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【三ノ章】闇を奪う者
第五十話 エピローグ
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約二週間ぶりとなる《ニルヴァーナ》への帰国から、出迎えに来てくれた学園長に包帯だらけの恰好を見られてドン引きされて。
一緒についてきたリーク先生はオルレスさんを視界に入れた途端、見たことのない満面の笑みを浮かべながら駆け寄り、抱擁を交わしていた。傍から見ると事案だった。
なんとか現実に戻ったセリス達はテンションの上がったリーク先生に連れられて学園へ向かい、オルレスさんは自分の診療所へ。
俺達は一度解散してから、図書館で集まって遠征についてのレポートをまとめようという話になった所に。学園長にそれならいい場所があると言われ、エリック達と顔を見合わせながらも意気揚々と歩き出す彼女の後をついていった。
──見慣れた林の道を抜けて、陽光が照らす開けた場所へ出る。
この世界に来てから我が家として活躍し、数週間前に絶望の残骸と化したボロ小屋があった場所だ。しかし、あの時の惨状は跡形も無く。代わりにあるのは、木造二階建ての立派な家屋。
鎧掛けの壁や、特徴的な赤い屋根から突き出たレンガ造りの煙突、一階のウッドデッキと二階のベランダに備え付けてある椅子とテーブル。
俺の命を繋いでくれた砂漠のオアシスとも言うべき存在の井戸も、四阿のような簡易な屋根が建てられている。
全体的な外見はキャンプ場などでよく見るロッジに似ていて、以前のボロ小屋と比べるのもおこがましいほどに周囲の光景と一体化していた。
身体が震える。その度にこの光景が夢ではないのだと、身体の痛みが訴えかけてきた。
これが俺の……新しい家なんだ……!
「廃墟一歩手前だったボロ小屋が、こんなオシャレな家に転生するとは……!」
「ふふん、中々の出来栄えでしょう? リビングにキッチンにお風呂。家としてあって当然の機能は一通り揃えてるし、部屋数もそれなりに多い上に、地下には鍛冶や錬金術が出来るように工房を設けさせてもらったわ。散々大変な思いをさせてしまったから、これくらいは奮発しないとね」
腰に手を当てて得意げに話す学園長。遠征の話をされた時の胡散臭い印象が一瞬で取り払われた気分だ。
手渡された鍵を見つめれば、脳裏にボロ小屋で過ごしていた日々が流れていく。
大雨で水漏れした天井を急いで修復したことも。
春先の冷風が壁の隙間から入ってきて凍えそうになったことも。
カビだらけの小屋を掃除すればするほどホコリが溜まり咳が止まらなくなったことも。
辛く苦しくとも充実感があった──かつての思い出に視界が滲む。俯いた先に大粒の涙が零れ落ちた。
「う、ふぐ、うぅ! どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい……っ!」
「そんな号泣するほど……まあ、あの時はすげぇ落ち込んでたもんな。俺も気持ちは分かるよ、うん、よくわかるぜ。家が無くなるってつれぇよな……」
エリックが優しい声でそう言いながら、肩を叩いてくる。
ごめん、気持ちを分かってくれるのは嬉しいけど、その衝撃で身体が痛い。
「よかったですね、クロトさん」
「おめでとうございます!」
「ありがとう、ありがとう……!」
シルフィ先生やカグヤが自分のことのように喜んでくれる。二人にもとてもお世話になってしまった……なんだかんだ言ったが学園長にもかなり無茶を通したので、いずれなんらかの形でお返しを考えなくては。
「学園長……本当に、本当にありがとう。それしか言葉が見つからない……」
「う、うん、そんなに感動してもらえるとは思わなかったわ。とにかく、遠征のレポートをまとめるんでしょ? わざわざ図書館に行くくらいなら、ここでやってもいいんじゃない?」
「後でまた合流するのも手間だし、寮からも近いし……その方が楽かな。皆はどう?」
振り返って聞いてみれば、折角の新居に早速お邪魔していいのか悩んでるようで。
構わないと答えれば、カグヤは一旦荷物を置いてくると言って寮に向かい、エリックもそれについていこうとしたので肩を掴んで止める。
「え、なんで俺だけ?」
「いや、新しい家が出来たのは泣くほど喜んだから、後は現実と向き合わなくちゃいけないよねって。避難場所で薬の代金を払えって言ったの、覚えてる?」
「あ、ああ。確かに言ってたな。でもエリクシルの代金なんてすぐには払えねぇぞ?」
顔を寄せて小声で話し合う。一応、セリスへ使った特効薬がエリクシルであると知ってるのはエリックだけなので、先生や学園長に聞かれないように。
「それについてはどうでもいい。必要なのはこれから背負うモノへの覚悟だ」
「背負うモノ……?」
なにがなんだか分からない様子のエリックを学園長へ向き合わせる。
その隣に立って、深呼吸して、精神を整える。……よし!
