『Another Archive Online~ハハッワロス~』

はぐれたぬき

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第四話【その実の名は】

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 走る走る走る―――。
 赤と黒の混じった服を着た赤髪の女性の後ろを着いて行く。
 緊急事態だということは分かっているため、MAP便りに辺りの警戒をすることも忘れない。
 ルキス町にいち早く辿り着きたかったが仕方ない。この女性――――ルカ・ルーカスは泣いていたのだから。


 ――――それは朝起きてすぐの出来事だった。
 朝目覚め、身支度をし、ルキス町目指して出発しようとした時、ほんの少しだが焦げるような臭いがした。臭いに気付き、辺りを確認していると視界の奥に一瞬光源が走った。ジョーカーさんの魔法を一度見ていたため、この光源の正体が魔法だと理解にするのに然程時間はかからなかった。
 ――誰かが戦闘している?
 この疑問を解消するため、光源目指して駆け出した。魔法という事は人が使っている可能性が高い。相手はモンスターか人か――――。

 近づいて真偽を判断する間も無く体が動いた。赤髪の女性が小柄な純白のライオン3体に襲われていたのだ。
 まず女性に一番近いライオンを『突進』を使い一気に距離を詰め、そのまま体当たりで吹き飛ばす。体当たりで慣性をある程度殺し、女性の前で剣を抜き身構えた。
 ……斬り飛ばせばよかったな……しかし――このライオンちょっと硬い……?

 「……助かった……?」

 女性の問いに答える様に俺は頷き、剣でライオンを牽制する。現状把握しながら、女性の理解が追い付くのを待った。守りながら戦うとかどう戦えばいいのかさっぱり分からない。ゲームなら多少傷つこうが気にしないのだが、現実だとそうもいかないだろう。先ほどまでの様に女性が自衛できるまで持ちなおれば、各個撃破できるはずだ。
 焦げた木、純白の毛に焦げ目のあるライオン。言わずもがなこの女性が魔法を使っていたのだろう。先ほどの体当たりの感触からして、この白いライオンはちょっと硬い。見た目はふさふさの毛に覆われているが、硬い。これが防御力が高いという事だろうか。さらに俺が体当たりで吹き飛ばしたライオンはキレている。歯をギチギチ鳴らしながら涎を垂らしている。獰猛すぎてやばい。

 「もしかして……あなたがみりんさん?」

 女性の問いにビックリして後ろを向く。もちろんそんな隙を見逃さないライオン。後ろを向いた隙にキレているライオンが跳びかかってきた。だが、体の向き、方向を変えにくい空中というのは視界に映らない範囲において特に無防備になる。もし跳びかかってきたらどう対処するかは考え終わっていたため、その通りに対処する。
 『ステップ』で引っ掻きと噛みつきをブレンドしたような攻撃をしてくるライオンを横に躱し、『スラッシュ』を横から頭に一閃する。硬いと言ってもケンタウロスの石の槍より遥かに柔い、あっさりと頭から切り飛ばした。赤い猪――――レッドモールよりは遅い。まずは1匹撃破!
 その後、女性が持ちなおり、数える間も無く残り2体のライオンを各個撃破した。……跳びかかって攻撃してくるのは種族特有の癖なんだろうか。
 ――――エフェクトが違う?
 今までモンスターの死体には黒いエフェクトが発生し、そのまま消えていた。しかし、このライオンは白いエフェクトが発生し、消えていった。……モンスターによって違うのか?

 「ありがとうございます。助かりました」

 この女性は俺の名前を知っていた。俺の名前を知ってる人なんて今のところジョーカーさん位だと思うんだが……。少し考えていると落ち着きのない女性が再度確認してきた。

 「あの、みりんさんですよね……?」

 再度頷くと―――

 「良かった……!会えた!お願いします!助けてください!ボスが……クウネルさんが!」

 俺の手を取り泣きながら訴えてくる女性。クウネルって確かジョーカーさんの名前だったな。…………悩んでる暇はないな。今なら力がある。助けに行くしかない。それに泣いてる女をほっとくのは後味が悪い。我ながら女に甘いダメ男。
 此方の意図を伝えるために女性の手を優しくほどくとビックリする女性。

