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【二ノ章】人助けは趣味である
第二十三話 原初の力、束ねるは七色の風
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浮ついた感覚が無くなり、白い光から視界が戻った。
役目を終えたのか、タロットカードが消滅していく様子を見やり、立ち上がる。
時間にしてみれば一秒にも満たなかったのだろう。
依然として握られていた手を解いて、驚いているアカツキさんをそっと抱き寄せた。
「せ、先生……?」
「……ありがとうございます。貴方のおかげで、ようやく思い出せました」
ぐっと力を込めて、より強く。
失われたと思い込んでいた居場所は、どこにでもあることを示した貴方へ。
蹲っていた私に手を差し伸べて、背中を押してくれた貴方へ。
これまでの生を、たった一人で歩き続けてきた訳ではないと教えてくれた貴方へ。
「――私は生きたい。生きて、この世界をもっと見ていたい。残された自分の道を歩いていきたい」
言葉だけではこの胸を満たす感謝を伝えられない。
確かに感じる命の鼓動で、貴方に伝えたい。
「アカツキさん。ご迷惑かもしれませんが、私一人で解決するのは少々厳しいようですので、改めて手を貸していただけませんか?」
「いや、それはいいんですけど。あの、シュブさんがめっちゃイラついてて空気がピリピリしてるっていうか、こういうシチュエーションは全てが終わった後でムードを重視してやるものじゃないかっていうか!?」
冷や汗を浮かべながら早口で捲し立てて、肩を掴まれたと思ったら押し倒されるような形で身体を抱えられると、アカツキさんはそのまま走り出した。
直後に超質量の鉄拳が落ちて、轟音とともにクレーターを生み出す。
めくれ上がった地面に弾かれ悲鳴を上げるアカツキさんの身体に風を纏わせ、しっかりと着地出来るようにする。
『ぺらぺらぺらぺら、くだらねぇことばっか話しやがってウゼェってんだよ! 挙句の果てにはオレの目の前で甘ったるい空気垂れ流してんじゃねぇ! さっさと死ねや!!』
「ふざけんな! こっちだって先生の雰囲気がいきなり変わって混乱してるんだよ! お前だけに集中できるかっ!」
口論を交わしながらも逃走劇を続ける間に、私は身体に流れる魔力の変化に意識を向ける。
ルーン文字の幅広い汎用性を利用し、高度な事象干渉を可能とする魔術。
限られた属性に特化し、文字を構築文として極めれば魔術にも匹敵する能力を持つ魔法。
互いの潜在的構造、概念を知識として肉体に内包しているが故に、どちらかを発動した時は反発し合うことが多かった。
今までは魔力で強引に抑え込んで発動させていたが、反動も酷く、時には視力を失うこともあった。
だが、先ほどの魔術はどうだろう。
脱力する感覚も、身を裂くような痛みも無かった。
密かにアカツキさんへ身体強化の魔法を掛けても、その現象は起こらない。
両立している。いがみ合うことなく、それぞれが個としての成り立ちを保っていた。
これなら魔法が発動する条件で、魔術と同じ力を発動させることも可能なはず。
つまり――。
「……《ファイア》」
迫り来るシュブ・ニグラトの顔面に、最下級の魔法を放つ。
通常とは違い、幾重にも重なる魔法陣から現れた青白く輝く火は接触と同時に大量の魔素と反応し――爆ぜた。
『ガアアアアアアアアアッ!?』
「え? ……え?」
呟くような詠唱が聞こえたのか、アカツキさんはここまでの威力を誇るものだと思わなかったのだろう。
最下級の魔法で顔が消し飛ぶという光景を、信じられないとでも言いたげな表情で二度見してきた。
私だって驚いている。まさか本当に、魔法で魔術を再現できるとは。
そして驚くことに、本来の魔術よりも魔力を消費していない。魔法以上魔術未満といった消費量だ。
今までよりもずっと低コスト。しかも最下級でこの威力。
もし、もしも。
上級魔法で再現したらどうなるか……考えただけでも怖気が走る。
「先生、なんかパワーアップしてません? フレンのカードから超常的なパワーでも貰いました?」
