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二章
3話
しおりを挟む「お兄様……もしかして、なのですが……。お兄様は帰国したくなかった訳じゃない、のですか?」
ウェンディの言葉に、レックスはきょとんと目を丸くして答える。
「何だ、その話は? むしろ俺は年に何回かは帰国したかったんだが……」
「もしかして、お父様やお母様に止められて……?」
「ああ、そうだ。ウェンディが病気で……ウェンディに障るから、と帰国は先延ばしにされ続け……気付けばこんな事になっていた」
レックスが答えた内容は、ウェンディは初耳だ。
ウェンディは、当時両親には全く真逆のような事を言われていたのだ。
「お、お兄様っ! 私は、私の成長が止まり、能力も落ちたせいで……っ、お兄様は恥ずかしくて帰って来れないのだ、と……そう、聞いておりました……!」
ウェンディがそう告げた瞬間、レックスの目はきゅっと細められる。
「何だ、それは……? 俺はそんな事一度も言った事は無い」
「じゃ、じゃあ……私の両親は、嘘をついてお兄様を帰国させなかった……そう言う事ですね……」
どうしてそんな事を、とウェンディが苦しそうに呟き、俯く。
すると、レックスは「そう言う事だろうな」と忌々しそうに頷いた。
「──前侯爵と、侯爵夫人は……レックス卿に色々と隠し事をしていたようですね」
二人の話を黙って聞いていたヴァンが呟くと、レックスもこくりと頷いた。
そして、用意された紅茶を勢い良く飲み干すと、ソファから立ち上がる。
「そのようだな。俺は一先ず邸に戻る。……殆どの領地は、王家に没収されたと聞いているが、侯爵領も残っている。まずは仕事内容の把握と、領地の確認をせねば」
「そう、ですよね」
「すまないな、ウェンディ。せっかく会えたが……。落ち着いたら、連絡する。その時にまたゆっくり話そう」
「分かりました、お兄様。いつでも連絡をくださいね」
「ああ、約束しよう。──ヴァン、ウェンディを頼んだ」
レックスは、ウェンディの頭を優しく一撫ですると、厳しい顔付きでヴァンに視線を向ける。
しゃきっと背筋を正してその場に立ち上がったヴァンは「お任せください」と強く頷いたのだった。
◇◆◇
ホプリエル侯爵家の嫡男が帰国した、と言う噂は瞬く間にオードゥライヤ王国の貴族達に広がった。
ウェンディの兄、レックスには婚約者はいない。
ウェンディと同じく輝く金色の髪に、ディープグリーンの瞳、容姿の整ったレックスは貴族令嬢達に大層人気だったが、ホプリエル侯爵家の現状を知る国内の貴族達は、みな自分の娘をレックスに売り込む事はしなかった。
侯爵家、とは言え、前侯爵がヴァンの伯爵家に対して行った愚行。そしてその愚行により王家の怒りに触れた、と噂だ。
そのせいで領地の殆どを没収されたと聞いている国内の貴族達は、レックスの容姿と若くして侯爵家を継いだとは言え、娘を売り込む事を躊躇っていた。
だが、それはレックスにも好都合であった。
状況把握に忙しい期間、余計な手紙の返事に時間を費やす事もなく、無駄なパーティーの誘いを断る手紙を書く時間を捻出する事も、なく。
ひたすらに仕事に打ち込んだ。
そして、侯爵家の状況を把握したレックスは、己の両親の愚かさに頭を抱えたのだ。
「我が両親とは言え、本当に愚かで目の当てようも無い……。領地経営も疎か……しかも、脱税まで……これが発覚して、王家に領地を没収されたのか……。だから厳しい処罰を……」
そして、レックスは自分の妹、ウェンディがこの侯爵家で六年間、どんな気持ちでどんな仕打ちを受けて過ごしていたかを知った。
愚かにも、当時ウェンディの専属護衛だったフォスターは、義妹のエルローディアに浮気し、義妹と体の関係を持っていたらしい。
「こんな男、騎士の風上にも置けぬな……。契約を解除してくれて良かった」
レックスは、書斎で一枚一枚、調査報告書を確認していたが、ウェンディに対するこの侯爵家の面々の仕打ちは目を背けたくなるほど酷く、読み進める内にレックスは怒りを覚えていった。
「いや……だが、当時の俺もこの侯爵家の人間と同じだ。……調べようと思えば、調べようはあったのに……。ウェンディをこんな状況下で長年過ごさせてしまった……。何も知らぬも罪、だ……」
だが、ウェンディが今はあのように笑って過ごせている事は喜ばしい事である。
きっと、ヴァンがウェンディの隣にいてくれているからだろう、とレックスは今のウェンディに関しては然程心配していなかった。
頼もしい幼馴染兼、専属護衛騎士のヴァンが常にウェンディの傍に居てくれている。
それに、レックスの数少ない親友、イアンが生まれ育った伯爵家が、ウェンディの保護をしてくれているのだ。
「蟄居、では生温いな……。ウェンディのみならず、領民にも辛い思いをさせ続けた父上と母上を、どう罰すれば良いか……」
レックスはぶつぶつと呟きつつ、頭を悩ませた。
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