ある街のある教会とそれにまつわる人々のお話

みしやそれとも

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ある少女のお話

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「やーい、家なし女!」

「角つき女!」

共用の井戸に水汲みに行くと今日も彼らがいた。
私よりも少し年上で仲間もたくさんいるから、歯向かうことなんてできるはずもない。
うつむきながら急いで桶に水を汲んで立ち去ろうとする。

「なあ、無視すんなよ」

一歩踏み出そうとしたところで肩をつかまれた。
昨日降った雨でぬかるんでいた地面はいとも簡単に足を滑らせ、頭の上に乗せた桶は少しばかり遅れてひっくり返って落ちてきた。

一瞬頭が真っ白になった。
ついで訪れる転んだ痛みと、泥まみれでずぶ濡れとなった恥ずかしさ、情けなさ。
彼らも、私も、何も言葉を発することがなかった。

にじむ視界の中、なんとか起き上がり桶を抱えて歩き出す。
彼らのうち誰かが何か言っていたような気もするが、私には意味のある音に聞こえなかった。
今度は邪魔をする人はいなかった。



教会の庭に戻ってようやく桶に水が入っていないことに気がついた。
朝の仕事なんだから行かなきゃいけない。
でも足は動いてくれず、どうしようもなくて。

急に持ち上げられて慌てて辺りを見ると、すぐ上に神父様の顔があった。
どうやら腕に抱えられて運ばれてるらしい。
なんで、どうして、と思うと同時に今の私は泥まみれで汚いことを思い出す。
声に出そうにも震えて歯がかちかちと鳴るだけで、ただ神父様の服を握ることしかできなかった。

たどり着いたのはお風呂場。
今日の当番が掃除を終え、水も抜いてあった。
神父様が何事か呟くとあっという間に水が張り、湯気がたち始めた。
そして抱えられたまま服を着たまま湯船に入る。
泥だらけなのになぜかお湯が濁らなくて首を傾げていたら、目をつむれと言われた。
言われた通りまぶたを閉じると、頭にゆっくりとお湯がかけられ、髪をすくように撫でられた。
気持ちよくて力が抜けて、神父様にもたれかかってしまう。
神父様のもう一方の腕を私の首に巻き付けるように回すとすごく落ち着く。
どこかの湖の奥底に沈んでいくような、そんな気がした。



目が覚めると見慣れた天井。
教会の一室の私の部屋。
窓から差す日が花瓶の影を作っている。
少し気怠い身体を起こすと、机にふたのしまった器と手紙が一枚あった。
いい匂いがただようそれには手をつけず、まずは手紙から読む。
見慣れた独特の崩した字体で昼飯だ、とだけ。
思わず頬が緩むのを感じる。
そして小さくお腹から音がしたのに赤くなる。
周りに誰もいないことに一息ついて、ふたを開けると卵かゆが入っていた。
卵はちょっと高くて普段はあんまり使わないけど、私の大好物。
嬉しくて幸せな気分で。

いただきます。





面倒な。
風呂の中で寝てしまうからそれの妹分を呼んだというのに何を勘違いしているのか、にやにや笑いながら追い出されるとは。
二桁にもなってない女に手を出すわけがない。

しかし、ただ転んでしまったというなら、あのように泣いて佇むこともないだろう。
つまりはどこかの誰かにやられたのだ。
いっそのこと井戸でも作るか。
水汲みをしなくていいと言っても納得しないだろうしな。



まったく、余計な仕事を増やしてくれた輩にはどうしてくれようか。

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