冷酷廃妃の誇り-プライド- 〜魔が差した、一時の気の迷いだった。その言葉で全てを失った私は復讐を誓う〜

高瀬船

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「何? この本……とても古いわね。貴重な物かしら?」

 キシュートがテーブルに置いた本をまじまじと見詰めながらクリスタが呟く。
 本の表紙はボロボロになっていてインクも掠れ、本のタイトルも何も分からない。
 キシュートはぱらり、と本を開く。
 本文は羊皮紙を使用しているように見えたが、キシュートが軽く本文の紙を摘み、クリスタやギルフィードに持ち上げて見せる。

「──あら、これは……犢皮紙?」
「本当だ。羊皮紙だと思ったけどそれよりも上等な物だ……。大分昔の物のようだけど、そんな昔に犢皮紙を使った本……なんて……」

 大分貴重な本なのではないか、とクリスタとギルフィードに視線を向けられたキシュートは無言で二人に小さく頷き、本のある場所を開き、自分の指をトン、と置いた。

「──ここを見てくれ」

 キシュートに言われた場所。彼が指先で示す場所を見るためにクリスタは少し乗り出した。
 そしてそれはギルフィードも同じだったようで、クリスタの隣に座っていたギルフィードもテーブルに少し乗り出したため、クリスタの肩に自分の肩が当たってしまう。

 ギルフィードは大袈裟に反応し、ぶつかってしまった事をクリスタに謝ろうと横を向いたが、クリスタはギルフィードと肩が触れ合っている事を気にした風も無く、本を一部分を指差すキシュートに「それで?」と視線で問い掛けている。

 全く気にした様子の無いクリスタにギルフィードは悔しいやら、ほっと安心するやら良く分からない感情を胸に抱き、むうっ、と眉を寄せて変な顔をしている。
 二人の向かい側に座っていたキシュートはギルフィードの表情の変化を目の当たりにして、暖かい目でギルフィードを見やった後、気持ちを切り替えてクリスタの質問に答えた。

「……これは滅亡したタナ国の王族に伝わっていた伝記、らしい」
「──タナ国の……!? な、何故そんな物を貴方が持っているの!?」

 タナ国と言えば、ソニアの国ではないか、とクリスタが驚き声を上げる。
 クリスタの驚きは最もで。
 王族に伝わっていた貴重な品が一体どう言う経緯でキシュートの手に渡ったのか。
 クリスタの疑問にキシュートは至極あっさりと答えた。

「私が仕事で諸外国を回っている事は知っているだろう? 一年の殆どを他国で過ごしていると、様々な国のあらゆる貴重な物や、話がアスタロス公爵家には集まる。……これは、その中の一つだな」
「そうなのね……。でも、キシュート兄さんが指差している所……インクが掠れているし……言葉も……タナ国語なのかしら?」

 クリスタは自分の顎に手を当てて首を傾げている。

「うん、そうだな。これはタナ国の古い言葉だから知っている人はあまり居ないだろう。けれど、ここにはタナ国に昔から伝わるが記されている」
「魔術……!?」

 キシュートの言葉に、クリスタもギルフィードも驚き、素っ頓狂な声を上げる。

「だっ、だってキシュート兄さん……っ! 魔術って、もう……!」
「──ああ。魔術はもう滅びているな…。今は魔力を簡単に魔法に昇華させる方法が編み出され、我々は魔法を発動する。……けれど、かなり昔にはまだ魔力も、魔法も今ほど解読されていなかった……。太古から伝わる。そのまじないに魔力を乗せて術として完成した。魔術は術者すらをも蝕む……だから魔力を魔法として昇華する事が出来るようになり、魔術は廃れて行き今はもう滅んでいる、と思っていたが……」
「……タナ国には昔からある魔術が昔から王族にのみ、伝わっていた、と言う事か……」

 キシュートの説明の後にギルフィードが低い声でぽつりと呟く。
 その声音と、ギルフィードの表情からあまりよくない事が書かれているのだろうと察したクリスタは、キシュートが続きを話すのをただじっと待つ。

「……今は、人の心を惑わしたり……操る魔法は禁止されていて、王族にはそのような魔法が効かないように抵抗魔法がその身に施されているだろう?」
「え、ええ……。そのような事が起きてしまえば、国が荒れるから……」
「けれど、それは抵抗魔法だ。……魔術には対応していない……対応出来ない、だろう?」

 キシュートの言葉に、クリスタははっと目を見開く。

「な、ならば陛下は王女から心を操る魔術を施されている、と言うのですか……!?」

 がたり、と慌ただしくクリスタがその場に立ち上がり、派手な音を立てて椅子が倒れる。
 キシュートはクリスタをしっかり見詰めて口を開いた。

「まだはっきりとは分からないが……。だがその可能性はゼロでは無いと思う……。そして、それは周囲に居る貴族達にも作用している気がする……。いくらあの亡国の王女が美しかろうと、同情的な意見が多いのはおかしいだろう?」

 キシュートの言葉に、クリスタはくらり、と目眩を覚えふらついてしまう。

「クリスタ様っ」

 クリスタがふらついた事にいち早く気付いたギルフィードが慌ててクリスタの体を支える。
 どさり、とギルフィードの胸元に倒れ込んでしまったクリスタがギルフィードに謝罪をして離れようとしたまさにその時。



「──何をしている!」

 薄暗い庭園の、クリスタ達から少し離れたその場所。
 そこから怒声が響き、怒りに目尻を吊り上げたヒドゥリオンが立っていた。
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