愛する婚約者への執着を綺麗さっぱり無くしたら、何故か執着されるようになってしまいました

高瀬船

文字の大きさ
40 / 44

40


 二人は暫し驚きに目を見開いたまま顔を見合わせた。
 そして、先にはっと気を取り直したクロノフはじぃっとアルドナシュ侯爵の顔を見ていたがその後ついと顔を逸らし、そのまま建物の陰に姿を消した。

 その様子を見たユリナミアの父親は馬車の御者に向かって声を掛ける。

「止めてくれ。少しだけ離れる」
「──えっ、あっ、はい!」

 馬車が止まるなり父親は急いで降り、最低限の護衛だけを連れて先程クロノフが姿を消した建物の方へ急ぎ足を進めた。



 クロノフが消えた建物の角を曲がり、前方を見やる。
 するとそこには建物に背中を預け、ユリナミアの父親を待っていたのだろう。腕を組んだクロノフが居た。

「──殿……っ、」

 このような場所で殿下、と呼ぶのを憚り、すぐに口を噤む。
 クロノフの格好から、何らかの理由で身分を隠して街中に居たと言う事が分かる。
 人気の少ない路地とは言え、何処に誰が居るか分からない。
 外套の隙間からクロノフが帯剣しているのがちらりと見えた事から最低限、自分でも自衛しているのだろう。

 だが、と父親は考える。

「このような場所で、護衛も付けず……危険ですぞ」

 咎めるような物言いになってしまい、王族に対して不敬な物言いをしてしまったか、と冷や汗をかいたがクロノフは微塵も気にしておらず。

「どうしても確認したい事があってな……。ぞろぞろと護衛を引き連れて歩いていては目立ってしまうだろう」

 ひょい、と肩を竦めて答えるクロノフに何とも言えない表情を浮かべていると、クロノフは父親を見詰めたまま固い声音で「だが」と言葉を続けた。

「ユリナミアには、伝言を頼んだのだが……何故アルドナシュ侯爵がここに?」
「……視察には行かぬように、でしたな……。貴方様からその伝言を頂いた時には既にこの仕事の依頼が来ておりまして、承諾の連絡を送ってしまっていたのです」
「一足遅かったか……」

 悔しそうに眉を顰めるクロノフに、父親はこの際だから、と言葉を続ける。

「それに、何故貴方様は視察には行かぬようにと娘に告げたのですか? この鉱山には何が……? それともこの鉱山以外に新たに見つかった山が理由ですか……?」
「──ああ、視察に来ているのであれば知っていて当然、か……」

 ふう、と溜息を吐き出し額を押さえるクロノフに、父親は一体全体この鉱山で、この街で何が起きているのだ、と不信感を抱く。
 この街に視察に来る事になった事だけでは無い。
 ここ最近、娘のユリナミアの様子もずっとおかしい。
 以前はあんなに慕っていた目の前のクロノフからも距離を置こうとしていて、あまつさえ婚約を解消したいと言い出す始末。

 頭が混乱する事ばかりが起きていて、だがその理由や正体が分からず、見えず何処か気持ち悪い。

 幾許か悩んだ素振りを見せたクロノフだったが、ちらりと視線を寄越した後に諦めたのか、重々しく口を開いた。

「……この鉱山と、今回新しく貴重な石が見つかった山の所有権を持っているのは……フリーシュア伯爵家だ」
「──フリーシュア伯爵家ですと……!?」

 突然その家名が出てきて、父親は目を見開く。
 今回の視察のために必要書類を確認して来た父親は、鉱山の所有権を持っているのがフリーシュア伯爵家である事は知っていたが、まさか新たな山の所有権までそのフリーシュア伯爵家が得ている事までは知らなかった。

 フリーシュア伯爵家は、今破竹の勢いで影響力を伸ばして来ている家門である。
 アルドナシュ侯爵家と王族が婚約を結んでいると言うのに、その婚約に異を唱え、真に王族に相応しいのは我が家門である、と驕り最近は大きな態度を取り出している。

 だが、王家の決定に異を唱えるなど不敬極まりない行為にも関わらず、それを表立って表面に出していない事と、フリーシュア伯爵家の急成長に警戒している王家はだんまりを続け、様子を伺っている、と思っていたが──。

「貴方様がここにいらっしゃった、と言う事は……王家は何らかの答えを出された、と言う事でしょうか?」

 強い視線を投げかけ、父親は自分の手のひらをぎゅっと強く握り締める。
 言わば、この婚約の当事者である人物が自ら動いているのだ。

 フリーシュア伯爵家が所有権を持っている鉱山と、新しく見つかった山。
 その山がある場所に自ら訪れた理由はもしかしたら内密にあちらの家門と接触を図るつもりだったのかもしれない。

「まっ、待て待て待て、侯爵。何か嫌な想像をしていないか? 私はユリナミアとの婚約をどうこうするつもりは無いぞ?」

 どんどん険しくなっていく父親の表情を見て、クロノフが慌てて言葉を掛ける。

 そう、クロノフはユリナミアとの婚約を解消するつもりも、破棄するつもりも無い。



 ──今は、まだ。



 全てが済んで、ユリナミアに命の危険がなくなった頃。
 この世に自分がいなくなれば、自然と婚約は無かったものにされるのだから、クロノフには自ら婚約を解消するつもりなどさらさら無いのだ。
感想 36

あなたにおすすめの小説

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます

みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。 それでもジェイドはカーレルを想っていた。 学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。 赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。 それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。 ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され…… ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。 だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。 そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。 そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。 だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】 愛されない私と隠れ家の妖精

紬あおい
恋愛
初恋は心に秘めたまま叶わず、結婚した人まで妹を愛していた。 誰にも愛されないと悟った私の心の拠りどころは、公爵邸の敷地の片隅にある小さな隠れ家だった。 普段は次期公爵の妻として、隠れ家で過ごす時は一人の人間として。 心のバランスを保つ為に必要だった。 唯一の友達だった妖精が、全てを明かした時、未来が開ける。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。