父親失格

ひーさん

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田舎から都会へ

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いきなりだった。

ずっと田舎で過ごすと思っていた、僕には

まさかの一言だ。

「大阪に転勤してほしい」

会社の上司からの思いがけない言葉に

僕は、唾を飲み込んだ。

沈黙の後、僕は重い口を動かし

「子供達も、小さいですし、大阪には親戚も誰もいないので、ちょっと厳しいです」

正直、うまく伝わったかはうろ覚えだ。

「君の力が必要だ」

「・・・」

「少し家族と考える時間を下さい」

この時、僕はこれから先待ち受ける人生の底を

まだ知らずにいた。

あの時に、戻れるならはっきり断っていただろうと・・

「ただいま」

「お帰りなさい」

妻が玄関まで、荷物を取りにきた。

僕は、今日起こった出来事を妻に相談した。

「転勤ですか・・」

「あぁ・・さすがに無理だよな」

「子供達も、小さいし」

子供は男の子三人、小学4年生、2年生、幼稚園年長組だ。

「どうなさるんですか?」

「うーん、明日会社に断りを入れておくよ」

「さぁ、飯でも食べよう」

いつもの、食卓、たわいもない話。当たり前が幸せだった。

翌朝、会社に出勤すると、

「島さん、2番にお電話です。」

朝早くから、誰だ?

「お待たせしました。島です」

「島くんかぁ。私は大阪支社の社長を勤めてる
田村だ。」

「!!!田村社長」

田村社長は、田舎に住んでいる自分達でさえ、雑誌やテレビで見たことのある存在だ。

まさか、1平社員の自分を知って頂いて凄く、恐縮した。

「大阪には、君の様な熱意に溢れた人材が必要だ。大阪で待っとるぞ!」

「ガチャ!ツーツーツー」

一方的に用件だけ伝えて電話をきられた。

午後から、僕はこの件が上司にも伝わり、再度面談になった。

「田村社長も期待してるし、大阪の件考えてみたかねぇ?」

正直断るつもりでいたのだが、自分は九州出身で情に熱く、恩を仇で返す気にはなれなかった。

「もう1度だけ、家族に電話しても宜しいですか?」

「どうぞ!電話終わり次第戻ってきてくれ」

「はい!失礼します」

僕は、外に出て妻に電話した。

「・・・はい、どうしましたか?」

事情を説明し、自分の気持ちを伝えた。

「俺は、恩を仇で返したくないし、力になってあげたい。でも、りさが反対するならば、断る」

「・・・いきましょう」

あまりにも、潔い言葉に僕は勇気をもらった。

りさとの結婚生活も10年になり、色んな事があったが、いつも僕の背中を後押ししてくれた。

「コン!コン!」

「失礼します」

「課長、大阪の件ですが、行きます」

僕は力強く答えた。

「そうか!そうか、うん!ありがとう」

課長と握手を交わし、急いで家に帰った。

「ただいま」

「パパお帰りなさい」

子供達が走ってきた。

「皆、聞いて驚くな、4月から大阪に引っ越しだぞ!」

「えぇ・・」

「イヤだ」

子供達は正直で、今の友達と離れたくなかったのだろう。

流石に、僕も少し悪い気がした。

「コラ。パパは必要とされて大阪に行くんだからね。」

「それに、都会には若いときに出た方が人生経験になるよ。」

「えぇー・・うーん」

子供達の返事が重い。

「それに、たこ焼きやユニバもあるよ」

「じゃあ!行く!」

妻には感謝しかない。

こうして、僕達家族は突然、都会に引っ越しをする事になった。

30過ぎてから、まさか都会に行くとは。

この決断こそが後に起こる悲劇をもたらすことを今はまだ、知らない・・
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