霊飼い術師の鎮魂歌

夕々夜宵

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第6章 剣士学校

第53話 崩れゆく友

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   「斬首…斬頭の構え……っ!」
   タイガは巨剣を肩で担いだ形の構えを取る。静かな風は汗で張り付く前髪を吹き抜け、一時的な涼しさを与えるも、変わらぬ湿った熱は抜けようとはしなかった。
   「どれだけ足掻こうと、ボクには勝てない。」
   ライムもそれに応じての構えを取る。全長約2メートルにもなる血の剣は、最早血と言うには語弊をも感じさせる風貌を持っていた。   
   既にタイガは右手の機能は絶望的、筋肉の稼働をも無理矢理したせいか、筋が痛む。
   だが、まだタイガにはスキルが残されている。
   「ハアァッ!!!」
   タイガは地を蹴り、ライムとの間合いを詰める。蹴られた土製の床からは削れた砂塵が巻き上げられ、それは風に乗って消えていく。重さ約12キロ、重過ぎる巨剣を二つのスキルを噛み合わせて、利き手でもない左手のみで無理矢理操る。
   _____ここは、無茶しなければいけない!!
   「うけてたとう!!!」
   瞬間、ライムの血の刀とタイガの巨剣が交錯、金切りに似た剣戟音が火花とともに飛び散る。果たして驚愕の相を浮かべたのは、タイガだった。
   「バカなっ!!片手でクレイモアを受け止めてる!?」
   重さとしてはトップクラスの巨剣…クレイモア。それをフルパワーでライムに叩きつけたにも関わらず、ライムはその剣を片手で防いでみせた。
   「違うんだよ。ボクと君は。」
   更にはタイガの剣を力で押し、クレイモアの切っ先を明後日の方向に飛ばす。軸足にした左足を固定し身体を回転。回し蹴りの要領で放たれた斬撃はすんでの所で空を切る。
   「んなっ!」
   ここで、タイガがもし身を伏せていなければ首が消えただろう。咄嗟のしゃがみがタイガを救った。
   そして、タイガは間髪いれず拳底を繰り出す。もう構ってられるかと右手で繰り出した物だが、案の定、激痛が襲いかかる。
   こんな痛みで、燻っていたら殺される。
   タイガは更に左に持つ巨剣をライムに叩きつける。崩された体勢のライムの脇腹にクレイモアがクリーンヒット。だが、同時にライムの放ったデタラメの突きも運悪くタイガの左肩にヒットする。
   二人は同時に、痛烈な表情を浮かべて距離を取る。
   この時、その戦いを眺めていたソルトは自分を憎む事になる。
   ここまでのダメージを負わなければ、まだ加勢できた。
   立てない体で右手に持つ片手剣を強く握る。
   「ソルト……」
   そんなソルトの心中を察してか、タイガは静かに声を発した。息が上がっているせいか、唾を飲む動作が多く見られる。
   「心配すんな!回復したらお前をこき使ってやるから!」
   「タ…タイガ……」
   「いいかソルト。俺が最強なんだよ!!」
   タイガは高々とクレイモアを天へと垂直に向ける。
   ___おいおい、それじゃまるで俺じゃねぇか。
   ソルトはそんな事を心で呟いて目を閉じる。
   「なに言ってやがんだよ!俺が最強だ!」
   ソルトもタイガに言葉をぶつける。
   ただの自己主張に過ぎないのに、どうしてか応援されてる気分だ。
   身体が軽くなる。痛い。だが動ける。
   「茶番は済んだか。タイガ・アーガイル。」
   「ああ、おかげさまで最低な茶番が出来たよクソッタレ!!」
   掛け声と共に、タイガが一瞬でライムとの距離を縮める。幾十もの太刀筋が空を裂き、斬撃と共に出る火花は周りを明るく照らし始める。
   筋肉は既にオーバーリミット。今にも剣がすっぽ抜けるのではないかと思うくらい握力が弱くなっている。
   「はあぁああぁあ!!!!」
   もっと、もっと早く、剣を振れ、タイガ・アーガイル!!
   自分に暗示をかけ、更にスピードを上げる。
   「どこに…っ、こんな力があるんだっ」
   流石のライムも、これには応戦に精一杯になる。
   
  「まさか…血の刀がここまで傷を負うとはね、少し驚いたぞタイガ・アーガイル。」
   やがて、斬撃のスピードは落ちていく。手は大きく痙攣し、剣を握る事すらままならない。
   「そろそろ疲れただろう。」
   ライムが大きく剣を引く。突きのモーションだ。
   既にタイガには避けようがない。だから…

   最後に、スキルを発動した。

   「さらばだ。タイガ・アーガイル。」
   「お前がな…!」
   突きを放つ。その瞬間だった。
   「ぐぁっ!?!」
   ライムが今までに無い、痛みを露わにする声をあげる。剣を持っている手とは逆の左手、そこに重い衝撃が加わる。
   ドシャッと何かが落ちる音がする。地面に視線を移すとそこには、大量の血と共に沈むライムの左腕があった。
   「何故貴様がそこにいる…タイガ・アーガイル」
   そして、ライムの背後には振り下ろされた巨剣と共にタイガが居た。
   何故タイガが一瞬でライムの背後に回り込めたのか。それはタイガが最後に発動したスキルが教えてくれた。
   「スキル…影分身。」
    影分身___実体の無い自分を相手に見せつけて、あたかも攻撃が成功したと思わせて不意打ちを可能にする技である。極めて高レベルの技術を用いるが、タイガはこれを会得していたのだ。
   だが、出せる数に限界がある。体力の問題が主なのだが、その体力がすでに底をついている。
   
   故に、タイガはもう、足を動かす事すらままならなかった。
   「最後の最後で足掻きを見せたか…」
   ライムにも脂汗が浮かんでいるが、依然機能的に大ダメージを与える事は無かった。
   「手こずらせやがって……」
   「へ…仕留めにくいハエだったか?」
   「自制の句を」
   「地獄に落ちろ。」
   「さらばだ。」
   ライムの持つ血の刀の連続の突きがタイガの肩、胸、腹、腿を問わず刺していく。
   タイガは揺れる視界とブレる思考の中、数歩たたらを踏んで上体をゆっくり崩す。スキルを発動していた目は色を失い黒くなる。暗転する視界の端で、ソルトの顔が朧げに移る。
   
   タイガは足から崩れ落ち、赤黒い水溜まりの中にその身を沈めた。
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