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【五ノ章】納涼祭
第八十六話 ありのままのキミで
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アカツキ荘への道中、ユキとカグヤによる無意識の追及──なお中身はなんてことない世間話──から逃れようと当たり障りのない反応を返しながら。
着いたら着いたで家の中で待ち構えていたエリック──彼もまた、一時とはいえルシアと面識がある──に詰め寄られて顔を青くして。
間接的にではあるが命の恩人だと事前に教えていたセリスからは、真剣な表情で感謝を伝えられルシアは冷や汗を流していた。
幸いだったのはシルフィ先生と連行された学園長がまだ帰ってきていなかったことくらいか。学園長はおちゃらけてるところはあるけど察しがいいから、ルシアの正体に気づきかねないんだよな。
無事に乗り切ったかと胸を撫で下ろせば、食べ終えるまでには数十分ほどかかりそうな、あまりにも豪勢な食事を前に棒立ちになった。
真顔でテーブルと俺の顔を二度見してきた彼女の姿を忘れられそうにない。ごめんね、景品でいっぱい貰っちゃたからね、ナマモノもあったから消費しないともったいないからね。
こうして一般人に偽装した暗部組織の幹部が学園生徒に囲まれるという、不思議な組み合わせの食卓が完成。
凄まじい居心地の悪さを実感していたであろうルシアに助け舟を出しつつ、雑談交じりの食事は進んだ。
◆◇◆◇◆
見た目上は問題なく食事を終え、遅くまで残らせるのは精神的に悪いと判断した俺はルシアを見送るという名目でアカツキ荘を抜け出した。先生たちと鉢合わせになる状況は避けたかったし。
学園外周の道を進み、大時計の広場までやってきた。ふと大時計を見上げれば二〇時目前、もうすっかり辺りは真っ暗だ。
「た、大変だった」
周囲に誰の気配も感じないのを察知して。
ルシアは吐き出すように体を折って、お腹を支えながら呟いた。
「料理は美味しかったけどやたら質問されるし、ユキはボディタッチ多いし、セリスは外套を広げようとしてくるし……!」
「ほんとごめん、マジでごめん」
嬉しさと恨みが絡んだ目で睨まれ、平謝りするしかなかった。幾度となく訪れた身バレの危険、料理に舌鼓をうつ幸せのダブルパンチでルシアの体はボロボロである。
ちなみにカラミティが着てる外套には特殊なルーン文字が刻まれており、着用者の隠密性や静粛性を高めているらしい。意味もなく自分の所属を晒す為に着ているわけではないのだ。
「でも、久しぶりに携帯食料以外のご飯が食べれて良かったよ。忙しくて悠長に食べてる暇なんてなかったから」
「それはよかった。……ファーストは大丈夫なのか? 異能で先に帰ったけど」
「食に関してこだわりが無いからその辺の屋台で済ませてるよ、きっと」
「相方の扱いが軽ぅい」
ファーストがカラミティ内でどう思われているのかがちょっと心配になる。
体を起こしてあっけらかんとした態度で言ってのけるルシアの背を見つめ──ふと、気になったことを聞いてみた。
「あのさ、さっき密談してる時に亡くなった幹部のことを気に掛けてたけど、何か理由が?」
歩き出した背中へ問い掛けて、足が止まった。
ルシアはカラミティの中でも仲間意識の強い方だ、言動の要所でも滲み出ている。
ファーストはボスことジンに言われてニルヴァーナに来たようだが、彼女はそれ以外の要素もあってここにいる……そんな気がしてならない。
知らなくていいことかもしれない、知る必要もないのかもしれない。だけど、せめて少しだけ本音を引き出せるなら──終始、思い詰めていた顔も和らぐだろうと思って。
「別に、大した理由はない。よく一緒に任務をこなしてた幹部だったから、どうしてこんな行動を起こしたのか知りたかった。でも、それももう出来ない」
「そっか。……答えにくいことを聞いてごめん、無神経だった」
「いいよ。とにかく今は先行組を捕らえるのが最優先、終われば私たちはニルヴァーナから撤退する。そこは変わらない」
言い終えて前を歩くルシアの表情は見えない。やっぱり軽率だったな、安易に踏み込むんじゃなかったか。
己の行動に後悔を感じながら後をついていくと不意にルシアが振り向いた。努めて無感情を貼りつけたような顔で、滲んだ瞳がこちらを見抜く。
「君はどうして、迷わないの?」
