自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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短編 アカツキ荘のおしごと!

短編 アカツキ荘のおしごと!《第九話》

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「コムギ先生……って確か前に再開発区画に来た時、クロトがシュメルさんに連絡先を渡してた人じゃなかったかい?」
「そうそう。整備が終わった後でレムリアの農地を見てもらう為にね。でも、早めに確認してもらった方がいいかと……焦った結果、急かすようなマネになっちゃったんだけど」

 レムリアの中心地から少し外れた農地の一面に移動して。
 農具の入った籠を下ろして麦わら帽子を被せてから、見渡していたコムギ先生が振り向いた。
 くせっ毛の強い茶髪を抑えつつ、恰幅の良い身体とは裏腹に気が弱い彼女は、何度も頭を下げる。

「いやぁ、こっちこそ申し訳ねぇなぁ。こないだ南西区画長からいぎなり通話が来て何ごと? と思っとったんよ。“新しく畑ばこさえっから助けが欲しい”ってんだから準備だけはしとったんだど、いい機会だべさ」
「つっても、教師としての仕事があんのにわざわざ時間を取らせてまでなぁ」
「ん? ああ、そうか、セリスは知らねぇのか」
「コムギ先生はニルヴァーナにおける食糧自給の一画を担う方でして。普段は各地の農家や畑におもむき、学園には臨時講師として一週間に二日、教鞭を振るいに来てくださるのですよ」
「日程も丁度あってたし、今日は本来の仕事としてレムリアの状態を診断してもらおう、って訳さ」
「はぇー、なるほどなぁ。すげぇ人だ」

 説明に納得したセリスは手を叩き、興味本位で籠に近づくユキを脇から抱え、肩に乗せるコムギ先生は笑みを浮かべる。

「あだすにゃあ、これぐらいしか能がないで。地元でもやること無くて、ダンナの貰い手も無くて、畑仕事してっとき、用事で来とった学園長さんから“すかうと”されてニルヴァーナでクワば振るってんだ」
「地元……日輪の国アマテラスのどの辺りでしょう?」
「“アラハエ”っちゅう南方の地域さね。ほれ、でっかい耕作地帯あるべ? あだす、あそこの出身よ」
「ああ、地母精ちぼせいの信仰が盛んな地域ですね」
「そういえばカグヤさんも日輪の国アマテラスのご出身でしたね。どういう場所なんですか?」

 コムギ先生と同じ視線にいるのが楽しいのか、はしゃぐユキから視線を外して。
 シエラさんは訳知り顔で頷くカグヤに問い掛ける。

日輪の国アマテラスは三大国家に分類されるほど広大な領土を持ち、単純な広さで言えば一番に当たります。海域を挟んだ離島なども含まれるがゆえに、地図上はそこまで離れていなくても断絶された交友関係なども相まって、地域ごとに独特な文化が根付いているんです。今でこそ魔導革命の技術革新が進み、地域ごとの差というものは薄まりつつありますが、アラハエでは有名な信仰があるのです」
「それが地母精ちぼせいの信仰? カグヤ、どういう内容だか知ってる?」
「簡単に言うと“若くから農作業に従事する者には、大地を見守る精霊より健康的な肉体と精神を与えられる”というものです。おかげでアラハエに住む人々はみな、頑健で若々しい見た目をしているそうですよ」
「まあ、あだすが言うのもなんだが、しょせん迷信だわさ。とーちゃんかーちゃんが言っとったが、ようはわけぇ奴ば働かせる為に適当こいてそういう風にお触れ出しとるだけ。メシ食うなら働かんといかんからな」
「至言ではあるが、実際に住んでた人が言うんなら、そうなんだろうなぁ」
「んだんだ。その甲斐あって鍛えられたかしんねぇけど、あだす十五ん時にニルヴァーナさ来てがら二十五年経ったが、見た目は一切変わらんくなったし」
『えっ』

