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第七話
目の前で抱き合う二人はいったい何だ?
クライヴはティアーリアと自分の侍従が目の前で抱き合っている姿を見て唖然としてしまった。
(何故、何でこんな事が起きている…?)
クライヴは自分の目の前で頬を染め、自分の侍従を見つめるティアーリアに目を見開くと自分の背中に嫌な汗が流れ、不規則に大きく鼓動を刻む自分の心臓に右手を持って行く。
胸が苦しい。息がうまく吸えない。
はくはくと唇を動かし、クライヴはじっとティアーリアを見つめる。
何故自分以外の男に頬を染めているのか。
何故そんなに恥ずかしそうにはにかんだ微笑みを見せているのか。
その微笑みは自分に向けられていたのに──
(駄目だ、泣きそうだ)
クライヴは二人の姿をこれ以上見ていたくない、と言うように踵を返すとその場から足早に立ち去る。
こんなに早く戻って来なければ良かった。
ティアーリアに早く会いたいから、とすぐに戻ってこなければ良かった。
いや、それ以前にティアーリアが心配だから、と自分の侍従を先にティアーリアの元へと向かわせなければ良かった。
足早にあの場を離れて、庭園の大きな木の元へと来るとクライヴは耐えきれない、と言うように背中を木に凭れ掛けそのままズルズルとしゃがみこんだ。
ぐしゃり、と自分の前髪を握り潰し奥歯を噛み締める。
「今日、浮かない表情をしていたのも…一瞬瞳に過った悲しげな表情も、他に好いた男がいたからなのか…っ!」
嘘だと言って欲しい。
今まで自分に向けられた熱の篭った瞳も、美しい微笑みも、花が綻ぶような明るく可愛らしい笑顔もこれからは自分以外の男に向けられるのか、と考えクライヴは自分の左目から一筋涙が零れ落ちる感覚に慌てて目元を拭う。
情けなく涙を零す姿を誰かに目撃されては不味い。ここは、自分の邸ではないのだ。
クランディア家が下世話な噂話を流すとは思えないが、出入りしている商人等に目撃されてはどんな噂を流されるかわからない。
自分の家だけを噂されるのならばまだいいが、クランディア家まで面白おかしく噂の的になってしまう可能性がある。
迷惑を掛ける事だけはしたくない、とクライヴは瞳を閉じると深く深呼吸をして顔を上げる。
「早く戻らなくては…っ」
中々戻らない自分にティアーリアは優しいから心配してしまうかもしれない。
自分の手のひらで目元を覆うと、クライヴはしゃがみこんでいた体勢からのろのろと立ち上がり、意を決したように瞳を開いて前を見すえる。
自分は何も見ていなかった。
今、初めて自分はティアーリアの元へと来た、という風に表情を作らねばならない。
ティアーリアの勧める通り、素晴らしい庭園だったと話して今日はお開きにしよう。
次の顔合わせまでには気持ちを落ち着かせるから。いつも通りのクライヴ・ディー・アウサンドラに戻るから。だから今日だけは早めに帰らせて貰おう、と決めるとクライヴはティアーリアの待つ方向へと歩き始めた。
(クライヴ様…遅いわね…ラティリナとお話が盛り上がっていらっしゃるのかしら?)
それだったら自分がした事がいい結果となったのだろう。
二人が楽しい時間を過ごせているのなら嬉しい、とティアーリアは微笑むとそっと紅茶のカップを持ち上げて唇を付ける。
こくり、と一口紅茶を飲み込むと自分の視界に見知った長身の男性の姿が映る。
まっすぐとこちらへ向かってくるクライヴの姿にティアーリアはこの姿を見るのも今日で最後ね、と眉根を下げて微笑んだ。
「ティアーリア嬢、遅くなって申し訳ありません。お体の調子は大丈夫ですか?」
自分の目の前まで歩いてきたクライヴが心配そうに尋ねてくれる。
その言葉にティアーリアは大丈夫だ、と微笑んでお礼を伝えるとその場に立ち竦んだように動かないクライヴの姿を不思議に思い、首を傾げる。
何かを耐えるような、そんな瞳をしているのは気のせいだろうか。ティアーリアが心配そうに見つめる視線に気付いたクライヴはすぐにその感情をさっと隠すと口を開く。
「とても素敵な庭園でした。また、次の機会には是非ティアーリア嬢と共に回らせて下さい」
微笑みながらそう「次の機会」を口にするクライヴに、ティアーリアは口を開く。
「──申し訳ございません、クライヴ様」
「……、ティアーリア、嬢?」
ティアーリアは椅子から立ち上がると、目の前で困惑した表情のクライヴと向き合い、そっと頭を下げた。
その行動に、クライヴは嫌な予感を感じ言葉を挟もうとしたが、クライヴが話すよりもティアーリアが言葉を言い切る方が早かった。
「──待っ、」
「本日でお会いするのは最後に致しましょう」
その言葉は、婚約を受け入れないと言う時に相手に伝える断りの言葉だ。
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ティアーリアはその言葉を伝えると、悲しそうに微笑みながらクライヴに背を向け歩き出してしまう。
これで本当に最後なのか……!
クライヴは無意識に縋るようにティアーリアの後ろ姿に腕を伸ばすが、その腕はティアーリアに届く事なく自分の視界から恋い慕う女性の姿が消えてしまうまで、その場を動く事が出来なかった。
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