アイアンハート――宇宙樹と歌う世界

柚緒駆

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1.氷穴の暗闇

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 ごうごうと吹きつける風に舞う雪片がやいばのように窓に斬りつけ、視界を塞ぐ。ヘルメットのワイパーは気休めにしかならない。評議会直属の極地探索部隊の六体のタウ型は、極寒冷地仕様の発泡樹脂に覆われたボディを寄せ合い、雪上クルーザーに揺られていた。

 タウ型は頭部こそ人間そっくりな形、肌の質感を持っているものの、ボディは様々な作業に対応した複合型。家事から建設、軍事に至るまで、良く言えば万能タイプだが、『何でも屋』として使われる事が多い。ここにいる六体のタウ型には機銃を始めとする軍装が施され、頭部には金魚鉢のようなクリアヘルメットを被っていた。

「そう言えば、今日から都市ポリスは歌祭ですね」

 一番若いタウ型が言った。機械に若さという概念はないはずだが、それでも個体識別番号が最も大きい彼は、溌剌としているように見えた。

「歌祭か。さすがに南極では歌う気にならんな」

 最年長のタウ型が答えた。彼は逆に落ち着いて見える。経験の差がそうさせるのだろうか。

「でも宇宙樹は南極で歌ったんですよね」

 宇宙樹は新創世を呼んだ伝説の樹だ。南極で滅びの歌を歌ったという。悪魔だという者もいるが、この若いタウ型はそう思ってはいないようだった。

「宇宙樹はな。だが俺たちはロボットだ。宇宙樹じゃない」
「そりゃそうですけど」

 当たり前すぎる言葉に若いタウ型が苦笑したとき。

「間もなくだ」

 無線ネットワークに隊長の声が流れた。隊長は雪上クルーザーの操縦室にいる。個体識別番号はデルタ9813。全員が純軍事モデルであるデルタ型の例に漏れず、あまり人間に似せて作られてはいない。資料映像に見られるゴリラを思わせる、いわば鉄のゴリラといった無骨なデザインで、身長は二・六三メートルに達し、パワーはデルタ型の標準スペック以上のものがあるとの、もっぱらの評判だった。

 いまは九月、南極は冬から春に向かう途上であり、空には薄らと太陽光が差しているはずだ。しかしその天の明かりも、ブリザードの中では感じられない。デルタ9813は、太陽を恋しがっている自分に少し驚いていた。そういう情緒的な反応は自分には無縁のものと思っていたのだが、初めての極地――シミュレーションは嫌になるほどやったのだが――の気候はロボットの心理にも予想外の影響を与えるらしい。

 レーダーと衛星座標システムを頼りに、雪上クルーザーは進む。データによれば、この辺りの氷の下には大昔の観測基地の遺跡があったはずだが、この天候では眺めることもできない。まあ、元よりそんな時間もないのだが。

 やがて雪上クルーザーは目的地である南極点へと達した。とは言っても、南極点に用がある訳ではない。南極点にクルーザーを停め、デルタ9813と六体のタウ型はブリザードが吹きすさぶ氷の上に降り立った。

 そこから徒歩で十数分歩いただろうか、デルタ9813が立ち止まったその場所には、凍った地面に穴が開いていた。これこそが目的地、直径六六・九三メートルある真円の巨大な縦穴だ。深さの正確な数値はまだ観測されていないが、地殻の深くにまで達しているのは間違いないらしい。かつてこの穴の上に宇宙樹が生えていたという。

 穴はその壁面に、旋盤で削ったかのような均一な、七体のロボットが余裕で通れる幅と高さの溝を螺旋状に刻みながら、底の暗闇へと続いている。穴の形が真円であることと、この溝を根拠として、宇宙樹は人造物であると主張する者もいるが、本当のところは不明である。デルタ9813は、六体のタウ型を引き連れ、その溝に沿って穴を降りて行った。