「そう、かもしれません……でも、過去の記憶と向き合わせてくれるきっかけになったのは間違いないです。おかげで私を縛り付けていた鎖が解かれたような……清々しい爽快感さえ抱いてます」
「…………窮地に陥って覚醒とかカッコよすぎません?」
アカツキさんが乾いた笑いを浮かべている。
しかしすぐに真剣な表情になると、私を地面に降ろし、魔術の保護を受けた長剣を爆煙に向けて構えた。
その先には巨大な影が蠢いている。
すでに再生している辺り、やはりあの程度では大した脅威にもならないらしい。嫌になるほどのしぶとさだ。
「――さっき手を貸してほしいって言ってましたけど、勝算はありますか、先生」
「もちろんです。私に任せてください」
「はははっ、暗い顔してた時より頼もしい返事だなぁ……よーし。それじゃ、頑張りますかっ!」
気合を入れ直す為にか、大声を上げ、凄まじい速度で煙へと突っ込んでいく。
何も言わずとも、指示を出さずとも、彼は彼なりの最善の行動を取った。
それはこの場において、私を最も信用に足る人物だと認めてくれたからだろう。
「……嬉しい限りです」
緩んだ頬を戻さず、ゆっくりと、身体の底に沈んだ魔力を高める。
視覚化した細かなルーン文字が円を作り、魔法を構築していく。
想像するのは、人類が触れるには強大すぎる始源の力。
迸る力の欠片。ありとあらゆる命が巡る神秘の果て。
――創造するのは、神話を屠る原初の魔法だ。
『大人しく死ねってのによォ! 悪足掻きしてんじゃねぇよ!!』
激昂したシュブ・ニグラトが叫び、致死の一撃を振り抜いた。
圧迫感に息が止まりそうになっても、長剣で自分の体ごと逸らして走り抜ける。
同時に突き出したり爆発したりする棘で足止めされないように、一点に強化した脚で地面を蹴り砕く。
擬似的な震脚だ。陣としての機能が働くより先に土台を崩してしまえば、あの魔術も発動しないだろう。
……なんかミシッて音が鳴ったけど気のせいだと思いたい。
『正気かてめぇ!? 骨折れるぞ!?』
敵なのに心配してくれるのか。ありがとう。実はちょっとシャレにならないくらい痛い。主に踵が。
もう本当に、尋常じゃないくらい痛い。冷や汗が出てきたし寒気もしてきた。
軽率だったな。近接しかできないのに踏ん張れないのはきつい。
「だけどッ!」
横薙ぎに迫ってきた剛腕を避けて、目線を俺一人に絞らせる。
そもそも神だ邪神だとか言われてはいるが、こいつはそこまで強いわけではない。
知恵が働くかと思えば力で押してくるだけだ。あの巨躯と見た目から騙されていたが、言ってしまえばそれだけのことでしかない。……いや、わりと俊敏に動くのは脅威だし、魔術も凄いけど。
それに……正直、この戦いの勝ちは見えている。先生が魔法を構築する時間を増やせば間違いなく勝てる。
自信を持ってそう言えるだけの力を先生は手に入れていた。
だって後ろからとんでもない威圧感が……具体的に言うと凄まじい量の魔力が溢れてるのを感じる……ッ。
ぶっちゃけ怖いよ! あんな高まった魔力で放たれる魔法なんて想像したくない!
そして標的の近くで戦っちゃってる俺の身の安全も気になる。生きて帰れるかな? 五体満足で戻れる?
不安に駆られてビクビクしていると、突然、地面が光った。
視界の下に、細かい魔法陣が所狭しと展開している。
……あれ? さっき爆発した足場に描いてあったヤツだよね、これ。
『――吹き飛べ』
嘲笑の混じった声が、爆音に紛れて消えていった――。
『……さすがに死んだろ』
顔を下げ、立ち込める爆炎を見つめるがヤツの影はない。
ちょこまかと動き回る虫だった。大した力もないくせに粋がっていたバカだ。一丁前に口だけは回る、非力な凡人。
だが所詮は脆い肉の塊。魔術の爆弾に巻き込まれたなら、粉微塵になって消え去ったも同然だ。
頭の中に閉じ込めた契約者の精神も静まった。もう、オレを止められるヤツはいない。
『キシシッ! さぁて、次はあの女を――』
そう言って、目線を移した先。
翡翠の髪を揺らし、悠然と佇むその姿に、畏怖を抱いた。
――ありえない。なぜ神にも匹敵する力をヤツは持っている?
