気付くのが遅すぎた

高瀬船

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激しい怒声と物音。
そして、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

フィミリアは頭では理解出来ていても、自分の体が言う事を聞かず、まったく動く事が出来ない現状にただただ空を眺める事しか出来ない。

うろ、と視線をさ迷わせると自分達を嬲っていた男達が騎士隊の服を着た人物達に切り付けられている。
地面へと倒れ込む男達を騎士隊の服装の男達が手早く拘束していく様子をただ他人事のように眺めていると、部屋の入口から見知った女性の叫び声が上がった。


「フィミリアお嬢様っ!」

自分へと駆け寄る気配がして、次いで自分の顔を覗き込む侍女のミアの顔を見たフィミリアはその瞬間、ボロりと瞳から涙を零す。
堰を切ったようにとめどなくボロボロと涙が流れ落ちて来て、そこで初めてフィミリアは小さく声を上げて泣いた。
助かったのだ、と。他の国に売られる事無く助かったのだと理解した瞬間に、恐怖心や嫌悪感、様々な感情がフィミリアに襲い掛かる。

ミアは後ろに続いていたフィミリアの父親であるフレディに声を掛けると、フレディが着ていたコートを剥ぎ取りフィミリアにそっと掛けて体を抱き起こした。

「フィミリアお嬢様っ申し訳ございません······っ私がお姿を見失わなければ······っ!」

ミアの言葉に、フィミリアは必死に首を横に振る。
ミアのせいではないのだから気にしないで、と言えたら良かったが、しゃくり上げる自分の声に邪魔をされてミアに話し掛ける事が出来ない。

「フィミリア、立てるか······ああ、いや、いい私が運ぼう」

フィミリアの傍まで近付いて来ていたフレディがそっとフィミリアに声を掛ける。
嫌だとしても暴れないでくれ、とフレディに悲しい表情をされる。フィミリアは、ふるふると首を横に振ると優しく自分を抱き上げてくれるフレディに縋る様に抱きついた。
自分の父親であるフレディが、労わるように優しく自分の体を包み込んでくれてフィミリアは安堵の吐息を零す。

もう、あの先程までの悪夢のような時間は終わったのだ。
フィミリアは室内を視界に入れてしまわないようにぎゅうっ、とフレディにしがみつくと、胸に顔を押し付ける。
フィミリアを安心させるようにフレディが何度も何度も「もう大丈夫だ」と声をかけてくれて、ミアも隣でフィミリアの背中を摩ってくれている。

「お父様······っ、もう、帰りたいです」

小さく呟いたフィミリアの言葉を確かに耳にしたフレディは、「そうだな、帰ろう」とフィミリアに優しく声を掛けてこの部屋の出口である扉の方向へと足を向ける。
周りからは争うような音はすっかり聞こえなくなっていて、事は全て済んだのだろうか。
自分と同じく、被害にあってしまった女性達は大丈夫だろうか。
ぼんやり、とフィミリアが考えていると背後から遠慮がちに何処か聞きなれたような男の声で自分の名前を呼ばれた。

「──っ、フィミリア······」
「っ!」

男に声を掛けられた瞬間、フィミリアの体が恐怖で大きく跳ねる。
今は、自分の父親以外の男性と話したくもないし、顔も見たくない。
それが、自分の元婚約者である男ならば尚更。

怯え、拒絶するように父親に縋るフィミリアに、フレディは声を掛けてきた男、サミエルへ視線を移すと何も言葉を発さずに首を横に振った。

「私達は自宅に戻る。今日の事件の話があるのであれば、後日知らせをくれ」

フレディはそれだけを言い残し、ミアを引き連れその場から離れるように部屋を出ていくと、そのまままっすぐと廊下を歩いていく。

「フィミリア······っ」

サミエルは、フィミリアの怯える仕草に酷く傷付いたように表情を歪ませ、フレディが去っていく背中を見えなくなるまでただただ見つめた。

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