「心の準備は出来たぞ、学園長! さあ、俺達に現実をつきつけろ!」
「そんな泣きながら……まあ、言うけど」
呆れたように溜め息をつきながら、先生から書類を受け取った学園長は不敵に笑う。
「まずエリックくんのご家族の編入についての問題はないわ。だけど……入学金に関しては無視できない要素よね? 学園側にとっても、貴方にとっても」
「あっ、そうか。その話は一切されなかったな。俺の時はリーク先生が身元保証人になってくれたし」
「そうなの?」
「ええ。そのおかげでエリックさんは特待生という肩書で籍を置くことなく、一般生徒として入学しています。そして既にご自身の入学金をリーク先生に完済しています」
マジか。
「その話は済んだことだから置いといて。本題は子ども達の入学金の支払いについてよ」
「まあ、そういう話の流れだよな。つっても、俺が払うしかないんじゃ……」
「一五〇〇万メル」
「「は?」」
桁違いの金額に思わず声が出る。エリックと重なった。
先生も驚いているようで、目を点にして学園長の方を向いていた。
「本当ならもっと掛かるはずだったんだけど、割と大人数で入ってくるし制服代やら教科書代やらを含めて割引して、これくらい払ってもらえれば十分という結論に至ったわ。ちなみにクロトくんからの提案で、エリックくんと共同して返済する手筈になってるわよ」
「ま、待って! 返済の部分は問題ないけど、あ、あれ? お、俺の遠征依頼達成による報酬は加えてないんだよね? それも足せばある程度はっ」
「もちろん報酬を加味しての一五〇〇万よ」
「ほああああああああああああッ!?」
「お、落ち着けクロト! つーかお前、あれだけ世話になったのにそこまでしようとしてたのか!?」
「当たり前だろ! 大本の原因は全部《デミウル》だけど入学に関しては俺が勝手に進めちまったんだから、責任は感じてるよヒシヒシと!」
「だからってそんな……ハッ! そうだ、俺が貯めてる分の金も合わせればクロトがやらなくても多少はっ」
「そっちも少し調べさせてもらったんだけど、仮にエリック君が貯金を崩しても一五〇〇万よ」
「「ほああああああああああああッ!?」」
二人して絶叫を上げて、その場で崩れ落ちる。馬鹿な……想定より、多い……だと!?
頭上に楽しげに笑う学園長の声が響く。
「ふふふっ……これで私の気苦労の半分くらいはお裾分け出来たんじゃないかしら? 大変だったのよぉ、頭の固い教師への根回しや説得にどれだけ時間を取られたか……はー、今日のお酒は美味しく飲めそうねぇ! シルフィ、今日の仕事が終わったら飲みに行きましょ!」
「その前にやることが沢山ありますよ、今後の学園行事や遠征で発生したイレギュラーへの対応の説明をしないと。滞在期限を延期させた理由に納得していない教師がいると言ってましたよね?」
「うえっ……子ども達の方はなんとかしたけど、遠征については難癖つけてくるヤツなんていくらでもいるし……また会議が長引きそうねぇ」
「仕方ありませんよ。──それでは二人とも、明日は休日ですのでレポートの提出は来週でも構いませんが、中間テストが近づいてますから勉強の方にも力を入れてくださいね」
一礼して立ち去っていく先生と、ご機嫌に手を振る学園長。
何も言えず、複雑な心境のまま膝をつく俺達は無言のまま頷き合い、改めて決意を固めた。
共に背負い、向き合っていく。そう決めたのだ。
お互いに譲れない物があるのなら、手を取り合うしかないだろう。
「とにかく、借金生活から抜け出せるように頑張ろう……」
「そうだな……」
表面的に穏やかな表情を浮かべながら、病人のような足取りで。
──新たな我が家への扉を開いた。
一緒についてきたリーク先生はオルレスさんを視界に入れた途端、見たことのない満面の笑みを浮かべながら駆け寄り、抱擁を交わしていた。傍から見ると事案だった。
なんとか現実に戻ったセリス達はテンションの上がったリーク先生に連れられて学園へ向かい、オルレスさんは自分の診療所へ。
