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二人は暫し驚きに目を見開いたまま顔を見合わせた。
そして、先にはっと気を取り直したクロノフはじぃっとアルドナシュ侯爵の顔を見ていたがその後ついと顔を逸らし、そのまま建物の陰に姿を消した。
その様子を見たユリナミアの父親は馬車の御者に向かって声を掛ける。
「止めてくれ。少しだけ離れる」
「──えっ、あっ、はい!」
馬車が止まるなり父親は急いで降り、最低限の護衛だけを連れて先程クロノフが姿を消した建物の方へ急ぎ足を進めた。
クロノフが消えた建物の角を曲がり、前方を見やる。
するとそこには建物に背中を預け、ユリナミアの父親を待っていたのだろう。腕を組んだクロノフが居た。
「──殿……っ、」
このような場所で殿下、と呼ぶのを憚り、すぐに口を噤む。
クロノフの格好から、何らかの理由で身分を隠して街中に居たと言う事が分かる。
人気の少ない路地とは言え、何処に誰が居るか分からない。
外套の隙間からクロノフが帯剣しているのがちらりと見えた事から最低限、自分でも自衛しているのだろう。
だが、と父親は考える。
「このような場所で、護衛も付けず……危険ですぞ」
咎めるような物言いになってしまい、王族に対して不敬な物言いをしてしまったか、と冷や汗をかいたがクロノフは微塵も気にしておらず。
「どうしても確認したい事があってな……。ぞろぞろと護衛を引き連れて歩いていては目立ってしまうだろう」
ひょい、と肩を竦めて答えるクロノフに何とも言えない表情を浮かべていると、クロノフは父親を見詰めたまま固い声音で「だが」と言葉を続けた。
「ユリナミアには、伝言を頼んだのだが……何故アルドナシュ侯爵がここに?」
「……視察には行かぬように、でしたな……。貴方様からその伝言を頂いた時には既にこの仕事の依頼が来ておりまして、承諾の連絡を送ってしまっていたのです」
「一足遅かったか……」
悔しそうに眉を顰めるクロノフに、父親はこの際だから、と言葉を続ける。
「それに、何故貴方様は視察には行かぬようにと娘に告げたのですか? この鉱山には何が……? それともこの鉱山以外に新たに見つかった山が理由ですか……?」
「──ああ、視察に来ているのであれば知っていて当然、か……」
ふう、と溜息を吐き出し額を押さえるクロノフに、父親は一体全体この鉱山で、この街で何が起きているのだ、と不信感を抱く。
この街に視察に来る事になった事だけでは無い。
ここ最近、娘のユリナミアの様子もずっとおかしい。
以前はあんなに慕っていた目の前のクロノフからも距離を置こうとしていて、あまつさえ婚約を解消したいと言い出す始末。
頭が混乱する事ばかりが起きていて、だがその理由や正体が分からず、見えず何処か気持ち悪い。
幾許か悩んだ素振りを見せたクロノフだったが、ちらりと視線を寄越した後に諦めたのか、重々しく口を開いた。
「……この鉱山と、今回新しく貴重な石が見つかった山の所有権を持っているのは……フリーシュア伯爵家だ」
「──フリーシュア伯爵家ですと……!?」
突然その家名が出てきて、父親は目を見開く。
今回の視察のために必要書類を確認して来た父親は、鉱山の所有権を持っているのがフリーシュア伯爵家である事は知っていたが、まさか新たな山の所有権までそのフリーシュア伯爵家が得ている事までは知らなかった。
フリーシュア伯爵家は、今破竹の勢いで影響力を伸ばして来ている家門である。
アルドナシュ侯爵家と王族が婚約を結んでいると言うのに、その婚約に異を唱え、真に王族に相応しいのは我が家門である、と驕り最近は大きな態度を取り出している。
だが、王家の決定に異を唱えるなど不敬極まりない行為にも関わらず、それを表立って表面に出していない事と、フリーシュア伯爵家の急成長に警戒している王家はだんまりを続け、様子を伺っている、と思っていたが──。
「貴方様がここにいらっしゃった、と言う事は……王家は何らかの答えを出された、と言う事でしょうか?」
強い視線を投げかけ、父親は自分の手のひらをぎゅっと強く握り締める。
言わば、この婚約の当事者である人物が自ら動いているのだ。
フリーシュア伯爵家が所有権を持っている鉱山と、新しく見つかった山。
その山がある場所に自ら訪れた理由はもしかしたら内密にあちらの家門と接触を図るつもりだったのかもしれない。
「まっ、待て待て待て、侯爵。何か嫌な想像をしていないか? 私はユリナミアとの婚約をどうこうするつもりは無いぞ?」
どんどん険しくなっていく父親の表情を見て、クロノフが慌てて言葉を掛ける。
そう、クロノフはユリナミアとの婚約を解消するつもりも、破棄するつもりも無い。
──今は、まだ。
全てが済んで、ユリナミアに命の危険がなくなった頃。
この世に自分がいなくなれば、自然と婚約は無かったものにされるのだから、クロノフには自ら婚約を解消するつもりなどさらさら無いのだ。
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