 ぽろっとこぼした言葉にユキ以外の声が重なった。
 衝撃的な事実をさも当たり前のように言わなかったか? 思わずアカツキ荘の全員で顔を見合わせる。

「待って待って、じゃあコムギ先生ってよん……ええ? 全っ然そんな風に見えないよ?」
「よくて二〇代じゃないかい? もしかして本当にすげぇ人なんじゃねぇか?」
「いやまあ、時々人族の中でも年齢詐称してんだろって奴は偶に見かけるが……」
「だとしても、私たちと同じくらいの年で既に完成された肉体を保持していたことになりますよ」
「羨ましい……畑仕事をすれば、私も若さを手に入れられる?」

 シエラさんだけ目を向けてる箇所というか、熱意がまるで違うように聞こえる。

「いきなり顔ば見合ってどした?」
「な、なんでもないです。それより早く作業に入りましょう!?」
「種いっぱい持ってきたらしいんで試しましょうぜ!」
「アタシ、トマトが食いてぇなぁ」
「季節モノなので生育可能かもしれませんね」
「私、全力でお手伝いさせていただきます!」
「お、おお? んまぁ、やる気満々なのは良いことさね」
「がんばるぞー!」

 コムギ先生に担がれていたユキも飛び下りて、改めて全員で農地に視線を送る。

「それで、レムリアの農地はコムギ先生から見てどうです?」
「面積は申し分ねぇし水場も近い。土はふかふかだし水はけもそこそこ、実家の畑よか栄養満点だわ。しっかし区画長から話は聞いとったが、迷宮ダンジョン由来の肥沃さを持つ土地たぁ面白いもんだなぁ。確かにこれなら、薬草やら迷宮野菜も自然と育つわさ」
「言い方から察するに、特定の作物を育てんのはキツイのかい?」
「うんにゃ、そこはあだすの腕の見せどころっちゅーやつだべ。ちょいと試してみっから、持ってきた農具ば使っていいからタネ植えててけろ」

 そう言ってコムギ先生は麦わら帽子を被り直し、農地の一画、その中心地に歩いていく。
 一応、アカツキ荘から自分達で使えるように各種農具は持ってきたから、借り物も合わせて全員でうねづくりしてみるか。

「さーて、家庭菜園で鍛えた程度の農業技術でたがやすぞぉ」
「クロトさん、そんなことまでやってたんですか?」
「実家にある猫のひたいくらいな大きさの庭とプランターでちょこっとね。少しでも食費が浮けばいいかな、って」
「節約・倹約の思考回路が今と何も変わってねぇな。で、成果は?」
「三ヶ月ぐらいは野菜を店で買わずに済んだよ」
「わあ! バッチリ出てるね、にぃに!」
「よぉーし、美容と健康と美貌の為に私も張り切りますよぉー!」
一人ひとりだけ方向性が違うヤツまぎれてないかい?」

 晴れ渡る青空の下、賑やかな面子めんつで。足のすね程度な高さまでうねを立てていく。
 魔科の国グリモワールの《ディスカード》に居た頃を思い出す、と慣れた手つきで作業を進めていく姉弟とユキ。
 カグヤもまた、実家であるシノノメ家が所有する田畑の手伝いをしていた経験がある為か、動きが非常にスムーズだった。

 シエラさんは……鬼気迫る表情で一心不乱にクワを振り、誰よりも早く、誰よりも多くうねの本数を増やしていた。何が彼女をそこまで駆り立てるのだろうか。
 そのぶん消耗も激しかったのかクワを杖にして、腰に手を当てている様子を横目に。
 手を開き、親指から中指までの間隔をけてミニトマトの種を植えていく。

「本当なら石灰やら鶏糞やら肥料を撒いたり、個別に苗まで育ててから植え付けたかったなぁ。支柱も立てておきたかったが、時間なくて用意できなかったし」
「錬金術で農薬とか、ルーン文字でどうにか手を加えたりすんのは難しいのかい?」
「初めて植物を育てる場所で、しかも方向性を変えたとしても迷宮の魔素マナが充満してる不安定な土地だからね。何が作用して何が起きるか分からんのよ」
「そうか、下手なことして植物系魔物モンスターの大量発生とかしたらやべぇもんな」
「まだまだ事故物件になりそうな要素が眠っているんですね。……なるほど、それを防ぐためにコムギ先生に出向いてもらった訳ですか」
「カグヤねぇね、どういうこと?」