対峙したオレの方が怯えるなんて。ふざけるな、相手は非力な女だぞ。
血まみれで、立ってるのもやっとのはずだ。骨も何本か砕いた。
なのに、なぜだ。
「終わりだと、思いましたか」
『ッ!?』
まっすぐと見据える銀の瞳が、溢れた魔力を伴って近づいてくる。
ぞくり、と。戦慄に震える身体を退かせた。
「貴方は確かに脅威です。神話存在そのものを、神の権能を魔術でその身に宿すなど、当時の私は考えもしませんでした。ええ、お見事です」
『ハ、ハハッ。だから何だってんだ? 小賢しい取り巻きも死んだ。後はてめぇ一人だ。ちっとぐらい強くなったからってイイ気になってんじゃねぇぞ!』
「……哀れですね。力に溺れ、目先の獲物ばかり追い求めて、他がおろそかになるとは」
『あ? なに言って――』
言葉を紡ぐ直前、凄まじい衝撃が襲ってきた。
緩やかに下がる視界に、斬り飛ばされた両足を捉える。
突然の事態に驚く暇もなく、次に両腕が切り落とされ、土煙を上げた。
四肢を奪われ、仰向けに倒れ、見上げた空間に。
「人間なめんなぁぁああああああああああっ!」
爆散したはずのヤツがいた。
死ぬかと思った。
爆風に乗って背後に回るとか、同じことやれって言われても二度とできない。っていうかやりたくない。
おかげで擦り傷とか破片のせいで血だらけになったし火傷したじゃないかこんちくしょう。
たが好都合だ。魔力はまだあるから、血液魔法が使える。
目を閉じ、集中。息を整え、元の身体の状態を想像する。
徐々に心臓の鼓動が全身に伝播し、流血が治まった。……火傷は治らないのか。練習不足だな。
まあいいや。次に右腕に集中させた魔力を長剣に伝わせて、幅広の大剣へと変貌させていく。
同時に余った魔力を肉体強化に費やし、立ち上がる。
そして。
「――ッ!!」
駆ける。爆炎を切り裂いてシュブ・ニグラトに接近し、速度を殺さず飛び込んで大剣を振るう。
右膝の裏。関節目掛け、力を込めて。
軋む身体に喝を入れて――両断。
吹き飛ぶ右脚から血が滝のように流れ、飛び散る血飛沫を吸い上げ、さらに巨大になる大剣を担ぎ直し、再生する前に返す刃で左脚を斬り飛ばす。
腕が、全身の筋肉が悲鳴を上げる。歯を食いしばり、引き摺るような形から背負い上げ、左腕の肘から下を切り落とす。
両腕に激痛が走る。皮膚を裂いて血が流れた。
魔法で即座に止血し、アクセラレートで瞬間強化。沸騰しそうなほど発熱した身体で飛び上がり、回転させ、右腕を断ち切った。
重々しい音と、土煙を上げながら倒れていく巨体に足を掛け、コンセントレートで生み出した光輪を砕く。
引き延ばされた視界を下に。
驚愕に染まっている赤い瞳へ、挑むように。
「人間なめんなぁぁああああああああああっ!」
叫び、大剣を突き刺した。
圧倒的質量に潰される顔面。
大剣の元になった長剣を痺れた手で引き抜き、弾かれたようにシュブ・ニグラトから離れる。
後は……。
「――先生! お願いします!」
準備を整えた先生が、両手を前に構えていた。
凛とした表情で、力強い眼光をシュブ・ニグラトに向けて。
目に見えるほどの魔力を解き放ち。
そして。
「命の円環、神秘の果てに消え去りなさい――《ミスティック・ノヴァ》!!」
――ツギハギの邪神は、七色の極光に呑まれた。
役目を終えたのか、タロットカードが消滅していく様子を見やり、立ち上がる。
時間にしてみれば一秒にも満たなかったのだろう。
依然として握られていた手を解いて、驚いているアカツキさんをそっと抱き寄せた。
「せ、先生……?」
「……ありがとうございます。貴方のおかげで、ようやく思い出せました」
ぐっと力を込めて、より強く。
失われたと思い込んでいた居場所は、どこにでもあることを示した貴方へ。
