【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船

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 ウィルの案内の元、クォンツと父親は川の上流、隣国であるアイーシャ達が暮らす山中を目指す。

 アイーシャ達が現在魔物と戦闘を行っている山中はクォンツ達が居る場所から距離があり、このまま普通に向かえば到着するのは早くても明日の午前中だろう。
 人間が襲われているのは魔法の発動光から見て間違い無いように見える。
 魔物単体ではいくら魔物が魔法を発動する個体だったとしても敵の姿が無い以上自ら魔法を発動する事などないだろう。

 その事から考えて、恐らく自分達と同じように魔物と遭遇した人が戦闘を行っている、と考える方が自然だ。
 クォンツと父親は、自分自身に風魔法で身体強化の魔法を掛けようとする。
 多少、地を駆ける速度が上がるだけではあるが、魔法を自分に向かって掛ければ目的の場所に到着するのは普通に向かうよりは早くなるだろう。

 クォンツの父親はウィルに視線を向けて唇を開く。

「ウィル殿。目的の場所に逸早く到着する為に身体強化の魔法を掛けようと思う。走る速度が上がる、といった程度ではあるが何もしないより早くあの場所に到着するだろう。ウィル殿にも身体強化魔法を掛けさせて頂くので、反発しないように気を付けてくれ」
「身体強化……」

 クォンツの父親の言葉に、ウィルはぽつりと呟くと何かを考えるように唇に手を当てる。
 何を考えているのだろうか、と不思議がるクォンツと父親はお互い顔を見合わせたが気にしていても仕方ないと言う結論に至ったのだろう。
 父親がウィルに近付き、魔法を発動する為に魔力を練り上げ始めた所でウィルが慌てたように声を掛けて来る。

「──ちょ、ちょっとお待ち下さい……! 速度を上げるよりも……! あの場所に早く到着した方が良いですよね?」
「……、? それ、はそうだな? その為に今身体強化を──……」

 クォンツの父親がきょとん、と瞳を瞬かせる。
 するとウィルが「ならば!」と意を決したかのように緊張した面持ちで言葉を口にした。

「……転移魔法で向かいましょう。あの場所の正確な位置は分かりませんが、あの付近に到着する事は出来る筈です……!」



 ウィル──ウィルバートが口にした「転移魔法」とは水や炎等の六種類のどの魔法にも属さず、光魔法の使用者にも発動する事が出来ない未知の魔法だ。
 誰も知らない魔法。不可思議な魔法を操る事が出来るのは「闇魔法」だけ。
 闇魔法は、闇魔法の使い手が数百年程出ていなかった為謎に包まれている種類の魔法属性だ。

 光属性の魔法は、精霊から与えられる奇跡のような魔法と言われる事が多く、また光属性の魔法の性質は怪我を治したりする治癒魔法や、人体への精神干渉への無効化。
 人体に影響のある様々な物から守る特性を持つが、闇属性はどんな性質を持ち、どんな特性を持っているのか多くが謎に包まれている。

「転移、魔法だと……!?」

 だからこそ、クォンツの父親はウィルの言葉に驚愕した。
 そのような魔法を発動出来る属性など今まで見た事も聞いた事も無い。

 時空を越え、人体を違う場所に質量の法則を無視して転移させる。
 そのような事を試そうとしたら何処かで必ず歪みが生じてしまい、人体がその歪みや時空に耐えられない。
 だが、目の前に居るウィルは至極当然──当たり前のようにけろりとその転移魔法と言う言葉を使用していて。
 クォンツの父親のみならず、クォンツも呆気に取られ、開いた口が塞がらない。

「疑問に思う気持ちは尤もだと思います。けれど、今は急いでいらっしゃるのですよね? ならば、私は貴方達が急ぎ到着したい、と考えている手助けを致します」

 行きましょう、とウィルがそう口にしてクォンツとクォンツの父親の手を取ると魔力を放出した。

「──っ、!?」

 瞬間、辺りに黒い粒子のような物がきらきらと輝き放出され、自分達を包み込む。

 クォンツと父親が言葉を出せずに居ると、目の前の景色がぐにゃり、と歪み。
 そして瞬きをした次の瞬間にはもう既に先程まで居た景色とは違う景色が目の前に広がっていた。

「──なっ、ん……」
「なんだ、これは……」

 信じられない、と言うようにクォンツと父親が小さく呟き周囲を見回すと。
 先程まで自分達が居た場所では無く、周囲は鬱蒼とした木々に囲まれていて葉に遮られ、空も見えない。

 薄暗い森の中だ、と言う事だけが理解出来たクォンツは自分達の側に居るウィルに視線を向ける。

「ああ……、やはり少しずれてしまっているようです……」

 ウィルの言葉に、クォンツははっと瞳を見開くと耳を澄ます。
 何処か、そんなに距離が離れていない場所から人の声と、剣戟の音が聞こえて来る。
 そして、次の瞬間には魔法を発動した時の光が小さく輝き、クォンツは無意識に腰に下げていた長剣を抜き放つ。

「──父上……っ!」
「あ、ああ……! ウィル殿っ、詳しい話は後だ……! 一先ず人命救助を第一優先とする……!」
「分かりました」

 クォンツは三人の中で逸早く地面を蹴ると、戦闘の気配がする方向へと駆けて行く。

 ウィルのお陰で、少し離れた場所に転移が成功していたのだろう。
 木々を払い落とし、走る速度を上げて目的の場所へと近付いて行く。

 クォンツ達が転移した場所は、アイーシャ達が居る開けた場所の上方。
 間には崖があるが身体強化魔法で跳躍力を上げてしまえば問題無く飛び移れるだろう。

 クォンツが森の木々から抜けると、そこには想像していた通り、自分を襲った得体の知れない魔物が人々を襲っている様子が目に入った。

 だが、クォンツは魔物と人の戦闘では無く、ある一点を視界に入れて考える暇も無く、全速力で駆け出す。



 あそこに居るのは。
 赤紫の躑躅つつじのような髪色を頭の高い位置に結い上げ、魔物から距離を取るようにしている女性は。

 クォンツが走りながら自分自身に身体強化魔法を発動すると同時、地面を強く蹴りつけて跳躍する。
 すると、人の気配に反応したのだろうか。
 見詰めていた女性がくるり、と振り向きクォンツの姿を認めるとエメラルドグリーンの美しい瞳が見開いた。

「──アイーシャ嬢!」

 クォンツは、そう叫びながら跳躍してあっという間にアイーシャ達が居る場所へと飛び移った。
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