 興味深そうにケモ耳と尻尾を揺らすユキへ、カグヤは向き直って。

「コムギ先生のクラスは少々特殊なのです。というのも──」
「“地母ぢぼの精よ かしこみ かしこみもうす”」

 説明しようとするカグヤを遮って、声が通る。
 ある意味、聞き馴染み深い音源の方へ目を向ければ片膝をつき、両手を合わせ、祈るように項垂うなだれるコムギ先生の姿があった。
 先程までとは打って変わった空気を漂わせる彼女に肌がざわつく。

「“永世たるいしずえ 遥かなる座におわすものよ”」

 荘厳そうごんな言い回しと言霊ことだまは周囲の魔素をざわつかせ、レムリアに浸透していく。

「“新たなる豊穣の地へ 恵みをもたらさんとする我が身を経て”」

 言葉が紡がれていくたびに。
 次第に植物のような紋様がコムギ先生を中心に、この場だけでなくレムリア全体の農地に広がり、光り輝き始めた。

「“邪悪を禊ぎ 祓い 清め 尊き芽吹きを与えん”」

 そして収束し、一際ひときわ、強く発光したかと思えば。
 種を植えた覚えのない地面から芽が出て、幹が延び、枝を付け、花が咲き、実が成っていく。それはエリック達と共に植えていた種にも波及し、作用し、同じ現象が起きた。
 眼下で、凄まじい速度で成長していく植物たち……幻覚を疑う光景に、誰かが驚愕の声を落とした。

「“おたのみもうす おたのみもうす”……ふぃー、疲れたわぁ」

 ついの奏上を告げて脱力した彼女の周囲は、既に以前の面影は無く。
 迷宮で見かける植物類が大きな実と葉を付けて、一般的な種から育った野菜も虫害が及ぶ余地など無く、実に健康的かつ綺麗な状態で育ち切っていた。

「わあー! すごーい!」
「話が途切れましたが、彼女は《豊受とようけ巫女みこ》と呼ばれる特殊上位クラスを宿しています。先ほど口にしていたのは《宇迦奏上うかそうじょう》という、詠唱を発して任意の範囲で、地面から特定の植物を急成長させることが可能なスキルです」
「ほぁーっ!? マジで本当にすげぇ人じゃん!?」
「農家の人に発現しやすい《ファーマー》ってクラスの進化版だもの、そりゃとんでもない性能だよ。俺も欲しい、アカツキ荘の食費を減らしたい」
「切実な願いだな……初めてじゃねぇか? 純粋に我欲で自分のクラス特性を利用しようとしてんの」
「やかましいっ」

 エリックの指摘に言い返し、支柱要らずの太い幹から成るミニトマトを見下ろす。

「うーん、実に瑞々みずみずしい赤い実が玉成りに付いておられる」
「俺も姉貴もトマトは好きだが、ミニとかプチサイズになるとちょっと苦手なんだよなぁ。で、味は?」
「は? 俺が試すの? 別にいいけどさ…………うーん、ちょっと青っぽい味がするけどちゃんとトマトだ。美味しい美味しい」
「毒見が済んだし、俺も。……ドレッシングが欲しくなる味だな。でも、うめぇわ」
「ユキも食べるー!」

 ユキを皮切りに、カグヤ達もそれそれが植えた種から育った野菜を味見していく。

「んー、水気の多い野菜が染みるなーっ! キュウリうんめぇ!」
「古来より農業従事者の間でも水分補給として活用されていたそうですからね」
「迷宮、野菜にもっ、体積の、ほとんどがっ、水分という、物もッ あります……」
「シエラさん大丈夫っすか? 顔が土みたいな色になってるっすよ」
「昔は冒険者してたけど、しばらく事務仕事が中心だったみたいだし。身体を動かす機会なんて無かったんじゃない?」
「おーおーぎょうさん成っとるねぇ。上手ぐいったみでぇだな」

 試食会を繰り広げる最中、奏上を終えたコムギ先生が収穫物を抱えてやってきた。
 腕の中にはケミカルな色彩のラフポテト、刺々とげとげしい見た目が特徴のソーントマト、異様に外皮が固くゴワついたアンガーキャロット、涙が止まらなくなるほど催涙作用のあるクライオニオン。
 他にはポーション、霊薬の材料になる薬草や霊草の類も含まれており、レムリアに眠る無限の可能性を示唆しさしているように思えた。

