自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【七ノ章】日輪が示す道の先に

第一九五話 凡人の逆鱗

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「えっと、すみません。貴方達が……?」
「挨拶が遅れたな。我は現人神あらひとがみ様にお仕えしているアヤカシ族、鬼のゴズ。こちらの失礼極まりない言動をしてるのが弟の」
「ギュウキだ! よろしくな、弱っちいの!」

 食い気味に応えた赤鬼ギュウキの頭を青鬼ゴズが叩く。
 彼らにとっては日常茶飯事なやり取りなのだろうが、どうにも解せない。建国の祖たる現人神あらひとがみの従者という割に、仮にも客人である相手に対する扱いが酷すぎる。
 誰に対してもこういう態度なのか? それとも俺が過剰に反応してるだけ? なんか、無性に……モヤっとする。

『なんか、なんか無礼過ぎません? 自分達は初対面の、しかも招かれた側のはずですよね?』
『妙に身内としての空気感が強いのは否めないな』
『だとしても目に余る。こちらを下に見ているのが透けている』
『従者がいる以上、相応の教育は受けていると思いたいが……いかんせん悪い実例が目の前にいてはな』

 あっ、よかった。みんな同じ気持ちだった。
 ヒソヒソと、背後で内緒話に興じる魔剣たちの会話を聞き流して。
 胸の内に湧く嫌な気持ちを抑えつつ、なるべく話が通じそうなゴズさんの方へ視線を向ける。

「重ね重ねすまない……我らは少々特異な経緯で見初められ、この神域に留まることを許された存在でな。特に弟はその分野──武力において並外れた自尊心があり、こういった態度を取ってしまうんだ」
「ご指導とか、なさらないので?」
「これでも努力した方なんだ……気になった相手に突然殴りかかる以前よりは、遥かにマシなんだ」
「ご自身で止めたりとか……」
「我は弟より一回りも二回りも弱い。衝突を止めようとすれば爆発四散する。そうならないように知恵を捻り、暴力装置の枷とするだけで精いっぱいだ」
「こんなこと言ったらアレですけど、人選ミスでは?」
「否定はしない。我はともかくとして何故ギュウキに頼み込んだのか、主といえど理解に苦しむ」

 普段から苦労人な気配を漂わせるゴズさんの顔はよく見ると目元が暗い。肌色で判断できなかったが、弟の扱いに相当難儀しているようだ。

「なんだなんだ、二人してコソコソ話しやがって。特にお前、クソ雑魚の癖に兄者と仲良く話してんじゃねぇよ」

 その様子を面白くないと感じたのか、ギュウキさんが間に入る。
 鋭い双眸で見下ろされ、値踏みするように爪先から頭頂部まで。じっくりと見られた後、鼻で笑われる。

「やっぱり強くはなさそうだな、お前。現人神あらひとがみ様はなんだってこんなのを連れてきたんだ? 一人じゃ何の役にも立たなそうな奴なのに」
「だから言っていただろう? 現実の方で問題が起きた為、その謝罪をするべく呼び寄せたと……」
「なんでだ? たかがちっぽけな人間なんざにあの人が頭を下げなくたっていいだろ。むしろコイツがバカなことしたから制裁を加える為に呼んだんじゃねぇのか?」
「少なくとも、それは従者である我らが考慮すべき事情ではない。事の沙汰は顔合わせを済ませた場で語られるだろう。我らはただ、彼をく主の元へ……」

 何度も説明して辟易へきえきしているのか。
 ゴズさんは呆れ、話を聞かないギュウキさんへ苛つきを見せる。
 そんな中でも自身の思い込みと義憤に駆られたのか、突然胸ぐらを掴まれ、宙に浮かされた。

「おいっ、ギュウキ!」
現人神あらひとがみ様んとこに連れてく前に、多少痛めつけたっていいよなぁ? どうせまともな奴じゃねぇんだ、二度とふざけたマネが出来ねぇようにしてやるよ」

 ……はあ。

「いつも言っているがお前は人の話を無視し過ぎだ! 彼は主の客人だぞ!」
「話が聞き入れやすいように気勢を削いでおくんだよ。こんなのに無駄な労力を割く必要なんざねぇってな!」

 …………へえ。

『な、なんなんですかこの人ぉ! 頭がおかしいですよっ!』
『自分勝手が過ぎる。まともじゃないな』
『いつかの相棒の判断とはいえ、横暴にも程があるぞ』
『さすがにされるがままではいかん。クロト、抵抗し……クロト?』

 背後から響くレオ達の声が、どこか遠くに聞こえる。
 浮ついた身体の奥で触れた何かが、ぷつりと切れた気がした。

 ◆◇◆◇◆

「ふ、ははは」

 気でも触れたかのような笑い声が響く。
 その発生源は、ギュウキに掴まれ身体を浮かせたクロトからだ。

「あははははははははっ! ははは、ははははははッ!」

 それは次第に大きく、不気味なほどに。
 幻想的な内面世界へ伝播でんぱしていく。
 唐突な変貌にゴズは得も言われぬ寒気を感じ、ギュウキは恐怖で壊れたかと蔑みの眼差しを向けた。
 クロトの背後で浮遊していたレオ達もまた、嫌な予感を抱かずにいられず。刺激しないよう、ただ黙って笑い続ける彼を見据えていた。

