自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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短編 誰が為に刃を振るうのか

短編 誰が為に刃を振るうのか《前編》

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 夏が近づく今日この頃。皆様はどうお過ごしでしょうか?
 日差しが強まり、肌を焼くような感覚に見舞われながらも。
 迷宮ダンジョンに向かう冒険者たち、たくましくあきないを行う商人、何気ない日々を過ごす住民。
 ニルヴァーナはいつも通りの活気に溢れ、暑さにも負けることなく生活している。

 例に漏れず俺も、借金返済の為に依頼をこなしている最中だ。
 学園から出て北西の区画。ニルヴァーナの内外をへだてる巨大な外壁のすぐそばに、柵で大きく囲まれた牧場のような施設がある。
 背の低い草が繁茂繁茂し所々に樹木が映えているものの、中に居るのは牛や鶏、羊などではない。

 ここにいるのは、様々な理由で身寄りを無くした召喚獣たちだ。
 迷宮で魔物に襲われている所を救助された子。
 とある条件を満たし、魔物から召喚獣へ昇華した子。
 召喚主が命を落とし、野良となってしまった子。
 心身ともに傷付いた召喚獣たちが癒えるまで保護し、新たな召喚士サモナーと出会う為に存在する保護施設だ。

 その性質から成り立ての召喚士が召喚獣に慣れるまで、研修と称して施設の子たちの世話をする依頼がある。
 曲がりなりにも俺自身、召喚士としてのスキルを持ち合わせている上、ソラという召喚獣と契約していることもあって。
 依頼を受注する資格があり、どうにか頑張って馴染もうとしているのだが……

「うおおおおおおおっ! 負けんっ、負けんぞぉぉおおおお!」
『──!』
「ちょ、待て。一切の迷いなく突進を仕掛けてくるのはやめ……あばーっ!?」

 鬼ごっこの一環として逃げに徹していると、鳥の翼が生えた牛のような見た目の召喚獣に吹き飛ばされ、宙を舞う。
 この依頼を受けて五度目。
 未だに俺は、保護施設の召喚獣たちに好かれていないらしい。頑張ってるのにぃ!

 ◆◇◆◇◆

「くそぉ……いつもの事とはいえ、体の良いおもちゃ扱いでボコボコにされて傷だらけになっちまった……」
『キュキュ、キュイ!』
『人と触れ合うのが恐怖でしかなく、好意や愛情を持たれたくないが故に傷付け離れようとする……難儀なものだ』

 さすがに何度も同じ目に遭っていると愚痴りたくなるものだ。肩に乗せたソラが労うように身体を擦り寄せてきて、レオが呟きに応える。
 保護施設での依頼を終えて、管理者から治療を受け、心配の目を向けられながらも後にして。
 達成報告の為に冒険者ギルドへ向かう道すがら、施設での事を思い出す。

『あの子達だってねぇ、悪気は無いんだよ悪気は。保護施設に来るまでの間にツラい経験をしたんだから……知らない人間に敵意や疑いを持つのは当然だよ』
『その割には他の依頼受注者と違い、適合者にのみ強く当たっているように見受けられるが?』
『そりゃあ、有り余る自分の力を制御しないでぶつけてくるからね。俺が馬鹿正直に付き合ってて歯止めがないだけで……でもストレスを与えるよりはマシなんだよ』

 契約によって召喚主と深く繋がることになる彼らは生の感情を受け取りやすい。
 好意的な感情のみならず、不安、焦り、恐れ、嫌悪、殺意。過去の経験から飲み干すにはあまりにもドス黒く、重たい感情に晒され続けたのだ。
 利用された、裏切られた、遺された……様々な要因によって荒んだ心を元に戻す力なんて俺には無い。契約した召喚獣ならともかく、いくら賢いとはいえ彼らにとって人の区別が付かないことなど珍しくないのだから。

 お互いが近づいて傷つけないように、何も思わなくて済むように。
 自らが暴力を振りまく悪者として扱われる動きを繰り返す──その不器用な思いやりを知らねぇや! と投げ捨てて対応してるのが俺だ。

 苦しい気持ちもツラい気持ちも理解は示すがそれはそれ、これはこれ。
 負の感情を溜め込んだまま生きていれば罅割れ、擦り切れ、心無き怪物と化してしまう。そうならない内に、発散させなくてはならない。
 うっとおしく、煩わしいコバエだと思われても。優しい彼らの本質を尊重してあげたかった。故に、あえて音が鳴るおもちゃとして遊び、歩み寄ろうとしたのだ。

 重量級の巨体に跳ね飛ばされようが。
 降りしきる魔法の雨に打たれようが。
 鋭利な黄金の角で貫かれかけようが。
 ムツゴロウさんのような慈愛の精神で接すれば、いつか仲良くなれると信じて。
 ボロボロの身体に鞭を打ってモフモフを堪能するのだ。

