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指輪
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あるバス会社で事務員として働いている、小林さんという男性のお話。
すっかり日が沈んで、そろそろ帰ろうかと小林さんは思っていた時、電話が鳴った。
電話に出てみると少し慌てた様子の女性の声で、「あのっ、たぶんバスの中で落としてしまったんですけど、指輪の忘れ物って届いてますか?」と言ってきた。
そうした忘れ物は今日は届いていないな、と思いながら「本日バスに乗られたんですか?」と尋ねると、「はい、市役所前のバス停から乗って、駅で降りたんです。それで電車に乗ろうとした時に指輪がないことに気付いて……サイズが合わなくて、チェーンにつけて首にかけていたんですけど、チェーンが切れちゃったみたいで……」と説明をする女性。
バスに乗った詳しい時間を確認して、該当するバスを調べてみると、少し前に営業所に戻ってきたバスだった。
忘れ物があれば運転士が持ってくると思うが、椅子の下に入ってしまって気付かない場合もある。
そこで小林さんは女性が乗ったと思われるバスが戻ってきているので、探してみて改めてこちらから電話をさせていただく。そう言って、相手の電話番号を聞いてから電話を切った。
その後、すぐに小林さんはバスへと向かった。
車内の明かりをつけて一つ一つ座席を見て回る。すると真ん中の一人掛けの席の下からチェーンの一部が出ているのに気付いた。
これだと思い、引っ張ってみるとチェーンだけが出てきて、指輪は出てこない。チェーンをすり抜けて、指輪は椅子の下に取り残されてしまったようだ。
小林さんは、膝をついて椅子の下に手を伸ばして探ってみる。すると指先に固いものが触れる感覚があった。
これだと思い、摘まんで椅子の下から出してみると、小林さんは「うわぁ!」と声を上げて、思わず指輪から手を離す。
指輪が椅子の下から出てきた時、小林さんはあるものが見えた。
それは髪の毛。それも何十本という量の髪の毛が、その指輪に絡みついているように小林さんには見えた。
ただ、もう一度指輪を手にしてみると一本も髪は絡まっていない。
正直、気味が悪いなと思ったが、忘れ物の問い合わせが来ている以上対応をしなくてはならない。事務所に持ち帰り、女性に電話をして、忘れ物があったこと伝えて取りに来てもらうことに。
翌日、指輪の持ち主の女性が現れた。
見た目は三十代前半といった年頃で「ありがとございます! これ、結婚指輪なんですよ。あー、見つかってよかったー」と心の底から安堵しているようでした。
その様子を見て小林さんは昨夜の指輪に絡みついていた髪の毛のことを忘れて、無事に持ち主のところに戻って良かったと思う。
ただ、一つ別のことが気になった。
忘れ物を引き渡すにあたって名前等を書いていただくのですが、記入してもらった名前がおかしい。
実は指輪に夫婦と思われる二つの名前がローマ字で刻まれていたのだが、記入された名前とは異なる。
この指輪は本当に結婚指輪なのか……どういった経緯で手に入れたのか。小林さんは尋ねたかったが、結局聞くことはなかった。
聞いてみようと口を開きかけた時。女性の右肩の辺りに、血走った目をして歯を食いしばる、鬼のような形相をした女の顔が見えた。いや、鬼と表現するのは生温い。怒りのあまり、顔が歪んで、形容しがたい恐ろしい怪物の顔だった。
その顔は、小林さんが気付いた瞬間にふっと消えた。
小林さんは思わず声を上げそうになったが、なんとか平静を装って対応を続けて女性を見送った。
もしあれが幽霊というものであれば、いったいどんなことをしたらあれほどの怒りを持たれるのか……気になるが、あの恐ろしい顔は見たくない。二度と指輪をバスの中に落とさないでくれ、と小林さんは心の底から思った。
すっかり日が沈んで、そろそろ帰ろうかと小林さんは思っていた時、電話が鳴った。
電話に出てみると少し慌てた様子の女性の声で、「あのっ、たぶんバスの中で落としてしまったんですけど、指輪の忘れ物って届いてますか?」と言ってきた。
そうした忘れ物は今日は届いていないな、と思いながら「本日バスに乗られたんですか?」と尋ねると、「はい、市役所前のバス停から乗って、駅で降りたんです。それで電車に乗ろうとした時に指輪がないことに気付いて……サイズが合わなくて、チェーンにつけて首にかけていたんですけど、チェーンが切れちゃったみたいで……」と説明をする女性。
バスに乗った詳しい時間を確認して、該当するバスを調べてみると、少し前に営業所に戻ってきたバスだった。
忘れ物があれば運転士が持ってくると思うが、椅子の下に入ってしまって気付かない場合もある。
そこで小林さんは女性が乗ったと思われるバスが戻ってきているので、探してみて改めてこちらから電話をさせていただく。そう言って、相手の電話番号を聞いてから電話を切った。
その後、すぐに小林さんはバスへと向かった。
車内の明かりをつけて一つ一つ座席を見て回る。すると真ん中の一人掛けの席の下からチェーンの一部が出ているのに気付いた。
これだと思い、引っ張ってみるとチェーンだけが出てきて、指輪は出てこない。チェーンをすり抜けて、指輪は椅子の下に取り残されてしまったようだ。
小林さんは、膝をついて椅子の下に手を伸ばして探ってみる。すると指先に固いものが触れる感覚があった。
これだと思い、摘まんで椅子の下から出してみると、小林さんは「うわぁ!」と声を上げて、思わず指輪から手を離す。
指輪が椅子の下から出てきた時、小林さんはあるものが見えた。
それは髪の毛。それも何十本という量の髪の毛が、その指輪に絡みついているように小林さんには見えた。
ただ、もう一度指輪を手にしてみると一本も髪は絡まっていない。
正直、気味が悪いなと思ったが、忘れ物の問い合わせが来ている以上対応をしなくてはならない。事務所に持ち帰り、女性に電話をして、忘れ物があったこと伝えて取りに来てもらうことに。
翌日、指輪の持ち主の女性が現れた。
見た目は三十代前半といった年頃で「ありがとございます! これ、結婚指輪なんですよ。あー、見つかってよかったー」と心の底から安堵しているようでした。
その様子を見て小林さんは昨夜の指輪に絡みついていた髪の毛のことを忘れて、無事に持ち主のところに戻って良かったと思う。
ただ、一つ別のことが気になった。
忘れ物を引き渡すにあたって名前等を書いていただくのですが、記入してもらった名前がおかしい。
実は指輪に夫婦と思われる二つの名前がローマ字で刻まれていたのだが、記入された名前とは異なる。
この指輪は本当に結婚指輪なのか……どういった経緯で手に入れたのか。小林さんは尋ねたかったが、結局聞くことはなかった。
聞いてみようと口を開きかけた時。女性の右肩の辺りに、血走った目をして歯を食いしばる、鬼のような形相をした女の顔が見えた。いや、鬼と表現するのは生温い。怒りのあまり、顔が歪んで、形容しがたい恐ろしい怪物の顔だった。
その顔は、小林さんが気付いた瞬間にふっと消えた。
小林さんは思わず声を上げそうになったが、なんとか平静を装って対応を続けて女性を見送った。
もしあれが幽霊というものであれば、いったいどんなことをしたらあれほどの怒りを持たれるのか……気になるが、あの恐ろしい顔は見たくない。二度と指輪をバスの中に落とさないでくれ、と小林さんは心の底から思った。
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