霊飼い術師の鎮魂歌

夕々夜宵

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第7章 夢見た現実の世界

第55話 知らない世界に

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   目に写る世界が暗かった。
   そんな世界に、一人だけ正確に写る人影がいた。
   身長はゆうに190を越すだろう長身から伸びた細長い四肢。フアーが大胆に設けられているその服は胸元まで開き、男の身体を見せる。
   頭髪は男にしては長めであり黒い。だが、その毛先だけは相反するような白だった。
   そして、その場から消えたかと思うと、周りにいた仲間達を次々に消していく。その顔は笑っていた。
   「_____っ!!」
   そして僕は、そこで目を覚ました。広大な空が写り込む。どうやら自分は仰向けになっていたらしい。
   「…はぁ、はぁ」
  嫌な汗が自分の頬を伝う。僕、レオン・シャローネは真新しい記憶を掘り起こした。
   幾日か前、カマラアサマラを倒しに行ったその後の出来事だ。先程夢に出てきたような長身の男性は仲間であるレント、アカネ、コアン、アイ、ミヤモンを次々に消していったことを思い出す。
   「皆、無事かな…」
   そこまで呟いて、一つの事を思い出す。確かあの時、男は二人一組で飛ばしたと言っていた。
   国周兵、つまりコアンは別の場所に一人で送られ、残り四人は別々にペアとなって飛ばしたと…そしてレオンには特別な場所に送るとも言っていた。
   そこまで思い出して、レオンは空を見るのをやめた。代わりに上体を起こして、ゆっくりと風景を見ようとする。
   「な…なんだ……ここ?」
   そしてレオンは驚愕する。世界が写り込む。だが、レオンはそれを見て目を疑った。
   目の前に写り込んだのは、あまりに巨大すぎる建物達だった。少なくとも、こんな建物を見た事はない。霊飼い術師の専門学校だって初めて見た時はあまりの大きさに腰を抜かしたものだったが、今目の前に写っている建物の群れはそれよりも高い。遠くから見ているというのに、その高さに腰を抜かすどころか恐怖しか湧いて来なかった。
   「ここは……どこの街なんだ?」
   とりあえず迷っていても仕方がない。何かヒントになるような所へ行こう。ここがどういった所がわからない以上、慎重に進むに越したことはない。無法地帯の様な場所かもしれないのだから。
   レオンはあの洞窟で飛ばされる直前に、アカネとレントにゴーストを飛ばして取り憑いてもらった。ゴーストと繋がっている自分なら、今現在の皆の状況がわかるからだ。
   だが、それを聞こうにもどうも失敗ばかりする。何かが阻害されてるような感覚に陥っているのだ。
   「召喚は出来そうだな…ゴースト召喚。」
   誰であろうと構わない。今は自分一人なのだ。一人で進むよりも2人の方が何かと心の支えになる。
   「はーい♪」
   しばらくして、幼い少女の声が聞こえる。キツネの声だった。
   「キツネか。と言うことはメイトとキツナが取り憑いたんだな。」
   「ふぇっ!?もしかして嫌だった!?」
   「嫌じゃないよ。残っていてくれてありがとう」
   そう言ってレオンはキツネの頭髪をくしゃくしゃと撫でる。キツネの脹脛あたりまである長髪は喜ばしそうに揺れ、キツネの表情もふにゃっとして幸せそうだった。
   「とりあえずあそこへ行ってみよう。」
   そういって、レオンは歩行を開始する。自分がいた所が公園と言うのは遊具からしてわかる。が、向こうにある建物が何処か幾何学的であり、分かりもしないが未来を感じる。
   そして、巨大な建物の集う場所へ、踏み込むと、更なる驚愕が塗られていった。
   空からバララララッ!という轟音がレオンの耳を刺激する。驚いて音のなった空に顔を向けると、ある物が飛んでいた。
   「な…なんだあれ……鉄が飛んでる?」
   天性のものである驚くべき視力を駆使して、遥か遠い空を見上げると、オタマジャクシの様な流線型のフォルムをした鉄が飛んでいた。その上には高速で回転する平たい鉄の様なものも見られる。
   ヘリコプターと呼ばれるものだが、勿論レオンはその存在を知っているはずもない。
   「な……なんだよここ。うっ…ゲホッゲホッ!」
   何かが詰まったような感覚にレオンは大きく咳き込む。落ち着いてみると、自分の息が結構荒いことにも気づく。
   「空気が違う……不純物が大量に含まれてるみたいだ……こほっ」
   徐に歩き始める。見る物は全て初めて見るものだ。見た事があっても木くらいだ。
   「あの人が手に持ってる物はなんだ?薄くて…耳に当てて喋ってる。…独り言か?あの人が座ってるのはなんだ?足を動すと車輪が回転して進む仕組み?あの子供達は…二つ折りの板につけられたボタンを必死に押してるぞ…あれはなんだ?赤と黄色と青に光るランプ?あれに至っては板の中に人がいるぞ?」
   あまりに見たことがないものが多すぎる。レオンはまるで大海原に一人で放り出されたような感覚に陥った。
   皆が皆、何かに取り憑かれたかのような急かしい行動ばっかりだ。あの人は笑っている。あの人は謝っている。あの人は……あの人は……
   でも、なんで……
   「誰も生きているような目をしていない……?」
   よく見れば髪の毛なんて皆同じ色じゃないか。黒か、女性は茶色が多い。でもズボンをだるだるに下げた三人組は結構カラフルだ。
   「とりあえずこれだけ人が居れば手がかりはあるだろう。誰かに…」
   レオンは近くにいた中年の男性に向かって話しかける。ふくよかな体型からか、随分と美味しい物を食べてきているのだろうか?
   「すいません。ホープレイはどこにあるか知っていますか?」
   取り敢えず、アイさんやミヤモンと出会った街の名前を出す。おそらくなら皆ここを目指すだろう。
   男性はしばし考える仕草をする。少しの希望を持って待つも、やがて出た言葉は希望を容易く裏切った。
   「えぇ?ホープレイたぁどこだ?外国かい?」
   「が、外国…?」
   「坊ちゃん、田舎から来たのかい?ここは東京。ホープレイていう所は知らないよ。」
   と、トウキョウ?ここはトウキョウという街なのか。ともかく、知らない様なのでおいておこう。
   「すみません。ありがとうございます。」
   レオンは軽くお辞儀をして歩く。
その後、何人もの人に話しかけたが、誰も知らないと答えた。このトウキョウと言う街は、そんなにもホープレイから離れている土地なのだろうか。
   不純物が多く含まれた空気はお世辞にも居心地は良くない。キツネもぐったりしているようだし、なんせこの暑さ、どこか太陽の暑さとは違う暑さをしている。
   そして一番に驚いたのは音だった。どこを聞いても音、音、音。まるで音の世界だ。
   訳も分からないまま辺境に飛ばされ、更には戻るアテもない。
   レオンが途方に暮れて歩いていると、耳を劈く様な音が聞こえた。
   
