自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【七ノ章】日輪が示す道の先に

第一八七話 灰被りの反戦

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 ──最初からお前らも信用なんてしてねぇよ。それすら理解できない低能なクズばかりだな……反吐が出る。

 誰の耳にも通る罵声。クロトにしては珍しい荒れた口調。
 彼を普段からよく知るアカツキ荘。知り合ってから時間が経っていないにしろ、そういった言動をしないと理解している四季家、オキナ。
 凶行を止めなくては、とたまらず接近したカグヤ。
 その面々だけが、うつむき、苦しげな表情を浮かべるクロトの顔を見ていた。

 言いたくもない嘘を吐き続ける精神的な苦痛。
 あわせて度重たびかさなる肉体的な鈍痛。
 自身の行動を否定された事態の連続で磨耗していく命と魂。

 それを見た、知った、聞いた。そして、気づかされた。
 彼は置かれるべきでない立場にありながら、孤独なままに戦っている……衆人環視に晒された、裁判という舞台で。
 自分に残された手札を総動員して、己の矜持と正しさを突きつける為に。

 場を煽り動かす革命の血。
 孤り立ち尽くす反論の声。
 人の心を、思いを、考えを改めさせる毅然とした態度を貫いていた。

「……っ! ぐっ……!」

 されど。
 見せつける覚悟のあらわれを嘲笑あざわらうかの如く、言論を取り締まる呪いは変わらずクロトの身体を戒めた。

「か、げぼっ……」

 俯いたままに、前傾姿勢のまま。
 身体を跳ねさせたクロトは腹部の中心を両手で押さえ、たたらを踏んだかと思えば──どろり、と。粘性のある、おびただしい大量の血をこぼした。
 渇いた悲鳴が、間近にいたカグヤの喉奥から漏れる。

 目を見開く彼女の前で、クロトは気道を確保しようと口腔に右手を入れ、更に血を吐き出す。耳障りな水気の音が鼓膜を揺らし、被告席を紅に染める。
 今までの負傷の比ではない。ぞっとするほどの光景は、彼が最も口にしたくなかった虚言の反動だ。

 ──それを見ていたアカツキ荘の何人かが、無意識の内に胸を撫で下ろしていた。
 はっと気づいて取りつくろうものの、クロトの言葉が虚言である事実に安心感を抱いてしまったこと。
 虚構であると理解しているにもかかわらず、そんな思いが一片だけでも湧いてしまった、不甲斐ない罪悪感に歯を食い縛る。
 しかし、後悔先に立たず。加えて内臓を損傷させた呪符の効果は止まらない。

「がっ、ああぁ……!!」

 真っ赤に染まった右手で自身の顔を覆う。
 全てを隠すに至らない、その仕草の奥で──クロトの両目に血管が浮き出たかと思えば、それは増殖し、破れ、赤に染まる。本来、白であるべき部位が焼かれ、血涙が垂れていく。
 吐血のみに収まらない反動によって、顔を隠していた右手が力無く落ちた。
 粉砕された右脚の膝が折れ、被告席の柵に身体を預け、もたれかかる。

 素となった迷宮の呪いの中でも最上位に位置する損傷の連続。
 臓腑を蝕み、器官を損なう呪いの連鎖は、かろうじての一線で耐えていたクロトの意識を奪いかねなかった。
 言葉を失う惨烈な姿におののき、目を背ける者もいる。見てはいられない、と救護班が駆け寄る。

「つらい……きつ、い……死ん、でな、い……なら……!」

 だが、それでも。

「まだ、だ。まだ、終わって、ない……!」

 クロトは所在なさげな手探りの動きで、身体を持ち上げる。
 身体の状態とは裏腹に弱々しさの無い口調で。

「判決は、くだっていない……俺が、死ぬか、罪を、確定させるか……」

 赤と陰影の輪郭しか映さない眼を正面に向ける。
 尋常ならざる失血量と負傷で朦朧とした意識を、もはや根性で引き留めながら、裁判の続行を促すように。

くださないなら、これ以上を、望んでるんだろう……なら、続けろ! 自分の、選択に、責任を持てよ……ッ!!」

 この裁判を引き起こした全ての人間を恨むかの如く、赤の双眸で見つめる。
 しかして押し付けられた理不尽を返す当然の行為──クロトにとって残された唯一の手段であり、正答とも言える反逆の姿勢。

 それを傍観していた大衆の感情は、間違いなくクロトへと傾いていた。
 困惑、同情、憐憫、義憤……多様なざわめきが生まれては、その矛先が検察側へと向けられる。それでもシュカは現状を認めたくないのか、悪足掻きのようにクロトを睨む。

「出会った当初から抱いていたが、貴様、やはり気狂いの類であったか! 不穏分子の分際で、いけしゃあしゃあと世迷言をのたまい、自らの非を認めないなど……!」

 お門違いどころか、発端は自身にあると考えてすらいない、無知な怒りの態度を隠そうともしない。
 その発言を聞いた検察側ですら、シュカを信じられない物でも見るかのように視線を送り、弁護側は抑え込んでいた殺気を放つまでに至った。
 もはや裁判の継続など出来ない、一触即発の空気が漂う──

 ◆◇◆◇◆

「なんだ、アレは……」

 日輪の国アマテラスを象徴する王家の和城。
 天守の一角から裁判の行く末を見守っていた現国王、ミカドは心の底から焦っていた。同時に、彼の手元で揺蕩たゆた水鏡みかがみの向こう側、現人神あらひとがみのツクモも混乱していた。
 当然だ。まさか呪符による言論統制を逆手に取って、自分の命を天秤に掛けるなど誰が予想できようか。
 少なくとも自身に非はなく、裁判の勝機があると分かっていながら、進行形で死に行く判断を取るなど常人の考えではない。