「……どういう意味?」
「今回の件は完全にカラミティ側に非がある。本当なら私たちだけで済ませるつもりだったけど、私が君の手を借りようと提案した結果こうなった。差し出した手を振り払うことだって出来たのに、躊躇いもなく手を取った。……普通なら、敵の言葉を簡単に信用しないでしょ」
自嘲気味な、お互いの立ち位置がまったく違うことを自覚しての発言だ。
「──そうだなぁ」
言ってから、考えて、ルシアの隣に立つ。
見上げた夜空は変わらず星が煌めいていて、吸い込まれるようで目が離せない。
「あえて言わせてもらうなら……ルシアがいい奴だから、かな」
「っ、私?」
無感情の仮面を剥がされたルシアが、視線を向けてきてるのが分かる。
「《ディスカード》にいた時もガレキ市場の人達と友好関係を築いていたし、子ども達が危険な目に遭ってると思って孤児院まで来てくれたでしょ? 見捨てても誰も文句を言わないような状況で助けてくれた。それがルシアの本物の部分なんだ」
「本物の、部分?」
「カラミティのセカンドでもなく、ガレキ市場のルシアでもない。他者の介入があったとしても、そうするべきだと君の体を突き動かした衝動は紛れもなく本物の想いなんだよ。そこは決して否定していいところじゃあない……だから信じられる」
「……そん、なわけ」
「自分のやりたいこと、やるべきことから目を背けたくないのは俺も同じだよ。理不尽に脅かされて、ただ見ているだけでいるなんて耐えられない」
自身を取り巻く不明瞭で曖昧で、予測して推測ばかりで。
知りたい、分かりたいことが多くても。
後ろ指を差されて心無い言葉を投げかけられても。
孤独なまま傷だらけになって血反吐を撒き散らしても。
今、この瞬間、目指すべき場所を進み続けて。
「守りたいんだ。ここは皆の……俺の居場所だから」
「──」
夜空に手を伸ばす。視界いっぱいに広がる空に比べれば小さくてちっぽけな手だ。
でも、必死になって体を張って諦めないで、最後の最後まで足掻いていたい。
「泥臭くたっていい、無様でもいい、みっともなくてもいい。胸を張って立っていられるなら迷いなんてない」
「…………本当に、強いね。眩しいくらいに」
「うーん、どうかなぁ……仲間に見透かされてるよ? 空元気で、上辺だけの言葉で乗り切ってるって」
正直、カグヤにバレた時は上手く言い逃れ出来なかった。本音を言えば純粋にしんどいしツラい。
足枷に縛られ重荷を背負い、それでも一歩ずつ足を前に出すしかなくて。自らの手で生み出してきてしまった怨嗟の鎖はいつまでもどこまでも影から現れて体を縛ってくる。
特に──人を殺した経験は、ずっと離れずついてくる。
亡国の王女を想う狂人は取り返しの付かない禁忌に手を染め、それを阻止する為に歪んだ命を奪った。
迫害思想の貴族に捕らえられ、非道な実験の果てに体を使い潰し、それを止める為に一途な命を奪った。
仕方が無かった、他に手段なんてなかった、殺すしかなかった。だとしても選択したのは俺の意思で、覚悟で、積み重ねるものは罪悪だ。
俺にもっと力があれば違う形の結末を掴めたかもしれない……選択の幅を狭めているのが、己の無力さが原因で。
そんなことでしか事態を収束させられない自分が、どうしても嫌だった。
知らずにいられたらよかったのに。少しでも、そんな弱音を抱いてしまった経験が無いなんて言わないけれど、隠していくしかない。
気に病んでいないフリをして見せかけの仮面を被るんだ。
心の軋みを、流した涙を、体に残った傷を見せないようにして。
口だけの綺麗事を実現する為に、俺の全てを賭けるんだ。ただの凡人でもその程度の意地は持ち合わせている。
「行き着く先が真っ暗でも、全部を投げ出して逃げるようなカッコ悪い姿は見せたくないよ」
その言葉を最後に再び歩き出す。思わず本音を晒してしまったが、彼女の目にはどう映っているのだろうか。
彼女の期待を、望みを求めるような問いの答えになっていただろうか。振り返って顔色を覗くのはなんだか情けないから、無言で歩いてるけど。
「……私も、なれるかな」
消え入りそうな声に足が止まる。
「君のように、犯した罪を引きずってでも進み続ける人に。過去の過ちを乗り越えるでもなく、救えなかった人たちの呪いの声を聴きながら。こんな手段しか取れなくなった私にも、そんな道が──」
「その先は地獄だよ、ルシア。それじゃあ、奪った責任を放棄してるだけだ」
