自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【七ノ章】日輪が示す道の先に

第二〇八話 事態が動く裏で

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 裁判場にてミカドの公開喚問が行われる前日。
 シノノメ家では詳細に、様々な協議が執り行われていた。
 失った信頼を取り戻すべく、正道を以て王道を征く。難しく、厳しく、複雑に入り組んだ道程になろうとも貫く他に選択肢はない。
 故に民衆へ誠意を見せ、真相を知ってもらうため、語るべき内容を吟味。

 始めの頃はクロトに対し、心苦しさと疑いで板挟み。非情に難解な心情を向けていた臣下たちも態度を改め、会談へ積極的に参加。
 元より国内情勢の安定化に協力的であるオキナ、フレンの口添え。
 信仰物であり現人神あらひとがみの代弁者という大役を担ったキノスもまた、今後のクロトが活動しやすいように尽力。
 とんとん拍子に話は順調に進んでいった。

 そんな中、議題の一つとして挙がった事柄がある。
 事と次第の成り行きであり、当人たちが許諾したとはいえ、ミカドはクロトへ何も謝礼や恩を返せていない。
 あまりに失礼で、厚顔無恥な事態。

 クロトがそんな事を考える場合ではない、と言う。実際に身体は既に全快であり、僅かながらにも視力が戻りつつある。不足は無いのだ。
 ミカドがそう言う訳にはいかない、と食い下がる。彼の思考には、一生の傷として障害を残したという認識を根付いているからだ。

 現実的に考えて、ここで何もしないというのは双方にとって余計な軋轢あつれきを発生させかねない。
 現に臣下たちが何とか呑み込んだとはいえクロトに猜疑的さいぎてきな感情を抱いていた。わずかな亀裂だとしても、いつぶり返すかも分からない。不審で不信な態度は、きっかけとして広げるには十分だ。

 だからとてミカド側から詳しい内容を口にしてはいけない。
 金や物品……特に女性がどうだとか言ってしまえば、ただでさえ良くない印象は最底辺にまで落ちるだろう。その程度の相手としか捉えていない、と。暗に打ち明けているようなものなのだから。
 しかし、何かしらの形として補填が必要なのだ。
 全てを根本からやり直せれば越した事はないが、そんな芸当が出来れば当の昔にやっている。夢物語に傾倒するより現実を直視し、クロトから要求してもらうしかない。
 彼の身に起きた遺恨の傷を、少しでも癒せるのなら、と。

『やっべー、死ぬほどめんどくせー展開になっちゃったぞぅ』
『ひとまず民衆への対応を思案できれば、それでよかっただけなのだが』
『クロトの暴走が発端と言えど、一国の王として見過ごせる問題では無かろう。常識的に考えてな』
『保護者というか、後見人代わりの学園長さんもいますしね』
『そっか、なんだかんだ国のトップが二人もいるんだもんな……相応の措置を考えないと舐められるって訳か』
『ただ単に君への謝罪を込めての提案だと思うが?』

 なお、当の本人は呑気に脳内でレオ達と会話していた。
 罪悪感を感じてるなら自分に気を回すより国民に使ってほしい。そう言っても、眼前のミカドは絶対に撤回しないだろう。
 王としての意地でも施しでもなく、これはミカド本人の償いだ。
 許されずとも返礼しなくては気が済まない。元から、そんな性質たちなのだ。

『でもなぁ、何がいるよ? 俺、特に思いつかないんだけど』
『最優先事項である黒の魔剣についてはツクモより聞かされた。十二本すべてを集めた真なる価値も把握した』
『星の誕生やホシハミなどの真相は語らずともよい。のちにアカツキ荘の面々に周知はさせるが……私達にはなんとも考えにくい問題だな』
『情報を変に与えて邪推されたくありませんからねぇ。うーん……あっ』

 オキナ、フレンが口を出す訳にもいかず。
 停滞した時間の中で、リブラスの声が脳内に響く。

『クロトさん、編み笠の男を調べてもらいません? 自分達、あの人について何も知らないし、それなら魔剣がどうのとか伝えなくていいし』
『大丈夫かな、それ? 危なくない?』
『編み笠の男は相当な手練れだ。捜索や調査に出た連中へ危害を加えないとは言い切れん……安全性を確立させるなら、少数精鋭が好ましいか』
『酷い意見になってしまうが、私もレオに賛成だ。仮に犠牲が出たとしても被害は少ない方がいい』
『シビアな判断をただの凡人に求めないでほしいわ』

