冷酷廃妃の誇り-プライド- 〜魔が差した、一時の気の迷いだった。その言葉で全てを失った私は復讐を誓う〜

高瀬船

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 宮廷楽団の奏でる音色が広いフロアに余韻を残し、そして鳴り止む。

 国王夫妻のファーストダンスで夜会の幕開け、となる予定だった。
 だが、此度の夜会はお互い違う相手をパートナーとしてファーストダンスを踊り、一方は終始楽しげに笑みを浮かべながら。
 もう一方は無言で緊張を孕んだような状態で踊り切る。

 しん、と夜会会場が一瞬静まり返った後、すぐに拍手と歓声が周囲から溢れんばかりに送られる。

 ソニアは自分自身に向けられる今まで経験した事の無い程の拍手喝采と、自身に集まる注目に充足感を得て、自分の腰をしっかりホールドするヒドゥリオンに愛しげに視線を向けた。
 だが──。

「ヒドゥリオン様……?」
「クリスタ……」

 先程までは甘く蕩けるような視線と声音が自分自身に向けられていたと言うのに、今のヒドゥリオンはソニアの向こう側に居る自分の伴侶、クリスタをじっと、視線を逸らさず見詰めていて。

 ソニアはむっと頬を膨らませて自分の手を握るヒドゥリオンの手をぐいっと引っ張った。

「──っ、ソニア?」

 ようやくヒドゥリオンのルビーのような赤い瞳が自分を映してくれた、とソニアは微笑みを浮かべくいくいとヒドゥリオンの握ったままの手を引っ張る。

「ヒドゥリオン様っ! ダンス、とても楽しかったです。こんなに広い場所で踊るの初めてで……どうかもう一曲一緒に踊って頂けませんか!?」
「もう一曲!?」

 ソニアの提案に、流石にヒドゥリオンも驚き声を上げてしまう。

 この国では同じ人と続けてダンスを踊ると言う行為は、相手が婚約者や伴侶でなければならない。
 他国の王族であったソニアは国の常識、と言うものを知らないからかそんな提案をしたのだろう。
 キラキラと期待を込めた目で見つめられ、ヒドゥリオンは無意識に助けを求めるようにクリスタを仰ぎ見た。
 だが、助けを求めるように視線を向けた先のクリスタはダンスを踊り終え、ギルフィードにエスコートされながら壇上に戻ろうとしていて。

「お、王妃──……!」
「……? 陛下?」

 ヒドゥリオンの声に反応したクリスタがくるり、と振り返りヒドゥリオンに視線を向ける。
 そこでヒドゥリオンの困り果てた様子と、輝かんばかりの笑顔を浮かべてヒドゥリオンの手を引くソニアを見て状況を察したのだろう。

「──ああ、なるほど……」

 クリスタは納得したように一度こくりと頷く。
 その様子を見て、ヒドゥリオンは安堵した。
 今までのように諌めてくれるだろう、と。自分に向かって壇上に戻れ、と言ってくれるだろう、とヒドゥリオンは安心していたのだが。

 だが、クリスタはふいっとヒドゥリオンから視線を逸らして冷たく言い放った。

「陛下。本日はですから」
「──……っ」

 そして自分に背を向けてダンスフロアを去って行くクリスタの背中を、ヒドゥリオンは唖然と見詰めてしまう。

 宮廷楽団の演奏が再び再開され、周囲に居た貴族達もパラパラとフロアに進み出て来て、自分のパートナーとダンスを踊り始める。
 ダンスが始まってしまった。
 今この場でソニアの誘いを断り、壇上に戻れば何も知らぬソニアに恥をかかせ、傷付けてしまう。
 そして、自分がソニアのダンスを断り、この場に残して戻ればこの国の貴族達からソニアの存在が軽んじられてしまう。

 ヒドゥリオンは途方に暮れながらソニアから手を引かれ、そのまま二曲目を共に踊るしかなくなった。





「──王妃殿下にご挨拶致します」
「アルマン公爵。姪御さんの具合は如何かしら? 今年はうんと寒くなるらしいわ。しっかり療養させてあげて」
「お気遣い、痛み入ります。王妃殿下からの言葉、しかと胸に刻みます」

 クリスタが壇上に戻るなり、この国の高位貴族達が挨拶をしに列を成す。

 ソニアに同情的な視線を送っていた者達も、二曲続けてソニアとダンスを踊るヒドゥリオンに何か思う所があるのだろう。
 クリスタが壇上に戻る素振りを見せるなり、高位貴族達のいくつかの家は直ぐさまダンスフロアを離れ、クリスタに挨拶をしにやって来た。

(それでも……まだ陛下と王女達を暖かい目で見守るような貴族が半数以上居るけれど……)

 と、クリスタが考えているとアスタロス公爵がギルフィードを伴い、クリスタの下にやって来た。

「王妃殿下にご挨拶致します。先程は我が家の客人がとんだ失礼を致しました」

 胸に手を当て、頭を下げる現アスタロス公爵がクリスタに向かって謝罪を述べると、クリスタは「王妃として」笑みを浮かべ口を開く。

「構いません。顔を上げて、公爵。第二王子に助けて頂き、こちらも助かりました。……それにしても……」

 クリスタは王妃然とした微笑みをすうっと消してじとっとした目でアスタロス公爵を睨み付ける。

「貴方がこのような暴挙に出るとは思わなかったわ……! 何故もっと早く教えてくれなかったのかしら?」
「あー……、すまない、クリスタ王妃……」

 何処か二人は気安い砕けた雰囲気で話し始め、その様を見ていたギルフィードは懐かし気に目を細める。

 今から十数年前。
 まだ幼かった自分達はこの国の王城で何度も顔を合わせ、王城の庭園で幾度となく遊んだ。

 アスタロス公爵──キシュート・アスタロスはクリスタの親戚筋に当たる。
 はとこ、と言っていただろうか。
 ギルフィードはぽんぽんと言葉を交わし合う二人に割って入るように口を開いた。
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