「無駄? ああ、無駄か。そうだな……会話は出来るのに言葉の通じない奴を相手に期待するなんて、無駄だったな」

 やがて笑い終えたクロトは脱力した様子で口を開いた。
 厭世的えんせいてきな、全てを諦めきった言動は彼らしくなく、その一点だけで違和感を抱かせる。

「アンタの言ってることは正しいよ。俺は一人じゃ何も出来ない。実力も無ければ才能も無い、ただの木偶でくの坊だ。舐められるのも仕方ない」

 だらりと下がったクロトの手が、胸ぐらを掴むギュウキの腕に触れる。

「アンタら兄弟の言い分はどっちも的を得てる。片や不審者として、片や客人として取るべき対応は分けるべきだ。そこに理解は示すよ」

 でも、と。

「個人的に気に入らないってだけで、いちゃもんを付けに来てるなら。それが許される身分だと、笠に着て示すなら。そして自分が実力者だと勘違いしてるなら──身の程を知れよ」

 ギュウキの腕を握りつぶさんとする握力で、クロトは力を込める。耳に残る水気を含んだ、肉の潰れる音が立つ。
 一瞬の静寂。血がしたたり、次いで、ぶわりと。
 大量の脂汗が浮かび、喉奥から漏れたギュウキの悲鳴に合わせて胸ぐらから手が離れた。たたらを踏むギュウキ、ごく小さな挙動で着地するクロト、狼狽するゴズ。三者三様の反応が見られた。

「……バカな」

 ありえない、とギュウキは戦慄する。
 突然の、もしくは、出会ってからクロトが受けた対応を思えば、反発や反骨は当然の行動。しかし、現実ではありえない力だ。肉体的なポテンシャルが最底辺に近い彼には無いはずの剛力。
 そも人間としての限界値に到達した者であっても、な鬼の身体を傷つけるなど容易くはない。

 どうして……そう考えたギュウキの視界に、精神体のブレたクロトが入った。
 鬼の兄弟が肉体を保持したまま精神空間での居留が許されている反面、クロトは精神体──つまりは魂のまま来訪している。人より高次元に位置する現人神あらひとがみの世界で、だ。
 従来であれば人の魂は保護する殻の無い卵のようなもの。繊細で脆弱であり、よほど強靭でもない限り霧散し消えてしまう。

 しかし目前の少年の身体にブレこそ見られど、その兆候は無い。
 当然だ。クロトは異世界でだけでなく、地球にいた時から幾度となく生死を彷徨う事態におちいり、そして生還している。
 いわば筋肉の超回復のように。魂が擦れ、削れ、砕け、傷つき、されど再生する。以前よりも強く、硬く、輝くのだ。

 その格は、もはや凡人の領域にあらず……神格と同等に位置している。
 だからこそ、その魂は常識で考えられない出力を発揮するに至っていた。

「ふざけた理屈を抜かしやがって……それが当然だと思いやがって」

 それでも尚ブレているように見えるのは、感情の高まりが故にだろう。
 肉体という殻が無い為に外部からの感情や思いに感化されやすい。加えて、自身の激しい内面も直接的に表面へ露出する。彼の場合は理不尽に対する強い怒りだった。

 望んだ訳でもなく、頼んだ訳でもなく。
 流されるままに連れられた場所で、いわれの無い不当な扱いを受けた。
 理由は雑で正当性も無い。直近で受けた裁判のように。
 堪忍袋の緒が切れたクロトの心の内にあるのはただ一つ……眼前に立つ敵の無力化であった。

「構築、再現──朱鉄あかがねの魔導剣、シラサイ」

 精神空間における物質創造の妙を巧みに活用。
 光の粒子や糸が形を成し、現実世界で愛用している武器を腰に下げた。

「レオ、ゴート、リブラス、キノス。粒子化せず、俺に追従して動け」

 有無を言わせない指示が出された。
 何を言っても無駄だと感じたレオ達は大人しく従い、背中に近づいて翼のように展開する。そのまま魔導剣、シラサイを抜いてクロトはギュウキの元へ。

「っ……調子に乗んな、凡愚がよぉ!!」

 現人神あらひとがみに見初められただけの事はあるらしい。潰された腕は再生が終わり、元通りに。
 そして取り戻した意気でクロトを強く睨みつけ、彼もまた武具を創造する。凹凸の付いた鉄の棒。黒光りするそれは金棒であった。

「ま、待て! 弟の不手際は我の方から謝罪する! 後に強く言い聞かせる故、ここはどうか刃を納めて──」

 もはや爆発寸前の爆弾同士が接敵し、今にも炸裂しそうだ。
 ゴズは冷や汗を拭う間もなく、両者の間へ身体を入れて、説得を試みた。
 落ち着いたクロトであれば聞き入れた可能性がある。されど匙は投げられ、先に口火を切ったギュウキは耳を貸さない。

「既に喧嘩は売られ、俺は買った。なら、心が折れるまでやるしかない」
「クソッたれが粋がってんじゃねぇぞッ! 金棒の錆にしてやんぜ!!」
「てめぇが廊下のシミにならないように気を付けろ」

 現実でならまだしも、この世界では容赦しない。
 言外にそう言い放ったクロトの姿が掻き消え、気づいた時にはギュウキの側面へ。反応も出来ずに、振り抜かれたのは渾身の蹴り。
 無様に受けた右腕が破砕する音が響き、遅れてギュウキの身体が宙を舞う。
 広間を転がっていくギュウキを見据え、呆然と見ていたゴズを押し退けて。

「いい機会だ、てめぇで色々と試してやるよ。かかってこい、クソ雑魚」

 魔導剣とシラサイの二刀流を構えて。
 みなぎる殺意を隠すことなく、クロトは戦闘の開始を宣言した。
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