 「ダメでしょうか……?お願いします!……な、何でもしますから!」

 ……この女性、俺の名前は知っててもまともに話せないことは知らないのか?しかも何でもって……っくジョーカーさんがピンチっぽいのに妄想が湧き出てしまう。思考を切り替えろ!
 そう言えば――-―お前が「ハハッワロス」しか喋れないことは可能な限り誰にも言うな。いっその事喋れない振りをしておけ。――――とかジョーカーさんが書いてたな。

 「(俺まともに話せないんです。移動しながら話をして下さい。一緒に助けましょう!)」
 「―――は、はい!」

 とりあえずどうピンチなのか話してもらわないと対処しようがないな。

 「(では進みながら状況の説明お願いします。)」


 ――――そして冒頭に戻る。
 要約するとこうだ。この赤髪の女性はルカ・ルーカス、仲間内ではルルと呼ばれているらしい。ジョーカーさんの事をボスと呼んでいることから推測するに、残念ながらお仲間と言うのは盗賊の仲間のようだ。そしてさっきの白ライオンの名称はシルバーレギンと言う聖獣らしい。聖獣と言うのは魔物と違い、人間に敵対せず、時に味方となってくれる存在のようだ。AAOの聖獣にこんな裏設定なんて……あった……だろうか?聖獣や神獣と呼ばれるやつらも結局はモンスター扱いで、ある程度進めたプレイヤーならみんなレベルやスキル上げのために倒してるような存在だ。
 ジョーカーさんも言っていた『クリア』という木の実を探しに精霊の森に入り、同じく『クリア』を狙っているシルバーレギオンと戦闘に入ってしまったそうだ。
 他にも数名精霊の森に入っており、現在シルバーレギンのボスと戦闘中。しかし、魔法があまり効かない為、決定打が打てずジリ貧。そこで探知にすぐれるルカ・ルーカス、通称ルルの出番。ジョーカーさんにルキス町目指して進んでる俺を連れてこいと命令され、急いで探しに向かい今に至るようだ。

 「みりんさん。もうすぐっ!?」
 「ハハッワロス(ぐお!?)」

 ルルさんがジョーカーさんの近くに来たことを伝えようとした瞬間、紅い光と共に爆発音が響いた。咄嗟にルルさんの前に出て熱風から庇う。

 「ありがとうございます!しかしこれは…」

咄嗟の事に足を止めてしまった。なんだこりゃ……。相当でかい爆発だ。『エクスプロージョン』と言う火・風系の爆発魔法でも使ったのかというくらいでかい爆発だ。ゲーム中では魔法の中を突っ切ることもしたが、頭の中で半場現実だと思ってる今はできるだろうか。
 人体の20%ほどやけどをすれば死ぬ可能性大だった気がするが。魔法耐性とやらがどこまで役に立つのか。ゲームの設定上で数千度の魔法くらっても熱いで済んでたもんな。

 「今のはボスの『エクスプロージョン』です!急ぎましょう!」

 今度はルルさんの後ろではなく前を走る。爆発によって戦闘している場所は特定できた。状況を知りたいと言うはやる気持ちを抑えずに全力で走る。そして視界が開けた場所には――――
 大きなクレーター、焼け焦げた森、肩で息をするジョーカーさん。そして……先ほどの爆発を受けたのであろうシルバーレギンのボスは体毛を焦がしながらも、悠然と怒りの表情で佇んでいた。そして一瞬此方を見て、ジョーカーさん目掛けて跳びかかろうとしていた。
 剣を抜きながら『突進』を使い距離を詰め、そのままシルバーレギンに対して『バニシングストローク』を放つ。突進の慣性をそのまま利用し、肉を抉るように強力な突きを繰り出す。

 「guxuaaaaa!!!?」

 呻き声と共に胴体に穴をあけながら吹き飛ぶシルバーレギン。今までになく弾力のある肉を切るような感触だったが、問題なく攻撃が通ったようだ。

 「ハァ……ハァ……助かったぜ……。みりん。恩に着るぜ!それにルルも……良く見つけ出してくれた」
 「ボス……!ご無事で何よりです。みりんさん、ありがとうございました!でも……ここまで強いなんて……」

 ジョーカーさんが無事で何よりだ。この世界で最初から生きている人から見ればすごいんだろうが、ゲーム(遊び)で培った力だからな……。褒めてもらって嬉しくないわけじゃないんだが、複雑な気分だ。

