自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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短編 アカツキ荘のおしごと!

短編 アカツキ荘のおしごと!《第十九話》

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【調査報告書】
 学園長、そして冒険者ギルドへ再開発区画改めレムリアの整備、進展状況の報告になります。

 レムリア整備三日目。
 作業エリア……図面にもとづいて建築開始。基礎工事完了。
 宿舎エリア……宿舎ごとに街路結晶灯を設置。光量の調整中につき夜間作業を実施。
 倉庫エリア……図面にもとづいて骨組み・屋根の施工完了。
 農園エリア……区画の一部で生花及び錬金術の触媒を生育開始。温室も建設。

 昨日さくじつ、アカツキ荘の協力によって用意されたトレントの木材が建材として使用可能な水準となっていた為、各エリアの進捗が大幅に促進されました。
 宿舎エリアの工事がほぼ完了したため作業・倉庫エリアへ合流。以前から力をお借りしている土木、建築関係の職人方との協力もあり、めざましい変化を遂げています。
 さらに本日、農園の改善案に繋がるとして生花栽培を営む業者を外部から誘致。
 意見を取り入れ、安定した生育環境の維持を目的とした温室の施工をアカツキ荘のリーダー、クロトが担当。
 木製の枠組みに、柔軟性の高いガラス素材を錬金術で精製しもちいた温室を三棟、建造。需要に応じて適宜追加する見込みです。
 さらに夕方、夜の視界確保の為、整備された道に沿って街路結晶灯も設置。こちらは夜間での調整が必須な為、アカツキ荘はレムリアに残留し作業をおこないます。
 依頼期限まで残り四日。さらなる発展の為に尽力していきますので、吉報をお待ちください。
 クラン“アカツキ荘”専属仲介人、シエラより。

「……ツッコミどころはまあ、あるにはある、けど」
「先日と比べて大人しめの内容ですね。よかったじゃないですか、今日は叫ばなくて」
「そうなんだけどぉ、なーんか嫌な予感がするのよねぇ」
「考え過ぎですよ。毎日の業務で疲れているだけですって……あっ、クロトさんからメッセージが来ました。“みんなと夜勤作業するのでアカツキ荘に帰りません。夕食は作り置きしておいたので温めて食べてください”だそうです」
「気遣いが大家族の母親……」

 つい先ほどシエラが提出してきた報告書をフレン、シルフィは見下ろしながら。
 胸に湧いた漠然とした不安を否定するシルフィとは違い、フレンは忘れることが出来なかった。

 ──その不安の正体が翌日早朝。
 新聞の一面に大きく掲載された“真夜中の旧再開発区画、レムリアで発生した珍現象とは!?”“数年前、冒険者界隈を騒がせた悪徳クラン『アヴァニエ』が再逮捕!”など。
 どこぞの新聞社で学生ながらも席を置いて働く、真実を追い求める女性記者──ナラタ。
 急な頼みでありながらも快く応えてくれた彼女の協力によって、迅速に編集された出来事がニルヴァーナ中に広まった。

 誰がどう見たって関連性のある見出しを読み、アイツらやりやがった、と。
 胃が捻じれる事態となることを、彼女達はまだ知らない。

 ◆◇◆◇◆

 朝焼けに包まれたセギラン家の別荘。
 神経質な顔立ちの痩せぎすな中年男性──クルガは自身の寝室にて、使用人が慌てた様子で運んできた朝刊を手に持ち、震えていた。

「な、んだ、コレは……ふざけるな!?」

 いきどおりをあらわにするのも仕方のないこと。
 アヴァニエとは長年の付き合い、つ冒険者とギルド職員というお互いの利益を理解した立場。
 それぞれの目的の為に協力関係を持ち、大枚をはたいて鉱山送りとされた彼らを釈放し、ニルヴァーナにかくまっていた張本人なのだ。

「……こんな、バカな話が……!」

 そんな彼らを自信満々に送りだしておきながら安眠を貪っていた彼は、朝刊の見出しに載っている、捕縛された見覚えのある顔に冷や汗を流していた。
 再開発区画もといレムリアの利権、それらに付随する人物──シュメルに対してありとあらゆる手段で妨害行為を講じた。

 一週間という、常識では不可能な依頼期限を設けたレムリアの整備。
 ありえない速度で進んでいく区画整理を阻止するべく送り込んだ悪徳クラン。
 提携を結んでいるアカツキ荘、引いては関係する人物に対して障害を振り撒く。

 精神的にも組織的にも、クルガが関与していないと思わせた上で痛手を負わせられる、と。
 幼稚で先を見据えていない、甘過ぎる想定で事を進めていたクルガに突然の悲報が降りかかったのだ。絶対に上手くいくと信じて疑わなかった彼は、焦らざるを得なかった。

「マズい……! 一度のみならず二度までも失態を重ねてしまっては、いくら私の権力をもちいても彼らを取り戻すことはできない!」

 クルガとアヴァニエは周りから見れば、あくどい手法で金銭を稼いでいた悪人だ。
 しかし当人たちの間には確かな友情があり、だからこそ今日こんにちに至るまで協力関係を築けていた。
 生涯の友であるドラミル家を潰したシュメルをおとしれ、ゆくゆくは貴族として一つ上のステージに上がる為ならば、と。
 多少の罪、道理を蹴散らしてでも突き進む。それがクルガの矜持。ロクでもないことこの上ない。