投げ出して堕ちていきそうな声を遮る。
「義務でなく、そうしたいから背負って考え続けるのが大切なんだ。苦しんで悔やんで悲しんで、誰かを想う優しい気持ちを捨ててしまうような道を選んじゃあいけない。逃げちゃダメなんだよ」
「っ、そんなこと言っても……!」
「俺とルシアじゃ考え方も生き方も、当然過去だって違う。言えないこと、隠したいこと、秘密にしたいこと……きっと君にも色々あると思うんだ」
簡単にわかるよ、なんて言いたくはない。
だけど今は、ルシアの終わりを確実なものにしたくない。
「答えを急ぐ必要なんてない。優柔不断なようで、根っこの部分は確かに優しさがあるルシアのままでいていいんだ。その眼帯も、普段は見せない翼も意味がある……俺はそれを無理に聞こうとは思わないよ。だから話さなくていい、秘密を明かさなくていい。キミは、ありのままのキミでいいんだ」
どうしても苦しくてツラくて、目の前が真っ暗で、光り差す道が見えなくなった時は。
「そうなった時は頼っていいよ、今回の件みたいにね。それくらいなら、いくらでも力になれるから」
「──うん、わかった」
短く、けれど冷たさを孕んでいた声が緩んだ。
それから二人で並んで歩き、学園の外まで送ってから別れることに。
最後までルシアの顔は見れなかったが、見送る後ろ姿が纏う雰囲気は柔らかく、彼女らしさを取り戻しているように思えた。
◆◇◆◇◆
「ん? なんだか騒がしいな」
アカツキ荘に戻った途端、リビングの騒がしさに気づいた。
もしかして先生たちが帰ってきたのかな、そう思ってドアを開けた──瞬間。
「うわああああん! ごめーん、クロトくーんっ!」
「えっ、ちょなっ、ぶべらぁ!」
凄まじい勢いで飛んできた学園長に押し倒される。倒れたまま周りを見れば、困り顔のエリック達と肩を竦ませる先生がいた。
酒の匂いはしないから、酔ってはいないようだが……ひとまず覆い被さるように縋りついてきた彼女を押し退ける。
「なになに、どうしたの……俺がいない間に何かあった?」
「本当に、ほんっとうにごめんっ、来賓に上手く言い訳できなくてさぁ!」
「言い訳? 何に対して?」
「アカツキ荘の成り立ちというか、特待生の存在というか……とにかく!」
学園長は改めて姿勢を正し、肩を掴んできて。
「悪いけど明日、生徒会長と戦って!」
「…………はっ?」
突拍子もない発言に、呆けた声を上げるしかなかった。
◆◇◆◇◆
『──言われた通り、アカツキ・クロトと生徒会長の決闘を組ませたぞ』
「素晴らしい手腕だ。君たちを見込んだ甲斐があったというもの……これで奴が着けている虚飾の仮面も剥がれるだろう」
『学園長を良く思わない来賓どもを言いくるめるのに苦労したがな。だが俺の情報収集能力とアンタの力を合わせりゃ、どんな奴だってイチコロだぜ』
廃屋、月の光すら差し込まない一室で。
結晶灯の心もとない灯りに照らされ、デバイス越しに会話する二人の男がいた。
『しかし驚いたな……見ず知らずの他人とはいえ、ここまで話が合うとは思わなかったぞ。もしかしてアンタもアイツに何かやられた口か?』
「半分正解、半分的外れといったところだ。知りたいのは百も承知だが過度な詮索はよしてくれ」
心の内から漏れだした喜色の声が響く。
「私はただこの目で見納めたいのだよ──己の進むべき道がどれだけ黒く、酷く汚れているものかを認識し、燻り落ちていく無様な姿をね」
不敵に笑う男の影が怪しく揺らいだ。通話口の男はその異様な光景に気づくことはない。
「それに、これから奴に訪れる転落劇を思えば疲れもさして気にもならないであろう?」
『……確かにな。アイツが積み上げてきたものが全て崩れていく様は滑稽だろうよ。今から楽しみだぜ』
お互いを利用し合い、一つの目的の為に結んだ歪な協力関係。
人の悪意が更なる害意を煽り、徐々に毒のように蝕んでいく。もはや逃れる術はなく、ただ時の流れに身を任せるしかない。
しかし、それでも──。
着いたら着いたで家の中で待ち構えていたエリック──彼もまた、一時とはいえルシアと面識がある──に詰め寄られて顔を青くして。
間接的にではあるが命の恩人だと事前に教えていたセリスからは、真剣な表情で感謝を伝えられルシアは冷や汗を流していた。
幸いだったのはシルフィ先生と連行された学園長がまだ帰ってきていなかったことくらいか。学園長はおちゃらけてるところはあるけど察しがいいから、ルシアの正体に気づきかねないんだよな。
