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しおりを挟む「キシュート、酷いな。私にも王妃殿下と話させてくれ」
「ギルフィード……。お前もお前だぞ……あんな暴挙に出るとは……私は心臓が止まりそうだった」
「あら。でも私はギルフィード王子に声を掛けてもらってとても助かったわよ」
まるで子供の頃に戻ったかのように気安く会話を続ける。
公爵位を継ぎ、キシュートの家は代々外交を行う仕事をしているため、滅多に国内に戻って来ない。
そして、ギルフィードはクロデアシア国の王族だ。国賓として来訪するくらいでしか顔を合わせる機会が無い。
クリスタはまるで数年ぶりに腹の探り合いや嫌味の応酬では無い心から安らげる会話に気持ちが和む。
「──それは良かった、私の存在が王妃殿下の役に立ったのであれば幸いです」
ギルフィードはおどけるように胸に手を当て、ぺこりと頭を下げる。
クリスタがついふふ、と声を漏らし笑みを浮かべるとその様子を見ていたキシュートは優しげにクリスタとギルフィードを見詰めた。
「──ああ、王妃殿下。もっとお話したい所ではございますが、殿下にご挨拶をしたい、と皆が待っておりますね。私たちだけで殿下を独占する訳にはいきません。名残惜しいですが、また後ほどお話致しましょう」
「また、必ずお会いしましょう王妃殿下」
「ええ。分かったわ。今日は楽しんで行って下さい、アスタロス公爵。ギルフィード王子殿下」
クリスタの目の前で胸に手を当て腰を折った二人はそのまま壇上を降りて行く。
キシュートに向かって肘をぶつけるギルフィードと、そのギルフィードを揶揄うように頭を撫でるキシュートの姿を見てクリスタは緩みそうになっていた口元をきゅっと引き締める。
二人が戻った後は、再び国内の貴族達と挨拶を交わさねばならない。
クリスタはぐっと腹に力を入れて挨拶にやって来る貴族達をすっと目を細め、いつも通り完璧な微笑みを浮かべて対応した。
挨拶を受け始めてどれくらい経った頃だろうか。
(ヒドゥリオンはまだ戻って来ないの? まさか三曲連続でダンスを踊っているのではないでしょうね……)
未だ戻る気配の無い自分の伴侶を思い出し、クリスタはちらりと空になっている隣の椅子に視線を向ける。
「おやおや、陛下はまだ美しい蝶と戯れておられるようで……」
「──……あら、バズワン伯爵」
「王妃殿下にご挨拶申し上げます」
嫌味ったらしい一言が聞こえ、クリスタはすっと目を細めその声の持ち主に視線を向ける。
そこに居たのはこの国で財力を持ち、貴族会議でも大きな発言力を持つバズワン伯爵が居て。
バズワン伯爵はにやにやと嫌な笑みを浮かべたまま、クリスタに挨拶をし頭を下げる。
「お元気そうで良かったわ……」
「ふふふ、ご心配無く。長く体調を崩してはおりましたが今はもうこの通りです」
「それならば良かったわ。バズワン伯爵は皆の手本となるお方ですから……」
「はっは、嬉しいお言葉ですな。ありがとうございます、王妃殿下。まだまだこれからもこの国のため、働かせて頂きます」
二人は言葉を交わし終えた後、数秒だけ睨み合い、ふっと笑みを浮かべたバズワン伯爵が頭を下げて壇上から降りて行く。
(──あの老人には本当いつも嫌な気持ちにさせられるわ……。あの老人、年々発言力が増しているのよね……権力が集中するのを防がないと……)
まだまだ頭を悩ませる事が沢山だ、とクリスタが自分の額に手をやったその時──。
突然夜会会場に何かが壊れる甲高い音と、女性の悲鳴が響き渡った。
「──何事!?」
がたんっ、と大きな音を立ててクリスタが立ち上がる。
すると、ダンスフロアでダンスを楽しんでいた者達がざわざわと騒いでいるような気配がして。
クリスタは壇上からその中心部にいる二人を視界に入れて目を見開いた。
「な、何でシャンデリアが……」
信じられない、と言った様子でクリスタがぽつりと呟く。
クリスタの眼下には、天井に吊る下げられていたシャンデリアがフロアに落ちて粉々になっている光景が。
そして、その落ちて来たシャンデリアから庇ったのだろう。
ヒドゥリオンに抱き抱えられ、ガタガタと恐怖に体を震わせて顔面蒼白になっているソニアがそこに居た──。
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