俺達は一度解散してから、図書館で集まって遠征についてのレポートをまとめようという話になった所に。学園長にそれならいい場所があると言われ、エリック達と顔を見合わせながらも意気揚々と歩き出す彼女の後をついていった。
──見慣れた林の道を抜けて、陽光が照らす開けた場所へ出る。
この世界に来てから我が家として活躍し、数週間前に絶望の残骸と化したボロ小屋があった場所だ。しかし、あの時の惨状は跡形も無く。代わりにあるのは、木造二階建ての立派な家屋。
鎧掛けの壁や、特徴的な赤い屋根から突き出たレンガ造りの煙突、一階のウッドデッキと二階のベランダに備え付けてある椅子とテーブル。
俺の命を繋いでくれた砂漠のオアシスとも言うべき存在の井戸も、四阿のような簡易な屋根が建てられている。
全体的な外見はキャンプ場などでよく見るロッジに似ていて、以前のボロ小屋と比べるのもおこがましいほどに周囲の光景と一体化していた。
身体が震える。その度にこの光景が夢ではないのだと、身体の痛みが訴えかけてきた。
これが俺の……新しい家なんだ……!
「廃墟一歩手前だったボロ小屋が、こんなオシャレな家に転生するとは……!」
「ふふん、中々の出来栄えでしょう? リビングにキッチンにお風呂。家としてあって当然の機能は一通り揃えてるし、部屋数もそれなりに多い上に、地下には鍛冶や錬金術が出来るように工房を設けさせてもらったわ。散々大変な思いをさせてしまったから、これくらいは奮発しないとね」
腰に手を当てて得意げに話す学園長。遠征の話をされた時の胡散臭い印象が一瞬で取り払われた気分だ。
手渡された鍵を見つめれば、脳裏にボロ小屋で過ごしていた日々が流れていく。
大雨で水漏れした天井を急いで修復したことも。
春先の冷風が壁の隙間から入ってきて凍えそうになったことも。
カビだらけの小屋を掃除すればするほどホコリが溜まり咳が止まらなくなったことも。
辛く苦しくとも充実感があった──かつての思い出に視界が滲む。俯いた先に大粒の涙が零れ落ちた。
「う、ふぐ、うぅ! どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい……っ!」
「そんな号泣するほど……まあ、あの時はすげぇ落ち込んでたもんな。俺も気持ちは分かるよ、うん、よくわかるぜ。家が無くなるってつれぇよな……」
エリックが優しい声でそう言いながら、肩を叩いてくる。
ごめん、気持ちを分かってくれるのは嬉しいけど、その衝撃で身体が痛い。
「よかったですね、クロトさん」
「おめでとうございます!」
「ありがとう、ありがとう……!」
シルフィ先生やカグヤが自分のことのように喜んでくれる。二人にもとてもお世話になってしまった……なんだかんだ言ったが学園長にもかなり無茶を通したので、いずれなんらかの形でお返しを考えなくては。
「学園長……本当に、本当にありがとう。それしか言葉が見つからない……」
「う、うん、そんなに感動してもらえるとは思わなかったわ。とにかく、遠征のレポートをまとめるんでしょ? わざわざ図書館に行くくらいなら、ここでやってもいいんじゃない?」
「後でまた合流するのも手間だし、寮からも近いし……その方が楽かな。皆はどう?」
振り返って聞いてみれば、折角の新居に早速お邪魔していいのか悩んでるようで。
構わないと答えれば、カグヤは一旦荷物を置いてくると言って寮に向かい、エリックもそれについていこうとしたので肩を掴んで止める。
「え、なんで俺だけ?」
「いや、新しい家が出来たのは泣くほど喜んだから、後は現実と向き合わなくちゃいけないよねって。避難場所で薬の代金を払えって言ったの、覚えてる?」
「あ、ああ。確かに言ってたな。でもエリクシルの代金なんてすぐには払えねぇぞ?」
顔を寄せて小声で話し合う。一応、セリスへ使った特効薬がエリクシルであると知ってるのはエリックだけなので、先生や学園長に聞かれないように。
「それについてはどうでもいい。必要なのはこれから背負うモノへの覚悟だ」
「背負うモノ……?」
なにがなんだか分からない様子のエリックを学園長へ向き合わせる。
その隣に立って、深呼吸して、精神を整える。……よし!
