自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【五ノ章】納涼祭

第一〇五話 キズだらけのポラリス《前編》

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『──!』
「「オラァ!」」

 迫るドレッドノートの剛腕にエリックが大剣を、セリスが槍を振り被って押さえ込んだ。
 だが、二人がかりで対応しているとはいえ一〇メートル級の巨体だ。怪力はもちろんのこと超重量の薙ぎ払いに堪え切れる訳もなく、土埃を巻き上げながら身体が後退させられる。

「“いましめの鎖ははりつけの刑死者へ”」

 二人が吹き飛びかけた寸前で、魔力の拘束具がドレッドノートの脚に、腕に、首に巻き付く。シルフィの魔法だ。
 それは茨のように変質し侵食するように皮膚へ喰らいついた。そのまま拘束具の端を鉤爪かぎづめくいに近い形状へ変化させ、地面に打ち込み動きを封じる。

「ルシアさん!」
「わかってる!」

 作られた隙を見逃すはずもなく、飛び掛かったカグヤとルシアがそれぞれの武器を構え、ドレッドノートの両目へ狙いを定める。
 いくら頑丈な肉体だろうと眼球までは守れないと判断しての行動だった。
 目論もくろみは的中し──ぐずり、と。水気を含んだ音が二人の耳朶を撫でる。

『ガ、アアアアアッ!!』

 感覚器の喪失は耐えがたい激痛をともなったようだ。
 苦悶の声を上げたドレッドノートの懐に、小柄な体格をかしたユキが飛び込む。

「やあっ!」
『──ッ』

 そのまま跳ねるように捻じ入れた拳が、堅牢な筋肉の鎧を押し潰した。ドレッドノートの巨体がわずかに浮かび、口からくぐもった呻き声が漏れる。
 しかし泡立つ魔力が殴打のあとを覆い尽くし、ユキが与えたダメージは即座に修復された。

「っ、これじゃ倒せない……!」

 かすれば戦闘不能は避けられないギリギリの攻防を何度繰り返しただろうか。
 ドレッドノートが放った大咆哮は確実にエリック達を追い詰めており、それぞれが立っているのも限界な状態だ。
 消耗の激しさを数で補いながら戦う彼らにユキが加わったとはいえ、状況は好転していなかった。

 対して魔剣の魔力供給によって得た異常な速度の再生能力に、元から備わっていた天性の肉体。
 絶えず流れる体内の魔力は永続的な強化をもたらし、膨張した筋肉と鋼の如き硬度を誇る紫紺の表皮はより強固なモノに。
 一挙手一投足が暴力の塊であるドレッドノートを倒すには、何もかもが足りなかった。

「ユキ!」

 悔しさを噛み締めるユキにエリックが叫ぶ。
 彼女が気づいた時にはすでに遅く、眼球を再生させたドレッドノートが行動を起こす。
 ギチギチと張っていた魔力の拘束具ごと地盤をめくり、破砕した岩の弾丸をばら撒き、咆哮ハウルを撒き散らし、エリック達を蹂躙した。
 微かな悲鳴を上げながら弾かれたように転がされる彼らに気を取られ、頭上から振り下ろされた両腕に反応が遅れる。

「ぐっ……うぅ!」

 咄嗟に頭上で構えた両腕に荷重が掛けられた。踏ん張った両脚を中心に地面が割れる。
 全体重を乗せた拳の鉄槌は小さな身体を埋没させるものの粉砕するには至らない。小柄ながらも、ドレッドノートと同等の頑強さを持つユキだからこそ耐えられたのだ。
 冷や汗が頬を伝う。それでも身体を軋ませ、押し返そうと全身に力を入れるユキの頭上で魔力が収束する。

 咆哮ハウルだ。それも特大の物。
 目下、最大の脅威たるユキの排除を目的とした自爆覚悟の……いや、自己の再生能力を計算に入れた、彼女だけを殺す確殺の一撃。
 下敷きになった状態のユキでは避けられない。
 限界が近いエリック達では間に合わない。
 誰もが手を伸ばす最中、必殺の砲声が──










『あまり騒ぐな。近所迷惑だ』










「……!」

 ──放たれなかった。
 代わりに聞き馴染みのある、けれども確かに知らない声がユキの耳朶に滑り込んだかと思えば、
 周りの音も、声も聞こえない。完全なる無音の世界。
 不審に感じた彼女が目線を上げる。頭上で収束していた魔力塊に、ガラスを叩き割ったかのような蜘蛛の巣状の亀裂がはしっていた。
 通常なら行き場を失った魔力は爆弾と化して、暴発するというのに。その兆候は現れる事なく霧散する。
 異常を察知したドレッドノートが赤い双眸を泳がせた──次の瞬間、世界に音が戻り、

