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6.根性とリコーダー
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アマテル自動車のあった天照市は、とってもとっても素敵なところだったけど、ただ夏は本当に暑かったなあ。
もう夏も終わりかけなのに、空は青くて太陽は熱くて、アスファルトがじりじり音を立てている、そんな日だった。
それは何が切っ掛けなのかは忘れちゃった。ただ、おいらとQPが博士のお使いで出かけたときのことだった。
「たとえば、根性って知っているか」
鉄橋のたもとで、急にそんなことをQPが言い出したんだ。
「知らない」
おいらはそう答えるしかなかった。その頃のおいらは、毎日データを頭に流し込んで、毎日何冊も本を読んで、毎日町に出かけていろんな人と話して、の繰り返し。知識はどんどん増えるんだけど、それは「知ってる」ってことじゃないって思ってたんだ。「根性」って単語も、頭の中にはあったと思う。でもそれだけだった。
QPはあからさまに馬鹿にしたようにこう言った。
「ほらな。これだから出来損ないは」
QPは気分屋で、機嫌が悪いときはとっても意地悪だったんだ。だけどおいらも負けたくなくて、意地になって言い返してた。
「おいら出来損ないじゃないよ。博士が言ってたよ、おいらは自分で選んで自分で学習することで電子頭脳が発達するんだから」
「そういう事にしとかないと、おまえが可哀想だからだよ」
「そんな事ないよ! 博士はおいらに嘘なんてつかない! それともQPは博士が嘘つきだっていうの!」
おいらがそう言うと、QPは焦りだした。QPには顔がないのに、そういう変化はすっごくよくわかったんだ。
「う、嘘をついてるなんて言ってないだろ。ただおまえの心理回路には根性の設定がないんじゃないかってことだ」
何だかすっごく頭にカチンときた。売り言葉に買い言葉、おいらはこう言い返したんだ。
「わかったよ。おいらにだってその根性ってやつがあるとこ見せればいいんだろ。何をすればいいのさ」
QPはますます焦って、周りをキョロキョロ見回し始めた。
「え、そ、そうだな、たとえば……あ、あの子を助けてみせろよ」
QPが指さした方を見ると、三年生くらいかな、ランドセルを背負った小学生の男の子が、鉄橋の欄干から身を乗り出して、下の川を見つめてたんだ。
「危ない!」
男の子がバランスを崩した。おいらはとっさに脚を引っ込めた。おいらの体は脚を引っ込めると、自動的にタイヤが下に出てくるんだ。脚で走るよりタイヤで走った方が早いからね。タイヤを全力で回して男の子に駆け寄った。でももう落ちかかっている。おいらは慌てて腕を伸ばした。おいらの腕はマジックハンドみたいに伸びるんだよ。五メートルくらいは伸びたかな。何とかランドセルをつかまえて、引っ張り上げたんだ。
「大丈夫? ケガはない?」
男の子はしばらくぼうっとしてたけど、急に声を上げて泣き出した。
「どうしたの、どっか痛い?」
でも男の子は首を振る。そして泣きじゃくりながら、こう言った。
「リコーダーが、ない」
「え、いま落としちゃった?」
また首を振る。
「川に、捨て、られたの」
「え、誰に」
「同級生」
それだけ言うと、また男の子は泣き出した。いじめ。そんな単語がおいらの頭に浮かんだ。どうしよう。おいらに何ができるんだろう。そのとき、おいらはQPのことを忘れてた。ただ目の前の男の子を助ける方法を考えてたんだ。
おいらは決めた。
「……ねえ君、おいらに任せてよ。リコーダーを探してみる」
「えっ」
言うが早いか、おいらは鉄橋の欄干をまたいだ。
「お、おいこら! 何する気だ!」
QPが走ってきたけど無視しておいらはそのまま飛び降りた。一瞬だったけど、とってもとっても静かだった。そしてそのあと、大きな水音。おいらは川の真ん中に落ちた。膝くらいの深さだったから、溺れることはなかったけど、ちょうどその膝の関節がおかしくなった。
これは歩けないかもしれないなって思った。でもそんなことはどうでも良かったんだ。だっておいらは生まれて初めて、誰かの役に立てるんだから。
「ぐるりん!」
おいらは腕を伸ばして回した。手が水に当たる。川の水が掻き出されて、川岸に飛び出した。できる。いけるかもしれないぞ。おいらは左右の両腕をフル回転させた。
「ぐるりんぐるりんぐるりんぐるりんぐるりんぐるりんぐるりん!」
おいらのエンジンは三六〇馬力、そのパワーのほとんどを腕に回して、川の水を掻き出した。川の水が少なくなれば、リコーダーもすぐ見つかるかも知れない。おいらは時間を忘れて腕をぐるぐる回した。でも川の水は全然減らないんだ、おかしいな。ガソリンも残り少なくなってきた。だけどやめられない。おいらが諦めてどうする、やめてたまるか。これだ、これこそが根性だ!