「周囲に気をつけろ、宇宙樹の根が残っているはずだ」
「まだ生きているのですか」

 タウ型の若者の声は震えているかのように聞こえた。タウ型に温感センサはなかったはずだが。いや、あったところでロボットは寒さに震えることはない。

「宇宙樹は不死身だ。だからこそ根の一本に至るまですべて消滅させなければならない。本来はな」

 デルタ9813の聴覚センサはブリザードの音を拾っている。それ以外には自分たちの足音しか聞こえない。タウ型の視聴覚センサは単機能だが、感度だけはデルタ型より上だ。何かあれば彼らが気づくだろう。

 螺旋の溝は延々と続き、下へ下へと降りて行く。いつしかブリザードの音も聞こえなくなった。もう五時間二四分歩いている。しかしデルタ9813と六体のタウシリーズたちの歩調は変わらない。背中のバッテリーパックは、およそ三分の二の残量を示していた。

 人間には到底この作業は無理だな、そう口に出かかって、デルタ9813は少し慌てた。いかんいかん。これは人間差別だ。ロボット憲章に違反する。俺がそんな事を考えているとタウの連中が報告でもすれば、またあのアルファの小僧に小言を言われるだろう。しかし何故こんなところが人間のようになってしまうのか。極地の気候の影響か、それとも経年劣化だろうか。とにかく仕事を終えて戻ったら、一度調整してもらわねばなるまい。

 デルタ9813がそんなことを思ったとき。その視覚センサが闇を捉えた。七体のロボットは足を止めた。十・二六メートルほど先の壁面に暗闇が顔を出している。横穴だ。

「あれが先遣隊の報告にあった穴だ」
「あの奥に微細な金属反応があるのですね」

「そういうことだ」

 タウ型の一人に返事をしながら、何でこんな無駄なことをしているのだろう、とデルタ9813は内心苦笑した。データを同期すれば音声による会話など不要なはずなのに。だがそう思いながらも、ロボットの多くは会話をしている。それを楽しんでさえいた。合理性の極致にいるはずのロボットが、考えてみれば不思議な話である。

 もっとも、同期すれば内心の細やかな部分まで相手に伝わってしまう。それを避けつつ必要な情報を確実に伝達するためには、音声システムを利用するのがもっとも問題が少ないのだ、と言えなくはない。

 デルタ9813を始めとする七体のロボットは、横穴の入り口に立った。タウ型の肩口に取りつけられた照明が横穴の内部を照らす。直径五・一三メートルほどの、氷に掘られた横穴。この二百年の間の自然の積み重ねによって、内壁には多少の凹凸があるが、元々は真円に近い形の横穴であったことは一目でわかった。

「金属探知機は」

 デルタ9813の言葉にタウ型の一人が応える。

「我々以外の反応はまだありません」
「銃を構えろ」

 そう言うと同時に、デルタ9813の左手は変形し、ショットガンの形になった。タウ型たちも後に続き、左手を変形させる。こちらは六丁の機銃となった。

「前進」

 デルタ9813は先頭に立ち、穴の奥へと進んで行く。その歩幅の広さに、タウ型たちは少し早足で追いかけた。と、最後尾にいたタウ型が立ち止まり振り返った。しかしそこには静寂があるのみ。彼は小さく首を傾げると横穴の奥に再び向き直り、前を行く仲間を追いかけた。何かのノイズを拾ったのだろうか。誰かが笑ったような気がしたのだが。

 横穴は一直線に、水平に掘られていた。先遣隊の報告通りである。だが不思議だ。普通に考えるなら、この横穴は宇宙樹の根が掘ったものだろう。ならば掘られて二百年経っているはずだ。二百年の間には、気候変動も地殻変動もあったろうに、何故この穴は真っ直ぐ水平であり続けているのだろうか。しかしその疑問がデルタ9813の足を止めることはなかった。

 七体のロボットが歩き始めておよそ三十分が経過した頃。

「金属反応あり!」

 タウ型の上げた声に、デルタ9813は立ち止まって振り返る。

「奥か」

 横穴に分岐はない。真っ直ぐ奥以外の行き先はないのだが、デルタ9813は一応確認した。

「奥です。約百三十メートル」
「続け!」

 デルタ9813は走り出した。彼には照明器はついていないが、そのデルタ型特有の視覚センサは赤外線から可視光線、紫外線、X線、果ては地磁気に至るまで視界に捉えることが出来る。暗闇など恐るるに足らなかった。
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