 「他の皆は……?」
 「足手まといになるんで逃がした」
 「全員無事なんでしょうか?」
 「クヒヒッ、まぁ大丈夫だろ。こいつの分身体にやられない程度には強いだろ?」
 「ですね!」
 「だが……まだ終わっちゃいないぜ。あいつは聖獣シルバーレギンのボス。胴体に穴をあける程度じゃ死なない。しかもメンドクサイ事に戦うごとに耐性が付いて行きやがる……ちっもう回復しやがったか!」

 話の流れ的にさっきルルさんを襲っていたのは分身体ってやつかな。エフェクト違ったのはそのせいか。しかし、マジか……。完全に致命傷だと思うんだが、どこのラスボスだよ。体にあいた大穴を緑のエフェクトが覆い、傷が塞がっていっている。
 塞がるってレベルじゃないな。まるで動画を逆再生しているように修復している。

 「ふぅ……みりん!あいつを引き付けてとにかく時間を稼げ!ルルはサポート!それとアレを使うからタイミング合わせろ!」
 「アレを!?了解です!」

 頷きで返事をする。時間を稼ぐ……か。たしかにシルバーレギンの再生力は脅威だが、倒れている敵に攻撃してはいけないなんてルールはない。スキルを連発したら殺せると思うんだが……ここはジョーカーさんの指示に従おう。ゲームの中の世界と違う事がありすぎる。耐性が付いていくという事は徐々に与えられるダメージが減っていくという事か。耐性という奴がどこまで付くのか分からないが、さすがに限度があるだろう。スキルを一定時間おきに使い、ダウンさせ続ける方法でもいい気はするんだが、今後この世界で生きていくことを考えると、別の戦法を試してみてもいいだろう。……相手舐めすぎだろうか。攻撃の矛先を自分だけに向かせるため、剣を収め、右手を突出し、指を曲げ、挑発を行う。

 『挑発』
 「ハハッワロス(かかってこい!)」
 「あれ?……喋れなかったんじゃ?しかもシルバーレギンに向かって『挑発』!?」
 「カァー!面白いぜ!あぁ、ルル。みりんは恥ずかしがり屋なんだ。気にすんな」
 「guuuu」

 どういう説明だよ!フォローになってねえ!
 ……!『挑発』スキルの効果だろうか、体が熱くなる。薄らと赤いオーラが体中を包んでいる。そして同様に、シルバーレギンの体も赤いオーラが包んでいる。共にステータスが上昇している状態だろう。あちらさんは完全に回復し出方を伺っているようだ。『挑発』は互いの防御力と相手の攻撃力を上げ、スキルを発動したプレイヤーに攻撃を集中させるスキルだったはずだ。魔法防御が上がるわけではないから問題ないだろう。たぶん……。また、使用中は武器を装備できない為、素手で戦わなければならない。
 体術スキルも上げてはいるが、ステ―タス上げの為にあげたようなものだ。我流剣術にスキルを組み込んで戦うことはそこそこできたが、体術にスキルを組み込んで戦うことには不慣れだ。剣術もだが、体術自体……効率的な体術ではなくゲームや漫画の真似した見た目かっこいい体術を我流にアレンジしたやつだからな……。だがまぁ……なんとかなるだろう。自分スペックを信じろ!
 深呼吸しろ。気持ちを整えろ。さぁ、ここからが正念場ってやつだ。すーーーー

 「ハハッワロス(はー)」
 「gggggggggg!」

 息吐いただけだろおおおおおおおお!
 咄嗟に腕を十字にクロスして跳びかかりからの右手引っ掻きを受け止める。

 「ひっ!」
 「……ルルが戦ってるんじゃないんだからそんなにビビるなよ。みりんなら大丈夫だ。あいつケンタウロスと力比べして勝ちやがったからな。クヒヒヒ!」
 「す、すみません!…………ケンタウロスと!?」

