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赤備え
鬼の松尾
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私は一気に現実に引き戻され、恐る恐る通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てた。その瞬間、
「おい、コラ、たけだぁ、どこで何してんねん!」
という松尾女史の怒声が電話の外側まで響いた。静かな雰囲気を楽しむ他の客から、冷ややかな視線が注がれる。私は慌てて電話を切り、残っているラテを飲み干し、店を出た。
烏丸通りをさらに北へ向かって進む。御池通りとの交差点に到着した。距離だけを考えれば、六角通りの次の三条通りを東に進むのが得策なのだが、三条通りは道幅が狭いうえに、人通りも車の行き来も多い。途中、地下鉄の駅の出入り口を通り過ぎたが、松尾女史に怒鳴られ、パニックに陥っていた私はこの便利な交通手段に気づくことなく、再び全速力で走っていた。
私は恐らく京都市一広いと思われる歩道を誇る御池通りを東へ向かって疾走した。
古めかしい外観の京都市役所を通り過ぎ、高瀬川を渡る。続いて、御池大橋が見えてきた。
河川敷に降りた私は、思い出の鴨川を北へ向かって爆走した。
鬼の形相のルーカスに追われた日々を思い出す。
琵琶湖疎水との合流地点で鴨川沿いの川端通りに戻り、平安神宮目指して、東に突き進む。
春には桜が咲き誇るこの通りも冬は寂しい。平安神宮を訪れたとみられる外国人観光客が、コートの襟を立てて歩いている。
平安神宮までもう少し。
私は息を弾ませながら疎水沿いを走った。
平安神宮と南の岡崎公園を隔てる丁字路に着いた。南を振り向くと、巨大な鳥居がそびえ立っていた。
『帰って来たんだ』
私は白い息を吐くと、感傷に浸った。しかし、平安神宮に向かって歩き出そうとすると、剣道着姿の女性にぶつかりそうになった。
私は佐々木由紀マネージャーが迎えに来てくれたのかと淡い期待を抱いた。しかし、道着姿の女性は、眉を吊り上げた夜叉のような人物だった。
松尾女史だ。
私は土下座を通り越して、ひれ伏して謝罪した。最大級の謝罪だ。
「松尾さま、大変申し訳ありません!数々のご無礼をどうか、どうか、お許し下さい!どうか、命だけは!」
私は半分泣いていた。仲間を捨てて、そして、竹馬の友を捨てて逃げだした私に、どんな制裁が加えられるのか、私には想像することができなかった。いや、想像したくなかった。
私は特大のカミナリが落ちることを予想していたが、反応はなかった。
恐る恐る私は腕を組み、仁王立ちで私を見下ろす松尾女史を見上げた。松尾女史は微笑をたたえていた。
「おかえり、武田君。待ってたわよ」
そして、さらに驚いたことに松尾女史は私に手を差し伸べたではないか。
「さぁ、もうすぐあなたの出番よ」
私はその手を軽く握った。すると、手の骨が全て砕けるのかではないかと思うほどの強さで握り返された。私は悲鳴を上げた。
私が涙目で手をさすっていると、松尾女史は既に平安神宮に向かって走り出していた。私は激痛が走る右手を抑えながら後を追った。
私は思った。
『怪我したら、どうすんのよ』と。
「おい、コラ、たけだぁ、どこで何してんねん!」
という松尾女史の怒声が電話の外側まで響いた。静かな雰囲気を楽しむ他の客から、冷ややかな視線が注がれる。私は慌てて電話を切り、残っているラテを飲み干し、店を出た。
烏丸通りをさらに北へ向かって進む。御池通りとの交差点に到着した。距離だけを考えれば、六角通りの次の三条通りを東に進むのが得策なのだが、三条通りは道幅が狭いうえに、人通りも車の行き来も多い。途中、地下鉄の駅の出入り口を通り過ぎたが、松尾女史に怒鳴られ、パニックに陥っていた私はこの便利な交通手段に気づくことなく、再び全速力で走っていた。
私は恐らく京都市一広いと思われる歩道を誇る御池通りを東へ向かって疾走した。
古めかしい外観の京都市役所を通り過ぎ、高瀬川を渡る。続いて、御池大橋が見えてきた。
河川敷に降りた私は、思い出の鴨川を北へ向かって爆走した。
鬼の形相のルーカスに追われた日々を思い出す。
琵琶湖疎水との合流地点で鴨川沿いの川端通りに戻り、平安神宮目指して、東に突き進む。
春には桜が咲き誇るこの通りも冬は寂しい。平安神宮を訪れたとみられる外国人観光客が、コートの襟を立てて歩いている。
平安神宮までもう少し。
私は息を弾ませながら疎水沿いを走った。
平安神宮と南の岡崎公園を隔てる丁字路に着いた。南を振り向くと、巨大な鳥居がそびえ立っていた。
『帰って来たんだ』
私は白い息を吐くと、感傷に浸った。しかし、平安神宮に向かって歩き出そうとすると、剣道着姿の女性にぶつかりそうになった。
私は佐々木由紀マネージャーが迎えに来てくれたのかと淡い期待を抱いた。しかし、道着姿の女性は、眉を吊り上げた夜叉のような人物だった。
松尾女史だ。
私は土下座を通り越して、ひれ伏して謝罪した。最大級の謝罪だ。
「松尾さま、大変申し訳ありません!数々のご無礼をどうか、どうか、お許し下さい!どうか、命だけは!」
私は半分泣いていた。仲間を捨てて、そして、竹馬の友を捨てて逃げだした私に、どんな制裁が加えられるのか、私には想像することができなかった。いや、想像したくなかった。
私は特大のカミナリが落ちることを予想していたが、反応はなかった。
恐る恐る私は腕を組み、仁王立ちで私を見下ろす松尾女史を見上げた。松尾女史は微笑をたたえていた。
「おかえり、武田君。待ってたわよ」
そして、さらに驚いたことに松尾女史は私に手を差し伸べたではないか。
「さぁ、もうすぐあなたの出番よ」
私はその手を軽く握った。すると、手の骨が全て砕けるのかではないかと思うほどの強さで握り返された。私は悲鳴を上げた。
私が涙目で手をさすっていると、松尾女史は既に平安神宮に向かって走り出していた。私は激痛が走る右手を抑えながら後を追った。
私は思った。
『怪我したら、どうすんのよ』と。
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