「とりあえず育ちそうなモンだけ力ば込めてやってみたけど、色々作れそうでいいなぁ。もうちょい工夫すりゃ穀物も作付けできそうだわ」
「うーん、とんでもない食料資源の宝庫になりそう」
「んだべなぁ。いくらかレムリアで消費するっつーても、この感じで進めりゃ目算……二、三割あがるってとこかね」
「えっ、何がっすか?」
。流通させる気があるんなら、って話になるんけど」

 エリックの問い掛けにしれっと答えたが、食料輸入品に頼らずとも三割弱の住民の食生活を、レムリアの敷地だけでおぎなえるってヤバくね?
 ファタル商会で使う薬草が育てばいいな、くらいの感覚だったのに。レムリアが北海道みたいな役割をにないそうだ。

「少しばかり席を離れていただけなのに、随分と見た目が変わったわね」

 想定以上の成果に頭を悩ませていると、背後から白磁の腕が伸びて手元のミニトマトを盗られる。
 振り返れば、シュメルさんがなまめかしくトマトを口に入れて咀嚼していた。その反対の手には俺のデバイスが握られている。

「うん、美味しい。これがいつも収穫できるのなら需要もあるし、自給率は確かに上がるわね」
「余りそうだったら、あだす、良い商会ば教えでけるよ」
「そこも含めて力を貸してほしかったから、頼りにさせてもらうわ。あと、ウィコレ商会と渡りをつけてくれてありがとね、坊や。おかげで最低限の資材が発注できたわ」
「おお、それはよかっ……最低限?」

 デバイスを返してもらいながら、シュメルさんの発言に疑問が浮かぶ。

「宿舎エリアは要請した家具・家財屋さんとか大工さんが持ち込んできた資材でどうにかなるわ。倉庫エリアもウィコレ商会が今から持ってくる建築資材で建設可能よ。ただ……」
「作業エリア分のが足りないって感じですか?」
「そうね。倉庫は対魔力加工が施された石材を中心に建ててもらうつもりなのだけど、作業場は木造建築にしたいの」
「確かに。実験室なんかは石造りの方が安心できますけど、人の出入りが激しい分、耐久性の面で見たらその方が安全ですもんね」
「こだわりっつぅか実用性的な意味で木造にしたいって訳か。木材なぁ……」

 悩ましい問題を相談していると、野菜を頬張っていたコムギ先生が呑み込んでから。

「んじゃあ、あだすが木、生やしたるよ」
「「……ん?」」
「あっ、そっか。コムギ先生なら解決できるか。お願いしてもいいですか?」
「いいど。ちょうどタネもあって手間でもねぇし、ぱぱっとやっちまうでな。空いてる農地ば使っていいか?」
是非ぜひ、頼みます」

 言葉の応酬を理解できず、困惑を顔に貼りつけたまま立ち尽くすエリックとシュメルさんを置いて。
 ポケットから五百円玉サイズな丸い物体……コムギ先生が独自に作り出し、俺も使った記憶のあるトレントの種。
 それをいくつか取り出し、隣の空いた農地に移動した彼女は、トレントの種を下手投げで飛ばした後。

「《宇迦奏上うかそうじょう》以下省略──どかーんと育てぇい!」

 驚くほど投げやりな口調でスキルを発動。
 しかし効果の程は凄まじく、着地した種は急速に芽を出し、地面を揺らし、根を張り太ましい幹に青々とした枝葉を付けていく。
 俺が使用したトレントの種と違い、魔物としての性質を持たない為、自立歩行もしない単なる樹木が乱立。
 数分足らずでレムリアにトレントの林が出来あがった。

「……クロトの無茶苦茶ぶりで慣れたと思ってたが、上には上がいるんだな」
「甘く見ていた訳ではないけれど、実際に目にするとこれ程とはね」

 遅れてやってきた二人の反応を背に、コムギ先生は自慢げに胸を張った。
 さーて、今から伐採と枝切りと乾燥と加工が待ってて忙しいぞー!
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