 そして時に正道、時に邪道を敷いていく……ダブルスタンダードな悪知恵の働く彼は察した。
 アヴァニエを釈放したのは正規の手段に則したもの。つまり、帳簿類や書類にはクルガ・フェル・セギランの名が残っている。
 いかに冒険者ギルドの役員という立場を利用しても、改ざん不可能な管轄に置かれていては手の出しようがない。

 加えて不祥事を起こした相手を慈悲──実態は都合の良い駒を得るため──で釈放し、身柄を預かった者として二度の犯罪を許した、など。責任を問われれば、自身が築いてきた地位は跡形も無く崩れ去るだろう。
 そうでなくとも、万が一にも無いと思うが。
 自己保身に走ったアヴァニエが、クルガの事情を包み隠さず打ち明けるかもしれない。

「どうにか、しなくては……!」

 このまま冒険者ギルドへ出勤すれば間違いなく問い詰められ、アヴァニエ捕縛に動いた自警団が押しかけてくるのは時間の問題だ。
 かと言って無様に実家へ帰ったところでいずれはお縄につくのが関の山。親戚筋を頼る? 普段から傲慢で考えの浅いセギラン家を引き入れたいと思う者など欠片もいない。
 クルガは焦燥に思考を煽られながらも指の爪を噛み、考える。
 既に逃げ道などどこにもない事実を知らないが故の、実に滑稽な姿だった。

 ──ピピピッ、ピピピッ。

 そんな時だ。
 ベッドの真横に備え付けられたテーブルの上。置かれていた自身のデバイスから音が鳴る。大きく肩を震わせ、恐る恐る手に取って確認してみれば、それは通話の通知音だった。
 しかし相手は不明……この状況では怪しいが、されど無視する訳にもいかない。画面を操作し、耳にあてがう。

「だ、誰だ……!?」
『やあ、クルガ・フェル・セギラン。朝早くに申し訳ないね』
「その声は、お前……っ! いや、貴方様はヴィヴラス卿!?」

 通話相手はグランディアの南方辺境を治める大貴族、シリウス・ド・ヴィヴラス。
 たまたま前領主の令嬢に見初められ、流れるように婚姻を結び、現領主の椅子へと座った小賢しい男。
 しっかりと貴族としても領主としても知識を蓄え、経験を重ね、魅力をたずさえた、ノブレス・オブリージュを掲げる立派な人物。
 伊達に辺境を任せられている訳ではないのだが、クルガから見れば生意気で運がいい奴なだけという評価であった。
 まるで自分が高潔な人種であるとでも言いたげな様子。なんとも身勝手な言い分だ。

「どうして、私の通話先を……」
『そんなことよりも伝えておくべきことがあるんだ。──君は我が娘が懇意にしている個人と、その子が所属している冒険者クランに加え、関連する組織の施設に手を出したらしいね』
「……え? な、なんのことを……」
『とぼけなくたっていい。どの道、結論は変わらないからね。……辺境伯は他貴族に対して、グランディア王からある程度の裁量権を持たされている。治安維持と和平の為にね』
「ですから、何を……!」

 唐突な会話の切り出し方から感じる不穏な空気に、クルガは動揺を隠せない。

『──グランディア南方辺境伯ヴィヴラス家により命ずる。セギラン家はグランディアに仕える身でありながら、ニルヴァーナとの関係性に軋轢を生みだし損害を招く恐れがあった。加えて、自身の権力を悪戯に振るい混乱をもたらしたこと、もはや許しがたし。追って沙汰が下されるまで、ニルヴァーナの警備組織に身を置くように』
「は、なっ……なんですか、それは!?」
『身に覚えがないとは言わせない。普段から目に余る問題ばかり起こしていたのだから、自業自得だと思いたまえ。では、また後で会おう』
「ちょ、ちょっと待っ……!」

 怒涛の勢いで告げられた言葉を噛み砕けず、クルガは聞き返そうとするが通話は切れてしまった。
 呆然と腕を脱力させていると何やら外が騒がしくなり始め、窓の方へ近づけば──

『ニルヴァーナ自警団団長、エルノールだ! 辺境伯ヴィヴラス卿の要請によりクルガ・フェル・セギランの身柄を捕らえに来た! 神妙にお縄についてもらおうか!』

 既に業務を開始していた、仕事熱心な自警団たちの声が響く。
 ニルヴァーナの本部・支部から寄せ集めた団員たちがセギラン家別荘を包囲しているようだ。今にも踏み込んできそうなほどの熱量を感じる。

「なぜ、なぜだ……私は、きき、貴族として……!」

 自分以外の誰もが敵になったかのような錯覚を覚え、クルガは頭を抱えた。哀れなり。
 シュメル、もしくはクロト個人を狙うのであればまだ良かったものの、友人や知人、そして居場所を傷つけるようなマネをしたばかりに。余計な怒りを買う結果となり、それでも自分は悪くないと思い込んでいる。
 貴族としてでなく、そもそも人として問題があることにすら気づけないのだ。なんとも凝り固まった思想だ、救いようがない。
 混乱したままで行動を起こせるはずが無く、突入してきた自警団により呆気なく確保。
 こうしてレムリアにまつわる騒動の黒幕は無事に捕まり、安寧を取り戻したのだった──
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