 見ず知らずの命を自身が握る。
 そんな危険性のある願いを押し付けたくはない。
 しかし、どうするべきか……悩みに悩み、思案する素振りを見せて。

「……そういう、ことなら……この場にはそぐわない話になる。貴方とオキナさん、学園長、それとウチのクランメンバーを同席させて詳しく聞かせたい。構わないだろうか?』
「っ、分かった。承諾しよう」

 とても怪しい言い分になってしまった。ミカドの警戒も無理はない。
 隣に座るフレンから“コイツなに言ってんだ”的な視線を刺され、傍でクロトを補佐するカグヤからも“クロトさん……”と心配に満ちた小声を向けられて。
 オキナは細く息を吐いて“この状況でコレはまずいのでは……”と。三者三様の心情に挟まれ、居心地が悪いまま会談は終わった。
 ちなみに、キノスは“また何かやらかすのか?”と期待を込めて見守っていた。この場で一番良い空気を吸っているのはキノスかもしれない。

 昼食の時間を大幅に過ぎての話し合いであり、疲労も一入ひとしお
 オキナの助け添えで臣下たちが先に休憩を取るように進言し、ミカドが承認。
 先のクロトの発言を守るべく別室──道場の方へ移動し、アカツキ荘と合流。

 なんで呼ばれた? またクロトが思い付きで変な提案した? いつもの流れだが事後で聞かされる身にもなれ。
 そんな冷たい視線と雰囲気、未だに悪感情のしこりが残る面々の空気。嫌な相乗効果で絡み合った坩堝るつぼの如き空間。
 戦々恐々の面持ちでいったい何が始まるのか、と。
 ミカドがごくりと喉を鳴らし、覚悟を決める眼前で。

大霊桜だいれいおうの元へ現れた編み笠の男。奴が所持していた“淵源えんげん戒刀かいとう”という魔剣について。俺が現人神あらひとがみツクモと面識を持ち、会話した内容。……これらを踏まえた上で俺が求めるのは、この全てを信じ、ミカド自身が協力する態勢を整えてくれることだ」
『ちょおっ、おまっ……!』

 クロトは一部を隠蔽し、知り得た情報を全部バラした。
 全ては王家……というよりミカドを味方として確立する為に。

「あとヒバリヂ特産の日和切子ひよりきりこと質の良い和酒わしゅが欲しい。俺の鍛冶の師匠へ土産として持ち帰りたい」
「ん、はっ、えッ???」
『貴様、やりやがったな』
『己の欲望と合わせて畳みかけるな、呆気に取られているぞ』

 次いでに恩着せがましく物品も要求し、めでたくミカドの処理機能をフリーズさせることに成功したのだ。

 ◆◇◆◇◆

 膨大な情報量に晒されたミカド。
 同様に一部何も知らない事柄を語られたオキナ。
 事前通達も無しに打ち明けられたアカツキ荘、フレン。

 様々な思惑と反感、やるとしても事情を話してからやれ! と怒鳴られても。荒唐無稽な話題の振りは今後の行動に障害を無くすべく、必要な工程だった。
 王家にのみ継がれている伝承にキノスの証言、ツクモのお神酒という物証。
 三つの要素と、元より賢王としての側面が強いミカドの理解はすぐに得られた。
 最大級の影響力を持つ味方を得て、晴れてクロトの要求は認められたのだ。

『誠意をもって偽りなく語り、真実をつまびらかにし、その行いによって貴様の罪をみそぎ、すすぎ、許そう。自らの非、過ちを認め、新たな統治の誓いとせよ』
『はい。寛大な処置と機会を頂き、ありがとうございます』

 そして時が流れ、喚問の舞台へ戻る。
 少し離れた場所にある裁判場から響く声を聞き流して、クロトと付き添いのカグヤはとある場所で人を待っていた。
 これは要求の内にあった、編み笠の男の捜索。
 それに付随する形で願い出た面会の依頼であった。

 本来ならば長い時間と複雑な手続きを経て承認を得るものだが、ミカドから直に許可を貰えるなら話は別だ。
 光源に照らされた室内で待つこと数分。
 和風な面会室の障子が開かれ、目当ての人物が入室してきた。

「ハッ、噂程度に事情は知ってたが……少し見ない間に随分と愉快な状態になってるじゃねぇか?」
「挨拶はどうだっていい。お互い許された時間はあまりないんだ、さっさと話をしようか──シラビ」

 先の祭事にて動乱を引き起こしたマガツヒの首魁。
 ぬえのアヤカシ族たるシラビとの再邂逅は、軽口の応酬から始まった。
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