『でも最近は仲の良い召喚獣が増えてきたし、血と汗が滲む努力をしてきた成果が出てきた気がするよ。俺はソラがいるから契約は出来ないけど、次の召喚士が見つかるまでの繋ぎとして頑張らないとね』
『ふむ? 確か召喚士としての能力が高ければ、契約を結べる召喚獣の数に限りなど無いはずであろう? 汝は増やすつもりがないのか?』
『ソラだけで十分過ぎるほど助かってるし、仮に契約したとしても……単純に食費がエグい。ソラですら普通に食うのに、もっと大きな召喚獣と契約したらとんでもないことになる。我らがアカツキ荘にそんな余裕はございません!』
『キュウ、キュッキュ』

 俺とレオの会話は聞こえていないが、無言でいたのを不思議に思ったのだろう。
 顔を覗き込んできたソラを抱っこし揉みほぐす。フワフワしっとりな毛皮の感触を満喫しつつ、冒険者ギルドの見慣れた扉を開く。

 出迎えてくるのは青空市場の活気にも負けない冒険者たちの喧騒。
 定例報告会での静けさはどこへ捨ててきたのか。併設された酒場で騒ぐ彼らから離れるように受付へ。
 朝に依頼を受けに来た時は無傷だったのに、包帯と湿布だらけの顔で戻ってきたので職員にドン引きされながらも。
 依頼を完遂した為、支払われた報酬を少しだけ残して借金返済にてる。

『ウフフ……あれだけ頑張って手取りが一万メルか。危険手当込みだとしても、もうちょっと金額増えないかな』
『保護施設側も金銭繰りに苦労しているのだろう。慈善事業ではないのだからな』
『むしろ午前いっぱい働いて三時間ぐらいで一〇万メルと考えたら破格ではあるか』

 財布にメル硬貨を突っ込み、地味に血液魔法で傷を癒していたおかげで巻く必要が無くなった包帯や湿布を取る。
 テーブル席を一つ占領してしまっているのは忍びないが、ちゃんと片付けて消毒するから許して。

「うわぁ……クロトさん、一体何があったんですか?」
「おや、シエラさん。いや、これは依頼先でボコボコにされてしまった名残りなので気にしないでください」
「無理がありますよ……」

 純粋な心配の声に振り向けば、クラス適性鑑定士としてギルドに勤める職員のシエラさんがいた。
 タイミング的に昼休憩の時間なのか。流れるように対面へ座った彼女はゴミ箱を差し出してきたので、それに使い終わった包帯と湿布を捨てる。

 血が付着していないとはいえ衛生観念的によろしくないと思うのだが、心配はいらない。彼女はギルド職員としてこの手の対応に慣れている上、職業柄ルーン付与術に精通しており浄化のルーン文字が付与できる。
 懐から取り出した“刻筆”で虚空に筆先を走らせ、仄かに発光し浮かび上がったそれをゴミ箱に投下してため息を吐く。

「偶に救援要請などで怪我をした冒険者を直接ギルドへ運んでくる人がいますけど、ここには簡単な医療設備しか備わっていないのを忘れてるんですよね……」
「大体は応急処置を施して、すぐに近くの診療所か病院へ搬送されますねぇ」
「クロトさんも出来れば怪我をしないように気を付けてくださいよ? 緊急受診料なんて高額請求、払いたくないでしょう?」
「勘弁してほしいです……」

 前に救援要請を出した冒険者を救出し、動かすにも危険な状態だったので。
 仕方なく命に別条が無い程度には治して、後は医者に任せた時があり……往診料でべらぼうな金額が請求されていたのを聞いてしまった。
 オルレスさんが普段、どれだけ良心的価格で診てくれていたかを身に染みて実感した日だった。

「まあ、今日は依頼を入れるつもりはありませんし、大人しく学園に戻ります」
「クロトさんはただでさえ毎日依頼をこなしていますから、じっくりと身体を休めるのは大切ですよ」
「加えて最近は違法武具の事件だったり、貴族子女が襲来してきたりとイベント続きでしたからねぇ……忙し過ぎるな」
「たった一週間のはずがとても濃密でしたね。……あっ、そういえば」

 錬金術で生み出し所持していた消毒剤と布巾ふきんでテーブルを拭いていたら、シエラさんがポンッと手を叩く。

「午前中に学園初等部の生徒達がこちらに来ましたよ。どうやらオリエンテーリングで指定された迷宮を攻略するそうで、以前クロトさん達が連れてきた生徒も何人かいました」
「あー……そういえば他教室の生徒と合同で迷宮に行くって言ってたな。地元の迷宮は何度か攻略してるけど、ニルヴァーナの迷宮は初めてだから気合い入れてました」

 主要メンバーはキオとヨムルだったかな。……ユキは攻略が簡単になるから選出されなかったって、不貞腐れてた。
 さすがに単独で孤児院の子ども達──弱めとはいえユニーク魔物モンスターを圧倒する子達──を相手にして制圧するような奴を参加させたら楽すぎる。仕方ないね。