蹲っていた私に手を差し伸べて、背中を押してくれた貴方へ。
これまでの生を、たった一人で歩き続けてきた訳ではないと教えてくれた貴方へ。
「――私は生きたい。生きて、この世界をもっと見ていたい。残された自分の道を歩いていきたい」
言葉だけではこの胸を満たす感謝を伝えられない。
確かに感じる命の鼓動で、貴方に伝えたい。
「アカツキさん。ご迷惑かもしれませんが、私一人で解決するのは少々厳しいようですので、改めて手を貸していただけませんか?」
「いや、それはいいんですけど。あの、シュブさんがめっちゃイラついてて空気がピリピリしてるっていうか、こういうシチュエーションは全てが終わった後でムードを重視してやるものじゃないかっていうか!?」
冷や汗を浮かべながら早口で捲し立てて、肩を掴まれたと思ったら押し倒されるような形で身体を抱えられると、アカツキさんはそのまま走り出した。
直後に超質量の鉄拳が落ちて、轟音とともにクレーターを生み出す。
めくれ上がった地面に弾かれ悲鳴を上げるアカツキさんの身体に風を纏わせ、しっかりと着地出来るようにする。
『ぺらぺらぺらぺら、くだらねぇことばっか話しやがってウゼェってんだよ! 挙句の果てにはオレの目の前で甘ったるい空気垂れ流してんじゃねぇ! さっさと死ねや!!』
「ふざけんな! こっちだって先生の雰囲気がいきなり変わって混乱してるんだよ! お前だけに集中できるかっ!」
口論を交わしながらも逃走劇を続ける間に、私は身体に流れる魔力の変化に意識を向ける。
ルーン文字の幅広い汎用性を利用し、高度な事象干渉を可能とする魔術。
限られた属性に特化し、文字を構築文として極めれば魔術にも匹敵する能力を持つ魔法。
互いの潜在的構造、概念を知識として肉体に内包しているが故に、どちらかを発動した時は反発し合うことが多かった。
今までは魔力で強引に抑え込んで発動させていたが、反動も酷く、時には視力を失うこともあった。
だが、先ほどの魔術はどうだろう。
脱力する感覚も、身を裂くような痛みも無かった。
密かにアカツキさんへ身体強化の魔法を掛けても、その現象は起こらない。
両立している。いがみ合うことなく、それぞれが個としての成り立ちを保っていた。
これなら魔法が発動する条件で、魔術と同じ力を発動させることも可能なはず。
つまり――。
「……《ファイア》」
迫り来るシュブ・ニグラトの顔面に、最下級の魔法を放つ。
通常とは違い、幾重にも重なる魔法陣から現れた青白く輝く火は接触と同時に大量の魔素と反応し――爆ぜた。
『ガアアアアアアアアアッ!?』
「え? ……え?」
呟くような詠唱が聞こえたのか、アカツキさんはここまでの威力を誇るものだと思わなかったのだろう。
最下級の魔法で顔が消し飛ぶという光景を、信じられないとでも言いたげな表情で二度見してきた。
私だって驚いている。まさか本当に、魔法で魔術を再現できるとは。
そして驚くことに、本来の魔術よりも魔力を消費していない。魔法以上魔術未満といった消費量だ。
今までよりもずっと低コスト。しかも最下級でこの威力。
もし、もしも。
上級魔法で再現したらどうなるか……考えただけでも怖気が走る。
「先生、なんかパワーアップしてません? フレンのカードから超常的なパワーでも貰いました?」
「そう、かもしれません……でも、過去の記憶と向き合わせてくれるきっかけになったのは間違いないです。おかげで私を縛り付けていた鎖が解かれたような……清々しい爽快感さえ抱いてます」
「…………窮地に陥って覚醒とかカッコよすぎません?」
アカツキさんが乾いた笑いを浮かべている。
しかしすぐに真剣な表情になると、私を地面に降ろし、魔術の保護を受けた長剣を爆煙に向けて構えた。
