自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【五ノ章】納涼祭

第一〇九話 キミが希望を見せたから《後編》

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 それは、街を守る自警団の一員から。

『クロト? ああ、学生だってのに夜間パトロールにも参加してる珍しいヤツだな。前に学園職員が起こした不祥事を解決したとか、団員が持ち込んだ悩みとか相談事も聞いてやってるんだっけな? ありがたい話だ』

 それは、冒険者ギルドで働く職員から。

『彼について思うところ、ですか? そうですね……ギルドの依頼で酒場での調理や事務作業をこなしたりと、とても頼りになる方という印象でしょうか。時には身体を張って冒険者を救助し、命の危機に陥る事も多いので……少しは身体を休めてもらいたいですね』

 それは、図書館に勤める司書から。

『……私見ですが、誠実でしっかり仕事はこなしてくれます。他者を尊重し、敬意を持って対応し、受けた恩はきっちり返そうとする。……そういった部分をおろそかにしたくない人なんだと思います』

 それは、生徒の生長を見守る学園の教師から。

『率直に言おう、彼は騒動を引き寄せる天才だ。自分から関わっていく事もあり大抵ロクでもない目に遭い、解決する為に奔走している。だが、悪い面も見えるが補って余る程の良い面もあり、ふとした行動で事態を良い方向へ転がす手腕が抜群に上手い男だ』

 それは、学園の頂点に立つ実力者から。

『クロト君のこと? 生徒会がやる業務を代わりにこなしてもらったり、編入した子ども達の入学金返済の為に頑張ってるのは知ってるよ。小さい依頼しかしないから、小馬鹿にされたり喧嘩を売られる事もあるみたいだけど、本人は気にしてないね。自分の決めた芯を絶対に曲げない人なんだよ』

 ナラタがインタビューしてきた人々の声が、次々と溢れ出てくる。

『俺らが万全の状態でメイド喫茶をやれるのはクロトが色々と手を回してくれたおかげだぜ。メイド服の材料集めに作成、食材の仕入れルート確保、調理器具の制作……普段から滅茶苦茶忙しいのに、楽しみたいからやるって』

『彼が来てから召喚獣たちの調子が良いんだ。体調を崩したり、人に敵意を持つ子も少なくなったんだよ。怪我を負っても、慈愛の心を持って親身に世話をしてくれたからだ。感謝してもし切れないよ』

『あの方は以前、居住区から逃げ遅れた私たちを、家族を魔物から助けてくれました。ニルヴァーナの外から飛来した強大な魔物を相手に、自身が傷つくこともいとわず、命を張って戦う彼に救われたのです』

 俺やナラタが“特務団員として活動していた”信憑性を高める、録音された第三者の声明。

『──このように、アカツキ・クロトは日頃から特務団員としての自覚を持ち、住民からの依頼をこなしながらも、交流を行う事で調査を進展させてくれました』

 ナラタの発言に、数々の言葉に、懐疑的な目を向けてくる者もいる。

『あらぬ疑いの目を向けられても、悪戯いたずらに軽んじられても、いわれの無い罪を被せられても。ニルヴァーナの平和と安全を守る為に、奮闘する彼の姿を私は見てきました』

 しかし細工された様子も無ければ、サクラとも違う真なる言霊は徐々に耳を、心を傾けさせていく。
 既に大衆の意志は固まった。元より、暴論過ぎるジャンの言葉を信じ切る愚かな住民はいない。興味がある、面白そうなどといった好奇心は、立ちはだかる権威の壁を前には霧散するのみ。
 無闇に振りかざすのではなく、必要に応じて行使する。権力とはそういうものだろう。特務団員の特異性を考慮すれば、最高の場面だと言わざるを得ない。

『だからこそ、私は声を大にして主張します。──確たる証拠も無しに尽力した者を嘲笑うなよ。陰口で収まらず、あまつさえ面前でおとしめるような卑劣な行為を、私は許さない』
「ッ、それがどうしたぁ! 特務団員……? 知るか、てめぇは俺の下にいなきゃなんねぇクソ雑魚だろうが……! 大層な事をのたまってるだけで、日陰から出てこねぇ臆病者が舐めた口を──」
「誰が臆病者だって?」

 どこへ向けるでもなく、叫ぶジャンにスピーカーではない生の声が壇上から降り注ぐ。
 振り返れば、殺気を纏うアカツキ荘の隣にマイクを持ったナラタが立っていた。己の存在を誇示するように猫耳を立たせ、尻尾を忙しなく動かしている。
 いつの間に……いや、違う。既にナラタは説明会の場に居て、誰の目にもつかない位置に放送機材を持ち込んで控えていたのか。

「うーん、美味しい所を持ってかれちゃったわねぇ」
「それが彼女の役割……王を引き立てる騎士のようにはいかないけれど、なくてはならない存在でしょう?」

 そしてナラタだけでなく、学園長とシュメルさんが銀幕の裏から現れた。
 学園長は、これだけ大きく騒いでたら様子見に来るのも分かるが……なぜシュメルさんも? あまり表舞台に出たがらないのに。
 何か作為的な雰囲気を感じて訝しげな視線を送ると、気づいた彼女が柔らかく頬を緩め、静かにウィンク。
 やめてよね、その所作で何人の男へトキメキを残したと思ってるんですか。
 貴女一人でこの場のレーティングを十八禁にまで引き上げないでくださいよ!

