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しおりを挟む一段一段、しっかりと階段を降りて来るクリスタをギルフィードはまるで眩しい太陽を見るように目を細めて見上げる。
クリスタの背後には、ギルフィードに対して怒り、呪詛でも吐きそうな程目を吊り上げたヒドゥリオンの姿が見えてギルフィードは鼻で笑う。
(自分がクリスタ王妃をぞんざいに扱ったくせに、いざ彼女が自分以外の男の手を取ったら面白く無いのか。……何と自分勝手な)
呆れて物も言えない、とは正にこの事だな。とギルフィードは壇上から降りて来たクリスタを見下ろし、優しげに微笑む。
初めて会った時はクリスタの方が背が高く、ギルフィードが見上げる方だったのに今はそれが逆転していて。
それだけの年月が経ったのだ、とギルフィードは感慨深く感じる。
「ギルフィード王子?」
自分の目の前にやって来たクリスタが不思議そうに首を傾げ、話し掛けてくる。
冷たい印象を与えるクリスタの細く、形の整った眉、冷ややかな眼差し、感情を見せない表情。
そのどれもが今、自分の目の前では崩れていて。
不思議そうにぱちぱちと瞬きを繰り返すクリスタはとても可愛らしい。
「──ははっ、失礼致しましたクリスタ王妃殿下。最初のダンスのパートナーが私では役不足かもしれませんが、どうぞ我慢して下さいね?」
「まぁ。ギルフィード王子で役不足と仰るならここに居る誰もが役不足になってしまうわ」
くすくすと笑いながら、ギルフィードにだけ聞こえる声でクリスタが告げる。
お世辞だったとしても、そう言ってくれたクリスタの気持ちが嬉しくてギルフィードは破顔した。
「ははは……っ、そうですね。私以上の適任は居ないかもしれません」
「ええ、そうですね」
二人で笑い合いながらフロアの中心地に歩いて行く。
クリスタが笑顔でギルフィードと会話をする様を見て、周囲の貴族達はざわざわと戸惑い、クリスタの笑顔に呆気に取られている。
「王妃も笑う事があるのだな」とひそひそと話し声が聞こえて来るが、クリスタはそんな声など気にせず、フロアでヒドゥリオンとソニアがやって来るのを待った。
クリスタが自分を置いて行き、自分以外の男と楽しげに笑い、話している。
その光景を信じられない物を見るように唖然としていたヒドゥリオンは、自分の服の裾をくい、と引く存在に気付きはっと目を見開いた。
「ヒドゥリオン様──?」
「……ソニアっ」
そうだ、今は夜会の最中だったとヒドゥリオンは頭を振り、気持ちを切り替える。
自分を不安そうに見上げるソニアの頭を撫でてやり、手を差し出す。
「すまない、ソニア。行こうか……」
「! はいっ!」
優しく微笑むヒドゥリオンにソニアは満面の笑みを浮かべ返事を返す。
ヒドゥリオンの手を取り、揃って階段を降りてフロアの中心部にやって来る。
ヒドゥリオンは自分に視線を向ける事無く、今夜のパートナーとなったギルフィードと会話を楽しむような様子のクリスタを恨みがましく見詰めた。
「──陛下が来られたわ。曲を」
クリスタが普段の王妃然とした態度にヒドゥリオンは奥歯を噛み締める。
普段、クリスタの隣には当たり前のように自分がいたのに。
それなのに今は一切自分に視線を向ける事無くギルフィードと弾む会話をしている。
小声で話し、時折クリスタの表情が、口元が緩む様を見てそんな表情を自分以外に見せるクリスタにヒドゥリオンは苛立ちを感じる。
クリスタの指示に従い、宮廷楽団が躊躇いがちに音楽を奏で始め、クリスタの手を握りクリスタの腰に腕を回すギルフィードにヒドゥリオンは奥歯を噛み締めた。
──面白く無い。
ヒドゥリオンは自分勝手な苛立ちを発散するため、ソニアの手を勢い良く握った。
宮廷楽団の美しい音色に合わせ、軽やかに舞うクリスタとギルフィード。
普段、形式上ヒドゥリオンとダンスを踊る事が殆どだったクリスタは軽やかにステップを踏み、クリスタを上手くリードしてくれるギルフィードに下を巻いた。
「……驚きました」
「? 何がですか?」
ぽつりと零したクリスタの声に、直ぐギルフィードが反応する。
小声で会話をする為にぐっ、とギルフィードに体を引き寄せられてクリスタは若干の気恥ずかしさと、ドキマギとした緊張感を覚えつつ言葉を続ける。
「幼い頃は、ダンスが苦手だと言っていたじゃありませんか。こんなにお上手になっているとは……」
「何年前の話をしているのですか? 私ももう成人して数年経っているのです。今ではほら、このように──」
「──え、あっきゃあ!」
ギルフィールドがぐっ、とクリスタの腰を抱き寄せてくるり、とその場で一回転する。
クリスタは自分の足が床から離れてしまった事に驚き、可愛らしい悲鳴を上げつつ咄嗟にギルフィールドの肩に手を置いた。
「ほら、今ではこのような芸当まで出来るようになったのですよ」
ふにゃりとした笑顔を浮かべ、「褒めて褒めて」と言うようなギルフィードの態度にクリスタは思わず吹き出してしまう。
「ふっ、ふふふっ! 吃驚するから止めて下さい……!」
「王妃殿下の驚いた顔を見れるのであれば毎回くるくる回転しなくては……!」
楽しげに笑い合う二人を見て、周囲に居た貴族達も自然と笑みが零れてしまう。
誰かが「あの王子も相変わらず王妃殿下が大好きだなぁ」と笑いながら言い放った言葉を偶然耳にしてしまったヒドゥリオンは、その声が聞こえた方向を殺意の籠った鋭い視線で睨み付けた。
ヒドゥリオンの形相に、その付近にいた貴族達は気まずそうに口を噤み、さっと視線を逸らす。
「ヒ、ヒドゥリオン様?」
「……」
不安気なソニアの声にヒドゥリオンは言葉を返す事無くそのままファーストダンスを無言で踊り切った。
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