その先には巨大な影が蠢いている。
すでに再生している辺り、やはりあの程度では大した脅威にもならないらしい。嫌になるほどのしぶとさだ。
「――さっき手を貸してほしいって言ってましたけど、勝算はありますか、先生」
「もちろんです。私に任せてください」
「はははっ、暗い顔してた時より頼もしい返事だなぁ……よーし。それじゃ、頑張りますかっ!」
気合を入れ直す為にか、大声を上げ、凄まじい速度で煙へと突っ込んでいく。
何も言わずとも、指示を出さずとも、彼は彼なりの最善の行動を取った。
それはこの場において、私を最も信用に足る人物だと認めてくれたからだろう。
「……嬉しい限りです」
緩んだ頬を戻さず、ゆっくりと、身体の底に沈んだ魔力を高める。
視覚化した細かなルーン文字が円を作り、魔法を構築していく。
想像するのは、人類が触れるには強大すぎる始源の力。
迸る力の欠片。ありとあらゆる命が巡る神秘の果て。
――創造するのは、神話を屠る原初の魔法だ。
『大人しく死ねってのによォ! 悪足掻きしてんじゃねぇよ!!』
激昂したシュブ・ニグラトが叫び、致死の一撃を振り抜いた。
圧迫感に息が止まりそうになっても、長剣で自分の体ごと逸らして走り抜ける。
同時に突き出したり爆発したりする棘で足止めされないように、一点に強化した脚で地面を蹴り砕く。
擬似的な震脚だ。陣としての機能が働くより先に土台を崩してしまえば、あの魔術も発動しないだろう。
……なんかミシッて音が鳴ったけど気のせいだと思いたい。
『正気かてめぇ!? 骨折れるぞ!?』
敵なのに心配してくれるのか。ありがとう。実はちょっとシャレにならないくらい痛い。主に踵が。
もう本当に、尋常じゃないくらい痛い。冷や汗が出てきたし寒気もしてきた。
軽率だったな。近接しかできないのに踏ん張れないのはきつい。
「だけどッ!」
横薙ぎに迫ってきた剛腕を避けて、目線を俺一人に絞らせる。
そもそも神だ邪神だとか言われてはいるが、こいつはそこまで強いわけではない。
知恵が働くかと思えば力で押してくるだけだ。あの巨躯と見た目から騙されていたが、言ってしまえばそれだけのことでしかない。……いや、わりと俊敏に動くのは脅威だし、魔術も凄いけど。
それに……正直、この戦いの勝ちは見えている。先生が魔法を構築する時間を増やせば間違いなく勝てる。
自信を持ってそう言えるだけの力を先生は手に入れていた。
だって後ろからとんでもない威圧感が……具体的に言うと凄まじい量の魔力が溢れてるのを感じる……ッ。
ぶっちゃけ怖いよ! あんな高まった魔力で放たれる魔法なんて想像したくない!
そして標的の近くで戦っちゃってる俺の身の安全も気になる。生きて帰れるかな? 五体満足で戻れる?
不安に駆られてビクビクしていると、突然、地面が光った。
視界の下に、細かい魔法陣が所狭しと展開している。
……あれ? さっき爆発した足場に描いてあったヤツだよね、これ。
『――吹き飛べ』
嘲笑の混じった声が、爆音に紛れて消えていった――。
『……さすがに死んだろ』
顔を下げ、立ち込める爆炎を見つめるがヤツの影はない。
ちょこまかと動き回る虫だった。大した力もないくせに粋がっていたバカだ。一丁前に口だけは回る、非力な凡人。
だが所詮は脆い肉の塊。魔術の爆弾に巻き込まれたなら、粉微塵になって消え去ったも同然だ。
頭の中に閉じ込めた契約者の精神も静まった。もう、オレを止められるヤツはいない。
『キシシッ! さぁて、次はあの女を――』
そう言って、目線を移した先。
翡翠の髪を揺らし、悠然と佇むその姿に、畏怖を抱いた。
――ありえない。なぜ神にも匹敵する力をヤツは持っている?
