霊飼い術師の鎮魂歌

夕々夜宵

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第6章 剣士学校

第54話 炎の中の熱き虎

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   タイガを貫いたライムの血の刀が抜き取られる。抜き取った瞬間、筋肉の縮小で僅かな血が吹き出て、タイガは足元に出来た赤黒い水溜まりに身を投じる。ライムは不機嫌そうな表情を浮かべて吐き捨てる。
   「一人目にだいぶ時間を喰ってしまったな。君がボクに与えたダメージは大きいものだったよ。まさか腕を取られるとは、思ってもみなかった。」
   ライムは光の灯らない眼でタイガを見下したままだ。
   「だけど結局は敗者なんだよ。弱い者は強い者には勝てない。そう決まってるんだ。」
   ライムはそんな事をつぶやいてクツクツと笑う。
   「君もそうだろう?ソルト・ブレイクロック」
   そう言って、ライムはソルトを見据えた。


   タイガが倒れた。
   「タイ……ガ…」
   ソルトは何が起きたかわからないような顔をする。いや、これは語弊だ。理解したくないのだ。
   だが、目の前の光景は現実をソルトに思い知らせるには充分すぎるほどの情報だった。
   ゴポゴポと、タイガの腹から流れる液体。それは生暖かい今の季節の温度と混ざり鼻腔を刺激する。

   鉄の匂いだ。

   いくらでも嗅いだ事くらいある。生物の危険信号の代表として、生命を担う代表として、鉄臭いその液体が、あわや自分のパートナーから臭ってきているという事実だけは、頭が理解しても心は理解しようとしなかった。
   「次は君の番だね。大丈夫。すぐにこの敗者と同じ道を歩む事になるから、さ?」
   依然、ライムの目には光はない。無慈悲に弱者を喰らい尽くす、そんな捕食者の目をしていた。
   「お前……」
   ソルトは口を動かす。その声色は怒りを帯びて語気に力が入っていく。
   「お前……タイガに、何をしたァああ!!!」
   「ふ…っ、いちいちうるさい奴だな君は。人間の作った諺の、弱い犬ほどよく吠えるとは中々にその通りだな。何って、刺しただけだ。」
   言葉が終わると同時に、ソルトは身体を持ち上げライムに接近。肩口の傷がまた開く。痛みがどれだけ襲おうとも、今だけはその痛みを忘れた。
   「がぁあぁあ!」
   片手剣を力一杯に振るう。だが、それはいとも簡単にライムの剣に防がれ鍔迫りをする。
   「弱い者が強い者の食い物になるんだよ…。どれだけ、どれだけ叫んでも足掻いても!!世界は強い者だけが征服できる!!」
   ライムが声を上げてソルトの剣を弾こうとする。
   だが、ソルトの剣を動かす事は出来なかった。怒りに燃える瞳で、それでも自分の正義を負けない。真っ直ぐな瞳だ。
   「ちげぇ!!弱い者は強い者に助けを求め、強い者は弱い者を助ける世界だ!!強い者だけが征服できる世界なんてありゃしねぇ!いや、あっちゃいけねぇんだよ!!強い者が我が物顔で世界を謳歌する奴がこの世の弱者なんだよ!!」
    剣戟音と火花が最大に散る。肩口から出る血も、ライムの切断された左腕の切り口から垂れる血も、足で踏みにじっては滑りそうになる。
   「偽善だ。弱い者では世界を変える事など出来ない。あの弱者はここで負けた!あいつがこの世界を変えることは出来ない!貴様も同じだ。ここで弱い奴は殺される。」
   ついに、ライムの剣がソルトの剣を弾いた。弾いた瞬間にライムは手首を返し、追撃の斬撃を加えようと横に凪いだ。
   このまま刃が通ってしまえば、防具を破壊されたソルトはほぼ生身で受ける事になる。そうなればたちまちソルトの体はひとたまりもないだろう。
   絶対避けれない必中の間合いに有効打突の斬撃。ライムはそこで勝利を確信する。果たして驚愕したのは、ライムだった。
   突如、ライムの剣の切っ先が落ち、地面を穿つ。その剣がソルトを傷つける事はなかった。
   「な、何を…?」
   「打ち落としだ……。」
   「打ち落とし……だと?」
   「攻撃を加える時、横になった刀身に上から攻撃を加える事によって刀身が落とされ、軌道がズレてきれなくなる。」
   「なっ…どれだけの動体視力がいると思うんだ。ソルト・ブレイクロック、貴様は侮れないな。」
   「はっ……俺みたいな猪には思いつかなかったよ。これをやった奴はな……」
   ソルトは決闘したあの日を思い出す。
   それは、ソルトが勝ちを確信したその瞬間に使われた技だった。呆気を取られるような技術を巧みに使う者がその決闘にはいた。ソルトはその技術者の名前を言う。
   「タイガ・アーガイルだ。あいつは俺と違って戦略を練って戦っていた。俺のようにただ突撃して力でゴリ押ししてる奴とは違う。あいつの技術は紛れもなくこの剣士学校のトップだ。」
   「貴様……っ」
   「弱い者が強い者に勝てないなんて理論は何処にもない。弱い者は弱いなりに考えて強い奴に挑む。考える事の大切さを、タイガは俺に教えてくれた。だからこそ……」
   ソルトの碧眼の様子が変わっていく。暗く、それでも燃えるような真紅に。スキル…発動……。

