イノセンス

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「柾さん!」
楓音が駆け寄る。
東京の一角にあった広大な花畑は瞬く間に光の粒子として空へと散る。
誰かが言った「蛍みたい」という言葉は、SNSで『東京ほたる』でトレンド入りし世間をざわつかせた。
真相は組織によって闇へと放り出され、一般市民だけでなく警察、消防といった組織も真実を知ることは無いのだろう。
「どうなった?」
「無事成功です!」
「柾くん感謝します」
「いいんだ。まずは、立花さんの保護をお願いします」
「これから病院で検査することになってます。柾くんも病院に」
「それはいいかな。無駄に時間かかるし若菜のこともある。早く片付けないと、若菜も街の人達も危ない」
「ですが………」
「梨央、ここは柾さんの言葉を信じましょう」
「えぇ、ですが、若菜のことが終わったらキチンと検査させてもらいますので」
「分かったよ」
「柾さん、津田さんのこと何か分かりましたか?」
「いいや分からずだよ」
「そうですか。津田さんにまだ言いまくられちゃいますね」
「今日中には片付けたい」
辺りは暗くなり始め、スーツ姿の人が目立ち始めた。
当分の間、調査のために品川駅南口広場周辺は立ち入り禁止区間となるとのことであった。
「感謝する。本当に助かった」
握手して「若菜のこと手伝ってください」
「わかった、微力ながら手伝わせてもらおう」
「津田の家宅捜索頼めます?」
「それは警察の域ではあるが」
「今まで隠れて動いてきた組織に今更域なんて関係ないと思いますが」
「榎本から何を唆されたのかは知らんが、間違ってない」
「柾さん、バス会社の社長の件どうします?」
「バス会社?」
「若菜を誘拐した犯人である永井という男が現在勤めている会社です」
「それの社長がどうしたっていうんだ?」
「不正会計です。永井さんの情報を出すために餌にして使いました」
深い溜息をを吐く。
「まぁ、いい。手の空いている職員を家宅捜索させる。何を探してほしいんだ?」
「仏像ですよ」
「仏像?何のために」
「以前、津田が起こしたとされる仏像盗難事件の仏像がまだ家の中に眠っているはず」
「何故?海外に売り払うことになってるんじゃないのか?」
「善の感情が働いたんだろ」
「どういうことですか」
「あくまで、予想でしかないんだが仏像には若菜の両親の血痕と形見が付けられている」
「それを聞いても、柾さんの言っている意味が分からないんですけど」
「両親の形見を仏像にかけているのは貴重価値が高かったから。流石に金目的で仏像を残しているのにそれを見逃すことは出来ないからな」
「でも、何で形見が仏像にかけられていると分かるんだ」
「永井さんと街が作った調査資料には、神社付近に何かで争ったと見られる形跡があったと書かれていた」
「でもそれだけじゃ若菜のご両親だったとは言えないですよね」
「楓音は忘れてるだろ、ラジカセの音声の事」
楓音はあっとした顔で何かに気付く。
「証拠とかはあるんですか」
「証拠は全部あの世界の方にあるからな」
「何で証拠があるといえるんです?」
「ラジカセは手に取ることが出来なかった、壁を通ることが出来なかった。だけど、若菜が見た事があるものは若菜だけが物として掴むこと歩くことができた」
「要するに、若菜が見ていればそれが証拠になると」
「そういうこと。だけど、それを信用してもらう方法は無いし今となっては確認する手も無くなったからな」
「どうすることも出来ないってことですね」
「だけど、組織に動いてもらえば吐くかもしれないけどな」
「柾さんの組織に対する認識が極悪なものになってることが不安で仕方ありませんけどね」
「ん?違うのか」
「違いますよ!」
「まぁいい。私たちは津田の家宅捜索に行く。二人も来るか?」
「梨央さんに別のところに行くので」
「分かった。見つけるのは仏像だけでいいんだな」
「えぇ、仏像を盗んだのは既に認めてますから」
「私たちは若菜のことをですよね」
「何で、響が亡くなった後出てきたのかも若菜の両親が亡くなった後の保護を津田がやってるのかは分かりやすすぎ何だがな」
陽が落ちるのを眺めながら、二人は梨央の車に乗り込んだ。

高速で走る。
それぐらい急がなければいけないのだ。
「本当に津田氏の家に行かなくて良かったんですか」
「いいんだ。行ったところで津田はいない」
「では、今から向かうところにはいると?」
「しかも、独りじゃない」
「独りじゃない」
「いるだろ。もう一人」
「検討も付かないんですけど」
「監視できるところにいた」
大型トラックでかき消された声。
「梨央、急いで!」
「分かりました」
アクセルを踏み込み、加速させた車は制限速度30kmオーバーで颯爽と走り出した。