対峙したオレの方が怯えるなんて。ふざけるな、相手は非力な女だぞ。
血まみれで、立ってるのもやっとのはずだ。骨も何本か砕いた。
なのに、なぜだ。
「終わりだと、思いましたか」
『ッ!?』
まっすぐと見据える銀の瞳が、溢れた魔力を伴って近づいてくる。
ぞくり、と。戦慄に震える身体を退かせた。
「貴方は確かに脅威です。神話存在そのものを、神の権能を魔術でその身に宿すなど、当時の私は考えもしませんでした。ええ、お見事です」
『ハ、ハハッ。だから何だってんだ? 小賢しい取り巻きも死んだ。後はてめぇ一人だ。ちっとぐらい強くなったからってイイ気になってんじゃねぇぞ!』
「……哀れですね。力に溺れ、目先の獲物ばかり追い求めて、他がおろそかになるとは」
『あ? なに言って――』
言葉を紡ぐ直前、凄まじい衝撃が襲ってきた。
緩やかに下がる視界に、斬り飛ばされた両足を捉える。
突然の事態に驚く暇もなく、次に両腕が切り落とされ、土煙を上げた。
四肢を奪われ、仰向けに倒れ、見上げた空間に。
「人間なめんなぁぁああああああああああっ!」
爆散したはずのヤツがいた。
死ぬかと思った。
爆風に乗って背後に回るとか、同じことやれって言われても二度とできない。っていうかやりたくない。
おかげで擦り傷とか破片のせいで血だらけになったし火傷したじゃないかこんちくしょう。
たが好都合だ。魔力はまだあるから、血液魔法が使える。
目を閉じ、集中。息を整え、元の身体の状態を想像する。
徐々に心臓の鼓動が全身に伝播し、流血が治まった。……火傷は治らないのか。練習不足だな。
まあいいや。次に右腕に集中させた魔力を長剣に伝わせて、幅広の大剣へと変貌させていく。
同時に余った魔力を肉体強化に費やし、立ち上がる。
そして。
「――ッ!!」
駆ける。爆炎を切り裂いてシュブ・ニグラトに接近し、速度を殺さず飛び込んで大剣を振るう。
右膝の裏。関節目掛け、力を込めて。
軋む身体に喝を入れて――両断。
吹き飛ぶ右脚から血が滝のように流れ、飛び散る血飛沫を吸い上げ、さらに巨大になる大剣を担ぎ直し、再生する前に返す刃で左脚を斬り飛ばす。
腕が、全身の筋肉が悲鳴を上げる。歯を食いしばり、引き摺るような形から背負い上げ、左腕の肘から下を切り落とす。
両腕に激痛が走る。皮膚を裂いて血が流れた。
魔法で即座に止血し、アクセラレートで瞬間強化。沸騰しそうなほど発熱した身体で飛び上がり、回転させ、右腕を断ち切った。
重々しい音と、土煙を上げながら倒れていく巨体に足を掛け、コンセントレートで生み出した光輪を砕く。
引き延ばされた視界を下に。
驚愕に染まっている赤い瞳へ、挑むように。
「人間なめんなぁぁああああああああああっ!」
叫び、大剣を突き刺した。
圧倒的質量に潰される顔面。
大剣の元になった長剣を痺れた手で引き抜き、弾かれたようにシュブ・ニグラトから離れる。
後は……。
「――先生! お願いします!」
準備を整えた先生が、両手を前に構えていた。
凛とした表情で、力強い眼光をシュブ・ニグラトに向けて。
目に見えるほどの魔力を解き放ち。
そして。
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ファンタジー
現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。
だが、ある日突然――運命は動き出す。
フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。
「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。
死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。
この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。
孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。
リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。
そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。
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