   「だからこそ!!俺はタイガを侮辱するような言葉はゆるさねぇ!!!」

   この時、初めてライムが驚愕に覆われた表情を浮かべる。ソルトの右手に持つ片手剣が光を帯び、やがて目視するには眩しすぎるほどの閃光を放つ。
   そして、ついにソルトの剣からは火柱が上がった。
   「んなっ!?なんだそのスキルは!?」
   「スキル発動…クリムゾンフレイム……剣に炎を纏わせるスキルだ。」
    刹那、ソルトは地を蹴り間合いを詰める。ライムも応戦しソルトとの剣を交錯させる。
   そして炎を纏ったソルトの剣は、ライムの剣に当たった瞬間、炎が撒き散らされ、火の粉がライムの服を焦がした。
   「ぐっ……熱っ!」
   やがてソルトの剣の炎はライムの刀身を包み込む。無論、炎に包まれているライムの刀身は熱を帯びて柄部まで熱は伝わっていく。
   「ちっ…今思い出した。お前、下級の間で噂が立っていた縛れない虎か。どうりで破天荒スキルを使う奴だな。」
   ソルトは真紅に染まった右目でライムを見る。
   「何で俺が、縛れない虎って言われてるか知ってるか……?」
   そんなソルトの問いにライムは考える、するとある一つの疑問が浮かび上がる。もともと一人で行動していたのなら、なぜ……。
   「なぜ、一匹狼と言われない……?」
   ライムの問いに、突如ソルトの左目の様子がおかしくなる。それは、光彩が締まり、瞳が縦長になる現象だった。
   「なんだその目は…まるで猫じゃないかっ」
   そしてライムはまた一つの事を思い出す。猫の様な目、金色の髪……。
   「まさか……黄虎族(おうこぞく)…?」 
   「あぁ…俺は黄虎族。だから俺は縛れない虎と言われてるんだよ。」
   黄虎族とは、普段は大人しく、見た目も人間そのものなのだが、興奮時など、ある特化した感情が芽生えることに瞳が細くなり、筋力が二倍近く跳ね上がる。ソルトが筋力倍加などのスキルを使わないのはこの事があるからである。
   だが、繁殖力が極端に弱く、今では絶滅しているのではないかと言われ続けていたのだ。ライムが驚いたのはそれらの事があったからである。
   「俺が最強なんだよ!!強者が我が物顏で世界を渡るのは俺が許さねぇ!俺がこの世界を変えてやる!!!」
    大轟音。ソルトが放つ斬撃はライムの刀身を炎で包む。押し返そうとしても押し返せない。力でねじ伏せられる。そこにはもう、技術は必要とされない。
   そして、傷付いていた血の刀についに一筋のヒビが入る。これほどの力、ライムは受けたことがなかった。
   「…はは。」
   そしてライムが浮かべた表情は、怒りでも悔しさでもなく、笑みだった。
   「ははっ!!お前という奴は恐ろしい!ボクの頭の中に切り刻んでやろう。ソルト・ブレイクロックは恐ろしいとなぁ!!」
   「俺の勝ちだ。ライム・ネペンテスウウウ!!!」

