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しおりを挟むヒドゥリオンと別れ、貴賓の間から自分の執務室に戻ったクリスタはガランとした執務室内を見回して何とも言えない表情を浮かべる。
「王妃、殿下……」
「──?」
名を呼ばれ、振り返るとそこにはクリスタ付きであったナタニアを筆頭に三人の侍女が立っていた。
彼女達の手には小さく纏められた私物が入った鞄が一つ握られており、普段纏っていた王城で働く専属侍女の制服も脱ぎ、質素なドレスに着替えている。
「貴女達には随分助けられたわね、長い間ありがとう。暫くは身の回りに気を付けて頂戴」
「王妃殿下も、お体には気を付けて下さい……!」
「何かあれば遠慮なく私たちをお呼び下さい」
「いつでも駆け付けます!」
変わらず、自分を心配してくれる侍女達にクリスタは心からお礼を述べ、侍女達を見送る。
私室の片付けも済んだ。
執務室も全て片付けた。
後はもう、この城を出て行くだけだ。
クリスタは最後にそっと自分の執務机を撫でてから振り向く事なく背筋をしゃんと伸ばし、執務室を後にした。
数日後には国民に向けて発表されるだろう。
この国の国王と王妃が離婚し、王妃が王城を去ったと。
他国から嫁いでいれば、国に帰る事が出来るがクリスタは自国の侯爵家から王家に嫁いだ身だ。
暫くは国民からの風当たりも強く、生活し辛いだろう。
その辺りは家族が生活の基盤を整えてくれる、と言っていたがクリスタ自身家族に大きな迷惑と負担を強いたくない。
──王城の正門から侯爵家の馬車でひっそりと去ったクリスタを見送る者は誰も居なかった。
◇◆◇
ヒヴァイス侯爵家。
馬車から降りたクリスタを待っていたのは、久しぶりに顔を見る両親と、そしてギルフィードで。
話をした時よりも早くヒヴァイス侯爵邸にやって来ていたギルフィードに、クリスタはぎょっとして目を見開いた。
「──っ!?」
「クリスタ、お帰りなさい。荷物はそれだけなの? 早く邸に入りなさい」
「た、ただ今戻りましたお母様……お父様。それに、ギルフィード王子? 早すぎない?」
両親に挨拶をしたクリスタは、次に両親の半歩後ろにいるギルフィードに視線を向け、じとっとした目で話し掛ける。
ギルフィードはひょいと肩を竦めた後、悪びれなく答えた。
「一刻も早くお見せしなければ、と思い準備をしていたら思っていたよりも早く着いてしまいました」
「──もう。両親に伝えていたからいいものの……。もし私の手紙の到着が遅れていたら吃驚してしまうわ」
「あら、クリスタ。私たちは驚かないわよ。幼い頃からギルフィード殿下とは良く邸でお会いしていたじゃない」
「ははは。そうだな、我々も久しぶりに殿下と再会して話に花が咲いていたよ。驚きよりも懐かしさや嬉しい気持ちが大きいさ」
突破な行動を取るギルフィードにクリスタが咎めるように告げれば、ギルフィードを庇うように母親と父親が笑顔で告げる。
クリスタが家に戻る間に、随分とギルフィードと打ち解けたものだ、と感心しつつ邸に入り、応接室に向かう。
そこで両親は離れて行ってしまい、クリスタが戸惑っていると、ギルフィードに手を引かれて入室するよう促された。
「ギルフィード王子?」
「クリスタ様。早速ですが……タナの城にあった遺物を見て頂きたいのです」
外部に漏れると大変な事になるかもしれない物だ、とギルフィードに説明され、それでなる程、と納得する。
両親を下手に巻き込まないよう、事前にギルフィードは応接室にクリスタしか入れない事を話していたのだろう。
ギルフィードの配慮に感謝しつつ、こくりと頷いたクリスタは促されるままソファに座り、ギルフィードがタナの城から持ち出した遺物に視線を向けた。
「……城壁? の一部かしら……?」
「ええ、そうです。キシュートを追い、城に侵入する際に見付けた物なのですが……。見慣れぬ古代文字が刻まれていて」
「どれ?」
「これです。掠れてしまっていますが……」
ギルフィードはクリスタに城壁の欠片を手渡し、じっとその文字に視線を落とすクリスタを見詰める。
様々な文献に精通している、とギルフィード自身自負しているが、それでも勝てない人が居る。
膨大な文献を幼少期から頭に叩き込み、あらゆる国の言語を網羅している目の前の人物には到底敵わない。
クリスタは眉を寄せ、何か悩むような仕草をしている。
「……この、言語……どこかで見た覚えがあるわ……。どこだったかしら、何で見たのかしら……」
「覚えが……!?」
うう、と思い出そうと悩むクリスタにギルフィードはぱっと表情を明るくする。
クリスタならば、もしかしたら古代文字も解読出来るかもしれない、と言う予想は当たっていたようで。
魔術、の解析が出来れば。
あのソニア、と言う人物の正体も、目的も判明するかもしれない。
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