「これからの事を考えたら良い経験になると思いますし、頑張ってほしいなぁ……」

 子ども達の戦闘教練を務める身として、今回のオリエンテーリングが未来の糧となるように。
 祈っておこうかな、攻略の無事を──

 ◆◇◆◇◆

 時は遡り、クロトが召喚獣たちのおもちゃにされている最中。
 オリエンテーリングの舞台である迷宮『黄昏の廃遺跡』の内部。
 赤褐色の壁や石畳で構成された先人文明の名残りは迷宮化によって魔物が跋扈し、魔力結晶マナ・クリスタと鉱石資源の宝庫となっている。

 崩落した天井やガレキ、いくつもの通路から奇襲する形で魔物が現れることもあり、気の抜けない環境だ。
 遊び意識の強い初等部の生徒にとってはかなり難易度の高い迷宮なのだが──キオとヨムルの敵ではない。

「ヨムル、右斜め後ろから骸骨が二体!」
「見えてる。そっちも前方から鎧が一体!」

 何故なら、彼らは戦闘教練でこれ以上ないほど隠密や奇襲技術に長けたクロトに鍛えられているからだ。
 練武術をクロト自身に合わせて作り変えた歩法。あらゆる技に繋がる基礎の“綺羅星きらぼし”“深華月みかづき”の常用化によって、彼らは周囲の環境を俯瞰的に観察する眼を持つ事になった。

 極めつけにクロトが作り出した“トリック・マギア”。
 魔科の国グリモワールで流通する可変兵装マルチ・ウェポンを参考にしてクロトが作り出した魔装具だ。
 所有者のイメージした形を読み取り固定化させ、反発性を持たせた質量の無い魔力の刃を出力。数打ちの鉄剣ならば容易に弾き返し、鍔迫り合いにすら持ち込める。
 子どもが所有するには過剰すぎるほどの性能を持ちながらも小型であり、動作に必要な魔力は手動でも自動でも補充が可能。

 型やスキルに嵌まらない無法じみた戦闘方法。
 獣人特有の身体能力、気配察知によって奇襲を見抜く技術。
 鍛冶と錬金術、ルーン付与術を惜しみなく注ぎ込んだトリック・マギア。
 この三つの要素が組み合わされたことで、凄まじい戦闘力を保有する二人が率先して動く甲斐もあってか。
 オリエンテーリングは順調に進行していた。

「討伐完了……キオ、ケガは?」
「大丈夫だ。気配は感じねぇし、しばらく問題無さそうだ」

『黄昏の廃遺跡』に出現する魔物の多くはトカゲや蝙蝠、魔導核に似た結晶を動力源として動くゴーレムやスケルトン、鎧騎士といった手強い魔物が揃っている。
 いわゆる無機物系と区分される魔物が多く、岩や骨、鉄を相手に一般的な武具では歯が立たない為、魔法での討伐が推奨される。

 しかしキオとヨムルが持つトリック・マギアは魔装具。
 物理的な障害など恐れるに足らず。斬り捨てた魔物の灰を踏み締め、二人は警戒しつつもトリック・マギアの刃を消失させ、制服のポケットに仕舞う。

『す、すげ~!』
「つ、強過ぎる……! 書類を見ただけでは分からなかったけど、特別カリキュラムを受けてる子達ってこんなに強いのか……!?」

 手際の良さに見ていることしか出来なかった他の生徒達は感激の声を上げて。
 オリエンテーリングの引率を受け持った教師が武器を抜くよりも早く、駆け出して殲滅した二人におののく。
 そんな彼らを気に掛けず、キオとヨムルは背負ったバックパックを下ろす。

「さて魔物の素材を拾って、と。目的地はまだ先だよな?」
「一応、中層ではあるけど入ったばかりだから。最近になって発見された隠し部屋の調査……という名目で、迷宮の複雑さをちゃんと見てこいって話なんだろうね」
「ぶっちゃけ、俺らみたいなのが調査したってたかが知れてるしな。観察眼をしっかりと磨いておくのは大切だ。……クロト兄ちゃんも、視る力を鍛えるのは大事だって教えてくれたし」
「しかもオリエンテーリングの要旨を見抜いている……!?」

 驚愕の連続で頭が痛くなってきた教師だが、引率として情けない姿をさらす訳にはいかない。
 従来のパーティであれば四~五人が適正人数だが、今はそれを超過した九人で編成されている。いくら現役Aランク冒険者の教師とはいえ、完全に守り切るのは至難。

 これまでは戦闘も無く、中層に辿り着いてようやく初めて魔物との接敵。キオとヨムルの活躍で損傷こそ無かったものの、油断は禁物だ。
 常に警戒を張り、生徒たちが危険な目に遭わないように。
 これまで以上に頑張らねば、と強く意気込んで。再び迷宮を進むのであった。
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