   ソルトの斬撃はライムの剣と鎧を砕き、胸に斜めの切り傷を入れる。断裂した服の向こうにある皮膚に一直線に傷が入り、血が吹き出る。

   ライムはそのまま、沈黙した。


   「いやぁ!一時はどうなるかと思ったぜ!よく生きてたな!!」
   「あぁ、運が良かったみてぇだ。俺も流石に死の世界を垣間見た。」
   ライムとの決闘を終えて2週間が経つ。あの後ソルトはタイガとライムを抱えて治療室に運び2人に治療を施した。
   二人とも一命を取り留め、タイガは既に回復しつつある。
   ライムはと言うと、落ちた左手をつけようとしたところ、ソルトの炎に焼かれた事に気付く。ライムは目を合わせまではしなかったが窓に映る呆れ顔で見舞いに来たソルトに「全く、焼き肉パーティーも程々にしてくれ。」と言い放って笑っていた。
   何故かあんなやつだが憎めないなとソルトも笑っていたのだ。
   それはそうと今はタイガと共に学校長室へと足を運んでいた。
   「Sランクを倒して2人で昇格かぁ!?」
   「なわけないだろ、どちらかと言うと大目玉喰らう系の呼び出しだろう。」
   Aランク校舎より少し離れた特別練等校舎に学校長室はある。扉の高さはゆうに3メートルを越し、黄金のレリーフは死神、天使、仙人の三神をモチーフとされた物が見て取れる。
   「「失礼します」」
   そんな扉をソルトとタイガは開け、中へと足を運ぶ。
   「ゆっくりしたまえ。」
   目線の直線上に学校長は鎮座している。無論、そんな言葉を掛けてもらったところで別段姿勢を崩すような事はしない。と思えばそうでもなく、ソルトはかったるい顔に変貌した。
   「おいソルトっお前なぁ…」
   小声でタイガが注意を生み出すと、何を思ったのか、はたまた滑稽に見えたのか、学校長は一度大きく笑いとばす。
   「なに、構わんよ。君達は先日、首席のライム・ネペンテスを闘技場で打ち破ったそうだな。」
   腕を組んだ学校長がそこまで言うと、不意に座っている背もたれの大きな椅子に深く腰を預ける。そして、その表情は朗らかな様子から一変。酷く険しい顔へと変貌する。
   「どうしたんですか?」
   そんな様子の変わりように不思議に思ったタイガが問う。
   「実は…そのライム・ネペンテスの事についてなのだ。」
   書斎である巨大な机の末端、引き出しが設けられているところから漆黒の封筒と布切れを取り出す。
   最初は何かと思い見ていた2人だったが、すぐにそれがあるものだとわかった。
   「ライムの…服?」
   学校長は一度こくりと頷く。
   「ライム・ネペンテスが何者かによって殺された。」
   「……っ!!!」
   瞬間、空間が凍りつく。ライムが…殺された?
   「本当に死んだのかどうか、それすらもわからないし、誰がやったのか、教員達も皆目見当がつかない。ただ、この一封の封筒が血まみれの上着と共に置かれていた。そしてこの封筒の宛先が君達だったからこれを渡そうと思ってな。君達二人の実力なら、ライム・ネペンテスを殺した犯人に制裁を加えるのも可能だろう。それと…」
   学校長はもう一つ。ソルトたちからは見えていないがおそらく別の引き出しだろう。その中から黄金のコインを二枚取り出した。
   「君達に卒業権を渡そう。明日からは自由に過ごしたまえ。」
   それだけを聞いて、二人はその部屋を後にした。


   「あけるぞ」
   「おう…」
   学校長室からほど近い、色々な花が色を彩る中にはくだんの黒い封筒をあける。中身には外側の封筒によく似たような質感のこれまた漆黒の紙が現れた。二つ折りのその紙を開くと、純白の文字で文章が綴られていた。

   拝啓
   ソルト・ブレイクロック、タイガ・アーガイル。
   私の寿命を延ばすことにおいて、首席のライム・ネペンテスを殺しに行った。       ~死神~

   たった、これだけの文だった。率直にも率直な、シンプルすぎる手紙である。
   だが、充分な手がかりが確かに存在した。
   「死神…」
   タイガがそれを読む。死神……この世界の知能のある生物なら誰もが知っている神の総称。世界の創造者、世界の実行者、世界の破壊者とも呼ばれる三神のうち、世界の破壊者にあたるのが、この死神だった。
   「…っ!!」
   「ソルト……?」
   タイガの隣にいるソルトが徐に立ち上がる。そのソルトの表情は、怒りに染まっていた。

   「死神……殺してやる…。」
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