無事に乗り切ったかと胸を撫で下ろせば、食べ終えるまでには数十分ほどかかりそうな、あまりにも豪勢な食事を前に棒立ちになった。
真顔でテーブルと俺の顔を二度見してきた彼女の姿を忘れられそうにない。ごめんね、景品でいっぱい貰っちゃたからね、ナマモノもあったから消費しないともったいないからね。
こうして一般人に偽装した暗部組織の幹部が学園生徒に囲まれるという、不思議な組み合わせの食卓が完成。
凄まじい居心地の悪さを実感していたであろうルシアに助け舟を出しつつ、雑談交じりの食事は進んだ。
◆◇◆◇◆
見た目上は問題なく食事を終え、遅くまで残らせるのは精神的に悪いと判断した俺はルシアを見送るという名目でアカツキ荘を抜け出した。先生たちと鉢合わせになる状況は避けたかったし。
学園外周の道を進み、大時計の広場までやってきた。ふと大時計を見上げれば二〇時目前、もうすっかり辺りは真っ暗だ。
「た、大変だった」
周囲に誰の気配も感じないのを察知して。
ルシアは吐き出すように体を折って、お腹を支えながら呟いた。
「料理は美味しかったけどやたら質問されるし、ユキはボディタッチ多いし、セリスは外套を広げようとしてくるし……!」
「ほんとごめん、マジでごめん」
嬉しさと恨みが絡んだ目で睨まれ、平謝りするしかなかった。幾度となく訪れた身バレの危険、料理に舌鼓をうつ幸せのダブルパンチでルシアの体はボロボロである。
ちなみにカラミティが着てる外套には特殊なルーン文字が刻まれており、着用者の隠密性や静粛性を高めているらしい。意味もなく自分の所属を晒す為に着ているわけではないのだ。
「でも、久しぶりに携帯食料以外のご飯が食べれて良かったよ。忙しくて悠長に食べてる暇なんてなかったから」
「それはよかった。……ファーストは大丈夫なのか? 異能で先に帰ったけど」
「食に関してこだわりが無いからその辺の屋台で済ませてるよ、きっと」
「相方の扱いが軽ぅい」
ファーストがカラミティ内でどう思われているのかがちょっと心配になる。
体を起こしてあっけらかんとした態度で言ってのけるルシアの背を見つめ──ふと、気になったことを聞いてみた。
「あのさ、さっき密談してる時に亡くなった幹部のことを気に掛けてたけど、何か理由が?」
歩き出した背中へ問い掛けて、足が止まった。
ルシアはカラミティの中でも仲間意識の強い方だ、言動の要所でも滲み出ている。
ファーストはボスことジンに言われてニルヴァーナに来たようだが、彼女はそれ以外の要素もあってここにいる……そんな気がしてならない。
知らなくていいことかもしれない、知る必要もないのかもしれない。だけど、せめて少しだけ本音を引き出せるなら──終始、思い詰めていた顔も和らぐだろうと思って。
「別に、大した理由はない。よく一緒に任務をこなしてた幹部だったから、どうしてこんな行動を起こしたのか知りたかった。でも、それももう出来ない」
「そっか。……答えにくいことを聞いてごめん、無神経だった」
「いいよ。とにかく今は先行組を捕らえるのが最優先、終われば私たちはニルヴァーナから撤退する。そこは変わらない」
言い終えて前を歩くルシアの表情は見えない。やっぱり軽率だったな、安易に踏み込むんじゃなかったか。
己の行動に後悔を感じながら後をついていくと不意にルシアが振り向いた。努めて無感情を貼りつけたような顔で、滲んだ瞳がこちらを見抜く。
「君はどうして、迷わないの?」
「……どういう意味?」
「今回の件は完全にカラミティ側に非がある。本当なら私たちだけで済ませるつもりだったけど、私が君の手を借りようと提案した結果こうなった。差し出した手を振り払うことだって出来たのに、躊躇いもなく手を取った。……普通なら、敵の言葉を簡単に信用しないでしょ」
自嘲気味な、お互いの立ち位置がまったく違うことを自覚しての発言だ。
「──そうだなぁ」
言ってから、考えて、ルシアの隣に立つ。
見上げた夜空は変わらず星が煌めいていて、吸い込まれるようで目が離せない。
「あえて言わせてもらうなら……ルシアがいい奴だから、かな」
「っ、私?」
無感情の仮面を剥がされたルシアが、視線を向けてきてるのが分かる。
「《ディスカード》にいた時もガレキ市場の人達と友好関係を築いていたし、子ども達が危険な目に遭ってると思って孤児院まで来てくれたでしょ? 見捨てても誰も文句を言わないような状況で助けてくれた。それがルシアの本物の部分なんだ」
