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ケネブは自分と娘であるエリシャの視界が奪われていなかった理由をその時初めて悟り、嫌な汗が背中に伝うのを感じた。
何故、口封じの布と枷だけをされて視界は遮られていないのか。
単純に、この邸は昔自分達が何度も訪れ、過ごす事があったからだと思っていたがそうでは無かったのだ。
ケネブは自分の娘であるエリシャに、これ以上自分の姿を見せぬよう死角に隠れようとしたが、それを目の前のマーベリックが許す筈も無い。
ケネブの行動に直ぐに気が付いたマーベリックは、ちらりと護衛達の方へ視線を向けるとケネブを使い、エリシャを堕とす事を初めから決めていたのだろう。
「おい、あの男を」
「──はっ、殿下」
マーベリックの言葉に、護衛が直ぐに言葉を返すとそれを待ってました、と言わんばかりにひょこりと護衛達の後ろから一人の男が姿を表した。
その男の顔を見た瞬間、ケネブは弾かれたように蔵書室の奥へと走る。
自分の体をこのように痛め付けた男が楽しそうに笑い、顔を出した事に一瞬にして先日の恐怖、苦痛が蘇り体が逃げを打つ。
だが、ケネブのその行動などお見通しだったのだろう。その男は「危ない危ない」とけらけら楽しそうに笑い、普通の人間では有り得ない程の速度で持ってケネブに追い付くと、背後からケネブの後頭部を掴み、そのまま床に叩き付けた。
潰れた蛙のような醜い声を漏らしながらケネブが呻くと、その男は高くも無く低くも無い中性的な声音でマーベリックに話し掛ける。
「殿下、命はまだ?」
「ああ。奪うな……まだこの男は色々な情報を隠していそうだからな」
「かしこまりましたっ、と。全く……この間、全然吐いてくれないからお役御免だと思ってましたよ……殿下怖いから……」
「……まあ、吐かなかったのはケネブ・ルドランに拍手だな。……一度や二度、吐かせられなかったとしてもそう直ぐに切るような私では無い」
「ふーん……。そうですかね? あの牢番さん、可哀想でしたけど……?」
マーベリックは、男の言葉に僅かに眉を寄せると「向いていない」とぽつりと呟き、くるりと踵を返してしまった。
エリシャの元へと向かうつもりなのだろう。
マーベリックが近付いて来る度に、エリシャは怯え後ずさろうとしているが、室内に居る護衛にしっかりと体を押さえられていてその場から動く事は出来ない。
エリシャの真っ青な顔色からして、これからこの場所で行われる事にある程度察しは付いたのだろう。
嫌だ、と言うように頭をぶるぶると横に振っているが年若い令嬢にもこの国の王太子であるマーベリックが厳しい事を護衛達やリドル、ケネブを拘束している男は知っている。
(全く……お綺麗な顔をして随分えげつない性格をしてるモンだよね、王子様も……。こんな男に夢を見てる貴族の令嬢達の気が知れないよ)
ケネブを拘束している男──拷問に長けた、その道のプロ、と言われている人物はふう、と溜息を一つ着くと怯えて震えるケネブを上から押さえ付けたままそっとケネブの指先に自分の指を伸ばした。
「──殿下は、席を外さないのですか……?」
「エリシャ・ルドランを堕とさねば、ここまで来た意味が無いだろう?」
リドルは、表情を変えず真っ直ぐ視線を前に向けたままのマーベリックに疲れたような表情を浮かべて問い掛けたが、マーベリックからはあっさりと言葉が返ってくる。
「……どの世界に拷問を進んで見る王族が居るんですか……指示だけしてご自分は部屋に戻ればいいものを……」
「だが、この邸にこの者達を連れてきたのは私の独断だ。陛下にもまだ早いのでは、と言葉を頂いたが……。この件は早急に片付けねばならんだろう……?」
「それ、はそうですが……」
「凄惨な光景から目を逸らし、後の事を部下に頼んでこの場を退出するつもりは毛頭無い」
「……だから殿下は一部では血も涙もない感情の死んだ人形だ、と言われるのですよ」
リドルの言葉に、マーベリックは鼻で笑うとそれがどうした、と心の中で笑う。
酷い場面だから、とそれを見たくないと部屋を退出する事はいくらでも出来る。
だが、そうしてしまえば自分は結局自分が見たくない世界を部下に押し付け自分だけは残酷な場面から目を逸らし過ごす事などどうして出来ようか。
マーベリックは、国に害の無い普通の人間に対しては理想の王子様の側面しか見せない。
だが、一度国に牙を向いた人間には恐ろしい程に残忍で、残酷だ。
リドルは、自分達の目の前で行われる行為に少々気分を悪くしながら、懐から取り出したハンカチで顔の下半分を覆う。
血臭が少し離れた自分達が居る場所にまで漂い初め、リドルはちらりとエリシャに視線を落とした。
エリシャは自分の顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら怯え、べたりと床に腰を落として震えている。
「エリシャ・ルドラン……」
マーベリックは、この場には似つかわしくない程に優しい声音でエリシャの隣に片膝を付いてエリシャと目線を同じにさせると、顔を背けていたエリシャの顎を強い力で掴み、無理矢理自分の父親の方へと顔を固定する。
「父親を助けたければ……次に自分がああなりたく無ければ、幼い頃に父親にここに連れられて来て、何をしていたのか説明するんだ」
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