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二章
9話
しおりを挟むどうして、ここに居るのか──。
ウェンディの頭に浮かんだのは、その言葉だけ。
唖然とするウェンディを庇うように、ヴァンはさっとウェンディの前に立ち、その人物を鋭い視線で睨む。
「──エルローディア嬢。そうか、もう出て来たんだったな……」
ヴァンの低い声が、その場に響いて消えた。
エルローディア・ホプリエル。
彼女はウェンディの二歳年下で、元々は子爵家の娘だった。
だが、ウェンディの父とエルローディアの父は昔から親交があり、子爵家の当主夫妻が亡くなってしまった後、哀れに思ったのだろうか。侯爵が、エルローディアを引き取ったのだ。
ウェンディはそう考えていたのだが、実際侯爵は様々な事を考え、エルローディアを養子にした。
友人が亡くなり、幼いエルローディア一人残された事は確かに哀れんだ。
哀れに思った事も、事実。
だが、侯爵は打算的な考えも持っていた。
長男、レックスは健康問題なく成長し、侯爵家の未来は安泰。
ならば、嫁がせる娘は多ければ多いに越したことはない。
ウェンディだけでも十分ではあったが、エルローディアも引き取れば、他家との縁を繋ぐために嫁に送り出す娘が二人に増える。
そうした打算から、侯爵はエルローディアを引き取り、ウェンディが出来損ない、と言われるようになってからはエルローディアを大層可愛がっていた。
引き取ると言う判断は正しかった。
侯爵は、そう考えていた。
だが、結局ホプリエル侯爵家は没落寸前まで追い詰められ、前侯爵と侯爵夫人は蟄居を命じられた。
今の侯爵家当主は、外国から戻ってきたレックスだ。
レックスが、実の妹を苦しめていた義妹のエルローディアを面白く思わないのは当然だった。
その証拠に、貴族牢から出てきたエルローディアは、侯爵家に戻ってからレックスに自室での謹慎を言い渡されていた。
今までは自由に買い物をしたり、出歩いたり出来ていたのだが、それも禁止され。
レックスの指示によって監視の目も厳しく、最早軟禁に近い状況だ、とヴァンは報告を受けていたのだ。
だからこそ、ヴァンはエルローディアが街に現れた事に驚きを隠せないでいた。
「エ、エルローディア……? あなた、もう貴族牢での懲罰は終わったの?」
「当然だわ! そもそも、牢に入れられる事自体がおかしいのよ! 私が牢に入れられているのに、どうしてお義姉様はのうのうと暮らしているのよ!」
エルローディアは物凄い形相でウェンディを睨みつける。
今にも殺してやりたい、とでも思っていそうな形相だが、そこはエルローディアも分かっているのだろう。
こんな場所でウェンディに危害を加えようとしたら。
そうしたら今度こそウェンディの隣に居る男に完膚なきまでに叩き潰される──。それは、エルローディアにも分かっていた。
それに、ウェンディに手を出せば今はまだ軟禁程度で済ませているレックスがどう出るか。
エルローディアは、レックスとはあまり親しくないのだ。
レックスと共にあの侯爵家で過ごしたのは、ほんの二年程度。
あの頃はエルローディアも幼かったし、レックスは侯爵家の嫡男として日々忙しかった。
レックスはウェンディとは良く喋っていたが、エルローディアとは積極的に関わろうとはしなかった。
突然増えた「妹」に戸惑っていたのだろう。
だが、レックスも所詮は男。
新しい侯爵となったのなら、フォスターと同じく懐柔してやろうとエルローディアは考えていたのだ。
男なんて、少し肌を見せて誘惑してみせれば、ころっと言う事を聞いてくれる。
血の繋がりがないレックスを誘惑するなんて、簡単な事だとエルローディアは考えていたが、そんなエルローディアの考えはレックスには通用しなかったのだ。
「お義姉様ばかり幸せそうに暮らしていて……っ! 私を助けなさいよっ、私だって今までのように自由に暮らしたいのよ!」
よくよく見てみれば、エルローディアのドレスはとても質素な物に変わり、髪の艶も以前に比べて落ちている。
豪華なアクセサリー類も以前はエルローディアを際立たせていたが、今はそれすら一つも身に付けていない。
「レックス義兄様をどうにか説得して! 私を閉じ込めないように言ってくださいよ!!」
大声で叫ぶエルローディア。
気付けば、ウェンディ達の周囲には遠巻きに人だかりが出来ていた。
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