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しおりを挟む神殿に書類を提出して数日。
ディザメイアの王城に神殿から神官が派遣されて来た。
神官がやって来た事に、王城に勤めている人間は国王であるヒドゥリオンと王妃クリスタの離婚が真実だったのだ、と驚きそして離婚すると言う事は狩猟大会での出来事が本当だったのだ、と周囲には間違った情報が拡散されていった。
けれど、クリスタはそうなる事を予想していたし、人々から自分がどのような目で見られるかも理解していた。
だから以前のように心無い言葉を囁かれても、冷たい視線を向けられても動じない。
こうなった責任は自分にもある。
そうして、こうした原因の多くは他者にある。
「クリスタ・メア・ディザメイア。こちらに記載されている署名と押印は間違い無く貴女が行ったものですか?」
「──ええ、そうです」
「この申請書の内容をしっかりと把握していますか?」
「勿論です」
クリスタは、謁見の間の続き部屋になっている貴賓の間にて神官の言葉に一つ一つ、しっかりと目を見て言葉を返し頷いた。
クリスタの返事を聞き、クリスタの前に同様の質問をヒドゥリオンに対して行っていた神官は両者の言葉を聞いた後、静かに頷いた。
「両者、互いに納得の上申請書類に署名をして押印した事を確認しました。……神殿は正式に離婚申請書を受理し、ここであなた方お二人の離婚が成立した事を認めます」
神官の言葉で、ヒドゥリオンとクリスタは今この瞬間から本当に他人となった。
クリスタは王妃と言う肩書きが無くなり、この瞬間からただの貴族女性に戻る。
離婚した瞬間、王妃として過ごしていた時間が長いからこそ何か感情を揺さぶられるだろうか、と思っていたクリスタではあったが、今心の中はとても凪いでいて。
なんの感情も波立っていない。
貴賓の間から退出する神官を見送り、クリスタも王城を出るために部屋の入口に向かって一歩を踏み出した時、ぽつりと背後からヒドゥリオンの声が聞こえた。
「こんなに……あっさり、と……。クリスタにとって、この国の王妃という立場は簡単に捨てられるものだったのか」
「──何ですって……?」
くるり、と振り返りヒドゥリオンと向き合う。
「そうだろう……? 長年一緒に過ごしていたと言うのに、お前は簡単にこの国の民も、貴族も、私でさえも簡単に捨てる事が出来るのか……」
「──この状況を作ったのは陛下、貴方ではないの? 私にどうも出来ない状況を作ったのに何を被害者ぶっているの?」
「……っそれはっ、ソニアがっ」
「ソニア妃の提案を受け入れたのは陛下、貴方でしょう? 国王である貴方が別の案を示し、皆に納得してもらえばどうとでもなったわ。それをソニア妃に楽な方法を提案されて逃げた陛下が悪いのでは?」
「……っ、知っていたのか!?」
クリスタからの冷ややかな視線に晒され、ヒドゥリオンはあからさまに狼狽え始める。
狩猟大会のあの日。迂闊にもあんな誰が通るか分からない控えの間でソニアと話をしていたヒドゥリオンが悪い。
クリスタはヒドゥリオンから視線を外し、踵を返して部屋を出るために再び歩き出す。
そんなクリスタに向かって、ヒドゥリオンは焦って言い訳のようなものを連ねた。
「ちがっ、あの時は動揺していて……っ。ソニアの言葉に妙案だと頷いてしまったが……! 気の迷いだったんだ、あれが最善の策だと言われて、魔が差してっ! 一時の気の迷いでこうなってしまったんだ……っ!」
「──……気の迷い? 私は貴方の気の迷いで全てを失ったの? 気の迷いだったなら、それを本当に実行しなければ良かったじゃない! 先日、私の執務室に来て貴方ははっきりと口にしたわ。……ほとぼりが覚めた頃、再び王妃に戻す? ふざけないで! 貴方の下に再び戻るなんて二度とごめんだわ!」
しん、と凪いでいた心の中が今は怒りで塗り替えられていて。
クリスタはこんなにも誰かを憎む事が出来たのか、と自分自身に驚きを感じていた。
けれど、そんな軽い言葉で自分はこれから全てを失うのだ。
もしかしたら魔力だって二度と元に戻らない可能性だってある。
クリスタの実家だって、謂れのない噂話で傷付けられる可能性だってある。
ひと一人の人生がこれで壊れたのだ。
壊したのは間違い無くヒドゥリオンと、ソニアだと言うのに。
「ソニア妃の言葉に踊らされた、と貴方は責任転嫁をするのね……」
「ク、クリスタ……」
乾いた笑いを零すクリスタに、ヒドゥリオンがおずおずと近付き、手を伸ばすがクリスタは距離を取って伸ばされた腕から逃げる。
「──今、この瞬間に私は貴方を絶対に許さないと決めたわ。出来る事なら、もう二度と貴方とは会いたく無い」
「クリスタ……っ!」
それだけを言い終え、足早に貴賓の間を出て行ってしまうクリスタの背に向かい、ヒドゥリオンは呼び止めるように叫んだがその声は虚しく貴賓の間に響いてそして消え去った。
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