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しおりを挟む「お嬢様、ユルドラーク卿が参りましたよ」
「すぐに行くわ」
急いで返事をし、駆け出しそうになってしまう足をすんでのところで抑える。
「いけないわね、私ももう十六なのだから……淑女としてはしたない真似は出来ないわ」
「あら、お嬢様は少しばかり元気な方がお嬢様らしいですよ」
ぴたり、と足を止めてゆっくりと廊下を歩くアイーシャの後ろに付きながら、使用人のルミアがくすくすと笑いながら話し掛ける。
ルミアの言葉にアイーシャは「もう!」と笑いながら返して、そしてクォンツが待っている客間へと向かった。
「お待たせしてしまい申し訳ございません、クォンツ様」
「ああ、アイーシャ嬢。そんなに待ってないから気にすんな」
へらり、と笑顔で片手を上げるクォンツにアイーシャも笑顔を向ける。
入室して来たアイーシャの姿を見て、クォンツは不思議そうに小首を傾げた。
「随分荷物が少ないな? それだけで足りんのか?」
「──あっ、」
アイーシャの近くまでやって来たクォンツはアイーシャの荷物をひょい、と奪い「軽いな」と驚いている。
「クォンツ様……っ! 自分で持ちます……! 持って頂くなんて申し訳無いです……っ!」
「女性に荷物を持たしたまま俺だけ手ぶらで横を歩けるかよ。どうせアイーシャ嬢の事だから自分の荷物くらい持てるつって使用人にも手伝わせなかったんだろ?」
「うっ、うぐ……っ」
クォンツに図星を突かれて、アイーシャはついつい言葉に詰まってしまう。
使用人のルミアにも、男性使用人にも馬車まで荷物を運ぶと言われたが自分の荷物は自分で運ぶから、とアイーシャは断っていた。
この十年間、私用でルドラン子爵邸の使用人に何かをして貰う事は禁じられていたし、使用人に手伝ってもらう事をしてしまえば、ケネブやエリザベートから行き過ぎた躾をされて来たのだ。
その癖が残ってしまっていたアイーシャは当然のように自分の荷物は自分で運ぶ物だ、と考えている。
「まあ……アイーシャ嬢がそう考える理由も分からなくはねえが……。俺を女性を手助けしない情けない男にしないでくれよ?」
にやりと悪戯っぽく口端を持ち上げて笑うクォンツに、アイーシャも眉を下げながら笑い返す。
有難い申し出を受ける事にした。
「クォンツ様を誤解されたくありませんから……ありがとうございます」
「ん、どういたしまして」
クォンツはアイーシャの頭を乱暴に撫でた。
クォンツが乗ってきた馬車に乗り込み、走り出して少し経った頃。
向かい合わせで座っていたアイーシャとクォンツは世間話をしていたが、ふとクォンツが神妙な顔付きになる。
「……? どうしました、クォンツ様」
不思議そうに首を傾げながらアイーシャが問い掛けると、クォンツは今この場で話そうか話さまいか躊躇っている様子だったが、この場で話す事にしたのだろう。
アイーシャの目をしっかり見つめ、口を開いた。
「邸に着いてから話そうかと思ったんだが……。マーベリックから明日、王城に登城するように、と今朝方報せが来た」
「殿下からですか……?」
「ああ。昨日、今日でケネブから様々な事を聞き出すんだろう……」
それに、ウィルバート卿の処遇も、とクォンツは心の中で言葉を続ける。
いくら被害者とは言え、ウィルバートが全くの無罪、と言う訳にはいかないだろう。
(きっとあの人は色々と……手を下している筈だ……。そもそも何故あの場所にいる筈の無かったエリシャ・ルドランがいた? 何故、私物を没収されている筈のエリシャ・ルドランが薬を持っていた?)
そしてそれは王太子であるマーベリックも疑問に思っている筈だ。
(いや……マーベリックの事だ……ほぼ全て把握している可能性があるな)
クォンツが考え込んでいると、対面にいるアイーシャがぽつり、と呟いた。
「それならば……明日、王城でお父様とお会い出来るでしょうか」
「──ああ、多分……会えるだろうよ」
二人は少しだけしんみりとした空気の中、クォンツのユルドラーク侯爵邸に向かう馬車の道中、残りの時間を無言で過ごしたのだった。
◇◆◇
だが、翌日。
王城で会えるかと思っていたウィルバートとアイーシャは会う事が叶わず、マーベリックの口から語られた言葉に言葉を無くした。
客間に集められたアイーシャ、クォンツ、リドルは入室したマーベリックの言葉を理解する事が出来なかった。
いや、理解は出来たがアイーシャは信じる事が出来なかった。
「ウィルバート・ルドランと言う名前の男はこの数ヶ月、始めから存在しなかった……。いや……存在してはいけない人間だ。いいな?」
続けてマーベリックは今後一切、その名を口にする事は許さん、と呆然とするアイーシャに向かって険しい表情で告げたのだった。
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