「心の準備は出来たぞ、学園長! さあ、俺達に現実をつきつけろ!」
「そんな泣きながら……まあ、言うけど」
呆れたように溜め息をつきながら、先生から書類を受け取った学園長は不敵に笑う。
「まずエリックくんのご家族の編入についての問題はないわ。だけど……入学金に関しては無視できない要素よね? 学園側にとっても、貴方にとっても」
「あっ、そうか。その話は一切されなかったな。俺の時はリーク先生が身元保証人になってくれたし」
「そうなの?」
「ええ。そのおかげでエリックさんは特待生という肩書で籍を置くことなく、一般生徒として入学しています。そして既にご自身の入学金をリーク先生に完済しています」
マジか。
「その話は済んだことだから置いといて。本題は子ども達の入学金の支払いについてよ」
「まあ、そういう話の流れだよな。つっても、俺が払うしかないんじゃ……」
「一五〇〇万メル」
「「は?」」
桁違いの金額に思わず声が出る。エリックと重なった。
先生も驚いているようで、目を点にして学園長の方を向いていた。
「本当ならもっと掛かるはずだったんだけど、割と大人数で入ってくるし制服代やら教科書代やらを含めて割引して、これくらい払ってもらえれば十分という結論に至ったわ。ちなみにクロトくんからの提案で、エリックくんと共同して返済する手筈になってるわよ」
「ま、待って! 返済の部分は問題ないけど、あ、あれ? お、俺の遠征依頼達成による報酬は加えてないんだよね? それも足せばある程度はっ」
「もちろん報酬を加味しての一五〇〇万よ」
「ほああああああああああああッ!?」
「お、落ち着けクロト! つーかお前、あれだけ世話になったのにそこまでしようとしてたのか!?」
「当たり前だろ! 大本の原因は全部《デミウル》だけど入学に関しては俺が勝手に進めちまったんだから、責任は感じてるよヒシヒシと!」
「だからってそんな……ハッ! そうだ、俺が貯めてる分の金も合わせればクロトがやらなくても多少はっ」
「そっちも少し調べさせてもらったんだけど、仮にエリック君が貯金を崩しても一五〇〇万よ」
「「ほああああああああああああッ!?」」
二人して絶叫を上げて、その場で崩れ落ちる。馬鹿な……想定より、多い……だと!?
頭上に楽しげに笑う学園長の声が響く。
「ふふふっ……これで私の気苦労の半分くらいはお裾分け出来たんじゃないかしら? 大変だったのよぉ、頭の固い教師への根回しや説得にどれだけ時間を取られたか……はー、今日のお酒は美味しく飲めそうねぇ! シルフィ、今日の仕事が終わったら飲みに行きましょ!」
「その前にやることが沢山ありますよ、今後の学園行事や遠征で発生したイレギュラーへの対応の説明をしないと。滞在期限を延期させた理由に納得していない教師がいると言ってましたよね?」
「うえっ……子ども達の方はなんとかしたけど、遠征については難癖つけてくるヤツなんていくらでもいるし……また会議が長引きそうねぇ」
「仕方ありませんよ。──それでは二人とも、明日は休日ですのでレポートの提出は来週でも構いませんが、中間テストが近づいてますから勉強の方にも力を入れてくださいね」
一礼して立ち去っていく先生と、ご機嫌に手を振る学園長。
何も言えず、複雑な心境のまま膝をつく俺達は無言のまま頷き合い、改めて決意を固めた。
共に背負い、向き合っていく。そう決めたのだ。
お互いに譲れない物があるのなら、手を取り合うしかないだろう。
「とにかく、借金生活から抜け出せるように頑張ろう……」
「そうだな……」
表面的に穏やかな表情を浮かべながら、病人のような足取りで。
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