静まり返る街並み。
この場所はまだ世界が壊れていなく、人々が何も知らずに生活をしていた。
「本当にこんなところに」
「梨央は待っててください」
「分かりました。危険になったらコールしてください」
「わかったわ」
柾と楓音は砂浜へと降り、人影を探す。
足音を気にする必要は無かった。
津田であるならば気付いているからだ。
「早足で行きますか」
「あぁ、若菜も限界に近いだろうから急いだ方がいいだろうな」
楓音の足並みを揃えながら、柾は歩き出し陰を探し光を見つけに行く。
暫く経った時であった。
砂浜の奥にある岩礁が羅列した歩きにくい場所に人影がいるのを見つける。
柾の言う通り、二人いた。
「どうしますか」
「いいや、彼らは逃げるつもりは無い。このまま突っ込む」
二人は慎重に近付く。
「来たね。山吹柾くん」
男の一人が反応する。
「昼ぶりですね」
「君にはやられたよ。私が品川に来ていることを知っていたんだな」
「知っていましたよ。だから、家宅捜索の願いを頼んだんです」
「ここに誘いこむために」
「えぇ、監視するのがあなたの趣味みたいですから」
「人聞きの悪いことを言ってくるね。監視なんか趣味じゃないよ」
「すみません間違えました。自分の安保を維持するのが趣味でしたね」
「その言い方だと全てお見通しってことか」
「仏像盗難事件の犯人である貴方は、大きな誤算を起こした。それは、人に見られていたこと」
岩に打ち付ける波を見ながら津田は、黄昏た雰囲気で聞いている。
「だから、乱雑に殺してしまった。だけど、貴方も人であるから赤ん坊を殺すまでは許せなかった」
「………」
「だけど、それもまた誤算だった。赤ん坊がぼんやりと覚えていたんだ」
「赤ん坊って、若菜の事ですか」
柾は縦に首を振る。
「仏像を海外に売り飛ばすために、輸送していた時事故を起こしたんだ」
「はぁ、今でも思い出すよ」
「警察から追われていたんですか」
「いいや、初歩的なミスだよ。焦りは禁物だね」
「ですけど、運転していたのは津田さんでは無いですよね」
「そこまでお見通しか。隠れる必要も無いんだな」
「華道教室の下でアルバイトしていた女性が共犯者」
「いいよ出てきて」
裏から出てくる女性。
楓音は思いもよらない人に驚きを隠せないでいる。
「彼女がトラックで運転ミスをしたから仏像の売り渡しが不成立になったがために自宅に置いとくことにしたのか」
「愛着も湧いてきたし、良いインテリアとしてな」
「返すにしても血痕が飛び散ったがために返せなかった」
「価値が既に無くなっていたものを売る予定だったからな」
「何か言ったらどうだ」
赤瀬を見て、柾はいう。
「私は、誘われただけ。でも、私は人を殺してしまった事実は変わらない」
「罪はそれだけじゃない」
「………。立花さんの監視していました」
「津田が立花さんに近付いたのも同じ理由だろ」
「そうだよ。立花の近くにいれば警察の連絡が届く。警察の情報を直接盗むよりも圧倒的に危険度が低い」
「若菜の監視のこともあったから、頼んだって感じか」
「仕事に困ってたらしいからな」
「はい。あの時は助かりました」
「私達は若菜のことも貴方に聞きたいんです」
「もう言い逃れは出来ないということか」
「響がいなくなったことでイジメが悪化した。学校を逃げ出した若菜は永井に拾われて家族との思い出のこの地に来た。これで間違いないか」
「間違いない。榎本さんは分かっていないようだが柾くんには全て分かっているようだね」
「そうなんです?」
「だけど、分からないこともある。何で、殺す必要があったんだ。今まで通り監視しているだけではダメだったのか」
「不安から逃れる為だったじゃあ、君は許してくれないか」
「許すわけ」
「私の犯してしまった罪に後悔をしてしまうことは自分を否定することにもなる。だけど、毎日不安から逃れられない」
「それは、永井さんが貴方が犯人だと分かっているからですか」
「そうだ。それだけではない、養子として育てている若菜という子供を監視し続けることもだ」
「………」
「自らの犯した罪を認めず、自らの保身だけを考え生きていくことがどれだけの重いものなのか君には分かるのか」
「………」
「分からないだろう。知る必要も無い。そして、君たち二人は踏み外してはならない。レールから脱線することは悪いことじゃない。だけど、新しいレールを敷くことができず放浪とするの は滑稽なのだと」
思わず息の根が止まる気がする。
そして、確信した。
図星であると。
「私は、自ら背負った重圧に逃れることができなくなった。だから、殺したんだ間接的にね。今度は自らの手を汚さない形で」
後ろから足音がする。
「君は………」
姿を現したのは永井だった。
「やはり、貴方だったんですね」
津田の目からは溢れんばかりの涙が零れる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「………」
沈黙という返答。
「永井さん。呼んでしまってすみません」
「いいんだ。私も若菜のことが心配だからね」
「永井さん、貴方に怪我は」
「運よく軽傷で済んだ。若菜が守ってくれたからな」
「守って?」
「若菜は私を守り自らの命を絶った。若菜が死んでしまったのは私のせいでもある」
「………」
「もう少しなら時間はあるだろうか。しばし、思い出語りをさせてはくれないか?」
楓音は「若菜が一番聞きたかったことです。聞かせてあげてください」と言った。
永井は乾燥した唇を舐めて、話が始まった。
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