もう夏も終わりかけなのに、空は青くて太陽は熱くて、アスファルトがじりじり音を立てている、そんな日だった。
それは何が切っ掛けなのかは忘れちゃった。ただ、おいらとQPが博士のお使いで出かけたときのことだった。
「たとえば、根性って知っているか」
鉄橋のたもとで、急にそんなことをQPが言い出したんだ。
「知らない」
おいらはそう答えるしかなかった。その頃のおいらは、毎日データを頭に流し込んで、毎日何冊も本を読んで、毎日町に出かけていろんな人と話して、の繰り返し。知識はどんどん増えるんだけど、それは「知ってる」ってことじゃないって思ってたんだ。「根性」って単語も、頭の中にはあったと思う。でもそれだけだった。
QPはあからさまに馬鹿にしたようにこう言った。
「ほらな。これだから出来損ないは」
QPは気分屋で、機嫌が悪いときはとっても意地悪だったんだ。だけどおいらも負けたくなくて、意地になって言い返してた。
「おいら出来損ないじゃないよ。博士が言ってたよ、おいらは自分で選んで自分で学習することで電子頭脳が発達するんだから」
「そういう事にしとかないと、おまえが可哀想だからだよ」
「そんな事ないよ! 博士はおいらに嘘なんてつかない! それともQPは博士が嘘つきだっていうの!」
おいらがそう言うと、QPは焦りだした。QPには顔がないのに、そういう変化はすっごくよくわかったんだ。
「う、嘘をついてるなんて言ってないだろ。ただおまえの心理回路には根性の設定がないんじゃないかってことだ」
何だかすっごく頭にカチンときた。売り言葉に買い言葉、おいらはこう言い返したんだ。
「わかったよ。おいらにだってその根性ってやつがあるとこ見せればいいんだろ。何をすればいいのさ」
QPはますます焦って、周りをキョロキョロ見回し始めた。
「え、そ、そうだな、たとえば……あ、あの子を助けてみせろよ」
QPが指さした方を見ると、三年生くらいかな、ランドセルを背負った小学生の男の子が、鉄橋の欄干から身を乗り出して、下の川を見つめてたんだ。
「危ない!」
男の子がバランスを崩した。おいらはとっさに脚を引っ込めた。おいらの体は脚を引っ込めると、自動的にタイヤが下に出てくるんだ。脚で走るよりタイヤで走った方が早いからね。タイヤを全力で回して男の子に駆け寄った。でももう落ちかかっている。おいらは慌てて腕を伸ばした。おいらの腕はマジックハンドみたいに伸びるんだよ。五メートルくらいは伸びたかな。何とかランドセルをつかまえて、引っ張り上げたんだ。
「大丈夫? ケガはない?」
男の子はしばらくぼうっとしてたけど、急に声を上げて泣き出した。
「どうしたの、どっか痛い?」
でも男の子は首を振る。そして泣きじゃくりながら、こう言った。
「リコーダーが、ない」
「え、いま落としちゃった?」
また首を振る。
「川に、捨て、られたの」
「え、誰に」
「同級生」
それだけ言うと、また男の子は泣き出した。いじめ。そんな単語がおいらの頭に浮かんだ。どうしよう。おいらに何ができるんだろう。そのとき、おいらはQPのことを忘れてた。ただ目の前の男の子を助ける方法を考えてたんだ。
おいらは決めた。
「……ねえ君、おいらに任せてよ。リコーダーを探してみる」
「えっ」
言うが早いか、おいらは鉄橋の欄干をまたいだ。
「お、おいこら! 何する気だ!」
QPが走ってきたけど無視しておいらはそのまま飛び降りた。一瞬だったけど、とってもとっても静かだった。そしてそのあと、大きな水音。おいらは川の真ん中に落ちた。膝くらいの深さだったから、溺れることはなかったけど、ちょうどその膝の関節がおかしくなった。
これは歩けないかもしれないなって思った。でもそんなことはどうでも良かったんだ。だっておいらは生まれて初めて、誰かの役に立てるんだから。
「ぐるりん!」
おいらは腕を伸ばして回した。手が水に当たる。川の水が掻き出されて、川岸に飛び出した。できる。いけるかもしれないぞ。おいらは左右の両腕をフル回転させた。
「ぐるりんぐるりんぐるりんぐるりんぐるりんぐるりんぐるりん!」
おいらのエンジンは三六〇馬力、そのパワーのほとんどを腕に回して、川の水を掻き出した。川の水が少なくなれば、リコーダーもすぐ見つかるかも知れない。おいらは時間を忘れて腕をぐるぐる回した。でも川の水は全然減らないんだ、おかしいな。ガソリンも残り少なくなってきた。だけどやめられない。おいらが諦めてどうする、やめてたまるか。これだ、これこそが根性だ!
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