 そんな褒めないでくれ!照れちゃうぜ!なんて現実逃避もさせてくれないシルバーレギン。
 ……ぐ。やはり現実だが元いた現実と違うな。重いが受け止められる。凶器の様に伸びた爪が腕に食い込んでいるが、あくまで食い込んでいる状態で止まっている。切り裂かれる可能性も考慮して腰のポーチにポーションを挿していたが、使う必要はなさそうだ。体制を変え、噛みつこうとするシルバーレギンに対して蹴りを繰り出す。下から上に垂直に一撃、右足で顎を蹴り上げる。強めに蹴ったためかシルバーレギンの巨体が頭から少し浮かんだ。解放された手で顎目掛けてワン・ツーパンチを繰り出す。
 ――――あぁゲームと違うな。
 ゲームじゃここまでリアルな感触はしなかった。くそっ、なんか怖くなってきた。剣のスキルで殺した時と違う。リアルな手の感触が怖い。あぁくそ!何か分からんが怖い!やはり剣に持ち替えて戦うか?いや……しかし……あぁもう!これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。ゲームと思い込め!ゲームの動きを再現しろ!感触がリアルになるパッチが適用されただけだと思え!

 「gguuuaaaaaa!」

 思考が振れている間にパンチで吹き飛んだシルバーレギンが何らかのスキルを発動し、跳びかかる隙を伺い始めたようだ。体術スキルは攻撃力は低いながらも連続攻撃と防御に特化したスキルばかりだ。なんとでもなるさ!
 意識を切り替え、スキルを発動する。

 『パリィ』
 攻撃を弾くことをパリィと呼ぶ。今までの剣スキルがイメージ通りに動きをなぞることで発動するSemi-Auto-Modeと仮定すれば、このスキルはAuto-Modeと言ったところだろうか。体に無理のない程度に、コンピュータが体を勝手に動かす医療技術。実際にリハビリやスポーツの場では多いに使われている。
 素手の状態でしか使えないが、相手の攻撃を弾き、受け流し、避けるスキルだ。ゲームでは戦闘中はもちろん、あらゆるところで『パリィ』状態で放置する人が見かけられた。放置と言っても中身がいないわけじゃなく、AAOの世界からインターネットに接続し、ネットサーフィンしている人がほとんどだった。『パリィ』スキルが発動するのは威力の低い攻撃のみで、威力の高い攻撃には発動しない。故にシルバーレギン相手にどこまで発動するかはわからないが、発動したら儲けと思えばいい。

 「ハハッワロス(気合入れろおおお!)」
 「gaaaaaaaaaaaaa!」
 「それにしてもみりんさんって結構ハイテンションですね。シルバーレギン相手にずっと笑ってます。……すごいですね」
 「ぶふっ……そ、そうだな。しかもシルバーレギンは人語を理解するからな……」
 「?」

 違うんだが!
 シルバーレギンの右腕を白いエフェクトが包んでいる。……引っ掻き系のスキルっぽいな。単なるひっかきはかすり傷程度のダメージで受け止めることができたが、スキルでダメージ倍率が上がっていることを考えるとただでは済まないだろう。なら受け止める必要はない。犬猫系のモンスターは肩の関節からして下から上に振り下ろす攻撃はできない。攻撃は横か上から来ると読んでいいだろう。腕を振り下ろす前に、いや、腕を振りかぶった直後にスキルを当て、スキルを発動させない。スキルブレイクを狙う。
 体術スキルは攻撃力が低い分、出が速く、発動後の隙が少ないスキルが多い。同じく初動が速く、隙の少ない『スリップ』と共に使われていた。
 跳びかかってくるシルバーレギンの真正面から、走りと『スリップ』でぎりぎりまで間合いを詰める。スキルを発動しても真正面からぶつからないようにするため、少し足と腰を曲げ、シルバーレギンの下側から攻撃できる態勢を作る。ここからが出が速く、連続攻撃に特化した体術スキルの見せ所だ。連続でスキルをイメージする。両腕が白いエフェクトを帯びる。

 『初突』
 体を横に向け、左腕を引き、シルバーレギンの顎目掛けて右手で裏拳を当てる。裏拳を顎に当て、視界を上に向けることで俺を見失わさせる。場所は分かるだろうが、見えると見えないは大分違うだろう。
 『加突』
 引いた左腕を勢いよくシルバーレギンの右肩向けて打ち出し、掌で右肩を打ち抜く。右腕を振りかぶろうとしていたシルバーレギンは見事に体勢を崩し、重力に逆らえず下に落ちようとする。ここでスキルブレイクが成功し、予想外に跳びかかりの勢いを殺すことに成功する。
 『終突』
 体勢を落とし、両足を大地にぴったりつける。左腕を打ち出すとともに引いた右腕でがら空きになった胴体目掛けて正拳突きを行い、固く握った拳で胴体を打ち抜く。弾力のある皮膚に拳がめり込み、スキルが終了する。
 この3つのスキルの流れを『三連』と呼び、三連で確実に殺せる敵に対して使う場合に『三連殺』と呼んだ。
 胴体をへこませながら吹っ飛んでいくシルバーレギン。いや、吹っ飛びすぎだ……。

