【完結】好きにすればいいと言ったのはあなたでしょう

高瀬船

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「──あっ、」

足を踏み外したウルミリアの体が、階下へと傾く。
落ちる時は周囲の景色がゆっくりになると言うのは本当なのだろう。
ゆっくりと傾いて行く自分の体と、階下に居るジルの焦った表情が視界に入り、次の瞬間。ウルミリアは自分の体を襲うであろう衝撃に備える為に、ぎゅっと強く目を瞑った。

目を瞑った瞬間、ジルがウルミリアの名前を叫んだのが聞こえた。



ウルミリアが目を閉じてから数秒。
いつまで経っても自分の体が階下へ転げ落ちて行く事は無く、気付けばウルミリアの体は誰かに抱きとめられるように、しっかりと背中に回った腕が強くウルミリアを抱き締めている。

「──え、……あら?」
「間に合って、良かった……」

このまま落ちていたら自分の体は強かに床に叩き付けられていてもおかしくなかったのに、その痛みがいつまで経っても訪れない事に不思議に思い、ウルミリアは閉じていた瞳を恐る恐る開ける。

自分のすぐ側からジルの安心したような声が聞こえた事から、自分を抱きとめてくれたのはジルであろう事は察せれた。
だが、その声が思ったよりも近距離から聞こえて来てウルミリアはギギ、と油の切れたブリキの玩具のように自分の顔を上へと動かす。

自分の目の前は、真っ黒な物で視界を覆われていて、何も見えない。
ウルミリアの鼻先が何か固い物にぶつかっていて、ぎゅうぎゅうと強く押し付けられていて些か痛い。
だが、そんなウルミリアの様子など気にしていないのか、姿の見えないジルは安心したように長く長く溜息を吐き出すと、更に強くウルミリアの体が抱き込まれる。

「お怪我は……?何処もお体を打っていませんか、ウルミリアお嬢様?」
「へぁ……、だ、大丈夫よ、大丈夫……」

上向いたウルミリアの頬をジルはそっと自分の手のひらで大事そうに何度も撫でると、抱き締めた体勢のまま、何処にも怪我は無いか問い掛けて来る。

ウルミリアは、何度かジルの腕の中から抜け出そうと自分の目の前にあった黒い物──ジルの胸元の制服をぐっと押し返そうとしたが、ジルの腕の力が緩む事は無い。

(せ、先日より長くないかしら……?し、しかも力も強くないかしら……?)

ウルミリアは自分の頬が赤く染まって行くのを感じながら、体を離して貰えない事を諦め、顔だけでも出来るだけジルから離れようと上体を反る。
だが、それすらも許さないとでも言うようにジルはウルミリアと離れた分だけ距離を縮めるように顔をぐっと近付ける。

「本当に何処にも、お怪我は無さそう……ですね?良かった……」
「ええ。ありがとう、ジル……。それで……っもうそろそろ離して貰えるかしら……?」
「──え?え、あっ、申し訳ございません……っ!」

ジルはウルミリアに言われた事にキョトンと瞳を瞬かせると、次いで頬を真っ赤に染めて慌てて腕の拘束を解く。

「ウルミリアお嬢様を受け止める事に必死で……っも、申し訳ございません……っ」
「いえっ、大丈夫、大丈夫よ……!ジルのお陰で怪我も無くて助かったわ。ありがとう」

ウルミリアの言葉に、ジルは嬉しそうに眉を下げてへにょりと笑みを浮かべると階段の半ば辺りに居たウルミリアの体をそっと抱き上げると階下に下ろす。
その行程で、ジルは何かに気付いたように視線を二階へと向ける。

その視線は、先程のジルの態度とは一変しとても冷ややかで恐れを抱く程だ。

「──ジル?」

ウルミリアの戸惑うような声にジルはぱっと振り向くと笑顔を浮かべてウルミリアの視線が二階に戻らないように自分の体で遮る。

「何でもございません、ウルミリアお嬢様。さあ、戻りましょう」
「え、ええ。そうね……?」

ジルがウルミリアを促すようにこのカフェから足早に退店しようとウルミリアの背中を押して出て行く。



先程、二階から姿を表した男を思い出し、ジルは奥歯を噛み締める。

何故、あんな表情でウルミリアを見詰めていたのだろうか。
何故、あんなに敵意を剥き出しにした視線を向けられなければいけないのだろうか。

(早くウルミリアお嬢様を邸へお連れして、公爵邸で得た情報を旦那様とウェスター様に報告しなければ……)

カフェの入口を急いで通り過ぎ、ウルミリアを侯爵家の馬車へと促す。
早くこの場所を後にした方がいい。
早くあの男から離れた方がいい。

きっとあの男と長く関わるとウルミリアに、侯爵家に悪い事が起きる。

ジルはウルミリアと共に馬車に乗りながら、ウルミリアを気遣うように見詰めた。
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