「ぶっ潰れよぉ!!」

 高速で飛来した紅の閃光が、ドレッドノートの太い首をへし折った。
 骨が砕け、肉の裂ける音にあわせて超重量の巨体が浮かび上がり、白煙を上げながら横倒しに転がる。
 荷重から解放されたユキが倒れ込む寸前で、差し込まれる腕が彼女を支えた。

「……遅いよ、にぃに。寝坊した?」
「ああ。おかげでよく眠れたよ」

 軽口を叩きながら、戦線復帰を果たしたクロトの姿に。
 その場に居た全員が目を見開き、そして歓喜の声を上げた。

 ◆◇◆◇◆

 倒れ伏すドレッドノートを眺めていると、ボロボロの身体を引きずってエリック達が近づいて来た。
 アザやら切り傷やら土汚れだらけな所を見るに、相当な激闘を繰り広げていたようだ。……というか、ルシアもいるじゃん。別れて探索してたはずなのになんで一緒に居るんだ?
 顔色を流し見てピタリと止まってしまった事を察したルシアが、僅かな首の動きで誤魔化せとうながしてくる。
 お互いに利用し合う関係上、変な疑いを掛けられるわけにもいかないか。

「皆、待たせてごめん。特にルシアも……勝手に巻き込んだ上にこんな事までさせちゃって……でも、大丈夫。状況はある程度把握してるし、今度は俺も戦うよ」
「いや、それは助かるがお前、平気なのか? なんか光ってるけど」
「セリスが治してくれたおかげで元気いっぱいだよ。身体が光ってるのは……説明すると長いからなぁ……肉体強化の一つだと思って納得してくれない?」
「はあ、全く……では、後でゆっくり聞かせてくださいね?」

 どこか呆れつつも、シルフィ先生はなんだかほっとしているらしく声音が優しい。苦労を掛けて申し訳ないと思う反面、ありがたい気持ちで胸が一杯だ。
 チラッと見たルシアの表情も良い。急ごしらえのアドリブだが、どうやら上手く誤魔化せたらしい。

「もちろんです、先生。っと、その前に──問題なく動けるくらいには治しておくよ」

 傷だらけのエリック達の肩に触れる。ねぎらうように、称賛するように。
 そんな謎の行動に各々おのおのが首を傾げる中、腕や脚から覗いていた切り傷、アザが仄かに魔力を纏って癒えていく。

「これは、外傷だけでなく内側も……」
「おおっ!? なんだか元気が湧いてきたぜ!」
「疲れが抜けた……? いえ、それだけでなく魔力さえも回復している?」
『……あれ? いつもの血液魔法と明らかに効果が違うな』
完全同調フルシンクロの影響だろう。身体から漏れ出るほどの過剰な魔力が行き場を求め、血液魔法によって一部を変質させながら他者に流出されたのだ』
『なるほど? 俺の存在自体が何もかも全回復するエリクサーみたいになっちゃってるのね』

 脳内に響くレオの補足に頷いていると、効果を実感した何人かが視線を向けてきた。

「……えっと、お互い、色々と聞きたい事はあるだろうけど」

 問い詰めてきそうな雰囲気を両手を前に出して抑えながら、嫌な水気の音が鳴る方へ顔を向ける。
 倒れた状態から千切れかけたくびをもたげて、上体を起こすドレッドノートが恨めしげにこちらを睨みつけていた。突如として現れた脅威を再認識したみたいだな。
 しかし、急所を狙って跳び蹴りしたの良いものの効果的ではなかったらしい。魔剣の魔力供給を受けているのは伊達ではないという事か。

「とにかく今は、アイツの討伐を優先しよう。時間を掛けたら区画外にも被害が出そうだし」

 どうにも締まらない言動だが、魔導剣を抜いて戦闘態勢に入った俺を見て、他の面々も武器を構えた。
 これまでの彼我にあった絶望的な戦力の差は無くなり、ようやく対等になれた事で、それぞれの眼差しに光がともる。

「エリックはいつも通りタンク役で注意を引いて」
「おうよ。どんどん頼ってくれ」

 胸を張ってニヤリと笑みを浮かべて。

「カグヤはルシアと組んで右から攻めて」
「お任せください」
「まあ、頑張って合わせるよ」

 片や刀身の如く鋭い目つきで、自信たっぷりに。
 片やニヒルに気だるげで、けれど闘志を燃やして。

「ユキとセリスは左をお願い」
「うん、やってみせるよ!」
「アタシらの力、見せてやろうぜ!」

 期待を託され、互いの拳を打ち合わせて。

「先生は皆の援護に回ってください」
「もちろんです。貴方も無理はしないように」
「善処します」

 最低限のやりとりを交わし、再生を遂げて重苦しい足音を響かせるドレッドノートと対峙する。
 咆哮ハウルですらない怒りの雄叫びを上げる迷宮の王へ。
 恐れは無い。臆する必要は無い。
 仲間がいるから、皆といるから。
 俺は俺らしく、この生き様を貫いていくだけだ。

『──オオオオオオオオッ!』
「──行くよ!」
『おお!』
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