ソウサクスルカイダン

山口五日

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寝てくれ

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 大学生の佐藤さんは、ある夏の夜一人暮らしをしていたアパートを出た。
 友人の小池さんから、彼女にデートをドタキャンされたから、うちで飲まないかと誘われたのだ。明日は大学が休みということもあって佐藤さんは小池さんの家へと向かった。

 佐藤さんの家の最寄りの駅から二つ先の駅。

 電車に乗ると、会社帰りの人が見られたが、空いていて佐藤さんは座ることができた。

 しばらくはスマホでゲームをして時間を潰していたが、次の駅を出発したあたりで佐藤さんは眠気に襲われる。

 もう数分で駅に到着するところだが、睡魔に負けて佐藤さんはスマホをしまって目を瞑る。駅に着いた時に目が覚めるだろうし、もし覚めなかったらまた戻ればいいと思った。

 こうして完全に眠ってしまう。そして目が覚めた時、まだ電車は走っていた。いや、ちょうど発車したところで目が覚めたのだ。

 ああ……これは寝過ごしたな……。そう思いながら、窓の外。駅のホームに目を向ける。

 すると佐藤さんは「あれ? おかしいな……」と首を傾げる。今、窓の外に見える駅のホームは、さっき出発したはずの駅。目的の駅の一つ手前だった。

 もしかして、さっき通り過ぎたと思ったのが夢だったのかもしれない……そう思った佐藤さん。

 納得すると、まだ寝足りないのか、佐藤さんは眠ってしまう。そして次に目が覚めた時、彼は愕然とする。

 窓の外を見ると、また隣駅のホームを出発するところだったのだ。

 その後も佐藤さんは目的の駅に近付くたびに眠気に襲われて寝てしまう。そしてまた隣駅から発車する時に戻ってしまうのだった。

 いったいどうなっているのか、と佐藤さんは声を上げたかったが、それはできない。声は出せず、身動き一つとることができなかった。

 このままではずっと繰り返されてしまうのではないか。佐藤さんは次こそは寝ないようにと、目をこれでもかとばかりに開いて眠気に抗う。窓の外の景色を見ながら、あと少し……あと少しで駅に着くと思いながら目を閉じないように耐えた。

 そんな佐藤さんの前に立って、視界を遮る人物が現れた。視界を遮ったのは灰色のスーツのズボン。

 おそらくサラリーマンと思われる人物。首は動かせないので、佐藤さんは目を動かして、その人の顔を見ようとした。

 その人は三十代半ばほどの青白い顔をした男性だった。その男性は佐藤さんのことをジッと見下ろしていた。「どうして俺のことを見てるんだ?」と佐藤さんが思った直後。

 「寝ろよぉ! 死にたくないんだよぉ!」

 と言われて、ハッと佐藤さんは目が覚める。

 佐藤さんはまた寝ていたのだ。ただ、先程と違うのは、ちょうど目的の駅に到着して扉が開いていていること。

 身体が動いた佐藤さんは、慌てて電車から降りた。

 その後は小池さんの家へと行き、二人でお酒を飲んだ。

 あの繰り返し見ていたのは夢だったんだ。そう佐藤さんは思ったが、最後に見たあの男性のことは妙に記憶に残っている。それがなんだか気味が悪くて小池さんと潰れるまで飲むのだった。

 そして翌朝、目が覚めた佐藤さんは家に帰る。 

 駅に到着して次の電車はいつか確認しようとしたところ、電光掲示板に「昨日起きた人身事故によってダイヤに乱れが発生しております」と流れた。

 それを見て佐藤さんはなんだか妙な胸騒ぎがしてニュースを調べてみた。

 すると電光掲示板に流れていた人身事故と思われるニュースを見つける。隣の駅で男性が酔っ払って、誤って電車と接触し、死亡したという事故だった。

 事故の起きた時間からして、彼が乗っていた電車とその男性は接触したと思われる。

 その亡くなった男性の顔はわからないが、夢で見た男性を佐藤さんは思い出した。事故で亡くなったのはあの男性ではないか……そう思わずにはいられなかった。

 あの夢はもしかすると、あの男性の死にたくないという気持ちが、自分に見せたんじゃないかと思ったそうだ。
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