「本物の、部分?」
「カラミティのセカンドでもなく、ガレキ市場のルシアでもない。他者の介入があったとしても、そうするべきだと君の体を突き動かした衝動は紛れもなく本物の想いなんだよ。そこは決して否定していいところじゃあない……だから信じられる」
「……そん、なわけ」
「自分のやりたいこと、やるべきことから目を背けたくないのは俺も同じだよ。理不尽に脅かされて、ただ見ているだけでいるなんて耐えられない」
自身を取り巻く不明瞭で曖昧で、予測して推測ばかりで。
知りたい、分かりたいことが多くても。
後ろ指を差されて心無い言葉を投げかけられても。
孤独なまま傷だらけになって血反吐を撒き散らしても。
今、この瞬間、目指すべき場所を進み続けて。
「守りたいんだ。ここは皆の……俺の居場所だから」
「──」
夜空に手を伸ばす。視界いっぱいに広がる空に比べれば小さくてちっぽけな手だ。
でも、必死になって体を張って諦めないで、最後の最後まで足掻いていたい。
「泥臭くたっていい、無様でもいい、みっともなくてもいい。胸を張って立っていられるなら迷いなんてない」
「…………本当に、強いね。眩しいくらいに」
「うーん、どうかなぁ……仲間に見透かされてるよ? 空元気で、上辺だけの言葉で乗り切ってるって」
正直、カグヤにバレた時は上手く言い逃れ出来なかった。本音を言えば純粋にしんどいしツラい。
足枷に縛られ重荷を背負い、それでも一歩ずつ足を前に出すしかなくて。自らの手で生み出してきてしまった怨嗟の鎖はいつまでもどこまでも影から現れて体を縛ってくる。
特に──人を殺した経験は、ずっと離れずついてくる。
亡国の王女を想う狂人は取り返しの付かない禁忌に手を染め、それを阻止する為に歪んだ命を奪った。
迫害思想の貴族に捕らえられ、非道な実験の果てに体を使い潰し、それを止める為に一途な命を奪った。
仕方が無かった、他に手段なんてなかった、殺すしかなかった。だとしても選択したのは俺の意思で、覚悟で、積み重ねるものは罪悪だ。
俺にもっと力があれば違う形の結末を掴めたかもしれない……選択の幅を狭めているのが、己の無力さが原因で。
そんなことでしか事態を収束させられない自分が、どうしても嫌だった。
知らずにいられたらよかったのに。少しでも、そんな弱音を抱いてしまった経験が無いなんて言わないけれど、隠していくしかない。
気に病んでいないフリをして見せかけの仮面を被るんだ。
心の軋みを、流した涙を、体に残った傷を見せないようにして。
口だけの綺麗事を実現する為に、俺の全てを賭けるんだ。ただの凡人でもその程度の意地は持ち合わせている。
「行き着く先が真っ暗でも、全部を投げ出して逃げるようなカッコ悪い姿は見せたくないよ」
その言葉を最後に再び歩き出す。思わず本音を晒してしまったが、彼女の目にはどう映っているのだろうか。
彼女の期待を、望みを求めるような問いの答えになっていただろうか。振り返って顔色を覗くのはなんだか情けないから、無言で歩いてるけど。
「……私も、なれるかな」
消え入りそうな声に足が止まる。
「君のように、犯した罪を引きずってでも進み続ける人に。過去の過ちを乗り越えるでもなく、救えなかった人たちの呪いの声を聴きながら。こんな手段しか取れなくなった私にも、そんな道が──」
「その先は地獄だよ、ルシア。それじゃあ、奪った責任を放棄してるだけだ」
投げ出して堕ちていきそうな声を遮る。
「義務でなく、そうしたいから背負って考え続けるのが大切なんだ。苦しんで悔やんで悲しんで、誰かを想う優しい気持ちを捨ててしまうような道を選んじゃあいけない。逃げちゃダメなんだよ」
「っ、そんなこと言っても……!」
「俺とルシアじゃ考え方も生き方も、当然過去だって違う。言えないこと、隠したいこと、秘密にしたいこと……きっと君にも色々あると思うんだ」
簡単にわかるよ、なんて言いたくはない。
だけど今は、ルシアの終わりを確実なものにしたくない。
「答えを急ぐ必要なんてない。優柔不断なようで、根っこの部分は確かに優しさがあるルシアのままでいていいんだ。その眼帯も、普段は見せない翼も意味がある……俺はそれを無理に聞こうとは思わないよ。だから話さなくていい、秘密を明かさなくていい。キミは、ありのままのキミでいいんだ」