   ブップウウウウウ!!!

   それは自然界には存在しない、初めて聞く音だった。だが、初めて聞くにも関わらず、あまりに大きすぎるその音は本能的に身体が危険だと知らせてくれる。だが、突如の音に驚き身体が言うことを聞かなくなってしまった。
   「っ!!!」
   だが、突如誰かに腕を掴まれる。そしてそのまま勢いよく引っ張られる。驚きに驚きが重なり状況も充分に把握しないまま、ただ自分はなされるがままに倒れ込む。そして自分を引っ張ったであろう男性は、レオンの顔を見て言葉を放った。
   「馬鹿野郎!!!しにてぇのか!!」
   「え……えっ?あの」
   その男性は自分と似たかよったかの歳だ。随分と怒っているようだった。
   「お前もう少しで死ぬ所だったんだぞ!赤信号なのに飛び出すなよ!」
   赤信号……?死ぬ…?アカシンゴウという妖怪なのか?ならばさっきのは、鳴き声?
   「さっきのは…なんだ?」
   「あ?トラックだよ知らねえのか?荷物を運んだりするやつだ。」
    トラック?荷物を運ぶ…。馬車の代わりなのだろうか?とにかく、救ってくれたならばお礼を言わねばならない。それと、先ほどから酷く疲労感が身体を押している。この人に頼んでもいいのだろうか。
   「ありがとう。僕はレオン・シャローネ。この辺りに…少し休む場所はないか?」
   レオンの言葉に少年は訝しげな顔をする。やはり、いきなり色々言ったのは失礼だったのだろうか。
   「…霧島雄汰だ。ユウタでいい。近くに俺の家があるから少し休んでけよ。」
   そう言って、ユウタという少年は歩き出す。レオンも後をついていく。
   この場所についても知りたいし、早くレントやアカネに合わなきゃ…。
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