 「良ーく吹っ飛ぶな。しかし……打撃に対する耐性が付いていないと瞬時に判断するとはさすがみりんだぜ」
 「確かに体術で挑もうとする人なんていなさそうです……ハンマーとかで、いえ、何でもないです」

 なんだかいい意味で勘違いされてるな。体術スキルは攻撃倍率が低いからボスクラスにどこまで効くか分からなかったが、ステータスに差がありすぎるようだ。いや……これ、もしかして力以外にも敏捷がダメージ計算に入ってきている可能性があるな。
 それにさっきは直接殴る感触が怖かったが、もう怖くなくなっている。物事に夢中になると周りが見えなくなる長所(短所)のお蔭か?非現実過ぎるあまりあっさり意識の切り替えができたのかもしれないな。
 シルバーレギンは大きな木にぶつかり、その場で荒い息を吐く。胴体の凹んだ部分を緑のエフェクトが覆い、ゆっくりと治癒していく。が、明らかに治りが遅い。これが耐性が付いていないという事か。

 「クヒヒヒヒヒヒ!それにしてもとんでもないやつだ。ここまで圧倒されちゃあ俺様悲しくなるぜ……」
 「その割には嬉しそうですよ?でも、もう凄すぎて言葉がないです」
 「そうか?これでも結構悔しいんだぜ?しかしまぁ、こいつもこいつで頑丈だな。さすが聖獣。殺す手段が限られてるだけの事はあるぜ。ん、そろそろ良い時間だな」

 気がつくとジョーカーさんの周囲に赤く光る魔法陣のような物が展開されている。魔法の詠唱の合間合間に喋っているのに魔法が中断されていない。なんか違和感のある魔法の詠唱だ。
 ゲームではスキルの説明の欄に詠唱が記されており、詠んだからと言って効果が上がるわけでもなく、呪文を詠むか詠まないかはプレイヤー次第だった。

 「ククク……クヒヒヒヒ!……きたぜきたぜ!さぁ……さぁ……さぁさぁさぁさぁ!燃えろ燃えろ燃えろ!ジョーカー様の特大魔法のお披露目だ!」
 「―――『ファイアシールド!』、みりんさん!離れてください!」
 「『カ・タ・ス・ト・ロ・フィ!』」

 ……は?体が薄い赤い膜で覆われたと思った瞬間、爆音と熱風が体に当たると共に閃光で視界が覆われた。体が熱風に押されながらも、途中で何とか踏ん張り、耐える。……下手したら鼓膜破れる上に失明するんじゃないだろうか。予め言ってほしかった!いや、人語を理解するから言えなかったのか?
 熱風が収まり、視界が回復した後には、大きなクレーターの中心に全身が燃え続けているシルバーレギンが倒れていた。が……まだ死んでない。起き上がろうとしている。ダメージ与えても再生するとかなんかのイベントボスみたいだな。いったいどうやったら死ぬんだ?『カタストロフィ』は炎系最高呪文の一つだったはずだ。俺もスキルレベル5だけど覚えている。剣スキルより基本ダメージ倍率が高いため、俺が与えた剣のスキルダメージから考えると一撃で確殺できるレベルの魔法だと思うんだが……。ジョーカーさんの知力や『カタストロフィ』自体のレベルが低いのだろうか。それとも……。
 体に炎を纏ったシルバーレギンがゆっくりと立ちあが……らない?