『おいおい、あのままじゃやっこさん死んじまうんじゃあないのかい?』
「完全に的外れな行動を取ってきた……大人しく弁護側に味方して、検察のシュカを追い詰めるとばかりに思っていたが……」
『置かれた状況に対して、相当トサカに来ていると見たね。自分以外の全員を敵だと考えている……あやつを利用するどころの話じゃあないぞ?』

 裁判が執り行われたという事実は王家の承認あっての結果。クロトが告発された内容に正当性があると判断したが故に許可が下りたことになる。
 実際、それはミカドによる水面下で権謀術数の策を張り巡らせる為。クロトに罪があると断定している愚か者はシュカと、彼の言葉を鵜呑みにしている者だけだ
 クロトに対して申し訳ないという思いこそあれど、さすがにシュカを野放しには出来ないからこその手を回す為だった。

 ……だが、そんな裏事情はクロトの知るよしではない。そも互いに、一度たりとも対面したことのない人物の思考を読み取るなど、土台無理な話。
 高みの見物と洒落込んでいたミカドたちの想定を上回るなど、追い詰められたクロトにとっては容易いこと。
 人智の及ばぬ領域に位置するツクモは可能性の一つとして思考の片隅に追いやっていたが、現実はご覧の通り。
 ミカドが策を実行するよりも早く、クロトの命が尽きかねない事態となっていた。

「……このままでは手遅れになる。予定を早めて動き出すぞ。私もすぐに向かう」

 ミカドは振り向かず、背後の屋内に合図を送る。
 控えていた影の者たち、臣下の動き出す気配を感じてから、再び視線を眼下の裁判場へ落とした。

「既に調査は終え、仕込みは済み、手配も出来ている……逃げ場の無い場所でシュカの身柄を確保する。それだけのはずだったのだが……」
『呑気にかまけている場合ではないぞ。疾く動け、本当に間に合わなくなる』
「わかっています」

 意図せずとはいえ日輪の国アマテラスの権力闘争の一端に関与させてしまったこと。
 己が身を賭して潔白と正当性を主張する判断を取らせてしまったこと。
 迂闊なボタンの掛け違いが引き起こした、最悪の一歩手前な状態を終結させるべく。
 痛ましい姿を晒し続けるクロトの姿を視界に収め、ぐっと拳を握り締めてから。
 ミカドは踵を返して、ツクモの水鏡みかがみを伴って天守を降りていく。

『……ん?』
「ツクモ様、いかがされましたか?」
『いんや、何やら懐かしい気配を感じたものでな。……ふむ、こりゃあもう一波乱、何かありそうだな』

 ◆◇◆◇◆

『──あまりにも、見苦しいな』

 シュカの空気を読まない発言によって冷え切った、血まみれの裁判場。
 収拾のつかない罵詈と雑言の応酬になりかねない事態を遮るように、幼げでありながらも威厳のある声が響く。

 闖入者ちんにゅうしゃの声に誰もが呆気に取られ、辺りを見渡すも姿は無く。
 凄惨な光景を前に幻聴が聞こえ始めたのかと、自身の聴覚を疑い始めた、その時。

 裁判場の中心。被告席よりわずか上の空中に、きらめく光の粒子が集う。
 それは次第に形を取り、輪を描き、陽の光を浴びて光沢を纏う神器……“始源しげん円輪えんりん”が舞い降りる。

蒙昧もうまいな権力者が大衆の民意を煽り、ただ一人を守らず、いたずらに傷ついていく様を眺めるか。それが日輪の国アマテラスの手法だったか? 長らく世俗に触れん間に、随分と悪辣に染まったな』

 声の発生源が浮遊する“始源しげん円輪えんりん”であると理解した傍聴席の民衆がざわつく。裁判長、検察側、弁護側の面々も驚愕を顔に浮かばせる。
 神器としての知識こそあれど、まさか喋り出すとは思いもしなかったのだろう。
 事前に魔剣であると知っていたアカツキ荘は反応こそ薄いものの、なぜ今になって姿を晒したのか困惑していた。

現人神あらひとがみが人々に託し、建国の象徴となった神器として。懸命な献身によって救われた存在として、かの少年の元へ参上した』

 戸惑いの疑問へ答えながら、何度目かの混乱におちいる裁判場を睥睨へいげい
 そして被告席……クロトの傍へ降りた“始源しげん円輪えんりん”は、仰々しく口を開く。

『人の世情に口を挟むつもりは毛頭なかったが、見殺しとする状況では無かったが故にな。判決の決定権を持つ貴様が迷わぬように。意味も無く無辜むこの命が奪われない為に』

 息を呑む裁判長を見上げるように。
 “始源しげん円輪えんりん”は、わずかに刀身を斜めに向ける

『全ての事の成り行きを見ていた──被害者という立場で証言をしてやろう。喜べ、貴様はこの国で初めて神器の意見を聞き、判決をくだすという名誉を授かるのだからな』

 “始源しげん円輪えんりん”という国の至宝にして最上の神器。
 発言力の強さと信用を得られる彼だからこそ成せる展開と場の掌握。クロトとレオ達、灰の魔剣が考案し、至るべくして至ったシナリオの最終地点。
 茶番劇の終焉となる威光を伴い、この場に灰の魔剣は降臨したのだ。
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