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一章
7話
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「大好きです、お慕いしております、ウェンディ様」
愛おしげに細められた瞳に、決して嘘は無かった。
「いつか、ウェンディ様に一人の男として、頼っていただきたくて……」
恥ずかしそうにもじもじとする姿が愛らしかった。
「私が一生ウェンディ様をお護りいたします。ですから、どうか私にウェンディ様の専属護衛騎士と言う、栄誉あるお役目を下さい」
出会った頃より少し精悍な顔付きになったフォスター。
顔の丸みがなくなり、シャープな顔立ちになったフォスターが、キリッとした表情でウェンディの前に跪き、専属護衛騎士の名乗りを上げた。
その瞬間は、ウェンディは目を瞑っていてもいつでも鮮明に思い出せた。
「私にとって、女性はウェンディ様一人だけ。愛する女性はウェンディ様だけです」
八年前のフォスターは、確かにそう言っていたのに。
今ではフォスターはウェンディから離れ、愛する人を他に作っている。
ウェンディだけだと言っていたのに。
ウェンディは、遠ざかって行くフォスターの背に向かって手を伸ばしたが、いくら走っても走ってもフォスターには追いつけず、いつの間にか真っ暗な空間の中でウェンディだけがぽつんと取り残されていた──。
◇◆◇
「──っ!?」
ウェンディは、がばりと飛び起きる。
「え……、夢……?」
どくどく、と早鐘を打つ自分の心臓をシーツで抑え、ウェンディはきょろきょろと部屋を見回す。
そして、先程の見た光景は夢だったのだと分かるや否やほっとして安堵の息を吐き出した。
けど、そんなウェンディに昨夜エルローディアと会った時の会話が思い出されてぐっと唇を噛み締めた。
「私、何も知らなかったのね……」
エルローディアと、フォスターが男女の仲になっていたなんて。
そんな事、ちっとも気が付かなかった。
ウェンディは、いつからか俯いて過ごす事が多くなった。
周囲から蔑まれる事が増え、聞きたく無い事には耳を閉ざし、見たくない物も、見ないように目を逸らし続けて来た。
だから、エルローディアとフォスターがそんな関係になっているなんて、ちっとも知らなかったのだ。
ウェンディは自分の顔を両手で覆い、咽び泣く。
フォスターに大好きだ、と言われた事が嬉しかった。
助けてもらった恩があるから、とこの家の侍従になった騎士が、ウェンディのために護衛騎士を目指していると知った時は、胸がときめいた。
傷だらけになっても決して諦めず、ウェンディを護りたいから、と言ってくれたフォスターに、ウェンディ自身もいつの間にか惹かれていった。
ウェンディがフォスターの想いを受け取り、頷いた時のフォスターの嬉しそうな顔が、ウェンディはずっと忘れられなかった。
だけど、今ではあの時のような笑顔を向けられる事はなく、いつも冷たく蔑んだような目を向けられる事に、それでも長年耐え続けていたウェンディだったが、昨夜あんな事をエルローディアに言われてしまい、フォスターを信じていたウェンディの気持ちにも、揺らぎが生じている。
「……フォスターに、聞く? いえ、でもきっと正直には話してくれない、わよね……」
ウェンディがそんな事をぶつぶつと呟いていると、部屋の扉がノックの音と共に開いた。
「お嬢様、お返事がございませんが、大丈夫ですか? 朝のお支度を……」
「──っ! ごめんなさい、ナミア。考え事をしていたみたいで、気付かなかったわ」
「ご体調が優れない訳ではなくて良かったです。そろそろ朝食の時間ですから、急ぎお支度をしますね」
「ええ、お願い」
メイドのナミア。
ナミアは、ウェンディが子供の頃から仕えてくれている。
侯爵家の使用人達は、表情や態度には極力出してはいないが、それでも両親から、護衛騎士から、義妹から軽んじられているウェンディを軽く扱っている。
ウェンディに接する態度や、言動が如実に醸し出しているのだ。
人の機微に聡いウェンディが、それに気付かない筈がなかった。
だけども、そんな使用人の中でも唯一ウェンディが信頼して自分の身支度を任せるのが長年仕えてくれているナミアだ。
年はウェンディより十程上だが、ウェンディの成長が止まり、周囲から「出来損ない」や嘲笑の意味で「妖精姫」と呼ばれるようになっても、ナミアは態度を変えなかった。
使用人として、それは正しい態度ではあるが、それでもウェンディにとってヴァンを除けば、この家では唯一信頼している人だ。
「お嬢様。本日は旦那様から大事なお話があるようです。少し急ぎますね」
「お父様から……? 分かったわ、お願い」
支度を終えたウェンディが食堂に向かうと、そこには既にウェンディの父、母。
それにエルローディアとフォスターが揃っていた。
ウェンディが遅れてやって来た事で、侯爵からぎろり、と睨まれる。
「遅いぞ、ウェンディ。早く席に着きなさい」
「申し訳ございません、お父様」
ウェンディは謝罪を口にしながら急いで席に着く。
すると、そこで漸く食事が始まった。
「今年は、私は参加できない。エルローディアは妻と一緒に向かってくれ。ウェンディもそれでいいな?」
突然、侯爵から話しかけられ、ウェンディは何の事を話しているか分からず、目を瞬かせてしまう。
そんなウェンディの様子に、侯爵は苛立ちを隠さず怒りの滲む声で鋭く叱責する。
「もうすぐエルローディアの両親の命日だろう!? お前は大事な日も覚えておけないほど幼いのか!?」
「──っ!」
侯爵の鋭い怒声に、ウェンディはびくりと体を震わせた。
そうだ──、そうだった。
祭典の数日後は、エルローディアの両親が亡くなった日。
毎年、その日には家族皆で墓石に花を捧げに行っていた──。
「お前は……っ、先程も話していたと言うのに……っ」
本当にどうしようもない娘だ、と呟く侯爵に、ウェンディは「申し訳ございません」と謝罪するしか無い。
(さっきの話、なんて……私はまだその場にいなかったのに……)
苦しくて苦しくて、ウェンディは滲む涙に気付かれたくなくて、必死に俯き続けた。
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