 「おーおーおー頑張るな!だが……チェックメイト。満月クリアだ。俺様の魔法で辺りのマナを減らした上に魔陽樹が残ったマナを食らい実をつける。いくら聖獣と言えどマナがなきゃただの雑魚だ」

 マナと言う概念が良く分からんが、話からしてマナは体内だけじゃなく周囲にも存在しているようだな。しかし、魔法を使うと周囲のマナも減るのか。体内のマナは発火装置、周囲のマナはガスみたいなものだろうか。なんか言いえて妙な気がする。魔法について詳しく書いてある本が読みたいな……。

 「お疲れ様でした!ボス!みりんさん!これでクリアが手に入りますね!ってちょっとダメですよ!何猫じゃらしふりふりしてるんですか!」
 「今やらなきゃこんな機会二度とないぜ?」
 「gruu……」
 「それはそうですけど……。でも、これでシンクが助かりますね」
 「おう、苦労して手に入れたんだ。回復したら死ぬまでこき使ってやるぜ!」
 「あはは……」

 俺があげた猫じゃらし……。
 『クリア』は仲間の治療薬か何かとして必要としていたのか?いい子じゃないか。盗賊だが……。 

 「みりん、見ろよ。魔陽樹が実をつける。10年に一度、満月の日にのみ手に入れることができる実だ。高純度のマナの凝縮体でもある。まっ、これを主食としてきたシルバーレギンは大幅に弱体化するだろうがな。クヒヒッ」

 一本の大きな木が青色に発光し、周囲から何かを、恐らくマナを奪っているような感じがする。木を包む青い光が一点に集中し始め、その中心に凝縮される。……これが『クリア』か。青いエフェクトを纏っている。ひどく幻想的な実だ――――――。
 満月のことをクリア、故にその実の名も『クリア』か。……昼間に満月ってどうなっているんだ?太陽は出てる。でも月は確かに満月。日中に満月は見えないはずだが……。月そのものが発光しているのか?まぁ、いいか。

 「よっと!……うし、『クリア』ゲットだな!」

 これで一件落着か。二人ともひどく疲れているがどうするか。念のために護衛するか?それとも当初の予定通りここで別れてルキス町に向かうか?……お二人さんがどこ目指すのか聞いてから決めるか。
 ―-――なんだ!?
 体が引っ張られ――――この感覚は『パリィ』が発動している!?
 『パリィ』スキルにより体が自動的に小攻撃に対処する。
 体の動く向きに視界を走らせると無数の矢が飛んできていた。
 左右の手で弾く、弾く、弾く、弾く――――。矢と二人の対角線上に移動し、二人のほうに飛んできている矢も弾き、落とす。

 「みりん、良く対処した!」
 「3時の方向、数は2です!」

 なんだ!?急に疲れが……。……?スタミナが一気に50以上減ってるじゃないか!『パリィ』スキルが一気にスタミナを使ったのか?…………何が起こるか分からない。一応まだONにしておこう。

 「不意打ちとはいい根性してるぜ!お返ししなきゃな!あぁ、くそ!疲れてる上に周囲のマナほとんどねーんだった!自力は疲れるぜ……『フレイムランス』ε『5連!』」

 ジョーカーさんの周囲に腕より少し大きめのサイズの5本の炎の矢が形成され、矢の飛んできた方向に飛んでいく。5連ってなんだよ5連って!ゲームではなかったがなんかかっこいいな。
 ……今思ったが、なんで周囲の木々は燃えないんだ?先ほどの『カタストロフィ』なんて炎の森と化してもおかしくないと思うんだが、その辺は現実よりゲームよりという事だろうか。焦げ付いている場所はあっても燃えている場所はない。

 「『アイススピア』ε『5連』」
 「『エアスラッシュ!』」

 スキル名が聞こえる距離まで来ている。敵は……白い髪の女性と髭ずらのいかついおっさんか!……剣術スキルって声に出す必要なくね!
 ジョーカーさんのフレイムランスはアイスランスで相殺され、残ったのはいかついおっさんの『エアスラッシュ』、白い剣戟が此方に飛んでくる。こちらもスキルはスキルで相殺だな。
 『衝拳』
 右の掌に白いエフェクトが集まる。下から上に、ボーリングでもするかに様に腕を振り上げる。
 白いエフェクトに拳圧が乗り、高速で駆ける。駆ける。そのまま『エアスラッシュ』を貫通し、おっさんへと向かっていく。