「よしよし……これで役者は揃ったな」
「エルノールさん、残りの助っ人ってこれですか? 大丈夫です? 変なやっかみを受けませんか?」
「心配はいらん。何せ、クソガキ共もバカも納得させられるとっておきの切り札だ」

 テンション高めのエルノールさんはそれだけ言うと、拡声器を学園長へ投げ渡した。
 難なく受け取った学園長は拡声器を掲げ、口を開く。

『少々立て込んでおりまして、この場に参上するのが遅れました。学園長のアーミラ・フレンです。今回、納涼祭中に発生してしまった暴動事件に関して、混乱と不安を招いてしまった事、ニルヴァーナを収める者として謝罪させていただきます』

 声音に含まれた威圧感に肌がざわつく。
 飲んだくれ、ズボラ、怠け者の印象が強い学園長でもやる時はやるのだ。

『同時に、此度の事件解決に動いてくれた自警団、捜査協力を申し出てくれた各居住区長、復興支援に注力していただいている商工会の方々』

 そして。

『──被害が甚大だった南西区画をまとめ上げているシュメル氏には、、多大なる感謝を』
「えっ、初耳。そんな手回ししてくれてたんだ……」
「驚いただろ? つっても、俺もシュメルから関係性を教えてもらうまで、クロ坊が歓楽街に出向いていた事を知らなかったんだ。その辺りをうろついてる噂があったくらいで確信は無かったし」
「へぇ……へっ?」

 小声でやり取りを交わし、告げられた衝撃の真実に声が漏れ出た。
 てっきりエルノールさんは全てを知ってるものだと…………待てよ。“俺もシュメルから関係性を教えてもらうまで”……?

 ちらりと、再びシュメルさんの方を見れば、彼女はイタズラっぽく笑ってみせた……そうか、そういう事か!
 いつのタイミングかはさすがに分からないけど、あの人、学園長とエルノールさんにバラしてたのか!? だから上手く話を合わせられたんだ!

 ギルドの依頼や万能石鹸の取引で立ち寄っていた事を、特務団員の調査と称する事で嫌疑の目を外して説得の材料に。
 訪れる不利を打開するチャンスへ変える為に──やり手だとは思ってたが、これは予想以上に……!






 “覚えておきなさい、クロトくん──大人は嘘をつかないの。ただ間違えるだけ”。






 いつだったか、酒瓶を片手に得意げな様子で語った学園長の姿を幻視する。悔しいが、そういうところは上に立つ者としての覇気を感じた。

『暴動事件の原因を察知し、迅速な調査を進めてくれた自警団と特務団員のおかげで、ニルヴァーナを襲った脅威は鎮められた。彼らの民を、街を守る姿勢は既に、最低限の被害という形で証明されたと言えるでしょう』

 次の日に影響するから、と酒を取り上げて泣き付かれた、情けない姿とは似ても似つかない凛々しい立ち振る舞いだ。
 そんな彼女に感心しているとシュメルさんが学園長の肩を叩き、拡声器を借りて口元に寄せる。

『皆様の中には南西地区で発生した被害をおもんばかる方もいらっしゃると思います。ですが、ご安心ください。私を含めた南西区画の者は、事件の影響を承知の上で協力を申し出ました。事態が発生した直後に避難していた為、人的被害もありません』

 シュメルさんが話し出してから、柔和な雰囲気に呑まれた男性陣の鼻の下が伸びている。
 現金な奴らだ。ついさっきまで人を貶めてた連中とは思えん。

『他に被害をこうむった方がいらっしゃれば、学園か自警団、または私の方までお申しつけください。補填に関して、ぜひ相談に乗らせていただきます』

 言いたい事は言ったとばかりに、拡声器を学園長へ押し付けて。

『──シュメル氏の言う通りです。被害を受けた皆様の傷を癒す為ならば、私たちは協力を惜しみません』

 少し恨めしげに目を細めた彼女が、すぐに表情を取り繕って。

『詳しい広報は後日、新聞社を通して発表いたしますので、本日の所は解散とさせていただきます。炎天下の中、この場にお集まりいただきありがとうございました』

 国の長たる学園長。
 自警団長のエルノールさん。
 歓楽街の元締め、シュメルさん。
 ニルヴァーナでもトップ層に位置する権力者たちによる、強烈な後ろ盾と裏付けを証明され、納得した者はそそくさと去っていった。
 その顔には心からの安心が満ちており、好機から集った者も興味を失ったのか足早に姿を消していく。

 そうして残ったのは、変わらず壇上から殺気を溢れさせるアカツキ荘とナラタ、学園長にシュメルさん。
 ずっと俺の前に立って人を近づけさせないようにしていたシルフィ先生とオルレスさんに、鋭い目つきのエルノールさん。
 そんな彼に睨まれたジャンと取り巻き──を、素早い連携で包囲している自警団員たちだった。
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