみた。

 進んでみると赤い草が生えているのが見えた。
 これは……薬草(赤)か?
 このゲームには『薬草学』というパッシブスキルがあり、スキルレベルを上げることでどの草が薬草として利用できるのかが一目でわかるスキルだった。もしかして『薬草学』スキルを上げていることでレーダーに赤い草のマークが映ったのかもしれない。

 試しに赤い草に触ってみると『薬草(赤)を収納しますか? はい/いいえ』という選択儀が出てきた。ビンゴだな。すぐさま『はい』を選び『薬草(赤)』を収納した。
 『薬草(赤)』は生命力系のポーションを調合する際に必要な材料アイテムだ。

 俺は手当たり次第に『薬草(赤)』を触っては収納し、触っては収納した。
 回復魔法が使えない今、これはありがたい。町でポーションを買うにしても町によっては『ポーション(小)』しか買えない町もあったし、会話ができない状態では筆談で店主と交渉するしかない。

 ゲームでは薬草は抜いてから1日経過することで生える設定になっていた。ゲーム内では1日の設定は3時間だったが、この世界ではどうなっているだろうか。
 ポーションはいくつあっても困ることはない。そう考えた俺は剣で木に目印をつけながら、MAP頼りに辺りを捜索した。そして、順調に『薬草(赤)』を収納していった。その後も採取し続け、……日が暮れ始めたころにはアイテム欄に『薬草(赤)×27』とあった。
 ルキス町を目指していたはずがいつの間にか薬草採取に目的が入れ替わってしまった。もうちょっとだけ採取、もうちょっとだけ……のつもりだったんだが、過ぎたことはいたしかたあるまい。
 ゲーム内で簡単に手に入るものは現実だと手に入れにくかったりもするだろうし、薬草抜き職人としてだけでも最悪生活していけるかもしれんな。

 今日はこの辺りで野宿しよう。といっても今度はジョーカーさんがいないため、『オートクレイム』という辺りを警戒してくれる便利な魔法がない。そのため、何か対抗策はないかとアイテムをいろいろ取り出して考える。
 結果、『大きな黒檀テーブル』を5つ取出し、自分を囲う様に縦に並べ、その中で夜を明かすことにした。AAOでは自分の家をもつことができる。このテーブルは本来家に設置するための家具アイテムだ。本来家の中と一部の場所でしか取り出せないはずだが、この場でも取り出すことができた。
 日の落ちた森の中でできることと言ったら思考することくらいだが、頭も大分疲れていたため、真ん中で暖を取り寝ることにした。

 ――――明日こそはルキス町に!

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