 「ぬぅん!」

 おっさんは抜いていた剣で威力の弱まった『衝拳』を斬り飛ばした。
 そして銀髪の青いローブを纏った美人さんとおっさんと対峙する。

 「クィンエル。手を抜くなよ」
 「……手を抜いては絶対勝てません」
 「ルキス町のギルマスと……どこかで見た顔だな……」
 「俺の立場を知っているか……。話は早い。アーカム港の議員より暴行、強盗、殺人の容疑により生死を問わず連れてこいと緊急依頼がきている。投降してくれると助かるんだが」
 「んー?人を殺した覚えはないんだがな。答えはノーだ」
 「だろうな」
 「あっ!ボス……。恐らくそちらの女性はローザ・クィンエル。ボスと一緒にアーカス魔法学院を首席で卒業した人です」
 「おーおー?……あぁ、そう言えば何度か手合せもしたな……。俺様の全勝だが!」

 ギルマス?略せず言うとギルドマスター?つまり、お偉いさん。たぶんこの世界の警察みたいな人。しかも俺が行こうとしていた町のギルマス。不意打ちされるってことは……もしかして誤解を解くどころか俺も犯罪者認定されてたり?……笑えねえ。
 いや待て、思い込みはよくない。まずは事実確認だ。それにしてもジョーカーさん、暴行、強盗、殺人ってアウトじゃね!あんな指輪使ってたんだ。デブが根に持っているだけなき気もするが……。

 「どうして、そっちの道に?あなたならそのまま色を得ることだって……」
 「かぁー、そういうの興味ないんだ。魔法学院に入ったのは単に知識と力を手に入れる為でしかないんでな」
 「ルカリ……でも……」
 「「納得できない」……か?悪いが、ルカリって言うのも偽名だ。今後はジョーカー様と呼んでくれ」
 「!?……でも盗賊なんてしなくても!」
 「はぁ、俺とお前の道は違うんだ。そっちのおっさん連れて回れ右して帰ってくれないか?」

 なんだか歪んだ青春学園物語が展開されつつあるな。この銀髪の女性……ローザさんか。ちょっと涙目になってるんだが……。互いに主席という事は、ローザさん的には切磋琢磨してきた相手という感じなのだろう。が、相手のジョーカーさんにはすっかり忘れられていた状態。これはきつい。それにしても俺とルルさん、おっさん空気になりつつある。

 「っ!」
 「クィンエル!目的を忘れるな。昔の知り合いだろうが、今は……敵だ。クリアも渡すわけにはいかん。第一、シルバーレギンは共生聖獣だ。敵対は法で禁じられている。破れば抹殺指定が出てもおかしくない」
 「ハハッワロス(ホウデキンシ?)」
 「クヒヒッ!法を笑い飛ばすとは恐れ入るぜ!」
 「さすがです……!私達もですけど!」
 「……先ほどの戦い見させてもらった。お前がケンタウロスを圧倒した男だな?」

 おっさんの視線が俺を貫く……!しかし、返事ができない。ここで不用意に地面に文字を書くなんて真似もジャスチャーで喋れないアピールもできない。……空気を読むことに定評はあるからな。

 「だんまりか。まぁ、いいだろう。依頼には含まれていなかったが、シルバーレギンとの敵対者だ。どのみち放っておくことはできん」

 あぁ、やばい。どうやら犯罪者確定のようだ。知らなかったとはいえ共生聖獣とやらをぼっこぼこにしちゃったぜ……。シルバーレギンが死んでないのがまだ救いか。……死なないんだっけ?しかし、いい年した大人がそんな大事なこと知らなかったで切り抜けられるわけもないしな。記憶喪失でも厳しいか?どこかでボロが出そうだしな。
 どうしてこうなった。いや、これからどうする。

 「やめとけやめとけ。こいつはつえーぜ?お前ら程度が100人いようと勝てねーよ。と言うわけで尻尾まいて帰んな。ほら、ほら、しっしっ」

 なして挑発するし!あぁ……相手さん再び戦闘態勢に入ってしまった。
 二人とも疲れを隠している状態だ。戦わせるのは得策ではないだろう。
 それに相手は人間。モンスターは殺せたが……間違いなく正気の状態で殺すことはできない。こんな世界にいたらいずれは殺すことになりそうだな……。あぁ、なんか鬱になってくるな。
 どうする?
 ジョーカーさんと共に逃げるか?おとなしく投降するか?一人で逃げるか?それとも―――。
 時間がない、どうする?
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「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

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