どうしても苦しくてツラくて、目の前が真っ暗で、光り差す道が見えなくなった時は。
「そうなった時は頼っていいよ、今回の件みたいにね。それくらいなら、いくらでも力になれるから」
「──うん、わかった」
短く、けれど冷たさを孕んでいた声が緩んだ。
それから二人で並んで歩き、学園の外まで送ってから別れることに。
最後までルシアの顔は見れなかったが、見送る後ろ姿が纏う雰囲気は柔らかく、彼女らしさを取り戻しているように思えた。
◆◇◆◇◆
「ん? なんだか騒がしいな」
アカツキ荘に戻った途端、リビングの騒がしさに気づいた。
もしかして先生たちが帰ってきたのかな、そう思ってドアを開けた──瞬間。
「うわああああん! ごめーん、クロトくーんっ!」
「えっ、ちょなっ、ぶべらぁ!」
凄まじい勢いで飛んできた学園長に押し倒される。倒れたまま周りを見れば、困り顔のエリック達と肩を竦ませる先生がいた。
酒の匂いはしないから、酔ってはいないようだが……ひとまず覆い被さるように縋りついてきた彼女を押し退ける。
「なになに、どうしたの……俺がいない間に何かあった?」
「本当に、ほんっとうにごめんっ、来賓に上手く言い訳できなくてさぁ!」
「言い訳? 何に対して?」
「アカツキ荘の成り立ちというか、特待生の存在というか……とにかく!」
学園長は改めて姿勢を正し、肩を掴んできて。
「悪いけど明日、生徒会長と戦って!」
「…………はっ?」
突拍子もない発言に、呆けた声を上げるしかなかった。
◆◇◆◇◆
『──言われた通り、アカツキ・クロトと生徒会長の決闘を組ませたぞ』
「素晴らしい手腕だ。君たちを見込んだ甲斐があったというもの……これで奴が着けている虚飾の仮面も剥がれるだろう」
『学園長を良く思わない来賓どもを言いくるめるのに苦労したがな。だが俺の情報収集能力とアンタの力を合わせりゃ、どんな奴だってイチコロだぜ』
廃屋、月の光すら差し込まない一室で。
結晶灯の心もとない灯りに照らされ、デバイス越しに会話する二人の男がいた。
『しかし驚いたな……見ず知らずの他人とはいえ、ここまで話が合うとは思わなかったぞ。もしかしてアンタもアイツに何かやられた口か?』
「半分正解、半分的外れといったところだ。知りたいのは百も承知だが過度な詮索はよしてくれ」
心の内から漏れだした喜色の声が響く。
「私はただこの目で見納めたいのだよ──己の進むべき道がどれだけ黒く、酷く汚れているものかを認識し、燻り落ちていく無様な姿をね」
不敵に笑う男の影が怪しく揺らいだ。通話口の男はその異様な光景に気づくことはない。
「それに、これから奴に訪れる転落劇を思えば疲れもさして気にもならないであろう?」
『……確かにな。アイツが積み上げてきたものが全て崩れていく様は滑稽だろうよ。今から楽しみだぜ』
お互いを利用し合い、一つの目的の為に結んだ歪な協力関係。
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しかし、それでも──。
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彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。
だが、ある日突然――運命は動き出す。
フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。
「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。
死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。
この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。
孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。
リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。
そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。
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